部屋を出た瞬間、拳が飛んで来た。それが大切なクルーからの物だったから、あえて受ければ思いの外本気の攻撃で口の中を切っちまう。
自分の怪力を理解してくれよと思うが、殴る気持ちも分かる。ガブも不器用ながら、ナミを可愛がっているのだ。
「……殴られた理由は、分かるだろ」
俺を殴ったガブでは無く、その近くで成行きを見守って居たらしいベックに問い掛けられた。だから俺は口内の血を吐き出してから、それに頷く。
吐き出した筈の血の味が、まだ残ってる気がした。俺自身、どうしたらいいのか分からねェんだよ。
「ああ。だが、止まり方も分からねェ」
「……手を出さずに、三日、普通に看病したりして部屋の中でいいからのんびり過ごしてみろよ。お頭がそうすれば、それだけで解決だぜ?」
その言葉に半信半疑ながらも、今にも死にそうな様子でぐったりとしていたナミを思い出して頷いた。するとルーがトレイを俺に差し出して来るのだから、仲間に……特に幹部達には隠し事等不可能なのだと痛感させられる。
深い溜息が零れるのに、それは妙に温かい。そうして部屋に戻れば、ナミは意識を取り戻していたらしく俺を見て……慌てたような声を出した。
「シャンクス!?その顔、どうしたの!?」
突然大きな声を出したからか、咳き込んでしまう。そんな私に慌てたような顔で駆け寄り、近くにトレイを置いてから背中を摩ってくれる。
咳が落ち着いてからシャンクスを見れば、心配してるのが伝わって来る。……だから、何をされても嫌いになれないのよ。
村の皆を助けてくれたり、こうして気遣ってくれたりするから……。なのにどうして、私の言葉は届かないんだろう。
嫌いになれたら、楽になれるのに。私は愚かにも、シャンクスの事を嫌いになる事が出来ないでいる。
「……心配、してくれるのか」
「当たり前じゃない!……ぶつけた感じじゃないけど、襲撃にでもあったの?」
僅かに震えだ声で妙な事を聞かれる。どうしてそんな事を聞くのかが、心底分からない程に分かりきった質問につい怒鳴るように返してしまった。
船に乗り込まれるなんて珍しい。それとも、飛び移って戦ったのかな。
どちらにしても、シャンクスを殴れるなんて余程だわ。そうなると、皆は大丈夫だったのかしら?
昔は無かった髭が、大人の貫禄と言うよりズボラさを出していようとも、尊敬して、敬愛して、憧れ続けて来た師匠。そのシャンクスが殴られるなんて……。
でも、今の私がその場に居たら間違い無く足手纏いになっていた事だろう。私は……弱い。
元々弱かったのに、更にこうした生活をしていては弱るのもある意味当然で……。どうして、私は守られてるんだろう。
ただ、性欲処理の女としてならば、守らなくてもいいと思うのよ。いくらでも代わりはいるんだから。
でも、シャンクスの代わりになる人はいない。この海を統べる王の一人であり、私の存在理由の一つ。
「シャンクス……無茶、しないで……」
独りになるくらいなら、死んでしまいたい。だから、無理を重ねるなら、私を殺してからにして欲しいの。
そう思って見詰めたら、何故かシャンクスの頬が赤く染まった。それから視線を逸らして、ボソボソと問い掛けてくる。
「気を付けるから、その、今ナミは何が欲しい?」
「体力」
「……それは、俺には何とも……いや、分かった。今日は何もしないから、ゆっくり過ごせ」
ガウに殴られた上で、暫く手を出すなと言われたからだとは告げずに、そっとその頭を撫でて見る。勝手に離れた事に対する罰だけならば、確かにやり過ぎた。
正確に言うならば、その罰は離れた結果受けた屈辱で十分過ぎる。その先は本来、俺はナミを甘やかして、癒してやるべきだったのだろう。
それでもそれが出来なかったのは、ナミを信用出来なかったからだ。俺から離れようとした現実と、見せられた映像が俺を捨てようとしたのだと判断させた。
それも、手元に取り戻してからも二言目には殺してくれとか、死にたいと言われれば……俺に触れられる事が苦痛だと言われてるように思えてならなかったんだ。だが、冷静になれば……違うと分かる。
こんなにもナミは、素直に……いや、妄信的に俺を愛している。こんなにも酷い扱いをする俺や仲間を気遣い、何もしないと言っただけで、身体から力を抜いて本気で安心しきった様子を見せる程には、信頼もされているのが伝わって来た。
