早朝の自室。
昇ったばかりの朝日が射し込み、ペンの跡を照らす。
純白の紙面に綴られた術式。
炎の精を指揮する魔術は、荒れ狂う火を操る力を持ち、相対するモノの悉くを焼き尽くす。
魔術。
神々の叡智を操る奇跡の力。
かつては神々に選ばれた者のみが扱えるとされていたそれも、現在では「灰の始祖」と呼ばれる魔法使いによって、神々への信心を持つ者は誰もが使える便利な術へと変化した。
「それ故魔術は多様化し、多くの術と応用が生まれた」
魔術というものは、元は一つの魔法から派生した術。
あまりにも強大過ぎる神々の力。世界そのものを変化させ得る「魔法」。それを人間の手で扱える程度に簡略化させたものが「魔術」である。
その過程には多くの術者の手が加えられ、様々な変化が成された。
枝のように分かれて変化した魔術には、それを完成させた術者によって特徴に差違が生まれる。
同じ「火球」の魔術でも、威力に特化した術から、消費する魔力のコストを削減した術。槍のように小さく鋭利な形や、文字通りの球体。
形や性質も、術式一つで大きく変化するため、術者の才能次第では、格上の魔術を打ち負かすことさえ可能とする。
「精霊の力を借りるもの。それは都合のいい解釈でしかない。そもそも魔術はそれほど輝かしいものではない」
魔術は「奪う」力。精霊の力を奪い取り、己の力として使うというのが実際の形だ。
術式と言うのも、元は精霊に力を奪う事の許しを得る為に使われていたとの説があった程だ。
自身の力で魔術を行使する事には限界があり、自然界に存在する「マナ」を使う事でそれを成立させるのだ。
「それはオドも変わらない」
生物が肉体に宿す「オド」は、その生物にとって最も馴染む魔力であり「マナ」よりも質の高い魔術を完成させることが出来る。
しかし、生物が生成し保管する事が出来るオドにも限度がある。
マナを使わなければ、満足に魔術を使う事もままならないのが現実で、それ故に魔術を生業とする魔術師は「奪う者」として疎まれるのだ。
「奪う......か」
フランと出会った時を思い出す。彼女は、その目に宿った能力を憎み、誰からも嫌われたくないと泣いていた。
「魔眼......」
彼女の瞳に宿ったその力は「奪う」為の力。
見つめた者の魔力を奪い。それが枯れれば続けて生命を奪う。
それは緩やかに、そして確実に対象を蝕む。
奪われる感覚はなく、ただ静かに力を失い、眠るようにして死んでいく。
それ故彼女は無自覚の内に多くの命を奪い、いつしかその足は地を離れ、枯れた肉で形作られた死体の山の上に立っていた。
父にその真実を知らされた時、彼女の表情の変わっていく様はあまりに酷いものだった。
悲しみと怒り、罪悪感と憎悪の念で狂った彼女の姿は、今でもこの目と脳に焼き付いている。
部屋に籠った彼女の元に向かい、何度も呼び掛ける。やっとの事で返事が返ってきたと思えば、部屋に入った瞬間フランに掴みかかられた。
「どうして殺さなかった」
呟いた言葉が、脳内に響いたフランの怒鳴り声と重なる
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「殺せばいいじゃない!。全部分かってたんでしょ!?。パパもママも殺したのは私だって、屋敷の中を見ていた時点で薄々気付いていたんでしょ」
「........」
「分かっていて私を連れて.......そんなに楽しかった!?。
他人が苦しんでいるのを見るのが。あれだけ優しくしてたのも全部この為!?。私がこんな風におかしくなるのが見たかったから!?」
目を吊り上げ、爛々と怒りの籠った瞳を輝かせる。
「誰にも嫌われたくないだけなのに。ただ幸せに暮らしたいだけなのに。それも、許してくれないの!?」
「違う」
「違わないじゃない!。兄様なら信じられると思ったのに.....なのにあんな」
激しく俺の肩を揺すり怒るフラン。口を開く度瞳には涙が溜まり、頬を流れていく。
その後も罵声を浴び続けた。彼女の言葉の全てが胸に突き刺さり、何度も逃げ出したくなった。
「私は人殺しなんて.......したくない。こんな目だって」
爆発した思いを吐き出したフランは、肩を掴んだまま力無く項垂れる。
「兄様......私の目。怖いですか」
「怖くないって言ったら信じてくれるのか」
「潰してください。こんな目要らない。人殺しの目なんて要らない。嫌われる為の目なんて要らない」
涙に濡れた瞳には、どこか覚悟のようなものが見えた。
