止まない音。
冷めない熱。
癒えない傷。
それだけが、残った。なにもかも、焼き尽くして。
窓を閉めきって尚、蝉時雨が耳を劈いていくように激しく鳴っている。
求愛の声を只炎天下に虚しく響かせ、彼らは夏の終わりを見届ける事なく死んでいくのだ。
それは側から見れば滑稽な悲喜劇だろう。まるで私たちの過ごしていく日々のように。
割れるような蝉時雨に押し隠された、大喜くんの啜り泣きを聞きながら。
私はぼんやりと、そんな事を考えていた。
誰かが手を伸ばせば、そこで決着は付く距離。それが、私たちの距離感だった。
大喜くんは私が好きで、蝶野さんは大喜くんが好きで。私は、二人の間にいて。大喜くんに好かれて蝶野さんにライバル視され、三角形を構成する一要素。私がどう動くかで、二人の運命は大きく動く。トリックスター、或いは――癌。致命的な、異物。
期限付きの居候として猪股家にいる私は、それだけで二人の関係を掻き乱す。そして良くないことに、私はそうなることを望んでいた。可愛い後輩たちを振り回す、困った先輩でいることを楽しんでいた。タチの悪い女だとは思う。
そして私は、知っていた。
大喜くんが時おり私に向ける、視線の意味を。蝶野さんが大喜くんに向ける、好意の意味を。
生臭く湿った、そんなドロドロとした感情。恋だの愛だの綺麗なものではない、本能的な欲求。拗れた性欲だけが、そこにある。切っ掛けは恋とかだったのかもしれないが、身体がそれを許していない。私も含めて、この本能に命じられれば決して逆らえない。
街が熱波に包まれた、とある日曜日。部活もなく部屋に籠って、でも。どんなに空調をいれようと、肌は熱を振りきれない。エアコンのせいじゃない、内側から暑い。熱い。身体の芯が、燃え上がるように熱い。
ああ、嫌だな。こんな、サカリがついたようなのは。
鍵のないこの部屋が、こういう時は恨めしい。居候の身で、文句を言う気は無いけど。
声を上げないよう、口を塞いで。万が一の為ドアの前に、荷解きしていない段ボール箱を置いて。
この熱を晴らすため今日も、自慰に耽らなければならない。全く不便でしかない。
借り物の部屋を汚したくないけれど、でも耐えられるものじゃない。毎日でもしなければ、身体が内側から焼け落ちそうだ。
陰唇をかき解し、膣前庭をくじり倒し、膣口を指で抉っていく。
全く、面倒だ。快感も何もない、只のルーティン。或いは排泄。無駄な事に体力を回したくないのに。
事務的な行為の後は、いつだって罪悪感と虚脱感に襲われる。そして半日もすれば熱が充満し、また耐え難くなる。
元凶である疼きが静まらない限り、それを繰り返す。
指ではそこに届かない、決定的な一撃を加えられない。
ああ、嫌だ。
――と。背にした壁の向こうから、くぐもった声が漏れてきた。
誰が何をしているのか、考える必要もない。大喜くんは、壁の薄ささえ考慮していないんだろう。壁に耳を押し当てると、更にそれが聞こえてくる。荒い息遣いさえ、聞こえてくる。
なんとなく、思い浮かべてみる。大喜くんの、その姿を。
男の子がどうするのかは、知っている。その程度なら。
そして、その形も。知識としては。
……ああいうのを使えば、この疼きも鎮まるのだろうか。
大喜くんの、男性器。それを、私に。大喜くんを、使えば。
腹の奥で渦を巻いている熱が、脳にまで届いていく。思考が焼き払われていく。
使いたいなら、使えば良い。私が勝手をして、何が悪い。都合の良い言葉が浮かんでは焼き消え、消えては絡み付いてくる。
ああ、嫌だ。嫌だ。こんなのは、嫌だ。
でも。我慢し続けるのは、もっと嫌だ。
物音を殺し、無音を心掛けて。忍び足は苦手じゃない。
ほんの、一跨ぎだ。
部屋を出て、すぐ隣へ。ドアに耳を当てて様子を伺うと、大喜くんの荒い息遣いが聞こえてくる。
すぐ、だ。今これを開けて、力尽くで制圧してしまえば良い。そうすれば、もっと奥まで抉ることが出来る。
私の疼きが、鎮まるかもしれない。
大喜くんを、使えば。大喜くんを、モノ扱いすれば。
最後の理性が、それを阻もうとする。大喜くんは、良い同居人だから。蝶野さんという「相手」がいるから。こんなことは、許されない。
