商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
どうやら結婚式が行われるらしい、そんな話をシャルルが聞いたのは数日前のことであり、今はそれに備えて神殿周辺の清掃活動を他の娼婦たちとしているのだった。
大通りが普段よりも活気に満ちており、街の守衛の監督の下で清掃や装飾品の飾りつけ等が行われているのを見て、王族の結婚式は都市を挙げてのものになるのだと理解できる。
この国の王と帝国の皇女の結婚式である、数世代以上前にこの国の王女が帝国へと嫁いだ歴史があり、今度はこちらが嫁に貰う番になったのだろう、その裏には我の強く説教癖のある妹を持て余したであろう皇帝の思惑もあるのだが、それは今は関係ない。
なんであれ王族の結婚式だ、ある種のお祭りのようなものであり、ここ最近の情勢で暗い話題が絶えなかった王都の住民にとっては久しぶりに笑顔がこぼれる話題である。
酒や甘味などがふるまわれるらしい、不満を溜められて爆発されても困るのでガス抜きも兼ねて盛大な結婚式にしたいのだろう。
暇さえあれば予約を取って会いに来るルールーもアリーヤの護衛で忙しいのか最近は顔を出さない、自由奔放な性格をしているがあれで帝国最高位の騎士なので締めるべき所はしっかりと締めている。
「華やかなものになるのでしょうね、とても楽しみでございます」
シャルルと同じように神殿周辺の清掃を行っていたアナスタシアもそう言った、彼女は見ることはできなくても祝いの雰囲気を肌で感じ取っているのだろう。
「王族の結婚式なんだから派手にやらないとダメなんだろうな、儀式的な側面もあるからミリアと生命神の神殿の代表が仕切るんだろう?」
そんなシャルルの問いかけにアナスタシアはこくりと頷く。
「はい、そうでございます、数日前から段取りの確認にミリア母さんは忙しそうにされていましたから……お酒の量も減って喜ばしいことでございますね」
「ふるまい酒にありつけるからあんまり意味ないと思うけどな」
「ふふ、やもしれません」
彼女は自らの手でクスっとした笑みを覆い隠してしまう、すると法衣から見える白い手首にシャルルの視線が吸い寄せられる。
「そうだ、まだ礼を言ってなかったな、あの時くれたお守りのこと……なんか戦ってる時に急に燃え出してさ、そしたら体が軽くなったんだ、神官の髪で作っただけあってご利益があったよ、ありがとうな」
その言葉にアナスタシアは存在しないはずの視線を数度彷徨わせてからこう言った。
「あぁ……それは、お役に立てたのであればこの上ない名誉です」
そこにあるのは名状しがたい感情の渦であった、素直にお礼を受け取ったというだけではない、歓喜や後悔、罪悪感と幸福が混ざり合ったかのような複雑な感情である。
だが総じてそれらの感情は前に向いているので邪気は感じられない、ただ感謝したというのに後ろめたく思われるのはシャルルとしては妙な気分であった。
それともあの髪で作ったお守りには特殊な力でも宿っていたのだろうかとも思ったが、神官でも魔術師でもない彼女にはわからない。
目の前にいるアナスタシアに尋ねてみようかと思ったが、掴みどころのない浮世離れした雰囲気を放つ彼女は、先日切り落とした髪先を指で弄りながら何やら思案しているようだ。
前髪に隠された瞳のない眼窩はどこに向けられているのかわからない、そんな状態で暫く考え込んだ彼女は、意を決したかのように唇を開く。
「聖騎士様はどのような将来を描いておられるのですか?」
「どうしたんだ、急にそんなこと尋ねて……」
「いえ……単純に気になっただけでございます、この方はどこへ行かれるのかと」
「ん~……まぁ、仲間を探すことだな、当面の目標は」
「ではその先は? 私が知りたいのはもっと遠い未来の話でございます」
「そんなこと言われてもな……あんまり想像したことないけど、不自由なく生きられるくらいに稼げたら良いとは思ってるけど」
お金は大事である、稼げれば稼げるだけシャルルにとっては好都合だ、キャラバンの団員ならば必ずそう思うだろう。
「立身出世や幸福は望まれないのでしょうか? もしくは聖騎士としての立場や徳を高めるなどはどうでしょう?」
