過去からの決意 未来への慰霊
繋ぐ。
それが俺の気に入っている言葉だ。
過去と今を。今と未来を。人と人とを繋ぐ。
俺が1人ではないと信じさせてくれる言葉だ。
昔話。
お伽噺のように幸せな話ではないが、それは俺。アルトと言う存在の過去だ。
思い出す度に吐き気がする悪夢。
砂ぼこりと絶叫。断末魔に怒号、悲鳴と爆発。
絶え間なく鳴り続ける足音が、鼓膜を破く程に騒がしく響く。
心音が煩い。落ち着けようと口で荒い呼吸をして喉が渇く。流れる風は寒く、しかし肌に触れれば嫌に生暖かい。
手が震えている。その指の先、握った剣が小刻みに揺れる。
腕が吹き飛ぶ。血を撒き散らして宙を舞う肉塊。
転倒した体に剣が突き立てられる。一人、声もなく死んで。
二人、脇腹を槍で貫かれる。肩から血濡れた穂先が生える。先端に付着した赤い肉片は臓物のソレだろう。何の臓器かなど考えたくもない。
三人、四人、胴体が横にずれ、上半身が地に落ちる。べしゃりと音を立てて倒れ伏す肉塊。断面からは瞬く間に血が溢れ出し、混ざり合う二体の骸から流れる血液は、俺の足下にまで広がる血の海を作り出す。
血を見ることを恐れ、人の死を恐れる。
今も剣も握れば腕が痺れるようで、足は上手く動かなくなる。
家族の死は、俺の手足を縛る「恐怖」という枷になった。
「.............」
人間と激突する家族の叫び声。
「殿下!家族を頼みます!俺の分まで!」
「どうかご無事で!」
「エルラドをお守り下さい!」
全身は傷にまみれ、長引く戦争に息は切れ、苦しみを滲ませながら尚も強く頼もしい笑顔を向ける家族。
俺を励まそうとするその勇姿に己の無力さを痛感させられ、その重荷を背負わせてしまった事に強い後悔を抱いた。
「何故あのような......」
バティの呆れ果てた声。届かない手。力なくありもしない家族の背に手を伸ばす俺を、彼はどんな顔で見ていただろうか。
力の無い者を背負って戦う。その結果がこれだった。
目の前で何人もの家族を失い。戦場に残された家族も全滅した。
たった数時間の内に数百と言う家族が死に絶えた。昨夜酒を酌み交わし笑い合ったその全てが、血の海に沈み、二度と動くことの無いモノとなってしまった。
己の愚かさを呪い、死んだ家族への罪悪感から休む暇も無いほど泣いた。
彼らの亡霊に見られているようで、眠る事にさえ恐怖を覚えた。
何が父のような騎士だ。
それどころか帰るべき場所がある同胞を殺した大罪人だ。
俺の身を案じたバティは、毎日のように部屋を訪れていた。
「俺に王なんて勤まるのか」
そんな事を言った気がする。
「それはどういう意味でしょうか」
普段と変わらない落ち着いた声でバティが答える。
「戦争の事......あれだけいきがって、結局共に戦った家族を皆殺しにした。憧れとただの気まぐれで数えられない程の命を奪った。そんな俺に王の資格があるのか」
「許される事ではありません。殿下は民を導く立場にありながら、軽率な行動で誤った方向へと進みました。しかしその後始末を責務の放棄で終わらせようとするのであれば、私それを決して許しません」
「許さない?。何故。俺は家族を」
「彼らが殿下を生かした理由をお忘れですか。彼らが殿下に叫んだ思いをお忘れですか。殿下は彼らの思いに背を向けるのですか。その思いを全て否定し、無駄にするのですか」
淡々と告げられる言葉。疑問が一瞬にして晴らされ、代わりに胸を貫くように言葉が深々と突き刺さる。
「命を奪った。その自覚があるならば責任を取るべきです。彼らは殿下に国の未来を託した。王の任を降りると言うことは、その思いを捨てること。殿下を思い戦った彼らに報いたい。そう願うのなら、そのような些末な事で迷わないで下さい」
