なのに人間の夜行性がおかしいと言われるのは何故。
あれから3日の時が経った。
ついに迎えた収穫祭当日。国内はすっかりお祝いムードで、城下は朝から民の声で賑わっている。
時間を見つけてはフランの捜索を続けたが、依然としてその足取りは掴めないでいる。
王城の者には外出すると伝えているようで、誰も彼女の居場所を知らないようだ。
収穫祭を前に突然出掛けたいなど、それを楽しみにしていた彼女の事と思えばおかしな話だがそこは狐の獣人。他人を言いくるめることには苦労しないのだろう。
「どこまで用意周到なんだ」
俺にはどうしようもなくて、周りは国の一大イベントに掛かりきり。
王城には今も彼女を良く思わない者が残っていて、中でも強い影響力を持つバティがそちら側にいるために、今の時期では化け物を構おうとする者なんていないだろう。
「殿下。心配なさることはありませんよ。フランシア様も御用があると仰っていたのですから」
「本当にそう思うのか。フランは毎年収穫祭を楽しみにしているんだ。それが突然いなくなるなんて」
「お気持ちは分かりますが、今は収穫祭の進行に集中して頂きませんと。収穫祭は明日もありますので」
「......ああ」
バティに悪意が無いのは分かっている。いくら腹の底ではフランを嫌っていたとしても、彼女に優しく接してくれていることは事実。
それは理解しているつもりだったのだが、こうも淡白にあしらわれることには不満を覚える。
諦めて城下町に出るが、心には不安が残された。
国民が用意した豪華な料理やオブジェが中央広場の神の彫像に捧げ、振る舞われた料理や作物を頂く。
国民と話す時には笑顔を絶やさず感謝を伝え、励ましの言葉を贈るが、それが終われば脳裏に過るのは姿を見せない妹の事。
彼女を放って自分だけがこの場に立っているのが心を濁らせた。
「......ああ」
「アルト様。やはり気になるんですか」
バロンが背を屈めて耳打ちをしてくる。隠しているつもりでいたが、バティと彼にはしっかりと伝わっているようだった。
「バティが心配していましたよ。少し休まれてはとのことですが」
「いや、急に俺が居なくなったら」
そこまで言い掛けて顔を上げた時、遠くで見覚えのある赤いドレスが見えたような気がした。
「......フラン?」
「はい?」
気の抜けた様な言葉にバロンが俺を見るが、その時には既に俺の足が動き出していた。
「バロン。やっぱバティに甘えさせてもらう」
「え?はい?」
「すぐ戻ると思うから」
「なら俺も」
「お前まで居なくなったら怪しまれる。頼む、信じてくれ」
「ちょっ、ま」
後半は聞き取れない。と言うより頭に入っていなかっただろう。
国民の目に入りにくい道を選んで走る。
運動をしていなかったことが災いし、すぐに息が上がりそうになるが、咳き込みながらも走る。
広場から離れた国のはずれ、フランのものと思われるドレスが何度か路地の角に消えていくのを見た。
「っゼェ.....ゲッホ」
ある角を曲がった所でフランの姿を見つけるが、その先の光景に慌て近くの建物の影に隠れる。
人間の男が五人。ボロい衣服のそれらはニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべてフランと話しているようだ。
どういった事情があるのかは知らないが、皇帝からの承認を受けた特例の人物を除き、人間の国内での生活は認められていない。
一方で俯いているフランの表情を伺うことは出来ない。
「......何を話して」
近付けばそれを知ることは出来るだろうが、万が一人間に気付かれればどうなるか分からない。迂闊に踏み出す事も出来ず顔を覗かせてフランの様子を観察する。
風を切る音。その音に気付くより早く、頭部を激しい痛みが襲う。
「っあが!」
膝を付いて踞る。衝撃を受けた頭は熱を持ち、ドクドクと脈打つ。
肌を伝う熱い液体には覚えがあり、寒気がする。
続いて髪を掴まれ、壁に押し付けられる。大柄な男がつり上がった目で俺を睨んでいた。
「獣人ッ!!」
想像を絶する力で頬を殴られ、脳が揺れる。激しい目眩が起こり、投げ飛ばされた場所から起き上がる事が出来ない。
生きているのが不思議に思えるくらいだった。
「邪魔をするなッ!」
「......何を.....し」
顔を鷲掴みにされ、床に叩き付けられる。
痛む傷に追うようにして激痛が走り、その時点で意識が吹き飛んだ。
次に目を覚ましたのは日の暮れた暗い王城の自室で、落ち着かない様子のバティと沈みきった顔のバロンがそこにいた。
ベッドの隣におかれた淡いランプの光に目を細め、ゆっくりと起き上がる。
「......っづ」
弱々しくもしっかりと脳に響く痛みに声が漏れ、その声にバティが振り向いた。
「殿下!」
「ッ!アルト様!」
跳ねるように椅子から立ち上がるバロン。
読んでいた本を勢い良く閉めるバティ。相当心配させたようだ。
「殿下、一体何ーー」
「どいつですか!?。何処のどいつがアルト様を」
「二人とも、落ち着....っ痛ぅ」
痛む頭に触れれば、ざらつく包帯の感触があった。
「バロンから突然飛び出していったと言われ、追ってみれば血塗れて捨てられている!。何をしているのですか!?」
