収穫 襲撃(?)
日射しの強い季節が去り、風が少しずつ冷たくなる頃。
バロンも国に戻り、特別な事もなく一月の時が経ったエルラドには秋が訪れていた。
「さて、まずは突然の召集への対応に感謝を」
植物園に併設された畑の前、ずらりと並んだ獣人達の前に立つ。両脇にはバティとバロンが控え、彼らを見守っている。
彼らは皇国騎士団に所属する騎士で、ここである手伝いを依頼していた。
「知っての通り、今年も収穫祭の時期がやって来た。神々への豊穣の祈り、国の為に汗を流して働く民への労いの為の大切な催事だ。我々皇国側も、彼らがこれからの時期を健康体で暮らせるよう出来る限りの支援をしていく」
「本日ここに集まっていただいたのは他でもない作物の収穫の手伝いのためです」
騎士団の新人達が首を傾げる。
そんな簡単な事か、と言った表情だ。
「ここの畑はとにかく広い。お前らの実家のちっちゃな庭の農場とは格が違う。俺たちだけではどうしても時間がかかると言うことで、お前らに手伝いを頼んだわけだ。最も、長いこと騎士やってる奴からすれば、秋の特別行事みたいなもんだな」
「ここにある作物は全て収穫してくれ。カボチャ以外は形が悪くても問題はない。晩餐会に使う食材だから、あまり傷付け過ぎないようにお願いする」
騎士達から頼もしい返事が帰ってくる
「それでは始めよう。目標は昼過ぎまで。善は急げ。早速始めよう」
騎士達がぞくぞくと菜園に足を踏み入れ、それぞれ作物の収穫を始める。
「殿下、我々も行きましょう」
「よっしゃ。腕がなるな」
バティとバロンも気合いは十分なようで、続いて畑に入っていく。
「よし、俺も」
腕まくりをして、鎌でカボチャの茎を切る。
身の詰まったカボチャはズッシリと重く、普段から書斎か図書館に籠っている俺には持ち上げるのも一苦労だ。
「うう。少しは運動しとくんだった」
「アルト様。お手伝いしましょうか。辛そうに見えますよ」
「いや、大丈夫。この程度出来なきゃ男として情けないから」
「うむ、よろしい!。それでこそ俺の主人です。では俺も仕事に戻りますからね」
木箱いっぱいのカボチャを肩に担ぎ、バロンは楽しげに鼻歌を歌いながら畑を歩き回る。
その様子に頼もしさを感じながら、自らの体たらくを呪う。
「そういえばフランと遺跡調査の約束があったな。次はいつになるだろうか......っと」
周りを見れば、騎士団の者達は皆大量の作物を抱えては荷車に運んでいる。
この様子なら例年より早く収穫が終わりそうだ。
軽い会話を交えながら暫く作業を続け、カボチャの収穫が終わる頃、バロンが俺を呼んだ。
「クワが折れたらしいです。全く加減も出来ないとは、次は剣を折るかもしれません」
「分かった、俺が取って来るよ」
「いえ、それは俺が」
「バロンは皆の手伝いをお願い。俺が手伝っても長引くだけだから、バロンの方が適任だろう」
「む、ではお任せして良いのですか」
「ああ、適材適所。こっちは俺一人でも出来る事だから」
バロンに畑の仕事を任せ、農具置き場まで向かう。
農具置き場は畑から程近い小屋にあるのだが、そこに目的のクワは無かった。
「.......参ったな。補充を頼むのを忘れてるのか」
シャベルに鎌、他の農具はまばらに残っているのだが、クワだけが見事に在庫を切らしていた。
「他にはどこか.....」
このまま手ぶらで帰るのも悪い気がして、小屋を出て周囲を探し回る。
「......まあ、こんなところに無いよな」
周辺を管理しているのはオウルだ。彼に限って道具を無用心に放置するなどあり得ないだろう。
「早く戻ろう。いつまでもここに居られーー」
視界に収めた庭の景色。少し先で黒いものが蠢いた。這うようにして逃げるそれを、反射的に追いかける。
モゾモゾと蛇のようにうねりながら逃げる黒いもの。徒歩の速度で追いかけていると、あるところでそれが停止する。