「簡単に言わないでくれ。皆には家族がいた。なのに」
「そう思う心があると言うのに、殿下は残された家族の道を閉ざすのですか。陛下の亡き後、自分は臆病者だと民を捨てて、その未来を閉ざすのですか」
「っ!」
「過ちは正せばいい。過ぎた事は変えられずとも、未来の事はどうとでも出来るのです」
バティの溜め息が重く部屋に響く。
「それなのに、殿下はそうなさらないのですか。端から自分にはそれだけの力はないと、貴方を信じる国民の心を踏みにじるのですか」
「.....それは」
「迷う必要がどこにありますか。見苦しい。この国に王族として産まれた以上。貴方は王として生きねばならない。王は国の所有物。ただ民を導く駒として生きる他に選ぶ事など出来ないのです。諦めなさいアルト。貴方は王だ」
静かで、しかし重みのある言葉。
「皆言っていました。殿下の指揮下で戦う事に後悔は無いと。殿下は必ず正しい場所に導いてくれる。自分たちが居なくなっても、きっと立ち直って家族を導いてくれると」
「........」
「殿下を信じ、そして思いを託した彼らの為に、貴方はここでいつまでも泣いてはいられません」
バティが俺の背に手を触れる。
「私も殿下を信じております。彼らと同じように、殿下の描く未来を夢に見ているのです」
「っ.......」
「民はこの事を恨むでしょう。それでも、明日こそはと未来に期待して進んでいくのです。暗がりの中で必死に足掻き、手を伸ばして答えを探りながら歩いていく。その道を切り開き、導くことが出来るのは、他でもない殿下なのです」
厳しくも暖かい言葉に涙が込み上げる。
「彼らの思いを繋いで下さい。彼らの魂が無事空に昇れるように」
「っく.......」
「涙ならもう十分流したでしょう。そうして下を見ているばかりでは、貴方を待つ民を見ることも出来ませんよ」
最もな意見だ。この決意を固めたなら、いつまでも泣いてるべきではない。
「バティ、教えてくれ。どうしたら俺はこの国に望まれた王になれる」
「民が作り上げる国。その国を統べるのが王。王無くして民はありませんが、それと同時に民無くして王はない。民の思いを繋ぎ、永久の繁栄の為に生きるのが王の在り方でしょう。陛下はそれを力を以て成しました」
「力......」
「殿下にも力が必要です。剣ではない、民を導く力。まずはその力を手にすることからでしょう」
「剣ではない何かか」
言われて見ると見当がつかない。
「今は考えても頭が回らないでしょう。整理がついてからでも遅くはありません。殿下に必要なのは、このエルラドを背負うと言う決意と覚悟。それを理解していただきたかったのです」
「迷惑をかけたみたいだな。もう大丈夫。やれるだけやってみる。この国を守る為に」
「ええ。期待しております」
バティは立ち上がると、深々と礼をして部屋を去る。
その背を見送り、ベッドに腰かける。
家族を忘れない為に何が出来るかを考える。この国の為に戦った彼らに出来る事。
「......そうだ」
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バケツ一杯に溜まった水。新品の布を浸け、重くなったそれから水を絞る。
灰色に磨かれた美しく迫力のある慰霊碑。
そこにはあの戦で犠牲となった家族の名前が刻まれている。
水に濡れた布で祭壇を拭き、続いて踏み台を使って表面の掃除をする。
月の中頃、毎月彼らの命日にはこうして慰霊碑を掃除する事が習慣になっている。
家族がここにいた証。誰にも忘れられず、残された者を見守れる場所を作った。
風雨に晒された慰霊碑を磨き、気付けばバケツの水には砂が浮き、灰色に濁っている。
