商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
「まったく、外回りの連中は何をしてやがったんだ」
一人の兵士がそんな愚痴を漏らすのだが、心情を言葉にしたとしても見下ろす光景が変わるわけではない。
彼らが忙しそうに動き回るのは王都を囲う都市壁の上である、首都であるそこを守る守備隊の主な任務は警戒と都市の警邏であった。
治安を守ることに欠かせない守備隊は現在混乱の真っただ中にある様子である、それもそのはずで本来は脅かされることの無い場所に明確な脅威が迫っているのだから当然である。
「愚痴を零すでない、手を動かすのだ手を」
そんな兵士を怒鳴ったのは守備隊の隊長である、特別腕っぷしがいい訳ではなく勤続三十年を超えた経験からその立場に収まっている男であった。
一般守備兵と変わらない力であってもそこはベテラン、焦ることも急かすこともなく不動の心で職務を全うしているようである。
彼らの仕事は都市の治安維持、外からの脅威も中での脅威であっても対処しなければならない。
都市壁の上から外を見渡せばかなりの数のアンデットが蠢いているのだ、それも十や二十ではなく百でも足りない規模である、おそらく千は超えるだろう。
普段彼らが相手をしている治安や秩序の敵である犯罪者や酔っ払いとは大きく異なる相手である、だがそれが巨大な脅威になるかと言われれば守備隊の面々は否と答えるはずだ。
武器も持たない、連携もしない、賢くもなければ早くもない、実際に都市壁から見下ろすアンデットたちは生命の輝きに誘われるだけで壁に取りつくだけである。
そこに理性や戦略は欠片も存在しない、ゾンビもスケルトンも群れるだけで彷徨うばかりであった。
だが今回は数が違う、同数なら脅威とは言い難い存在であっても過剰な量であれば楽観など出来るはずがないだろう。
壁の向こうに群れるゾンビとスケルトンの軍勢……軍勢と評すべき規模のそれが都市壁に取りつき、最初に辿り着いたアンデットを踏み台にまた取りつき、それを何度も繰り返して相手はこの壁を乗り越えようとしているのだ。
その数を持って、自らの体を階段にしている訳である、当然ながら最初に壁に張り付いたアンデットは踏み固められて粉々になるのだが、それを相手は何度も繰り返している状況である。
まさに、理性がないからこそできる芸当であった。
「兵長!! 今ので祝福の矢が無くなりました!!」
「……レンガでも投げつけてみますか?」
兵士の一人が投げやりにそんな提案をしてくるが、生きている人間ならばともかくアンデットに有効であるとは思えなかった、出血に怯えて痛みに狼狽える相手ではないのだ、そこがアンデットの一番厄介な所なのかもしれない。
「若様の結婚式だというのに……祝いの日を汚しよって」
踏み砕き、積み重なりながら徐々に都市壁を乗り越えようとしているアンデットの軍勢は、もう数メートルも重なれば守備隊まで手が届こうかと言う高さまで迫っていた。
槍で突き落とそうとも次から次へと上って来る相手に、いよいよ白兵戦を意識し始めた彼らだが、腰にある剣に手を伸ばした瞬間、その場にいた全ての者を包むように光のカーテンが吹き抜けていく。
暖かく、眩しい輝きであった。
しかし熱くはない、肌を撫でる輝きは春の木漏れ日のように穏やかで心地が良い、それこそずっと感じていたいと思うほどに緩やかなものであるのだが、それは人間である彼らの反応であり、都市壁を乗り越えようとするアンデットの群れからしてみれば灼熱の業火と大差がない。
太陽が落ちた、もし彼らに理性と知性があればそんな風に思ったのかもしれない、それほどの衝撃である。
山となり、階段となっていたアンデットの軍勢は一瞬で灰となり、腐った体や骨にこびり付いていた魂の残骸は浄化されていく、瞬く間のできごとであった。
守備兵たちの視線が光の発生源へと向けられる、そこにいたのは法衣を纏ったシャルルであり、今一度光の波動を放とうとしている光景が広がっている。
二度目の輝きはさっきよりも巨大であり鋭い、やはり人間である彼らには無害なものであるが、アンデットたちには効果覿面であった、踏み固め積み上げた者たちごと灰となり消えていく、醜悪な不浄の階段が掻き消えていくのだ。
