「で、もう一回確認するが、ここは陳留なんだな?」
「はい、そうっす……」
ゲシ!
「んでもって、今この国を治めているのは少帝って奴?」
「そ、そうっす……なんか都の方ではゴタゴタしてるらしいっすけど、間違いなくこの国は少帝様が治めてるっす……」
ゲシゲシゲシ!
「……最後に聞くが、今は何時代だ?具体的には西暦何年何月何日?」
「よ、よく分かんねっけど、今は漢の御世なんだな……じ、爺ちゃん達の時からそう言ってたんだな……」
ゲシゲシゲシゲシゲシ!
クソッタレが……こいつらは嘘を言ってるようには見えない。そもそも生殺与奪権をこっちが握ってる状態で、そんなトンデモな事ぬかす奴はいない。ってことは、ここは本当に古代中国、少帝ってことは後漢末期か……?
「あの……ニイさん?」
「あんだよ?」
「その……なんで俺たちは蹴られてるんすかね?」
「ん?刀の方が良かったか?」
「……いえ……大丈夫っす」
まったく雑魚の分際でこの俺を殺ろうとした上に、さらに意見しようなんて、救いようのないゴミどもだ。見せしめに一匹ぐらい斬っとくべきかな?
俺がそんな事を考えながら雑魚どもの案内で街を目指していると、ちょうど向かっている方向から砂煙が上がり、地響きが聞こえてきた。
「ア、アニキ、ヤバいっすよ!ありゃきっと陳留の刺史が放った追っ手っすよ!」
「に、逃げないと拙いんだな……!」
「お、おう!ニイさん、とりあえず逃げやしょう!」
こいつらは何に怯えてるんだ?
「なあお前ら、そのししってのはなんだ?」
「刺史ってのは街を治めてる奴で、そいつに捕まったらすぐに打ち首になっちまうんすよ!」
なるほど、こいつらが慌てる理由は分かった。だが……
「なんで俺まで逃げないといかんのだ?」
「「「え……?」」」
「いや、察するにお前らはその陳留って所で悪さをして追われてるんだろうが、なんで俺まで逃げにゃならんのだと言っているんだが……」
「「「……あっ」」」
むしろ手間が省けた。その刺史って奴に事情を話してこいつらを引渡し、陳留まで同道させてもらおう。こいつらから巻き上げた金もそこそこあるようだし、悪いようには扱われないだろう。丁度この雑魚どもが手土産になるかもしれない。
「……アニキ、どうするんすか。ニイさん完全に俺らのこと売り渡すつもりっすよ」
「ぬかったぜ、言動からして完全にこっち側の人間だと思ったら、まさか素人だったとは……」
「ま、まずいんだな……刺史に捕まったら絶対に殺されちゃうんだな……」
手土産(仮)どもが騒いでいるが、こいつらが持っていた剣は全て俺が奪っている。と、なるとこいつらがとるであろう行動は一つ……
「に、ニイさん!後生だ、頼む、見逃してくれ!」
……そう、命乞いだ。
「お願いします!俺、まだ女も抱いた事ないのに死にたく無いっす!」
大胆なカミングアウト。崖っぷちな屑のなりふり構わない様は実に愉快だ。
「お、おでも死ぬならなにか最後に美味い物食ってから死にたいんだな!」
まだまだ足りない。もっと俺を愉しませてから死ぬがよい。
「えぇ~、どぉ~しよっかなぁ~。でもぉ~、俺ってお前らに殺されかけたわけだしぃ~」
できるだけバカっぽい顔と間延びした声で、見た者の殺意を逆撫でする態度をとる。手に持った刀に陽をあてて、雑魚Aの顔にチラチラ反射させるオプションも忘れてはならない。
「ぐっ、そこをなんとかお願いしますよ……」
ああっ、いいぞいいぞその苦虫を噛み潰したような表情!嫌な奴に頭を下げる苦しみはなによりも耐え難いだろう!
「キャハハハハハ!童貞~?キモーイ!童貞が許されるのは、小学生までだよね~!」
「ぐぐっ、いや、だからその童貞のまま死にたくないんですってば……!」
見たところ20代半ばのこの雑魚Bには性経験についての嫌がらせが効果的なようだ。小学生の意味も分からんだろうし、自分でも相当に頭の悪いことを言っているとは思うが、この煽りは相当深く心に突き刺さったようだ。
「痩せろデブ」
「アッハイ……」
豚にかける言葉は無い。
そうこうしているうちに砂埃は消えて、馬に乗り、甲冑に身を包んだ、いわゆる騎馬武者どもが俺たちを取り囲む。そして胸はでかいが頭は悪そうな上に、偉そうで豪華な鎧に身を包んだ奴が進み出てきた。
「貴様らだな!先日我らが街で公庫に押し入り、盗みを働いた賊どもというのは!」
胸よりも声の方がでかい。そしてやっぱり偉そうだが、そんなことよりもこの女……
「……そうとうヤるな」
「ん?なんだ貴様は!珍妙な格好をしおってからに!」
……あ゛?