戻れ。まだ間に合う。脳の奥で鳴る警鐘は、それこそまるで蝉時雨のように激しく響いてくる。
だがそれを縫うように飛び込んできた声が、私の理性に風穴を空けてしまった。
「ちなつ、せん……ぱいっ」
大喜くんが呻くように呼んだ、私の名前。大喜くんは、思い浮かべている。私を、私の身体を。私を使って、満たされようとしている。
――ああ、なら問題ない。お互い様だ。私に、使われろ。
どす黒い奔流に呑まれて理性が砕け、そして。私は、熱に浮かされたまま。
ドアを音もなく、開けていた。
大喜くんは、自身を握り締めたまま。私が入ってきたことに驚きすぎたのか、固まっている。
声を上げられても、面倒だ。力尽くで制圧する自信はあるが、やり過ぎてなにもしないまま動かなくなられても困る。
だから、まずは口を封じる。文字通りに。
襲い掛かるように身を沈ませ、一気にその唇を奪う。もがこうとする手足を押さえ込み、濃厚にキスし続ける。まるで、恋人同士のように。
酸欠で痺れそうになった所で唇を離すも、大喜くんは放心から覚めないまま。肺活量でも、私の方が上らしい。
私はその隙を突き、顕になったままの男性器をつかみ上げた。手の中にある、大喜くんの熱。私の奥にある熱とはまた異なる、でも性根を同じくする生臭い熱。
それを、舐めあげる。噎せる程の生臭さ、或いはきっと――雄臭さ。それに耐えながらも、舌を這わせていく。
そして先から溢れたままの精液を呑み込むと、苦くて不快な味だけが口に広がった。
私の愛液程ではないが、これもかなり不味い。だが吐き出そうとは思えないし、逆にもっと欲しくなる。
愛しているからじゃない。これが私の疼きを鎮めてくれる、そう本能が訴えるからだ。
そして必要なのは、「ここ」にじゃない。
さっきまでの自慰で濡れきった私を拡げ、大喜くんに向ける。私の内側が、ちゃんと見えるように。
こっちからでなければ、疼きへと届かない。
「や、先輩……やめ……っ」
瞳に光が戻った大喜くんが、いやいやをするように逃げ出そうとするけれど。逃がす気はない。
握った拳を一閃し、わざと大きな音を立てて殴り飛ばす。怪我が残らない程度の、でも気力を萎えさせる殴打は得意だ。人を従えるには、これが一番良いから。伊達に運動部にいるわけじゃない。
只でさえ煩い蝉時雨に、抵抗する大喜くんの声が混ざっていく。耳が痛い。ああ、嫌だ。
「うるさい。黙りなさい」
拳を振り上げながらそう言って睨み付けると、ようやく大喜くんは静かになってくれた。蝉時雨は変わらず爆音で奏でられ続けているが。
改めて、大喜くんにのし掛かる。
ガチガチと歯を打ち鳴らし、必死で恐怖に耐えている顔。それでも、その男性器は硬く聳えていて。ああ、可愛いものだ。私に使われるために、こんなにも頑張ってくれている。
それを私が、呑み込んでいく。指よりずっと太いものが、膣肉を圧し拡げていく。
セックス。その単語が脳裏を過るけれど、でも違う。これは愛し合う二人がする行為じゃない。私はただ、この棒を使いたいだけだ。他意は無い。
内臓の中に異物を受け入れる違和感はあるが、それでも。疼きの芯を今度こそ撃ち抜けるのではないか、という期待はもっと大きい。
――だが。
腰を落としきり、男性器を根本まで呑みきって尚、まだ僅かに届かない。
ほんの僅か、それが足りない。
勢いを付ければ、と少しだけ腰を浮かしてから体重をかけて落ちてみる。少しは深く刺さった感じがするが、足りない。
ならばと左右に腰を揺らしながら捻ってみたりするが、それでもまだ。まだ届かない。
これだけやって、上手くいかないなんて。
ああ、腹が立つ。
苛立ちをぶつけるように、大喜くんの胸を引っ掻いたその時。
ドクン、と膣内に脈動を感じ、そして。
「あ、あ……っ」
私の疼きが、射抜かれたのが分かった。
大喜くんが、射精したのを感じる。打ち出された精液が、疼きの源を直撃していくのを。
精液が勢い良く膣内を遡り、私の熱にぶち当たっていくのが分かった。
発生源が揺らいだ事で、急速に熱が引いていく。完全ではないが、幾分かはマシになった。
もっと精液を浴びせたなら、これを終わらせる事が出来るかもしれない。
若干クリアになった思考を回し、効率良く射精させる為に知恵を巡らせていく。