恐ろしい程の罪悪感から、ナミの額にそっとキスを贈る。それに対してナミはキョトンとした顔で俺を見て、破顔した。
久々に見たそれに、俺は己の罪深さを知る。こんなにも無邪気で優しい女から、笑顔を奪っていたのだから。
「シャンクス……?」
不思議そうに俺を見るナミに、俺は笑いかける。俺が本当に望んでいたのは、その身体ではないのだと思い知らされながら。
どうしたら、前のように笑ってくれるだろう。奪う事や破壊する事は簡単なのに、どうして回復に向かうような事は難しいのか。
声を、聞きたい。そう思ったら言葉は自然と紡がれていた。
「好きな楽器はあるか?……笛は駄目だぞ。歌いながら演奏できるものにしろ」
「え?……指、動くかしら?それに、ベッドから降りられるか自信がないわ」
「ピアノやオルガンは運ぶのも手間だから、ベッドで使えるものにしろよ」
「我儘ね……」
そう言いつつもクスクスと笑うナミは、酷く優しい。元々演奏したりする事が多く、優しい声で歌っていた事を思い出す。
そうだ、ナミは歌の才能もある。言われてみれば、俺のせいでナミはベッドから出るのは危険な位弱ってるのだ。
なら、まずは身体を起こしている時間を増やしてもらおう。少しずつでも、ナミの笑顔と声を……と望むのは、きっと俺の我儘なのだろうと分かりつつ、どうにかそれを得たいと望んでいる。
そんな俺の欲望を叶える為に、ナミは真剣に考えてくれる。この姿を見ているだけで、俺がどれ程幸福なのかをナミは分からないだろう。
そして、その幸福を自ら破壊していたのだと、思い知らされて苦笑してしまった。俺はナミを、苦しめたい訳では無いのだ。
「なら……お琴は置かなきゃで無理だし、ドラムもベッドだと無理だから……うーん……」
ハーモニカも笛と同じで口を使えなくなるし、その理屈だと鍵盤ハーモニカも同じ。ピアノ、オルガン、チェンバロもベッドは無理だわ。
バイオリンは立って演奏したいし、三味線系列は難しくて私にはキツい。竪琴は大きいからベッドの横に置かないとで、ちょっとキツいわよね。
なら、ハープしかないかな。人魚が奏でてるようなイメージの、持ち運びできるサイズの物ならベッドでも可能な筈。
「ハープ、あるかな?小さめのがあったら嬉しいな」
「分かった。すぐに用意させる。……何を、聞かせてくれるんだ?」
「突然言われても……聞きたい歌の種類、ある?」
「……ラブソングが、聞きたい」
俺の言葉に驚いたような顔をして、それから頷いてくれた。けれども用意されたそれで演奏される曲に、あの日の歌は含まれない。
何故あの時の歌をと頼めないのか、自分でもその答えが分からずに、ナミが優しく紡ぐ歌声に耳を傾け続けた。そうしてナミと共に過ごした数日は、ナミを抱き潰していた日々よりもずっと、心が潤っていく。
体力が戻って行くナミは、いつ消えるかと思わせた儚さを消して、代わりに花のような美しさを讃えた。それでも突然変わった俺に、ナミは不安そうな顔をする。
「ねぇ、シャンクス」
「ん?」
「もう、私に飽きたの?」
「……はァ!?」
「だって、突然……抱かなくなったでしょ?身体は楽になったし、助かる事も多いけど、理由考えたら私に飽きたのかなって」
飲んでいた物を吹き出し、咳き込んでから盛大に驚かれてしまった。何か部屋な事言ったかなと不安になるくらい、大仰な反応。
でも、聞いておかないと。飽きたのなら、いつ捨てられてもおかしくは無い。
ただ、降ろされるだけなら良いけど、もし……売られるなら、私はその先で死にたいと思う。もう、誰にも、触れられたくはないから。
「捨てるなら、早目に教えてね」
「……誰が捨てるかっ!ナミは、誰よりも美しくい俺達の女神で「違う!!私、そんな綺麗じゃないわ!!アーロンに、これ迄に何をされたかっ!私、は……きたない……!!」」
言葉にして、涙を落としたその様子に慌てて抱き締めたのは……言葉では伝え切れない事があるから。そして、漸く理解できたんだ。
何故ナミが俺を拒んたのか。ナミはずっと……己を責めていたのだと。
家族や故郷を護った優越感すら無く、ただ搾取される現実と俺への顔向けを気にして、己の無力さに打ち震えていた。だからこそ、絶望して生きる事を拒んでいたから……生かそうとする俺達から、離れようとしていたに過ぎない。
「ナミは、本当に……海賊に向かねェな」
「え?」