「あら、釣れたのは皇様の方?」
何者かの声が響く。
咄嗟に顔を上げて見回すが、そこには誰も居ない。
「ふふ。慌てちゃって、可愛いのね」
「誰なんだ。姿を見せろ」
「勿論。すぐに行くわ」
地面が渦を巻いて捻れ、形が戻る中で黒い穴が生まれた。
その内側から、エレベーターに押し上げられるようにして人が現れる。
薄紫の髪をした女性だ。
「冴えない顔。妹ちゃんとは反対ね」
「.......」
「あら、怒らせてしまったかしら。ごめんなさいね」
上品に笑う声に反し、その顔には僅かに寒気のする邪悪さが感じられる。
「フランシアだったかしら。妹ちゃんを探していたのだけれど、どうやら失敗かしら」
「それを俺に言ってどうする。それがお前の目的なら、俺はお前の敵になるが」
「ええ、知っているわ。少し計画を狂わされてしまったわね」
女性は動揺するどころか、むしろ愉快そうに笑う。
「だから先ず、貴方から始末することにする」
「始末だって?」
「そう。貴方の力も使いようによっては強力なものなのだから」
女性が歩き出す。
彼女の次の攻撃に構えるが、それよりも早く頬に細く冷たいものが触れる。
「碧い瞳.......近くで見るといっそう綺麗なのね」
一瞬にして間合いを詰めた彼女は、俺にぐっと顔を近付ける。
「っぐ!?」
「逃げられると思わないことね。武器も無しに戦うなんて、お互い愚策だとは思わない?」
「.......な.....」
「油断は命取り。次代の皇帝がそれでは国の未来も危ないんじゃないかしら?」
体が痺れる。手に収束させた魔力は術への完成を待ち流れるが、敵が発動させる得体の知れない術がそれを阻む。
「間抜けな顔ね。魔術なら使えないはずよ。能力が分からないのは危険だけど、それも奪ってしまうのだから変わらないわよね?」
両の頬に彼女の手が触れる。
視界がぼやけ、浮遊するように体が軽くなる。
「さあ、楽にしてあげるわ」
女の手が薄く光を帯びると、途端に脱力感と急激な眠気が体に現れる。
意識が落ちかけた時、頬に疎らに生暖かいモノが触れる。
ぬらぬらと伝う粘ついた液状の物体。
「っづぁ!?」
「っ......ぁ?」
「離れろ!」
激しい怒気の籠った声。
無力感からの解放。続いて背を地面に打ち付け、意識を引き戻される。
「ぐ.....あぁ」
「誰!?」
「聞きたいのはこっちの方!名乗るならお前が先だ!」
聞き慣れた声に振り向けば、ギラつく目で女を睨み付ける妹の姿があった。
その手に握られた長ものの猟銃は、彼女のイメージからは大きく外れているように見える。
「......生意気ね」
「人の身内に手を出す女狐に言われたくない......兄様、さっさとそいつから離れて」
「っ....ああ」
「逃がさないってーー」
「それは私の台詞だ!」
銃声と共に伸ばした女の指が潰れる。
血を吹き出して手を赤く染める女。
魔術が中断された隙に相手と距離をとる。
「ぐぅっ」
「突然現れて兄様を襲うなんて何のつもり?」
「フラン....そいつ」
「黙ってて。すぐに終わらせる」
怒ると周りが見えなくなる人がいるが、フランの場合はそれが人一倍酷い。
取り付けられたレバーを操作して弾薬を装填
した彼女は、銃口を女に向ける。
「で、お前誰」
「なるほど。貴女が妹ちゃんね」
「誰、と聞いてるんだ。気安く妹と呼ぶな。私はフランシア=エールデン。皇国『エルラド』の第二皇位継承者だ」
「......やはり。なら.....『兄様』に用はないわね」
「チッ」
乾いた発砲音と血飛沫。
女が肩を押さえてよろめく。
「黙れ女狐。兄様を侮辱するな!」
声を荒げるフラン。
赤く濡れる芝を見ると寒気がする。
「ッフフ。妹ちゃんも単純みたいね」
「ボロボロの体でよくそんなことが言えるわね。あと何発堪えられるか試してみる?」
