明朝の霧雨が降りしきる中、私は誰かに抱えられて街の中を進む。私を抱く腕は暖かく、母親のものであると直感した。小走りで私の身体は揺られ、たどり着いた先は大きな建物。
そこで私はーー
・
・
・
陽の光が窓から差し込み、少女の閉じた瞼に朝が訪れた事を知らせる。
「ん、んんー……朝か」
いつもより早い目覚め。窓にはぼんやりと朝日が差し込み、霧雨がガラスを叩いていた。私は軽く伸びをし、外を眺める。
「懐かしい夢だったな」
つい今しがたまで見ていたもの。私の中で最も古い記憶。あの時もこんな天気だったような気がする。霧雨のせいか、その人の顔は霞んでしまっていて、慈しむような口元だけしか憶えていないけれど。
「……準備しなくちゃ」
寝間着を脱ぐと同時に、冷えた空気が肌を撫でる。それが胸を通った時、桜色の先端がピクリと反応してしまう。感度が良いためなのか、私はその感覚が好きではなくて、ブラを装着する為に手を動かす。しかし柔らかい生地が胸の先端と擦れる度にピリピリとした感覚が走る。
「んっ……どうしてこう感覚が鋭いのかしら」
教会で暮らす身として、この感覚は認めがたいものだった。出来るだけ刺激しないように、優しく下着を着用する。ずれないようにと薄い生地で仕上げられたブラは、慎ましい乳房にピッタリと密着し、一先ずの安心感を私に与えた。
次に着用したのは厚手のゆったりとした余裕のある修道服。
動きやすさに重点を置かれ、膝上まで切り詰められた衣服の裾に申し訳程度の庇護感と恥ずかしさを覚えつつ、私は部屋を後にする。
「おはよう」
応える者は誰もおらず、小さな教会の聖堂に声が空しく響いた。
私は聖堂の中央を横切って、出てきた扉の反対側の扉の先に向かった。鍵を用いて中に入り、箱の中に保管されていた目当てのものを取り出す。
装備を吊るすためのベルトといくつかの薬瓶、木と鉄で組まれた小盾を左腕に持つ。そして神父のものより小ぶりだが、私には丁度よい一本の長剣。
それらを身に付けたことを確認し再び聖堂に戻り、私はそのまま教会を後にした。
空は薄い雲で覆われていたままだったが、雨は既に止んでいて洗い流されたような、澄んだ空気を肌に感じた。朝食を取っていなかった事を思い出し、道中でパンを一つ購入する。
それを頬張りつつ目的地であるトイフェルスの森へ向かう。
外門を抜けて少し歩いた先に、その森はあった。風に揺らめく葉の音が心を安らげるが、その音に混じって不穏な気配の残滓がここまで漂っているのが微かに感じ取れた。
この気配の元を断つのが私の仕事だ。
「今日狩るのは四足型魔獣だったわね」
歩を進めて森へと踏み入れながら、かつて神父が話していた事を反芻していた。
四足型魔獣を侮るなかれ。とはあの人のちょっとした口癖だった。四足型は大きさによって犬型、狼型などとも呼ばれる魔獣の総称である。狡猾で貪欲な奴らは一度補足した獲物を狩るまで追い続ける。
「しかし最も気をつけるべきは」
急激に濃くなった気配を感じ取り、剣の柄に手をかける。直後、左右の茂みがゆらめき、黒い物体が2体、私に向かって飛びかかってくる!
「複数体による同時、あるいは続けざまの奇襲っ」
私は上半身を屈めて左側からの奇襲を小盾で受け止める。弾いたことを衝撃で判断し、視線を勢いのままに振り抜いた剣先に向ける。刃は寸分違わず魔獣の首を捉えると、数瞬の後、確かな手応えと共に2つに分かたれた物体が落下する音が背後から聞こえた。
そちらには目もくれず、残りの一体に注視する。一対一、それも正面切ってとなれば、もはや敵ではなかった。
私は冷静に対処し、難なく討伐する。
周囲に潜んでいる脅威が無いことを確認して、剣を収める。
「一先ずは大丈夫そうね」
では、と私は腰に下げた袋から勾玉状の水晶を取り出す。掌に収まるかという大きさで、澄んだ薄暮のような色をしたそれは、しかし透けることはなく、じっと見つめていると吸い込まれてしまいそうな錯覚を感じさせた。
私は水晶の細く尖った先を魔獣の方へと向ける。すると、魔獣の死体から水晶と同じ色をした、靄のような何かが漏れ出し、水晶へと吸い込まれていく。
「これで全部、かしら」
僅かに重く、淀んだような気がするそれを袋にしまう。消耗は殆どなかったので、更に奥へと私は歩を進めた。
そうして犬型魔獣を見つけては狩ることを数刻の間繰り返すこと4回。
「11体目、っと。そろそろ戻りましょう」
目標数以上を討伐したところで私は、森の更に深いところから、魔の気配が流れ込んできた。しかしそれはとてもか細く、狩るには容易だろうと思わせた。
私はその気配を――
追うことはせず、引き返すことを決めた。そこからは魔物と出会うこともなく森の入り口へと抜け出すことができた。
太陽は既に真上を通り過ぎ、傾こうとしていた。
「んー、日没までには間に合いそうかな」
日が暮れてしまう前に私は街へと戻った。
・
・
・
街に着いた私は、そのまま自身の住まいである教会ではなく、中央地区にある教会へと向かった。
街の中でもひときわ大きい建物の扉は広く開放されており、民を見守るように佇んでいた。私は扉をくぐり抜けて中に入り、ある部屋に向かった。
「こんにちは、ギートンさん」
「おや? おお、エリシアさんではないですか! これはどうもどうも」
椅子に座り書類仕事をしていた男が、そのでっぷりとした腹を揺らして立ち上がり、満面の笑みで私を迎えた。
いつものように、水晶を取り出して机の上に置いた。私がギートンと呼んだ男は椅子に座り直すと小さな眼鏡をかけてそれを鑑定し始めた。
「……ふむ、四足型がおよそ十体ほど、いえ十一体でしょうか」
であれば、とギートンが金庫からいくらかの硬貨を取り出し、袋に詰めて机に置いた。
私はそれを手にとって中身を確認する。難なく倒した割には、悪くない額だった。
「しかしまぁ、厄介な四足型をよく一人でこんなに狩れたものですね。あとこれ、代わりの水晶です」
「ありがとうございます。……これも教えの賜物です」
「そういえばあの森、一昨日でしたかな。狩りに入った人たちはまだ戻ってきていませんねぇ」
そう、と少しぶっきらぼうに答えて水晶を受け取り、私は中央教会をあとにした。家である小教会に戻り、受け取った硬貨を金庫に納めてようやく一息つくことができた。
軽い夕食と湯浴みを終え、明日の準備を済ませてベッドの上で眠りにつく。
こうして私の一日が終わり。
その夜、私は悪夢に侵された。