「誰にも必要ない目なら見えなくたって」
「そこまで」
フランの言葉を静止する。
「他人が怖がるからその目は必要ないのか。フランにその目は必要ないのか。教えてくれ。そうしたらその目は潰してあげるから」
「この目があるから他人を殺して、人に嫌われる。それが怖くて、怖がられないよう焦って、また人を殺したらもっと嫌われる」
「その目が見えなくなったらフランは辛い思いをする」
「でも、それで誰にも嫌われないなら」
「本当に幸せになれるのか?。その目の痛みと、失った後悔を背負って生きていく。仮にこれから会う人には嫌われなくても。これまで苦しめた人は変わらずフランを嫌い続ける。ずっと変わらない事に追われるだけでも辛いのに、今ある幸せさえ壊して、それを幸せと言える?」
「そんなこと言っても。この目が見えるから誰かが死ぬんです。ならそれがない方が」
「例えそうだとしても、俺はフランにその目を失くして欲しくはない。その目を失くして、失ってしまう物はあるけど、その目を残せば得られることもあるかもしれない。その希望を捨てないで欲しい」
「希望なんて無いですよ......。この目が誰かを殺さない確証なんてないんですから」
ぽろぽろと流れる涙を拭い、フランの頬にてを添えて、その目をじっと見つめる。
屋敷で感じたような脱力感は無く、彼女の宝石のような紫の瞳をしっかりと見る事が出来る。
「俺は死んでいないよ。フランの目は人殺しの目じゃない。力の使い方を間違えなければ、誰も苦しめずにいられるから」
「力の使い方......」
「魔眼は恐ろしい物だけど。それは持ち主のフランを助ける為にある。だから、その力を正しく使うことが出来たら。フランの目は人を助ける為にだって使えるんだ」
「出来るんですか?。そんなこと」
「出来る。俺の力だって同じだから。フランにだって出来るよ」
「........」
俯こうとするフランの顔を支える。
「それでも潰して欲しいなら仕方ない。でも俺はフランの目、好きだけどな。翡翠色の目って綺麗だと思わない」
「.....誉められたって嬉しく無いです。でも、兄様の言う事。信じてみます。この目の力を抑える事。出来るんですよね」
「ああ。約束する」
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今ではその目の力を己の物としたフラン。「翡翠の魔眼」と呼ばれたその緑の瞳も見なくなって久しい。
「うわっ。やっちゃったよ」
ふと手元に目を落とし、失敗に気付く。
昔の事を考えている間にそうしたのだろう。
術式や魔術について書き綴っていた白い紙の上には、小さなインクの後が点々とついていた。ペンを使って紙をつついて出来たものだろう?
「書き直しだな」
新しい紙を取り出し。再びペンを使って書き写しをする。
特に何をするための物でもない。それでもこれを止めようとは思わなかった。
彼女を、フランを知るために。同じ場所に立つために。彼女の使う魔術を、彼女の能力を学ぶ。これは俺なりのやり方でしかなく、端から見れば不器用な物かもしれない。
本人に直接聞けばいいとも言われるが、フランはそれを望まない。きっと嘘をついてでもありのままの事を隠そうとする。
「まだ足りないってことだよな」
再びペンで術式を綴る。
学ばなければならないことは山ほどある。人間より長い人生。それを一生かけても魔道の全てを知ることは出来ないだろう。
人の心も同じ。どんなに知ったつもりでも、隠された物があるならその真相には辿り着けない。
「幸せか......」
フランの幸せとは何か。思えば考えたことはなかった。
ただ兄様兄様とくっついてくるフラン。その求める事に答えるのが幸せかと思っていたが、もしかすると違うのかもしれない。
隠していること。
それを知ることから始めないといけないのかもしれない。
「まあ、それを教えてくれないから大変なんだが」
全ての術式を書き終え、そこにコメントを入れていく。
「妹って言ってもなあ.........ふあ」
欠伸をして、椅子から立ち上がる。
紙の上に重石代わりのペンを置き、部屋を出る。
「紅茶飲もう。やっぱり慣れない事はするもんじゃないな」
普段とは違った気だるさを背負って廊下を歩く。まだ薄暗い王城には絨毯を踏むボソボソと言う音だけがする。
それに混じり、どこか遠くで爆発のような音が鳴った気がした。
結局なんの事って兄貴姉貴は忘れておk。考えたって仕方ないから