「女海賊なんてのは……何人の男に求められるかがステイタスだろ。それを受けるにしろ、断るにしろ、その決定権は女にある。あの大海賊を本気にさせた女を俺も抱いた!と騒ぐのが野郎共の話のタネだぜ?」
「シャンクス……?」
暫く抱くつもりはなかった。それでも、他の男に身体を許した事を、それも……大切な人を守る為にやった事をどうしてこれ以上責められる。
負い目に感じる必要なんて無いのに、俺に強がる事さえできない愚かな少女。それの根源は、ただ甘過ぎる程の慈愛。
そんな女だから、溺れたんだ。俺は昔から、そんなナミだから愛しているってのによ。
俺は、間違えた。そして、傷付け続けちまったんだな。
なら、それを癒すのは、支えるのは、俺の仕事だ。もしそれが違うと言われても、俺は……今度こそ大切にする為に、慈しむ為に、ナミを抱こう。
「ナミ……愛してる」
言葉と共に降ってくる唇。首筋に唇が触れただけで、ビクリと反応する身体。
そのままチクリとした痛みが走り、跡を残されたのだと気付く。何が起きてるのかとシャンクスを見ようとしたけど、シャンクスはそのまま胸の方へとその唇を滑らせるように移動させるから、見えるのはトレードマークの髪だけ。
胸の先端に吸いつかれて、漸く私はいつの間にか脱がされていたと気付く。これは既に、手品師の領域だと思う。
丹念に舐められ、声を抑えるだけで精一杯な私へとシャンクスは言葉を向ける。その間も、乳首から口を離そうとはしない。
「ナミのここに変なモンつけたのは、つけた奴が悪い。……癒してやるから、安心しろ。これを味わって良いのは、俺だけだ」
「んっ……!しゃん、くっ……ぁ……」
「今度は逆だな……」
「やぁだ!むねばっか、やだあ……!!」
「ナミが汚れてるなら、綺麗にしてやろうってだけだ。ナミが傷付いたなら、癒してやる」
言葉を落としながら、ナミの全身を理由つけながら舐めていく。それだけで反応する可愛い女。
敏感なのは、肌で天候を感じるのだから当然だと言うのに、それを罪だと感じちまう位……平和ボケした民間人な思考の持ち主。俺の軽口を受けて、綺麗にしてくれるの……?と、縋るように見てくるのだから相当だろう。
ああ、それでも一つだけ気に入らねェ。これだけは、許してやれねェよ。
こんなの……どうしたって跡が残る。なら、それは俺の物で塗り替えてやりたい。
心にも、残っちまってるだろう不吉なこれを、それでも俺は塗り替えられる。だから、拒むなよ、ナミ。
「肩の刺青は、俺のに直すぞ」
優しく撫でてくれる手が、労る様な眼差しが、私の心に期待を抱かせる。期待して、それが違ったら……と、思わないと言えば嘘になるけど、やっぱり信じたいの。
だから、頷く。全て……シャンクスの好きにして良いから、傍に居させて。
それができないなら、叶わないなら……どうか、その手で殺してください。その思いを込めて名を呼べば、過たずに伝わったらしくその気配が怒りに満ちる。
しまったと思った時には容赦無く貫かれていて、苦しさに喘げばシャンクスが私の顔を覗き込んできた。その瞳には気遣うような色があるけど、腰が止まる気配は皆無。
「痛いか?」
「う、うん。くるし……だけ……」
「苦しい?」
素直に答えた私に、シャンクスは首を傾げてみせる。その様子が少し可愛くて、つい笑ってしまった。
シャンクスも、今は裸の心で私に向き合ってくれてる。だから……羞恥心をかなぐり捨てて真実を告げてみた。
「シャンクスの、おっきい、から……少し、期間あったから……くるしっ……んぅ!?」
「ナミ……煽るなよ」
「あっ……そ、な……してなっ!!」
何の前ぶりもなく、突っ込んだら呼吸を止めて眉を寄せたナミに声を掛けた。その顔を見る前は、まだ死にたいとか思ってやがるなとの怒りで心が満たされていたのに……。
苦しそうな顔を見れば、また傷付けただろうかと思えて不安になる。それでも、快楽と温もりに溺れた俺は腰を止めてやる事は出来ないんだが。
痛みを与えるような抱き方はしてないつもりだが、どうだろうかと声を掛けたら……煽って来やがる。これで辞めてやれる男がいたらお目にかかりたい程の、天然であろう煽りに俺は手も足も出ない。
玉のような汗を振り撒きながら、シーツを握り締めるナミにそっと手を伸ばして耳打ちする。勿論、その腕を俺の背に回させるのも同時だ。
「縋るなら、俺にしろ。そんなもんに縋るな」
