※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第十三話 それぞれの視点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽のような輝きだと首なし騎士は思った、空を見上げると当然のように存在するそれと同じで、シャルルの体から発せられる祝福の輝きは鮮烈なのだ。

 

 

 

 それは彼がアンデットであることも理由の一つである、だからこそ耐え難い苦痛となり無視することのできない障害となるのだろう。

 

 

 

 今も彼の腐った瞳は、丘を越え山を越え、果てしない彼方にあるシャルルの輝きをしっかりと認識できている、忌々しいが故に。

 

 

 

「……居場所は特定できたか」

 

 

 

 あれだけの輝きと同じものがこの辺りには存在しない、ならばそこにいるのはシャルルだろうと首なし騎士は判断して、その考えは間違っていない。

 

 

 

 あの廃村近くでの会敵からしばらく経つが、あれ以来どんな時でも脳裏に彼女の輝きがチラつくのだ。

 

 

 

「ふん……くだらん執着だな」

 

 

 

 そんな言葉で自らを慰めるのだが、自分自身ですら騙せない嘘でしかなかった。

 

 

 

「まぁいい……居場所はわかったのだ、いずれ飲み込む場所なのだから問題はあるまい」

 

 

 

 だからこれは私情ではないのだと言い聞かせながら、彼は遥か彼方に感じ取れる輝きに背を向ける。

 

 

 

 そんな彼に近づく巨大な気配があった、羽ばたく音の発生源に小脇に抱えられていた首の視線を向けると、そこには深紅の瞳を持った悪魔の姿があった。

 

 

 

「久しぶりね、愛しい息子よ」

 

 

 

「おぉ我らが母よ……姿を見せてくださるとは」

 

 

 

 声の主はエキドナであった、病的なまでに白い肌に蝙蝠のような羽と悪魔の尻尾を生やした美しい悪魔である、そして彼女は首なし騎士という存在を産み落とした母親でもある。

 

 

 

 瓜二つの容姿をした片割れはどうやら別行動中のようだが、片方だけであったとしてもチャリオットの忠誠は揺らぐことはない、エキドナを頭上にしながら彼はその場に跪くと頭を垂れた。

 

 

 

「近くに寄ったから姿を見に来たの、上手くやれているかと思ってね」

 

 

 

「無論です、万事滞りなく進んでおります」

 

 

 

「そう? その割にはボロボロというか……なんだか存在感が薄くなっているようだけど」

 

 

 

「……いえ、そのようなことは」

 

 

 

「……貴方は私に嘘をつくのかしら?」

 

 

 

「……」

 

 

 

 首なし騎士は答えない、ただ深く頭を下げるだけである。

 

 

 

「ふぅん……まあいいわ、こっちも忙しいからね、他の子たちの様子も見て回りたいし」

 

 

 

 エキドナは地上に降り立つと跪いたままの首なし騎士を見下ろして、小脇に抱えられていた首の頭を撫でた。

 

 

 

 我が子を慈しむ姿に、息子であるチャリオットは歓喜に震えているようだ。

 

 

 

「心配はいらないかしら、貴方なら必ず悲願を成し遂げてくれるものね」

 

 

 

「ただただ、全力を尽くします……我らが兄弟姉妹と同様に」

 

 

 

「えぇ、皆愛しい私の子供よ、それぞれに期待しているもの」

 

 

 

「光栄です、その期待に応える為にも突き進みましょう」

 

 

 

 その言葉にエキドナは穏やかに微笑んだ、そこにあるのは残忍な悪魔の表情ではなく、我が子を慈しむ母親のものであった。

 

 

 

 愛おしいのだろう、可愛いのだろう、期待しているのだろう、それら全ての感情を乗せた掌でエキドナは息子の頭を撫でている。

 

 

 

「私はこれから世界樹の方に行ってみるわ、あっちも気になるしね」

 

 

 

「……確かあちらの担当は」

 

 

 

 首なし騎士の記憶が確かであればそちらは黒い胎児の勢力圏であったはずだ、圧倒的な暴風で全てをなぎ倒す兄弟の姿を思い出せば、心配などいらないと彼は思っているようだ。

 

 

 

 だが母親とはそういうことではないのだろう、どれだけ立派で巨大な力を持っていようとも心配しない理由にはならないのだから。

 

 

 

「あの子は一番最初に産んだけどまだまだ幼いからね、無茶しないようにしっかりと見てあげないと」

 

