意識が戻ると、視界には記憶にない天井があった。
寝ぼけた頭は少し混乱するけれど、すぐに理性を取り戻す。まあ俺は人よりバカだけどさ。
連休を使って温泉宿に宿泊中なんだっけ。そうだ、そりゃ見覚え無い天井なはずだ。
そして。
「あ、大喜くんおはよう。良く寝てたねー」
身支度を整えた、千夏先輩の笑顔がそこにある。起き抜けにこれが見られるとは、旅行って良いな。
朝の光を凝縮したような爽やかな先輩を見ていると、夕べの事が信じられなくなってくる。
全部夢だった、と言われても俺は驚かない気がする。でも。家族風呂で、したんだ。俺たちは。
思い返すだけで、色々熱くなりそうになる。朝だし。
でも、心の底で小さく思ってしまう。
これで良かったのか、と。
俺は、死んでもいいと思うほど気持ち良くて。でも、先輩はどうだったんだろう。
あの涙に濡れた瞳は、果たして。どういう意味に捉えるのが正解なのか。
俺は確かに「誰でもいいわけじゃない、先輩が好きだから」と言った。先輩はそれを受け入れてくれた。
でもそれは、本心だったのか。俺を傷つけない為だったんじゃないか。
もし、そうだとしたら。俺は先輩に、取り返しの付かない傷を刻んでしまった事になる。
確かめようがない事だけど。だからこそ、どこかが辛い。
先輩を愛している、それは本当だ。でも先輩は、俺を愛してくれるだろうか。
足首に今もあるミサンガが、俺の意識を締め付けるような。
秋の風が吹く中、なんとなく気分は重くなっていく。
「大喜くん、この辺りって秘宝館無いみたいだよ」
「……そんな昭和の遺物は無いですよ、絶対……」
相変わらず心中が読めない先輩と一緒にいると、露骨に塞ぎこむ暇は無さそうだけど。
て言うかこの人、語彙が色々濃いな。本当に何者なんだ。
宿の周りを二人で歩いて、あちこち見て回って。楽しいけど、楽しいけど。
無い頭を使おうとするのは、俺の悪い癖だ。
せっかくの旅情緒を、心から楽しめない。
そして、太陽が中天から少し落ちた頃。
お土産にあれこれと見て回り、宿に戻ろうとした所で。
先輩が、ふと立ち止まった。
「大喜くん、さ。ひょっとして、私とじゃイヤだったかな」
少しだけ、寂しそうな顔。放たれた言葉の意味は、考える必要すらない程にストレートに伝わってくる。
「やっぱり、蝶野さんとの方が良かったのかな。わたし男の子は経験無いけど、完全にお初でもないし。男の子ってやっぱり、そういうの気に――」
「違います! そんなの、違います!」
思った以上に大きな声が出てしまった。雛を引き合いに出す理由はやっぱり分からないけど、先輩が言ったことが間違っているのは本当だ。
「俺、千夏先輩が好きです。千夏先輩だけが、好きなんです」
他の誰であっても、俺はイヤだ。千夏先輩に俺を捧げたことを、誇りにさえ思う。
ちゃんと、言うべきなんだ。なのに一人で拗ねて、先輩を傷つけて。無い頭なんか使うより、一気に突っ走れ。バカは黙って突っ込むんだ。
「先輩にしてもらって、すごく幸せです。でも俺、先輩になにもできてません。それが、辛いんです」
思ったことは全部口にしてしまえ。
声の大きな正直者でいろ。
俺は、それでいい。
「先輩にも、気持ち良くなって欲しい。俺を、好きになって欲しい。それが、俺の気持ちです」
偽りも何もなく、ただ一直線に。
選ぶ言葉も知らない俺には、これしかない。
先輩は、ちょっとだけ悩んだ顔をして。
「大喜くん、てさ。ホントにめんどくさい子だよね」
呆れたように、でも笑いながら。俺の頭を撫でてくれた。
まあ、自分でもそう思う。無駄に考えて迷走して、なんだ俺はって。
それでも俺は、先輩が好きなんだ。先輩に、もっと俺を好きになって欲しいんだ。
だから、ぶつかっていこう。何度でも、伝わるまで。
「……確かに男の子と違って、見た感じじゃ分かりにくいかもね。でも私だって、ちゃんと気持ち良かったよ。大好きな大喜くんとだから、スゴく幸せになれた」