傷付けたその瞬間に射精したのは、やはり大喜くんがマゾだからだろうか。でも殴られながら射精したわけではないし、痛めつけても無駄に終わると思う。
逆に、愛してみてはどうだろうか。私が愛したなら、きっと奮い立つだろう。とは言えそれは難しい、私にはそこまで強い感情は無いから。それに無理やり愛を囁いても、この蝉時雨では聞こえまい。
それよりは、体力が続く限り腰を動かし続ける方が良さそうだ。結局は力尽く、私らしい事だ。
涙を流す大喜くんを、組み敷いたまま。私はひたすら、彼を使い続けた。
一体どれほどの回数、射精させただろうか。
やがて腹の奥で、粘液が飛び散る感触がしなくなったのに気付いた。膣内の男性器はビクビクと痙攣するだけで、一滴も精液は出ていないようだ。
打ち止め、というやつか。赤い玉が出るとか出ないとか、渚が言っていた気がする。しかし呆気ないものだ。
とは言え疼きは鎮まって、跡形もない。いつもの罪悪感や虚脱感もやって来ない。まあ、上等だろう。
大喜くんは私の下で動かなくなったまま、啜り泣きを続けている。多少耳障りではあるが、この蝉時雨よりはまだマシか。
改めて、思う。まったく何をしているんだろうな、私は。大喜くんを痛め付けて犯して、よくもまあ。
もしも一つ状況が違ったなら、私たちは合意の上で愛し合っていたのかもしれない。こんな暴力的な、穴と棒の摩擦運動ではなく。愛情と幸福で、お互いを拘束しあえたのだろう。
――考えても無駄だ。どうでもいい事だ。
熱が冷めた頭に、蝉時雨が染みていく。
不愉快だ。ああ、不愉快だ。
大喜くんから身体を離し、立ち上がる。それに引き摺られるように、生臭い臭いが広がっていく。
男性器が抜け落ちて尚私の膣口は閉じきれず、精液の残滓を垂れ流している。
まったく、不愉快だったら無い。
せっかく疼きが鎮まったのに、また苛立ちが募っていく。
――ああ、そうだ。もう少し、使ってやろう。
大喜くんの男性器を、足で踏みつける。
私の言いつけを守っているのか、それとも声を上げる気力すら失ったか。大喜くんは黙ったままだ。
例え何か言ったところで、この蝉時雨では聞こえるはずはないのだが。
足の裏で弄ぶと何度も何度も痙攣し、それでも出てくるモノは何も無い。
赦しを乞うように、開口部がパクパクと動く程度だ。
まったく健気で、虐めたくなる可愛さだ。
こうやっていると、多少は苛立ちが治まってくる。
私のために、もうしばらくオモチャでいてもらおうかな。
でもそのうち張り詰めていた肉は力を失い、ぐったりと萎え果ててしまった。もう痙攣もしなくなり、ただ垂れ下がるばかりだ。ああ、終わりか。つまらないな。
大喜くん自身も啜り泣きさえしなくなり、焦点の合わない瞳で天井を見つめている。これはもう、ダメか。
しかし蝉時雨はいつのまにか掻き消え、不快感も去った。もういいか。これで。
用事を終えた私は、大喜くんの部屋を出ていく。
「――」
何かが聞こえた気はしたが、私は応えない。応える気も、しないから。
それから、少しあと。
私は適当な理由をつけて猪股家と、そして英明から去った。
あの疼きが消えてから、私は自分にも周りにも興味を失ってしまったのだ。どうでもいいから、居る理由がない。
あれは私にとって、必要な熱だったのかもしれない。今や跡形もなく消えてしまった、あの熱が。
バスケへの情熱さえ掻き消えた。大喜くんと蝶野さんがどうなったか、それさえ知ろうと思えない。なにもかも、どうでもいい。
すべてにおいて興味も執着も無くし、あの日宿った罪の証を抱え。その日暮らしの、根無し草。
それでもたまに、思うことがある。あの日に戻れないか、と。あの場所に戻りたい、と。
あの家は、今でもあそこにある。大喜くんがまだいるかどうか分からないし、いても私を許しはしないだろう。それでも、戻ってみようかと思う時がある。
しかしその度に、あの蝉時雨が甦る。
季節も時間も関係なく、あの不愉快な爆音が私を包み込んでしまう。
戻ろうとしても、それが邪魔をする。
足はすくみ、意思は砕け。私を、罪の下に縛り付ける。
ああ、ああ――不愉快だ。
なにもかも、消え果てて尚。