「おぉ!! お見事!! これほど強烈な祝福の力を放つとは、なんとも徳の高い神官殿であるな」
感心したように守備隊の隊長がそう褒めたたえるが、三度目の波動を放とうとしているシャルルを見て大きく瞼を開くことになるのだ。
祝福の力を扱える者は高位な神官か聖騎士のどちらかである、前者は神々に祈願することによって祝福を賜るのだがそれには多少なりとも時間がかかり、そもそも軽々と放てる力ではない。
だが後者である聖騎士は違う、彼らにとって祝福とは祈願して賜るものではなくその体から発せられるものなのだから、祈りなど必要がないのだ。
今のシャルルのように、心臓の鼓動のようなペースで祝福の輝きを放つことも聖騎士には可能なのである。
アンデットからしてみれば、この上ない天敵と言えるだろう。
「まさか聖騎士とは……だが助かる、これで無様を晒さずに済みそうだ……よし、お前たち外へ出るぞ、聖騎士殿を中心に防御陣を組め!」
都市壁に取りついて乗り越えようとしたゾンビの群れは一掃できたが、壁の下を見渡せばまだまだ蠢いている状況である、同じように踏み固めながら這いあがって来る前に処理したいのだろう。
数で圧倒されているので白兵戦は避けたいと考える者が殆どであるが、シャルルがいるのならば数の差など関係がない。
「聖騎士殿、我々と共に戦って貰えますかな?」
「聖騎士じゃな……あぁ、いや、勿論……その為にワタシはきたんだから」
「ならば恐れるものは何もありませんとも……よし皆の者、これより打って出るぞ!! 王都守備隊の職務を全うするのだ!!」
聖騎士の登場に目に見えて士気があがった守備兵たちだが、その反応に表情を引きつらせているのがシャルルである、彼女の想像以上に聖騎士の力や徳が神聖視されているからだろう。
知ってはいた、聖都でどれほど聖騎士たちが尊敬されて民たちの心の安寧に尽くしているのかをその目でみたのだから、だからこそなのか自らがその聖騎士たちと同等に扱われることに気が引けてしまうのだ。
例え同じ力が使えようとも、同じ存在ではないとシャルルは思っているのだ、だから自らを聖騎士だとは自称していないのだが……周囲の人間がそう思わないのだろう。
彼女の認識は別として、振るう力は歌に聞く聖騎士そのもの、そこは疑いようがないのだから。
そんな彼女の葛藤を思いもしない守備兵たちは、シャルルを中心に都市壁を駆け降りると、素早く門を開けてアンデット蠢く外へと打って出た。
やはり数が多い、数百名が隊列を組んで迎え撃ったとしてもいつかはすり潰されてしまっただろう、彼らはゾンビやアンデットと異なり出血や痛みや恐怖を感じるのだから無茶はできない。
訓練を重ねた兵士が同数であればまず敗北はない、半分であっても上手くやれば負けはしないだろう、だが十倍以上もの差があれば戦いにもならない……だがその差を覆すのがシャルルであり聖騎士の力である。
「聖騎士殿に決して近寄らせるな、円を組め円を!!」
守備兵たちもそこは弁えている、シャルルに近寄らせまいと大きく分厚い円陣形を組むと槍衾を展開してジリジリと動き出す。
盾と槍を構えて迎え撃つ形である、少数で多数を相手取るのならばこれ以上安定した形はないだろう。
守備隊の面々が肉壁になっている間に、シャルルは自らの心臓の鼓動を感じながら祝福の光を放っていく、彼女を中心にドーム状に広がる波動は円陣を組む守備隊を追い越すとそのまま周囲に群がるアンデットを灰に変えていくのだ。
「よっしゃ、どんどん行くからなぁ!!」
手ごたえは抜群であった、守備兵たちもこれならば恐れる必要ないと判断したのか、目の前にアンデットがどれだけ立ち塞がろうとも恐れはなくなっていた。
数の差などこの集団には関係がなくなったからだろう、盾で弾いて槍で牽制するだけで彼らの背後にいるシャルルが吐き払ってくれるのだから、楽な仕事でしかない。
「こりゃ楽だ、さすがは聖騎士様だな」
「歌に聞く力そのものだよな、実際に目に見るのは初めてだけどよ」
「そもそもアイツは……あッ、いや、あの方はどなただよ?」