「人間どもが......大人しくしていれば良いものを!」
激怒する二人をいさめ、状況の説明と謝罪をする。
「フランシア様が人間と?」
「違法入国のクズが........アルト様を!」
「ああ、人の寄り付かない外れの地区で」
「よりにもよってこんな時期に」
「お任せ下さいアルト様。俺が皆殺しにしてきます。連中の首をひとつ残らず晒してみせます」
「物騒な事を......」
ある意味平常運転なバロンに安心しつつも、一方のバティの苛立ちようにはヒヤヒヤする。
「そうだ。フランは」
「フランシア様の姿は見当たらかったそうです」
ぼんやりとしていた思考がその言葉に律される。
「.......すぐに向かう」
「正気ですか!?。その体でどうするおつもりなのです!」
「傷も痛むが命に関わる程じゃない。それよりもフランに何かあったら」
「捜索隊が向かっています。彼らに任せれば」
「これは俺の責任だ。止められたかもしれないことを止めなかった。それを捜索隊に押し付けられない」
「しかし殿下は」
「フランは怪物かもしれない。だけど、俺にとってフランは家族なんだ」
ベッドを降り、スタンドに掛けた外套を肩に掛ける。
「殿下!」
「バロン。手を貸してくれ」
「........何なりと」
「すまないバティ。収穫祭の進行を頼む」
縮み上がるほどに低くドスの効いた声で答えるバロン。頼もしい限りだ。
バティの制止を振り払い、部屋の窓を抜け枠に手を掛ける。
魔力を足に収束させ、雷へと変化させる。
へりを蹴って夜の街へと跳躍する。
一瞬にして数十メートル先の屋根に到達し、着地と同時に魔力を変化させて走る。
十秒とかからず城の敷地を飛び出し、薄い橙の光に包まれた城下の家々の屋根を跳び移り疾走する。
青白い軌跡を描いて走る姿は、さながら流星にでも見えただろうか。
中央広場を突っ切り博物館の屋根へと跳躍する。
長い浮遊感に吐き気がするが、それを呑み込んで博物館の窓際に手を掛け、そのまま屋根まで飛び上がる。
心臓は緊張でバクバクと早鐘を打ち続け、背にはひんやりと冷たい汗が伝う。
「......怖くない。前だけ見ろ」
小さく呟いて恐怖に震える体を正し、博物館の屋根から住宅地に飛び降りる。
王城から続く中央広場までの市街地には多くの人が集まり賑わいを見せる。日中にはこの住宅地にも少数の国民が店を出すが、夜になれば全ての国民が王城前に集まるため、この住宅地は人目のつかない場所となるのだ。
「バロン!」
「露払いはお任せを。アルト様はお嬢様の救出に専念してください!」
上空を飛び去るバロンが叫ぶ。
生身の体でサーカス団の如きアクロバット技を決めて見せる。獣の血が濃いと言うだけでは成り立たない芸は、彼の経歴と過酷な鍛練あってこそだ。
「頭が上がらないな」
薄く笑い、再び魔力を足に流して電撃と共に走り出す。角に差し掛かれば家の壁に着地し、それを蹴って曲がる。
外部に向かう程家の感覚が生まれるため、その細かな隙間を走り抜けるのは俺にとっては危険な技。
時間はかかるが傷だらけで敵地に突撃するよりかはマシだ。
昼間に通った道を辿り、その数倍速い速度で路地を飛び回る。
魔術による手助けが無ければ何度も死んでいるはずだ。
「オオオオオ!!」
咆哮と悲鳴。バロンが暴れているのだろう。可哀想だが人間に勝ち目など無い。現場が血の海になる前にフランを見つけ出さなければ。でないと血塗れの裏路地を見てノックダウンだ。
何度か角を曲がり、最後の直線に差し掛かる。
断末魔が上がり、血飛沫が飛び交うそこは正に地獄だ。一瞬すくんだ足を拳で叩き、走る。
「アルト様!その奥に!」
毛並みを赤く染めたバロンが叫ぶ。
見た目は恐ろしいが、それを忘れさせるほどの勇猛さには声も出ない。
「行かせるか!」
「死ね下衆!猿の成り損ないが俺の主に触れるな!」
いつの間にか増えていた人間の用心棒達が俺に向かって来るが、バロンがその悉くを一振で切り伏せる。
自身の体程もある大剣を持って縦横無尽に戦う姿はまさに狩人そのものだった。
キリキリと火花を散らして地を疾る銀の刃。
石ころのように吹き飛ぶ人の体。
弧を描いて舞う鮮血は、嵐の中風に煽られて舞う雨のように絶え間なく戦場を飛び交っていた。
鬼に金棒。鍛え上げた狩りの才能と規格外の大剣には、その言葉が良く似合った。
「悪い。頼むぞバロン!」
「一匹も通しません!」
バロンの横を通り抜けた先には空き地があり、その奥に家が一軒。扉は閉まっており、人の騒ぎ声が漏れているようだった。
扉に手を掛けるが、鍵がかかっている。
数歩下がって手に魔力を集め、球形の雷を発生させる。
「
扉が吹き飛び、中の様子が明らかになる。
人間が5人。フランの姿は無い。
ならここに用は無い。
「フランシア=エールデンを迎えに来た。解放すれば悪いようにはしない」
「だ、誰だお前!」
「アルト=エールデン。フランの兄だ」
人間は殺気立った態度で納めていた剣を抜く。
どうやら大人しく引き渡すつもりは無いらしい。
魔力を全身に広げ、雷へと変化させる。
「.......フランを返せ」
タイトルの割にクッソ詰まらん内容。許しを請えば救われると思ってる。