 

 

「母の愛に彼も喜ぶでしょう」

 

 

 

 羨ましいと思うが、自分だって今はその愛情を向けられていると考えれば僅かな優越感もあった。

 

 

 

 だからこそ失敗は許されない、母の愛情を裏切ることも軽んじることもだ、私情でシャルルに執着していることも本来ならば責められるべきことなのだから。

 

 

 

「それじゃここは任せるわね、貴方の力で一つでも多くの魂を集めなさい……変な意地を張らずに近くにいる姉も頼るのよ、あの子は力は弱いけどそれでも援護くらいはできるから」

 

 

 

「はい、必要になったときは頼ります」

 

 

 

 最後の最後まで跪いたままのチャリオットに、エキドナは慈しみの笑みで見下ろしながら、最後に爪先で引っ掻くようにしながら離れると、漆黒の翼をはためかせて飛翔するのだった。

 

 

 

 徐々に遠ざかっていく母親の姿を名残惜しそうに見つめながら、完全に見えなくなるまで彼は姿勢を崩すことはない。

 

 

 

 やがてエキドナの気配も姿も残り香すら消え去ると、彼はようやく立ち上がって遥か彼方にあるシャルルの輝きを探すのだった。

 

 

 

 両者の距離はとてつもなく離れている、国を一つ二つどころでない数を跨ぐほどである、それでも相手を認識できるのだから、奇妙な縁でも結ばれているのかもしれない。

 

 

 

 個人に執着するなど母親に顔向けできない、そんな思いとは反するように彼は高ぶってもいるようだ、それは例え首が無くとも騎士として産み落とされた在り方から来るものなのかもしれない。

 

 

 

 そう、彼は願っているのだ、シャルルとの戦いを。

 

 

 

 だから遥か彼方にある太陽の輝きに手を伸ばしながら、首なし騎士はこう命じるのだった。

 

 

 

「全てを踏み砕くのだ」

 

 

 

 彼の背後には数えきれないほどのアンデットが蠢いている。

 

 

 

「村を飲み込み、街に押し寄せ、都市を蹂躙する」

 

 

 

 その数は数えきれないほどである、シャルルたちが撃退したアンデットたちは数千の規模であったが、比べれば軽く十倍近くの規模はあるだろう。

 

 

 

「立ちふさがる悉くを押し倒し、濡れ紙を破くかのように貫くのだ……あぁ、そうだ、あの輝きを目指して」

 

 

 

 さながらそれは、死が大地を塗りつぶすかのようである……後にその光景を、そんな風に吟遊詩人が歌ったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王とは何ぞや? そんな質問をフィーリンは帝国への留学中にされたことがある、相手は同じ学年、同じ歳であった後の帝国皇帝であった。

 

 

 

 属国という立場上、皇族になかなか頭の上がらない立場であり、それを少年ながらもしっかりと理解していたフィーリンは、あまり冴えた答えを返すことが出来ずに苦笑いを浮かべてしまったらしい。

 

 

 

 下手に自らの王道を語って、属国の王が何を偉そうにと思われることもそうだが、まだ若く未熟であった彼にその問いかけに対する明確な答えもなかったのだ。

 

 

 

 民を富ませる賢い王だと、外敵に恐れられる強い王だと、尊敬を集める徳のある王だと、ありきたりな言葉は思い浮かんだのだが、彼自身もピンとこなかったので言葉にはしなかった。

 

 

 

 自分自身すら納得できない言葉に、目の前の男が納得するとは思えなかったのだろう。

 

 

 

 だからなのかフィーリンはこんなことを言うのだった。

 

 

 

「陛下、私は王を語れるほど大層な人間ではありません」

 

 

 

「そうなのか? 其方もいずれは王となるのだろう?」

 

 

 

「はい、兄が本来ならばなるはずでしたが、戦で亡くなってしまったので私が繰り上がり……正直に言わせてもらえば自信もなく……王とは、王道とは何かなど全くわかりません、情けないことです」

 

 

 

「ははは、確かに正直な言葉であるな……だが悪くない答えでもあったぞ」

 

 

 

「それはどういうことでしょうか?」

 

 

 

「賢く強い王なんてどこにでもある言葉を求めた訳ではないからな……俺の兄たちは、それぞれ賢かったり強かったり経験豊富であったりするが、誰一人として生き残っていないのだ、ならばそれらは間違いなのだろう……いや、足りぬと言うべきか」