「あっ……!でも、シャンクス……いい、の?」
「ん?」
「触っても、おこ、な……?」
「……喜んで、歯止めが効かなくなったとしても、怒る事はねェよ」
優しくも甘い言葉に煽られるようにして、腕に力を込める。離さない……と言う言葉の代わりに強く抱き締めると、優しく笑ってくれた。
だから、その首筋に顔を埋めるようにして、その背に爪を立てながら、はしたなくも甘えてしまう。嫌われないと言うなら、お願いしたい事があるの。
「使えるなら、傍に置いて……。いらなくなったら、その手で殺して……。お願い……」
「余程、壊されたいらしいな」
「シャンクスになら、何されても、嬉しい……」
「……明日、ちゃんと殴られてやるから……壊すぞ」
宣言と同時に腰を全力で動かしてやれば、縋り付く腕に力が入った。これ迄俺に触れなかったのは、遠慮だったのだと知れば止まれる筈もない。
悲鳴のような声がナミから聞こえて、恐らく明日は幹部達からタコ殴りにされるだろうと思いながらも止まれない。眦から落ちる涙が、甘露のように思える程甘くて……。
今度、蜜柑を食べる量を減らさせないとならないなと思う。実際、甘味を好む女の体液は甘い。
だから、主食が蜜柑なナミは甘くて当然だ。理屈は分かっていても、納得は出来ねェ。
「ナミだから、甘いって方が、納得できるな」
「ふぇ?」
「……その気の抜ける声辞めろ。もう、何も考えないで、俺に溺れちまえ」
「も……溺れて、抜け出せない、わよ」
艶のある笑みで、けれども何処かあどけなさを残して笑うナミに内心で苦笑する。何せ、俺の方が間違い無く溺れてると言えるからな。
何度言葉にしても伝わらない気がしていた愛の台詞も、今は寧ろ言わなくても伝わると分かる。何せナミは元々、瞳を交した相手の感情を読み取る事に長けているのだ。
戦っている時もそう。相手の目を見て行う行為なら、全てで……恋愛さえ絡まなければその感知能力は優れ過ぎていると言える程。
隠している筈の傷まで、ナミは真っ直ぐなその瞳で暴いちまう。八つ当たりのような戦いの中でも、その中で痛みを感じ取っては困ったように笑って受け止めちまうんだから、俺に揺さぶられるように抱かれてる筈なのに、包み込んでるのはナミだ。
甘やかす事に関しては天才的で、なのに、自分の事だけは冷たく諦め癖がある。それをわかってた筈なのに……虐めていたのは、俺の罪だと断言する他ない。
そのまま意識を幾度も奪い、また起こしてを繰り返せば、空が白む頃には目覚めてくれなくなった。そっと清めてやろうと抱き上げた俺を待ち構えていた幹部達にナミが奪われて、俺がボコボコにされたのはある意味当然だろう。
そうして殴ってスッキリしたのか、ヤソップが問い掛けてくる。それに俺は笑顔で答えた。
「……納得できたか?」
「ああ、今後は甘やかして、甘やかし倒して、死にたいなんて考えられなくしてみせる」
「……期待してるぜ、船長」
ヤソップの言葉に頷けば、ルーからタオルが投げ付けられた。明日、また心配かけちまうなと笑えば、ナミは優しいからなとホンゴウが笑う。
ナミが死のうとする衝動的な行動が落ち着いたら、また修行つけてやろうなと笑う仲間達にそうだなと言って頷いた。俺達の女神は、漸く帰ってきたのだと実感しながら。
「そうだ……ナミに、言葉が通じるようになったぞ」
シャンクスのそんな声が聞こえた気がしていた目を開けると、目の前にベックがいた。そして、毛布に包まれて甲板にいると気付く。
驚く私に、皆が笑ってくれた。どうやら私が意識を失ってる間に、皆でシャンクスをボコボコにしてたらしい。
なのに、何故か得意気な様子を見せるシャンクスがいるから、余計に心配。頭も殴られたのかな。
「皆……あんまり、いじめないであげてよ」
「お仕置だ。……ナミを、独り占めしてたんだから当然だろ」
「皆の妹だ」
ライムジュースとスネイクがそんな事を言うから、まったく……と笑ってから水平線に視線を向ける。そのまま、朝日が昇るのを思わず見つめてしまう。
私の心が壊れるのを未遂で防ぎ、自殺未遂を事前に防ぎ、皆の妹だと、女神だと言ってくれる仲間達。まだまだ荷物である事は自覚してるけど……私はもう死のうとは思わない。
波間の向こうを目指して進む未来は、皆が照らしてくれてる。私の夢も希望も叶えられるだろうし、私は幸福になれると絶大の信頼を込めて愛する人達へ笑顔を向けた。