「出世って言っても女には限界があるだろ、よっぽど上手くやれば貴族とか騎士にもなれるんだろうけど、そんなもんは一握りじゃん……聖騎士もなぁ、もし何かがあってキャラバンから独立とかしたら雇ってもらおうとか思ってるけど、今はそこまで考えても意味がないし……まぁ漠然とだけど、そこそこ稼げてそれなりに充実してればそれでいいんじゃないか?」
「……聖騎士様は欲がないのですね」
どこか残念そうに、そして安心したようにアナスタシアはそう呟く。
「欲ならあるだろ、ワタシは少しでも多く稼ぎたいからな」
「それは人として当たり前の感情でございます、生きていく上で生じる必然ですから。だれもが少しでも幸福でありたいと思うものです……それは強欲とは違いますね」
「……そういうもんかな」
「はい……私が聞きたいのは、聖騎士様がどうありたいか、どう生きたいかでございます」
「そう言われてもな答えづらいな……どう生きたいか、どうありたいか、か……」
考えたことのない事柄であった、将来の展望とは異なり、稼ぎたいや安定した生活が送りたい等どいう質問とは少し様子が違う。
どう生きたいか、もしくはどんな足跡を残したいのか、少し頭をひねってみるがこれといった答えは出てこない。
シャルルの中にもハッキリとした答えがないのだろう、ただ漠然と思い浮かんだのはエミリーやシャルルと言ったキャラバンの面々であった。
家族である種違いの妹であるキャロル、そして友人のエミリーの顔を思い出せば、そこからキララやローレライ、シャーシャや他の団員たちの顔も鮮明に思い出せる。
次に脳裏をよぎったのはこれまで戦った強敵たちの顔である、カムラーンや塩の海賊やエキドナやドラゴンと続いて最近にぶつかり合った首なし騎士の存在が続く。
そこまで行けばシャルルの中でハッキリとしなかった生き方が、徐々に鮮明になっていくのだった。
「仲間を守りたい、かな……うん、ワタシは結局そこに行きつくんだと思う」
「聖騎士様は良いお仲間を持たれているのでございますね……ですがその答えを聞いて安心しました」
「……安心?」
「はい、とても安心しました……この方の未来は安泰なのだと」
両手を組んで祈るような仕草をしたアナスタシアは、前髪と瞼で閉ざされた伽藍洞の眼窩をシャルルへと向けた。
「聖騎士様の未来に幸あれと祈らせてください、私にはそれくらいしかできませんので」
「やっぱりアナスタシアは大げさな奴だな……ワタシに祈るんじゃなくて神様に祈れよ、神官なんだから」
「はい、勿論神々にも祈りを捧げます」
アナスタシアの存在しない筈の視線が、正面にいるシャルルから僅か上にずらされて空へと移る。
「……きっと神々も、この祈りと願いを聞き届けてくれるでしょう」
何故か確信があるのかもしれない、そう言ったアナスタシアの言葉には揺るぎない決意のようなものがあった。
しばらくそうして祈っていた彼女は、結んでいた両手を解いてから清掃道具を持ち直し、神殿への道を指し示す。
「結婚式もすぐに始まるでしょう、神殿周辺の清掃はこれで問題ないかと……後はミリア母さんがーーー」
言い終わる前に酒によって濁った喉から発せられたざらついた声が、清掃活動を行っていた娼婦たちに届く。
「お前たち、掃除が終わったんならすぐに法衣に着替えて準備しな、そろそろパレードもここに着くだろうからね」
結婚式は神殿で行われる、本来ならば生命神の神殿で行われる筈だったのだが、あちらは怪我人で溢れている為にこちらで受け持つことになったらしい。
娼婦神の神殿で結婚式を行っても問題ないのかとシャルルは疑問に思ったのだが、ミリアに言わせれば夫婦の夜の営みにセックスは欠かせないのだから、娼婦神の加護を降ろすことに何も違和感がないようだ。
娼婦神であっても神は神、実際にここで取り仕切られることになったのだから問題はないのだろう。
細かな手順や進行は神殿長のミリアと生命神の神殿からやってきた応援が執り行うのでシャルルがやるべきことは特にない、清潔な法衣を纏って隅っこで傅くだけなので苦労もなかった。
神殿で慣れない法衣を身に纏って待つこと数分、神殿に面している大通りから大きな活気が近づいて来た、神殿娼婦たちが門前で傅いてそれを待つと住民たちの大きな歓声が響いた。
パレードは王族の権威や力を示そうと絢爛豪華になることが殆どである、ガレス王国もその例に漏れることなく煌びやかな装いの騎士が軍馬に跨って行進する様子が確認できる。
続いて国旗や王家の紋章を掲げた宮仕えの近衛隊が練り歩く、誰もかれもが式典用の装いなのでとても美しく煌びやかであった。
