商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
「ここ最近の活躍は聞いているよ、私たちの結婚式の日にも戦ってくれたとね、改めて感謝を伝えたい……本当にありがとう」
まずは感謝から始まった、美しい動作で頭を下げるフィーリンにシャルルは慌てたように両手を振った。
「いやいや大丈夫だって!! ワタシは大したこともしてないし……それに王様に頭を下げられるとやりにくいんだ」
そんな態度に彼女は恐縮したようだ、照れ隠しなのかカップに残ったお茶をグイっと飲み干していく。
「それよりも、頼みたいことってのはなんなんだ? やっぱりアンデット関連かな?」
「あぁ、シャルル殿も知っている通り、ここ数カ月に起こったアンデット関連の被害は目を覆いたくなるほどだ。国としても総力を挙げて対処しているが根本的な解決にはならない……アンデットを処理するには多くの手間がかかるからね」
人間のように殺せば動きが止まるということはないのだ、手足を切り落としたとしても動くのでトドメを刺すという考えがまず通じない。
既に死んでいる者を殺すにはどうすればいいのか、対処の一つとして動けなくなるまで粉砕した後に火にかけて灰にすることが基本となっている。
だがフィーリンの言葉の通り手間がかかる、灰から再び這い出るなんてこともあり得るので確実とも言えなかった、なので火で燃やした後に埋葬してしっかりと葬儀を行うことが推奨されていた。
しっかりと見送ることで、骨や腐った体に縋りついた魂を浄化するということだ、動けなくなるまで粉砕して火で燃やして埋めてから神官主導の下で葬儀を行う、これがアンデットに対する基本的な対処である。
多大な手間がかかっている、一連の流れの中でアンデットを抑えきれずに怪我人も絶えないことだろう、実際に生命神の神殿は人で溢れているのでそういう事態も多いのだ。
別の手段として祝福の力があった、シャルルの体に宿った力ならば手間暇をかけずにアンデットを処理することができる、それも一瞬で灰となるほどに効果覿面である。
ただこの場合も問題はあった、祝福の力を扱える高位の神官の数がそもそも少ないので、ある程度アンデットを一カ所に纏めた状態で対処するのが好ましい。
全ての傭兵団や、警邏部隊に神官を従軍させることなどできないのだから。
今現在、ガレス王国を含む小国家群全体に蔓延するアンデットの被害は、結局は手が足りないという一点が最大の敗因であった。
大国のように大群を持って悉くを殲滅し尽くすという手段がとれないのだ、もし万を超えるアンデットの群れが現れようとも帝国であったのならばその十倍の数を動員して焼き払えるのだろう、ガレス王国には決してできない手段である。
だからこそフィーリンは聖都に聖騎士団の派遣を要請しており、帝国にも援軍を要請していたのだろう。
「そんな中で君が現れた、聖騎士であるシャルル殿ならば呼吸をするかのように祝福の力を使えるのだろう。私としてもいつまでも手が足りないと嘆きながら被害報告書と睨めっこする日々を終わりにしたいんだ、この辺で戦力を纏めて国内のアンデットたちを一掃したいと思っている。覆しようのない戦力差も君がいればどうとでもなるだろう……それなりに時間が必要な葬儀と浄化が終わるまで一カ所に戦力を張り付ける必要もなさそうだしね」
「手伝って欲しいって言うならワタシは断らないぞ……あッ、でも今の所属は神殿だからなぁ」
「その辺はミリア殿にもう話してあるよ、あの子は傭兵だからしっかりと報酬を払ってやるなら好きにしろってね。勿論相応の支払いはすると約束しよう」
「なら決まりだな、こっちも断る理由もないし……具体的にはどう動くんだ?」
「君一人を走り回らせるのは非効率だし危険でもある、なので纏まった数の武器がいるかな、祝福を宿した武器が沢山ね」
「祝福の力を付与するってことか?」
「神殿に頼んである程度は作ってもらっているんだけどね、ただ高位の神官であっても祈願には多くの時間と労力が必要だ。その点、シャルル殿ならば負担も少ないんじゃないかな」
「どうだろうな、祝福の力は割と簡単に使えるけど……ワタシは武器に付与とかしたことないんだ。あッ、でもこいつは聖剣にいつの間にかなってたな」
シャルルの手が腰にある剣へと伸びた、元は上質な鋼の剣だが使っている内に聖剣へと変貌した一振りである。
「抜いても良いかな?」
一応、王の御前なので許可を取る、本来ならばこの場に持ち込むことさえ難しい立場なのだが、シャルルを信頼しているというアピールの為なのか取り上げられることはなかったのだが、さすがに刃を晒すのは躊躇われた。