 

 

 

「足りない、ですか?」

 

 

 

「うむ……強いこと、賢いこと、経験があること、それら全てが王に必要な前提なのだよ。王として必要なものではなく、あって当たり前のことなのだと考えているんだ、俺はな」

 

 

 

「……それは難しいのでは? 完璧な王など存在しないのですから」

 

 

 

 言ってからしまったとフィーリンは思った、仮にも使えるべき主に伝えるべき言葉ではないと思ったからだ、しかし相手は気分を悪くした様子はなく、彼はなるほどと納得するのだった。

 

 

 

「まさにそれだ、王が持つべき前提を持ち合わせていないのだからな……う~む、だがそれらを備えた王であったとして、それで終わりにはならないだろう」

 

 

 

「殿下は強く賢い王であることが始まりだとお考えなのですね」

 

 

 

「そうだとも、そして、そんな完璧な王は何を思い求めるのだろうと考える訳だ……或いはその答えを探し求めることが王の使命なのやもしれぬな」

 

 

 

 強く賢い王など当たり前であり大前提である、そんなことを考えたこともなかったフィーリンは瞠目していた、王道を語れる以前に見ている景色が違うのだと知らされたのだ。

 

 

 

 同時に、目の前の彼が何を思いどこを目指しているのか気にもなった、帝国とその属国という立場や身分の差があったとしても、いずれは王となるのだから。

 

 

 

「いつか俺は皇帝となるだろう、そして其方は王となる……それに満足することなく、王とはなんぞや? という問いの答えを共に探そうではないか」

 

 

 

 今にして思えばその時からだった、フィーリンと言う男がハッキリと自分に圧し掛かった重責を自覚するようになったのは。

 

 

 

 同時に雲の上のような存在だと感じていた皇太子と友になることができた、立場や身分は違えど似たような境遇がそうさせたのかもしれない。

 

 

 

 勉学も運動も皇太子の後を追いかけるだけであったが、この出会いは帝国留学においてかけがえのない時間となったのだ。

 

 

 

 憧れというものをみつけられたことで、一つ大きくなれたのだろう。

 

 

 

 友と一緒にお忍びで歓楽街に遊びに行くことになるのが三十七日後。

 

 

 

 彼を名前で呼ぶようになるまで七十七日後。

 

 

 

 皇太子の弟が画策したクーデターもどきに巻き込まれるまで百五十二日後。

 

 

 

 フィーリンが彼の妹に一目ぼれすることになるのは、それから更に十七日後のことであった。

 

 

 

 王の顔ではないとアリーヤに突き放されるのは、その数秒後のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国第三皇女であるアリーヤの母親はそこまで身分が高くない、皇帝である父が宮仕えのメイドを孕ました結果が後に皇帝となる兄であり彼女でもあった。

 

 

 

 帝城で働くメイドはその多くが貴族の子女であり一般人はまず見かけない、彼女の母親とて男爵家の娘という立場であったのだが、皇帝の妃として相応しい身分であるかと問われれば難しいとしか言えないだろう。

 

 

 

 なので複数いる妃の中に数えられることはなく、妾の地位に納まっていた。

 

 

 

 政治的な思惑の結果であり皇帝の望む形ではなかったようだが、彼女の母親はそんな立場に満足していたらしい。

 

 

 

 母親の身分はどうあれ皇帝の娘であることは疑いようがなく、いずれはどこかに政略結婚の道具として嫁ぐことになる未来は決まっていた。

 

 

 

 それ自体は別に構わない、アリーヤは兄と違ってそれ以上を求める野心がないからだ、数多くいる姉皇女たちと同様に帝国を支える血の繋がりを作ることに不満など欠片も存在しない。

 

 

 

 ただ彼女は野心はなくとも理想が高かった、生まれてからずっと傍にいたのが完璧を体現する兄だったからだろう。

 

 

 

 そんな兄を持つが故なのか、理想の相手と結婚したいという女性ならば誰でも持つ願望が一際強かったのだ。

 

 

 

 だから、兄からいずれお前を嫁がせたいと言われてフィーリンを紹介された時、彼女は皇女の皮を脱ぎ去って盛大に溜息を吐いてしまったのだ。

 

 

 

 失礼なことだと彼女自身も思い、兄から叱責されたことも素直に受け入れるしかなかったのだが、それでも第一印象がそこまで強くはなかったのだろう。

 