「さては貴様もその賊どもの一味だな!さしずめ首領というところだろう!」
「んなわけねえだろうがこのパー女!」
「んなっ……!」
おっと、いかんいかん。いくらムカついても格好から察するにこいつが刺史だ。ここは媚を売っておかなければ……
「……申し訳ありません刺史様。謂れ無き罪に少々我を忘れて反論してしまいました。どうかご容赦を……」
「姉者、勝手に突出しすぎるな。また華琳様に叱られてしまうぞ」
……イラッ
口上に割り込んで入ってきた女。青っぽい髪で黒髪の刺史には似ていないが、刺史を姉者と読んだことから見て妹だろう。こっちもやはりなかなかの器量だが、伝わる空気からかなりの実力である事を感じさせる。
「……そちらはご令妹様ですかな?失礼、我が名は……」
「に、ニイさん!こいつら刺史の兵どもだあ!逃げやしょう!」
こ、こいつ……!
「そら見ろ!部下を見捨てて自分一人だけ助かろうとはなんと卑劣な奴!恥を知れ!」
ま、拙い……刺史はこいつらの言う事を信じようとしている。とりあえず反論しなくては……
「いえ、そ「そうですぜニイさん!ニイさんだけでも逃げられれば後は他の仲間が俺たちを助けにきてくれます!」「速く逃げるんだな!」ふざけんじゃねえぞコラてめえらぁっ!」
目には昏い光、口元には道連れを増やさんとする亡者の笑み。クソ、さっき煽りすぎたか……こいつら刺史に俺を自分たちの仲間だと思わせて、道連れ、あわよくば囮にしようとしてやがる……!
「とりあえず、貴様らを連行するぞ!手向かいすれば斬って捨てる!私としてはそちらを勧めたいのだがな」
どうするどうするどうする!絶体絶命だ、これ以上なにか言ってもこのパー女の刺史は頭から俺を賊の一味だと思って罪を増やしそうだ。頭をフル回転させて突破口を探す。
「どうした、なにか言ったらどうだ?それともここで私の剣の錆になる覚悟を決めているのか?」
とりあえずここは従っておいて、どこかで話の分かりそうな、というか妹の方に無実を訴えるしか無いか……いやしかし、どう言ったとしても3対1の意見。向こうからしてみれば後腐れなく4人まとめてスパッとヤっちまった方が早いわけで……
「なんだなんだ!もしかして貴様、私が怖くて黙り込んでいるのか?この意気地無しめ!」
……ブチッ!
「るっせんだよこの阿婆擦パーの脳筋糞女が!」
「なっ、なんだとおっ!」
こちらも頭に血が上り、口が止まらなくなる。
「こっちが下手に出てりゃ付け上がりやがってよお!違うっつってんだから俺の話も聞きやがれこの猪女が!」
「だっ、誰が走り出せばどこかに頭をぶつけるまで止まれない、猪突猛進馬鹿女だと~っ!」
「……いや、姉者そこまでは言っていない。そちらも落ち着け!言い分を聞いてやるから少し黙ってくれ」
妹の方の制止の声。だが回りだした口は止まらない。俺も刺史の悪口は言えないかもしれない……
「すっこんでな、地味子の妹ちゃん!それともなんだ?冷静な収め役の自分がカッコイイなんて自己陶酔してんのか?」
「……ほう」
俺の言葉は少なからず妹が気にしている部分を抉ったらしく、元々表情の少ない顔から完全に感情が消える。
「……姉者」
「な、なんだ?秋蘭……」
「こやつを殺そう」
「え、いやでも秋蘭、お前今……」
「こやつを殺そう」
「……わ、分かった!」
姉が剣を掲げ、妹が弓に矢を番えて俺に殺意を向ける。場に張り詰める緊張の糸。
「二人とも!何をしているの!」
その糸が切れかけ、張り詰めていた物が爆発しそうになった瞬間、姉妹とは違う、鈴の鳴るような声が響き渡った。姉妹はその声に我に返ったかのように居住まいを正す。
「秋蘭!春蘭はいつものことだし後でお仕置きもするけれど、あなたまでいったいどういうつもり?」
「「華琳様!」」
現れたのは人形のような外見をした少女。月並みだが絹のような金髪に、白磁の肌という表現がぴったりな美少女だ。だが、その麗しい見た目とは裏腹に、どこか強かで、何人にも御せないような気位の高さと高貴さを感じさせる。
「……あら?」
こちらに気付いた彼女は値踏みするように俺を見下し、問いかけた。
「あなたは誰?」
紅い、見る者全てを魅せるような唇から紡がれたその問いに、俺は……
「やかましいぞ!糞小娘が!」
……先ほどからの苛立ちを叩きつけた。
「……は?」
「やかましいつってんだよ。難ちくてよく分かんなかったでちゅか~?お嬢ちゃん。ここは危ないから早くおうちに帰ってママのおっぱいチューチューちてまちょうね~?」
全方面からの敵意に晒され続けてささくれだった俺の心には、たとえ楊貴妃の美貌だろうと通用しない。それにいくら美しかろうと、こんなちんちくりんは問題外だ。
自身の中から溢れる怒りと殺意を抑えているのか、金髪のちんちくりんが下を向いてプルプルと震えだす。
「ぶっ、無礼者!貴様、たたっ斬ってやる!」
「そうだ!貴様、ここにおわす御方をどなたと心得る!」
呆気にとられていた姉妹もようやく持ち直したようだ。
「へえ、誰だってんだよ。言ってみやがれこの助さん角さんがよお!」
もうなにも怖くない。理性のタガを外した俺の口は、神様相手だろうと噛み付いてみせる。
「恐れ多くも陳留を治める刺史!曹孟徳様であるぞ!」
「…………………………は?」
……予想外の名前に確かに時と思考が止まったのを感じた。
ここの一刀は割とSっ気強くて変態です。これだけは真実を伝えたかった。