「今回はまた一段と汚れてるな」
バケツを抱え、教会の泉へと向かう。
水を入れ替え、見かけた修道士に会釈をして慰霊碑へ向かう。
魔術によって便利になった世界ではあるが、他でもない家族の命に向けるものを魔術の力に頼るのは間違っていると思う。
魂を、命へ送るものだからこそ、小さな事にでも思いを込める。細かいこだわりだが、それが俺が家族に出来る事だろう。
慰霊碑の見える場所まで戻ると、その前には見慣れた人物がいた。
「バティ」
「おや、やはり殿下でしたか」
「ああ。いつものようにな」
「皆も感謝しているでしょう」
バティの横を通り、再び踏み台に乗り掃除を始める。
彼は抱えていた花束を祭壇に乗せ、手を合わせる。風に揺れる羽が、慰霊碑に反射する光で美しく輝く。
「ラベンダーか」
「ええ、これから少し騒がしくなりますし、皆が静かに眠れるように」
「夏はもう終わるぞ?」
「収穫祭ですよ。今年も酒盛りがあるでしょうから」
「ああ、それは迷惑になるな.......というか、いつもその花束を供えていたのはバティなのか?」
「はい。香りは風に乗って空にまで届くでしょう。束にすればより高くまで.......なんて子供っぽいでしょうか」
バティは小さく苦笑する。
「そんなこと無いだろう。それだけ届けたい思いがあるってことなら、子供だとか大人だとかは関係ないと思うぞ」
「ふむ、では殿下の用意された花束にも何か思いが?」
「あー、取り敢えず皆が好きそうな花を選んでもらっただけだ......あるのは感謝の気持ちくらい」
肩をすくめてみせるが、バティの表情は何かを懐かしむように見える
「.......いつもこうして彼らの帰る場所を守る殿下には敵いません」
「もうただの癖だよ。皆への誓いを忘れない為に始めたことだ」
「すっかり変わられましたね。あの日叱りつけた殿下はどこへやら」
「失った物以上に多くの物をもらった。それを持って俺はこれからを歩んでいく。皆と共に未来を見る為に」
「そうですね。彼らが安心して眠ることが出来るように」
話を終える頃には慰霊碑の汚れも落ち、その姿は太陽の光できらきらと輝いていた。
「こんなところかな」
「ええ。傷もなく、完璧ではないでしょうか」
地面に置いていたカゴから花束を取り出し、バティが供えたラベンダーの花束の隣に供える。
バティと共に手を合わせ、亡き家族に祈る。
「そういえば。殿下、オウル様がお呼びのようでしたが、聞いておいででしたか?」
「オウル?また突然だな」
「フランシア様の事で相談があるそうでした」
「フランの.......またやらかしたのか」
「どうでしょう。私も詳しくは知りません」
オウルは皇国所属の魔術師で、梟の獣人だ。
俺に魔術を教え、現在ではフランの魔術の指導をしている。
植物園を利用して魔術の研究をしているのだが、フランがその植物園で火事を起こしているのだが、今回もその件だろうか。
いくら温厚なオウルとは言えど、我慢にも限界がある。
「無闇に炎は使わないように言ってるんだけどな」
カゴを拾い、頭を掻いて慰霊碑前を後にする。
少し冷たさを感じる夏の終わりの風が肌をちくりと刺す。
ラベンダーの香りが優しく鼻をくすぐる。
その優しい香りが、家族の下に届くことを祈り、オウルの待つ植物園へとむかうのであった。
俺はこれからも歩いていく。現在を生きる人が正しく過去の教訓に触れられるよう。現在を生きる人が未来に希望を抱いて生きていけるよう。
その道を繋ぐ灯火となれるよう。
こうして繋いでいく。過去から現在へ、現在から未来へ。
三回書き直してこれなんだから本当やってられなくなった。勉強不足大概にしろこの墓石が