脅すように話す声は、普段のはつらつとした彼女からは想像もつかない。
「流石に分が悪いかしら。もっとお淑やかなお嬢様かと思っていたのだけれど、まるで猛獣みたいじゃない。怖いわね」
女が俺に向き直り、邪悪な笑みを浮かべる。
「ねえ、お兄様?。こんな恐ろしい怪物が家族だなんて嫌なんじゃない?」
「ッ!」
激しい歯ぎしりの音。再び銃声が鳴るが、その弾丸は金属音と共に弾かれる。
「......黙れ!。部外者のお前に何が分かるんだ!」
「『人殺しの目』.....ね。怪物と共に生きていくなんて、とんだ災難を押し付けたじゃない。貴女が殺した者の分まで、その罪を背負うのは誰になるのかしら?」
「.......っ」
レバーに掛けたフランの手が止まる。
それを見る女の顔が更に歪む。
「お兄様だって迷惑しているんじゃないの?。優しい言葉だって、どこまでが本心なのか知れたものじゃない。心の底では早く死んでしまえばいいとか思っているんじゃない?」
怒りに手を震わせるフラン。しかしその表情に純粋な怒りは見えず、どこか揺らいでるように感じられた。
「怪物なんてお兄様には必要とされない。分からないかしら?。それとも貴女は真意もしれない相手の言葉を盲信するの?。滑稽ね」
「そんな戯言聞きたくない。私は兄様を信じる」
呼吸を荒げながらも、言葉では冷静に返すフラン。弾丸を装填し、再び銃を女に向ける。
「確保することが出来ないのは惜しいけど、妹ちゃんに会えた事を収穫にしようかしら」
霧のように消えていく女。フランが引き金を引くが、放たれた弾丸は消え行く女の体を虚しくすり抜けた。
女の消え去った庭。残されたフランは銃を下ろし俯く。
「.......兄様」
「どうした」
「私は怪物でしょうか。あの女が言うように.....必要のない......」
何度も言っていることだ。フランが必要だとか不要だとか、それは問題ではない。
勿論答えは決まっている。
「フラン」
「い、良いです。今はまだ聞けません」
一人にして欲しいと言い残し、フランは足早に立ち去ってしまう。
「行ってしまった.......何が」
思い詰めたような表情で立ち去った彼女を引き留められなかったことに不安を抱きつつ、それを追うことも躊躇われ、皆の待つ畑へと戻ることを決める。
「アルト様。随分とお時間がかかりましたね」
「ああ、なかなか見つからなくて探してみたんだが」
「それでそんなに泥まみれなのですか」
「あ、ああ。そんなところだ」
言えない。言えばまた大号泣の後に発狂してあの女を地の果てまで追い回すだろう。
避けなければならない。世界各地に地獄が出来る事は。
フランの事も気にかかるし、そこに誰かが干渉するのも危ない気がする。
「結局クワは無かった。悪いな」
「いえいえ!もう作業は終わりましたよ。後は料理番に任せて、我々は収穫祭の準備に取り掛かるのみでしょう!。カボチャのランタンに綺麗な旗。子ども達にはお化けの被り物も配りましょう!」
「そうだな。今年はカボチャのクッキーとパイも用意する予定だし、いつもより華やかな収穫祭になるといいな」
「ええ!頑張りましょう!」
バロンに感謝を告げ、彼と別れる。
放っておいたままのフランが心配になり、バティとも簡単に話を済ませ彼女を探すために王城に戻る。
残された半日をフランの捜索に割いた。
何て暇人。何て馬鹿だ。
一国の皇太子がただ一人の女を探し回る。
端からすれば笑い者だろう。
「フラン.......」
何度目かになるフランの部屋の扉を叩く。
当然の如く反応はない。
それまでも同じだったのだから変わらないだろう。それでも、何か他の答えが返ってくる事を望んでいた。
あの時立ち止まった俺の行動を許してくれる、彼女の笑顔を望んでいたんだ。
女とのルートは無いです妹ルート単品です諦めてもろて