良い子良い子、と更に頭を撫でる先輩。先輩は本当に優しくて、でも。
この人の優しさに、甘えきってはいけないんだ。
俺が一方的に愛されるだけじゃ、いけないんだ。
「あの、先輩。今日は、先輩がやりたい事をしてください。昨日は俺がしてもらうだけだったから、今度は先輩の番です」
片寄っているとはいえ妙に経験値の高い先輩相手に、俺がどうにか出来るとも思えないけど。
でも格上相手でも怯まないのが、バカな俺の数少ない長所だから。
先輩にも、満足して欲しい。それは俺の、願いなんだ。
少しの間、沈黙が流れて。
「ふーん……、本当に良いんだね?」
先輩は微笑んだ。――悪の組織の女幹部を思わせる、邪悪な顔で。
背筋に冷や汗が伝う。そう言えばこの人、ドSだ。それも、とんでもないレベルの。
しかし今さらあの決意を取り消せる訳がない。
覚悟は、決めよう。もしかしたら俺、登っちゃいけない階段を登るかもしれないけど。
「そっかー……、何してもらおうかなー……」
先輩は俺の手を取り、宿に向かって歩き出した。
それはそれは楽しそうに、獲物をいたぶる猫みたいに無邪気なS笑いをしながら。
夕食の味は、今日もさっぱりわからなかった。勿体ない。
あれから先輩がニコニコしているだけで何もしてこないのが、怖くて仕方ない。俺は軽々しく、とんでもない事を言ってしまった気がする。
本心ではあれど、先輩の性格を勘定に入れてなかった。どうしたもんか。
まあ、俺が突っ走るのはいつもの事だ。なんとかなる、先輩だってそこまでアレな事はしないだろうし。多分。きっと。…お婿にいけない体にされたらどうしよう。
そこまで業の深いSじゃありませんように。先輩が露天風呂へ向かい、一人になった俺は淡い期待と共にお茶を啜る。なかなか戻って来ないのが、不安で仕方無いけれど。
いや、大丈夫だ。逃げない。先輩からの御命令を、俺は待つのだ。
そう、思ってはいたけど。
「たーいきくーん」
恐ろしく上機嫌の先輩に抱き付かれて、早くも決意が揺らぎそうになる。
プンと漂うその香気は、酒場の空気。と言うかシンプルに、ものすっごい酒臭い。帰りが遅いと思ったら、酒呑んでたのかこの人は。
「先輩、何やってんですか……」
「えへへーお酒は百薬の長だから大丈夫だよー」
万病の素でもありますけどね、ってこの人中にアラフォーのOLとか入ってんじゃないのか。店も呑ますなよ、どう見ても未成年なんだからさ。
「大喜くん可愛い可愛いー」
ぐりぐりと強めに頭を撫で回してくれる先輩も可愛いけど、可愛いけど。さっきのSみ溢れる笑いはなんだったんだろう。
そうこうしている間に、先輩の手が俺の浴衣に滑り込んできた。もにょもにょとまさぐり、探り当てた乳首をいじり出す。
「あのー、千夏先輩……?」
「今夜だけで良いから、千夏って呼びなさい。……怒るよ?」
顔は酔いどれなのに、声音だけはいつぞやの本気モードのように凛として。先輩は、俺を見据えた。
酒の勢いを口実にしたいから呑んできた、ってことなんだろうか。でも勢いに任せて、なんてそれこそ俺じゃあるまいし。
「私はねー、大喜くんが思うほどスゴかないからねー。もうさ、目一杯甘えちゃうから。甘やかせー讃えろー誉めて誉めて誉め倒せー」
酒臭い息を吐きつつ、千夏先輩は全力で俺にしなだれかかってきた。これは、これは結構スゴいかもしれない。
でも。考えてみたら、この人はいつだって完璧な人なんだ。それがどれだけ大変か、考えたことも無かった。
昨日今日とおかしな部分が見えてきてたのも、俺の前で素を出してくれたからだったんだな。そう思えば、このダメ人間ぶりもいとおしく思えてくる。お酒は良くないと思うけど。
「大喜くーん、こっちも可愛いねー」