 

 

 帝国の属国とはいえ王は王、いずれは玉座に腰を下ろす神聖な存在であり、だからこそ最初の理想が高かった。

 

 

 

 彼女の中で王とは、一国の代表者とは、つまり兄であるからこそ、そんな幻想を抱いたのかもしれない。

 

 

 

 フィーリンが悪い訳ではない、未熟であっても凡才と評価は似合わないくらいに優秀である、ただアリーヤの理想が高かっただけであり、想像と現実のギャップに打ちのめされたということだ。

 

 

 

 第一印象が悪ければそこに引っ張られることになり、出会って暫くは刺々しい態度を取ってしまったことは、今では恥ずかしい思い出でもあるのだろう。

 

 

 

「ガレスの茶葉も悪くはないな」

 

 

 

「そう? なら良かったよ、君の口に合って」

 

 

 

 フィーリンとアリーヤは今現在、王城の庭園でお茶会を行っていた、夫は執務に追われて妻はそれを支えるべく働いているのであまりこういった時間は取れないのだが、二人は新婚なので場を設けるべきだと部下たちが動いた結果が今である。

 

 

 

 結婚してからのアリーヤは多忙であった、執務に関わることは殆どないが妃の仕事は書類仕事ではなく国内貴族との交流が大半であった、貴族子女たちとのお茶会や文化会を行ってこれからよろしくと言う自己紹介を行ったのだ。

 

 

 

 それが終わって国内の貴族たちから妃として完璧に認められた後、彼女の仕事は主に国外との交流外交へと移ることだろう。

 

 

 

 仕事に没頭して夫婦の時間はなかなかとれなかったが、少しばかり余裕ができたので一時間だけの緩やかな時間に二人は浸っていた。

 

 

 

 アリーヤの背後でルールーが立っていることや、同じ机を囲む椅子の一つにシャルルが座っていることを、夫婦の時間と表現していいのか判断はできないのだが。

 

 

 

「シャルル卿はどうかな? 口に合うだろうか?」

 

 

 

「お茶は美味しいよ……でも卿って付けるのはやめてくれ、なんか背中が痒くなる」

 

 

 

 シャルルは「なんで自分がここにいるんだ?」という顔をしながら紅茶を飲む、勝手にお邪魔した訳ではなくアリーヤからお茶会の招待状を渡されてここにいるのだった。

 

 

 

 招待状とは名ばかりの召喚状であったので断ることも出来ないまま、ルールーに引きずられるようにずるずると椅子に座らせられたのである。

 

 

 

 右を見るとフィーリンが、左を見るとアリーヤとルールーがいる、正直に言わせてもらえば居心地が悪かった。

 

 

 

 そんなシャルルの様子をアリーヤはクスっと笑って眺めるばかりである。

 

 

 

「なぁ、ワタシが夫婦の時間を邪魔しちゃってよかったのかな?」

 

 

 

「構わないさ、この男は私と二人きりだと何故か狼狽えることが多いのでね、他人の視線がある方が背筋を伸ばすようだ」

 

 

 

「構わないよ、アリーヤは私と二人だとすぐに説教をするんでね、他人がいた方が比較的に優しくしてくれるんだ」

 

 

 

 二人の視線が机の真ん中でぶつかり合った、しかし表情は互いに笑顔のままである。

 

 

 

 決していがみ合っている訳ではない、こうしたやり取りが二人の夫婦の関係なのだろう。

 

 

 

 アリーヤのフィーリンに対する印象は最初の頃と大きく変わることはなかったようだが、それは決して彼を認めていない訳ではないのだ。

 

 

 

 理想は未だ高い、だがフィーリンはそこを目指しておりその為の努力も欠かしていない、ならばアリーヤから言うべきことは何もない。

 

 

 

 背中を押す為にキツイ言葉を浴びせることもあるかもしれないが、それが夫の為になると思っているが故だろう。

 

 

 

 それが恋愛感情とは少し異なるものの、ある種の愛情であることをどうやら彼女は気が付いていないらしい。

 

 

 

 

 

「さて、客人の前で喧嘩しても意味がない……そろそろ本題に入ろうか? 実は我が夫がシャルルに話があるそうなんだよ」

 

 

 

 いつかフィーリンを理想の王とする、それがアリーヤの人生の目標であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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