パレードの中心は当然ながらアリーヤとフィーリンである、屋根の取り払われた開放的な馬車に乗って王都の住民たちに手を振る二人だがフィーリンの方はどこかぎこちない。
慣れていないのだろう、若さ故に経験が不足していることもそうだが、彼自身の性格もあってか堂々と笑顔で愛想を振りまくということができないらしい。
キリっとした微笑みではなくヘラっとした笑顔になっているのだ、それとは対照的にアリーヤの笑顔と愛想笑いは完璧である、どこからどう見ても美しく優しそうな花嫁であり、王都の住人たちはあれが我らが王の嫁になるのだと鼻を高くしたことだろう。
だがシャルルは気が付いている、アリーヤが隣にいるフィーリンの脇に肘打ちをしていることを、へらへらとした笑顔を見せるなと小言で説教されているのかもしれない。
どうやら結婚する前からフィーリンは尻に敷かれることが決まっているようだ、王としてそれで良いのかと思わないでもないが、あれが二人の夫婦の形ということなんだろう。
パレードの終着点である神殿の前にまでやってきた二人は、大勢の見物客に手を振りながら馬車から降りる、それを出迎えるのは門前で待機していたミリアと神官たちである。
「やぁミリア殿、今日はよろしく頼むよ」
フィーリンの言葉にミリアは鼻で笑ってこう返す。
「お前さんが王になって嫁まで貰うとはね」
「心配かい?」
「ああ当然だとも、さっそく尻に敷かれてるみたいじゃないか……まぁ、ガキの頃みたいに悪童引き連れて遊びまわってる頃に比べたらまだマシか」
「む、昔の話は……今はちゃんと王様やってるじゃないか」
「誇るようなもんじゃないさ、それぞれに与えられた責務をそれぞれが果たしてるだけなんだからね、だいたいお前さんは昔からーーー」
「あぁもう……説教はアリーヤで聞き疲れてるよ、それより式典を進めようじゃないか」
「はぁ……付いてきな」
ミリアに続いてアリーヤとフィーリンが神殿の中へと入っていく、その際にアリーヤと視線が合うと彼女は僅かに微笑みを浮かべて会釈してきた。
それに僅かな頷きを返してシャルルは二人を見送った、神官ではないので何も手伝うことができないが、せめて上手く行ってくれることを祈ることしかできない。
式典自体は事前に決まった流れをなぞるだけなので問題など起こりはしないだろう、政略結婚であったり二人の相性であったり、帝国の政治的な思惑であったりなど、聡い者は色々と考えるのかもしれないが、彼女は野暮なことを思案しないようだ。
結婚という晴れ舞台である、当事者でもないので彼女もまた観客気分なのだ、フィーリンもアリーヤも第一印象はそこまで悪いものでもなく、失敗して欲しいなどと欠片も想像していない。
自己紹介した顔見知り程度の関係でしかないが、色々なしがらみがあれど良い夫婦になって欲しいとシャルルは思っていた。
だから、王都の城壁にある監視塔から、警戒を知らせる大鐘楼が打ち鳴らされる音が彼女の耳に届いた時、聞き手は自然と腰にある剣へと伸びていた。
「鐘の音が……三、四、五……これは、アンデットの襲撃を知らせる音でございます」
同じように神殿の入口でその音を聞いていたアナスタシアが、戦慄したようにそう伝えて来る。
「よりによってこんな時にかよ……はぁ、ちょっと行ってくるよ」
「ご出陣ですか?」
「そりゃ放置はできないだろ、兵士や傭兵なんかは外回りでいないだろうし、王都の戦力はパレードに集中してるみたいだしさ。まぁ守備隊だけで問題ないようならすぐに帰って来るって……それにせっかくの結婚式なんだ、つまらないことで壊されたくない」
「はい、ご武運をお祈りしておきます」
「あぁ、アナスタシアが祈ってくれるなら色んな加護がありそうだ、よろしく頼むよ」
「お任せください、私にできるのはそれぐらいでございますので、全力を尽くします」
シャルルが神殿の中へ入っていった新郎新婦を見送ったように、アナスタシアもまたシャルルを見送った。
晴れやかな舞台である結婚式とは正反対の修羅場へと臆することなく駆けていく彼女の背中に、盲目の神官はただ祈りを贈るだけである。
その祈りが神に届いたかどうかは誰にもわからないが、シャルルの体は軽くなって対照的にアナスタシアの体は重くなっていった。
誰にも気が付かれることのない、小さくありながら強固な縁……儀式が二人の間で成立していることに、アナスタシアはただただ安心するのだった。