ごろにゃん、と先輩は俺の胸に転がり込み、はむはむと乳首を唇で弄び始めた。ええい、この甘えん坊さんめ。天使か。いやむしろ天使だ。
「はいはい、先ぱ……千夏も可愛いですよ」
今度は俺が頭を撫でてやりながら、先輩の肌に触れてみる。お湯の中での接触とは違っているけれども、変わらず肌は熱い。お酒のせいか、それとも。……まあ、いいか。一応酔っぱらってる体裁なんだから。
ふにゃふにゃと幸せそうな顔の先輩は、今までにないくらいに気を抜ききっている。普段からこうやってくれても良いんだけど、先輩にも立場があるからな。
こういう機会に思いっきり素を出したい、というのも分かる。
「脱がせーそして触れー」
顔を上げたとおもったら、今度はそんなワガママを言い出す千夏先輩。うわー可愛いー。いや、でもいいんだろうか。夕べは二人とも背中向けあって脱いだのに、昨日の今日でそこまで気安くしても許されるのか。
と、躊躇していると。
「大喜くーん、私を怒らせたいのかなー?」
ニッコリ天使の微笑みに、殺気を含んだ声が乗ってきた。怖い怖い、本当に怖い。この人激怒すると笑顔になるタイプだ。
迷っても仕方ない。本人がしろって言うんだから。
浴衣にそっと手をかけて、静かに布を下ろしていく。白い肌はうっすら紅潮し、少しだけ汗の匂いと。そして、クラクラするほどの……女の人の匂いが漂ってくる。それもその筈だ、先輩は下着を着けていない。浴衣以外に遮るものはなく、完全に「その目的」を意識している。
まるで美術品のような胸に、手を触れてみる。柔らかく暖かい、つまりは何よりも「おっぱい」な感触。そして伝わる、先輩の拍動。俺と同じく、激しく脈打つその旋律。顔を寄せると、更にそれが良く分かる。
見つめるだけでも触るだけでも、収まらない。さっき先輩が俺にしたように、我知らず乳首に吸い付いてしまう。
口の中に先輩がいるというのは、なんとも不思議な感じがする。でも、愛しくて仕方がない。
このまま、先輩のおっぱいを味わっていたい。でも、それじゃ俺のワガママだ。
「大喜くんはおっぱい好きでちゅねー。でも、そこだけじゃイヤだなー」
ほら、先輩もこう言っておられる。
名残惜しさを感じながら乳首を離れ、先輩に促されるままに身体を降りていく。
「ほら、こっちこっち」
辿り着いたのは、先輩の――。
ゴクリ、と息を呑む。昨日、触れた場所。そして、入った場所。でも、ハッキリと見れた訳ではなかった。
それが、今は灯りに照らされて。薄く水気を湛えて、俺の目の前に。
改めて、思う。綺麗だ、と。
舐めてみたい、何故かそう思う。ここも、味わいたい。
「さぁ、早く早くー」
まるで俺の気持ちを読んだように先輩は、酒臭い声で急かしてくる。そう、先輩が求めている。俺は、先輩を気持ち良くしたいのだから。
蒸れた汗の匂いと混じる、一際濃い女の人の匂い。メス臭さ、というべきなんだろうか。頭が直に揺さぶられるような、快感を呼ぶ匂いが鼻を犯していく。それが、心地良い。
舌を這わせて感じるのは薄く酸味のある、先輩の味。舐めても舐めても、止まることなく溢れてくる。
それを追っていき、舌は先輩の中へ入っていく。狭い道を割り開き、奥へ。もっと、奥へ。
「ん、そこ……っ、もうちょっと……」
俺の頭を手で押さえ付け、揺さぶり。先輩は俺を使いながら、気持ち良さそうな声を上げてくれている。嬉しい、素直にそう思える。
そして、どれくらい経っただろう。
先輩の声は悲鳴に近い程に高まり、やがて長く尾を引く短い叫びが上がった。
俺は舌を先輩に挟まれて、動くこともできないまま。溢れてくるシャワーのような飛沫が顔を包み込むのを、ただ受け止めた。
顔中が先輩の温かい蜜にまみれ、気が狂いそうな程気持ちいい。
「あ、ごめ……ん。ちょっと、気持ちよすぎてさー……」
照れた顔で笑う千夏先輩は、当然のように可愛いったら無い。ああ、幸せ過ぎる。
いや、俺が幸せじゃダメなんだ。もっと、もっと、先輩の為に。