「そりゃ聖騎士様だろ、聖都から来られたんじゃないのか」
「おお! ならありがたいことだ、ここ最近は特にアンデットの被害が多かったからな」
「だな、奴らを片付けるにはこれ以上ないくらいに心強い戦力だ」
雑談を繰り広げる余裕すらあるようだ、そして話題はやはり自分たちの後ろにいるシャルルのことだろう。
「徳の高い方なのだろうな……輝いて見えるぞ」
「……なぁ、あの人の胸元見ろよ、娼婦神の聖印をぶら下げてるぞ」
「後ろ向ける余裕なんてないっての!! で、なんだって?」
「だから、娼婦神の聖印を持ってるって言ってるんだよ!」
もたらされた情報に守備隊の男たちは動揺したようだ、アンデットたちを前にするよりも大きいのはどうなのだろうかとシャルルとしては考えるのだが、男の性なのでこればかりはどうしようもなかった。
「マジかよ……マジかよ!?」
「……なら神殿に行けば俺たちでも相手してもらえるってことかよ?」
そんな状況を思い浮かべた何名かが気が抜けてしまったのかゾンビに噛みつかれて負傷してしまう、直ぐに穴は埋められるのだが、油断してしまった証拠だろう。
「こらお前たち!! しっかりと固めんか!!」
守備隊長からの怒号が飛んだ、シャルルとしても同じ意見なので呆れるしかなかい。
「あぁ~……今は目の前の相手に集中してくれよ。あと、ワタシに相手をして欲しいんなら予約を入れてくれ」
シャルルのその発言に色めきだった歓声があがった、見た目もそうだが女の聖騎士が相手をしてくれるという状況が彼らを駆り立てるのだろう、おかげでただでさえ高かった士気が更に膨れ上がった。
数は関係がない、戦術も対等ではない、力も速度も上回っている、ならば敗北する要因は何も存在しない。
周囲に広がっていた千を超えるアンデットの軍勢も、一時間もすれば当たり前のように駆除されていた、多少なりとも負傷者は出たのだが死者がいないのはシャルルの活躍あってのことだろう。
守備隊や、異変を察知して都市壁から戦いを見守っていた住民たちからは、惜しみない歓声と賞賛が絶えることなく向けられた。
「……まるで英雄みたいだな」
「何をおっしゃられるのですか聖騎士殿、貴女は間違いなく英雄ですとも……歌に聞く聖騎士の輝き、しかとこの目に焼き付けました!」
興奮したよう守備隊の隊長からそう告げられて握手を求められる、否応なしに受け入れるしかなか、ここで自分は聖騎士ではないと告げることができないのだろう。
後で聖都にある聖騎士団に怒られないだろうか、そんなことを考えるが今更の話である。
王都の人々にとって今のシャルルはまさに聖騎士なのだ、肩書や正式な立場などは関係ないのだから。
なんであれ凱旋に違いない、大きな歓声に迎え入れられた守備隊とシャルルは自ら掴み取った結果を誇れるだけの仕事をしたのである、そこは間違いない。
ただ浮かれるだけではなく、冷静な意見もあった。
「しかしあのアンデットたち、一体どこから現れたんだろうな?」
「確かにな、観測班の連中がサボってたにしても王都まで近寄られすぎだ、普通は気が付くもんだけどよ」
「数も多かったよな……あんなものが闊歩するなんて、世も末なのかもしれん」
確かに妙だとシャルルも思った、幾ら何でも都市壁に触れられるまであれだけのアンデットが気が付かれなかったとは思えない。
まるで何もない場所から突然現れたりでもしない限りは、こんな状況はありえないだろう。
何故なのか、どうしてなのか、そんなことを考えながら門の内側へと進んで行くシャルルは、突如として足を止めて振り返る。
広がっているのは都市の外にある交易路であり、先程まで大量のアンデットが蠢いていた場所だった。
今は灰の大地と化しているその更に先、丘を越えてその向こう、遥か遠くから何かに見られているようにシャルルは感じたのだ。
気のせいと笑っていられるくらいの小さな違和感であったが、うなじを舐められたような奇妙な怖気が嫌に印象に残ってしまう。
決して認識できる距離感ではないのだが、シャルルの瞳はその先にいる何かを探しており、きっと向こうも同じように彼女を探しているのだろ。
例え姿は見えなくても、その鮮烈な輝きは感じられるのだから。