ヒクヒクと震える先輩のそこを、尚も舐め続ける。まだ、足りないだろうから。
何度顔に先輩の愛を受けただろうか。それすら曖昧になる程、俺はひたすら先輩を舐め続けた。
口の感覚はもう無くて、それでも。
主に奉仕する奴隷のように、俺はただひたすらに。
「あー……大喜く、ん……。もう、そろそろ……さあ……」
ゼーゼーと荒い息を吐きながら、先輩が俺の頭を引き起こした。
先輩の顔は汗と涙でぐちゃぐちゃになって、でも女神のように美しい。ああ、そうか。あの涙も、こういう事だったんだ。悩むことなんか、無かったんだ。
仰向けに寝転がった先輩に覆い被さるように、キスをする。しょっぱくて、でもどこか甘い。先輩の味は、いつだって美味しい。
そのまま、そのまま。
先輩の中へと、入っていく。
「ぁー……っ」
昨日ぶりのその感触は、柔らかく蕩けていて。すぐにでも出そうな程、気持ち良くて。でも、堪えないと。先輩の、千夏の為に。
身体の全てが密着し、境界が解けていく。なにもかも、遠くへ消えていく。
ハッキリと分かるのは、愛しているという事だけ。
それを込めて、必死で千夏の奥を突き上げる。
「ぅわ、あ、あぁ……あーっ」
声にならない声が、二人分混ざりあって。快感が、堰を切ったように溢れていく。
ドクドクと精液が駆け抜けて、それでも俺は止まらない。
根性と体力だけが自慢、スポーツ男子の意地を見せるときだ。
「え、あの、大喜く……んっ?」
萎えそうになる血流を気合いで留め、全力で腰を叩き付ける。
無茶は承知だ、針生先輩にも「絶対無理な練習メニューにしたのに、何で出来るんだよお前」って呆れられたし。身体に鞭打つのは得意なんだ、ドMだから。
千夏の中はギチギチと俺を締め上げ、時折千切れそうな程にそれが強くなる。さっき舌を挟まれた時よりもっと、噛まれるような圧迫。さっきより、感じてくれているんだ。悦んでくれているんだ。
なら、もっと。
もっと。
もっともっと、もっと。
繋がる音はどんどん水気を強め、それでも尚力を緩めないまま。
命の限り、俺は千夏の為に奉仕し続けた。
「――何度も言うけどさ。大喜くんはね、少しは加減ってものを考えなさい」
帰りの電車の中、俺は千夏……先輩にお説教を受け続けている。
あの後千夏先輩は、白目を向いて動かなくなってしまった。俺が前日に気を失ったのと同じく。これでお返しが出来た、と俺も満足だったのだがその後がいけない。
なにしろ考えなしの俺は、そのまま先輩の上で気絶してしまったのだ。服を着せるとかそういうことは一切できずに。まあ、あの状態で服なんか着れないけど。
そう考えると、家族風呂で気絶した俺を引っ張りあげ、ちゃんと服を着せて布団に押し込んだ先輩はスゴい人かもしれない。
チェックアウトの時間までになんとか間に合いはしたものの、色々と汚してしまったのをそのままにしたのは心苦しい。そしてそれ以上に、先輩に怒られてしまったのが辛い。俺が悪いだけどさ。
二人揃って腰を痛めて、そして先輩は、……その……そこも筋肉痛らしい。はい、俺も痛いです。こんな所に筋肉痛なんか出るのか、と驚いています。
「まあ、……楽しかった、ね」
先輩はちょっと頬を染めて。俺も、同じように赤くなっているだろう。
本当に、楽しかった。忘れられない、思い出だ。
「次は、三人で来ようね」
三人で。……そうか、そうだよな。
あれだけ、したんだし。そうなるよ、な。
俺と先輩と、そして。やがて来るであろう、新しい家族と。
そうなると良いな。そうなって欲しいな。
顔を見合わせて、笑いあって。それから、キスをして。俺たちは、日常へと戻っていく。
少しずつ変わっていく、かけがえのない日々が、俺たちを待っている。
「由起子さんへのお土産、初孫ってことでも良いんじゃないかな」
「……産まれるまで帰らない気ですか貴女は」