しかし許可はあっさりとおりた、フィーリンも聖剣に興味があったからだろう。
「最初は普通の剣だったんだけどさ、なんか使ってる間に光るようになったんだよ……武器への付与ってこんな感じなのかな?」
「ふむ、確かに淡く輝いているね、この神聖な雰囲気は祝福を宿した武器そのものじゃないか」
興味深そうに、机の上に置かれた聖剣をその場にいた全員が覗き込む、そしてこれまで黙って話を聞いていたアリーヤが口を開いた。
「この付与を兵士や傭兵たちの持つ武器へ行いたいのよ。それならば手間を必要とせず、それも一撃でアンデットを灰にできるだろう?」
「そこら辺を彷徨ってるゾンビとかスケルトンなら問題ないと思うけど」
シャルルの脳裏に戦車に跨った強力なアンデットの姿がチラつく、雑兵ならばともかく首なし騎士に関しては自信がないのだろう。
いや、間違いなく一撃とはいかない筈だ、アレは普通のアンデットではないとシャルルの本能が理解していた。
「試しにこの付与を行ってみてはどうかしら? シャルルも自分の武器以外に付与した経験がないのなら、練習も必要では?」
「まぁぶっつけ本番でやれって言われるよりはその方が良いな」
「なら……ルールー、貴女の武器を出しなさい」
アリーヤの背後で黙って従者を行っていたルールーが、その指示に従って背中に背負っていた巨大なメイスを取り出す。
シャルルと同じくらいの長さと太さを持つそれは、とても雑な作りをしており武器と呼ぶよりは鉄塊と評す方が正しいのかもしれない。
鋼を棒状に固めてトゲトゲの突起を付けただけであり、メイスよりも金棒といった雰囲気だ。
「手前の獲物は見ての通りでな、なにせ重たいから気を付けることだ」
「……よくこんな物を小枝みたいに振り回せるよな」
「カカッ!! そりゃ手前どもの種族は怪力自慢なのでな、これくらいは振るえなければ男も女も好きに攫えまいて、虎の如くとよく恐れられたもんよ」
「獣人の身体能力があってこそか、ワタシには絶対無理そうだな……それで、こいつに付与すれば良いんだよな?」
「おうとも、何せ雑な作りであろう? 祝福の力が宿れば少しは見栄えもよくなるやもしれんしな」
許可と本人の意思を確認した所で、シャルルはルールーが支える巨大な金棒の持ち手を力強く握りしめた、そこからいつもやっているように祝福の力を流し込んでいくのだ。
変化は直ぐに現れた、武骨な鉄塊がほんのりと光を宿したのだ、決して強くはなく春の木漏れ日のように淡い光である。
「これが聖騎士の力か……素晴らしいな」
フィーリンの賞賛も当然である、これが神々への祈願が必要な神官であったのならば、祈り奉り精神力を摩耗しながら数週間は必要な工程を、シャルルは全て省略して祝福の力を付与したのだ、素晴らしいと言う他にない。
「いつも自分の剣にやってるみたいにしたけど……どんな感じだ?」
「特に何か変わった感じはないが……神聖な雰囲気は感じるな」
ふんッ、とルールーは気迫を込めて鉄塊を振り下ろす、巨大なそれを小枝のように扱うと暴風が周囲に巻き起こるのだが、それに合わせて光の軌跡が後を追う。
「うむ、実際に叩いてみんと効果があるかわからんな……ちと遠征にでも行ってみるとするか」
そんなことを言うと彼女は鉄塊を肩で担いでそのまま会場を出て行ってしまった、護衛役にあるまじき行為ではあるがアリーヤもフィーリンも咎めることはしなかった。
「行っちまったけど良かったのか?」
「問題ない、一応護衛役ではあるがこの場で暗殺を警戒しても意味がないのだ。それにルールーはこの国のアンデット被害を抑える為に皇帝陛下から派遣されている、戦うことも仕事の内だろう」
アリーヤの言葉にシャルルは納得した、嫁入りする妹の護衛役という体裁の援軍ということなのだろう。
「ルールー卿に関してはあれで良いさ、彼女ほどの戦士が暴れてくれるならそれだけで大きな戦果だ、少しでも被害が減るのなら歓迎できる」
疲れ切った表情でそんな言葉を零すフィーリンに、シャルルは思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「なんかアレだな、王様も大変なんだな……目の下に隈が出来てるし、あんまり寝てないんじゃないか?」
「あはは……化粧で誤魔化してるんだけどわかるかい? 寝よう寝ようとは思ってるんだけど、なかなかね」
「この男は根が小心者なのだよ、ようやく寝たかと思えば突然目覚めてを繰り返している、この歳で子守唄を歌ってやらねばならんのだ」
「ア、アリーヤ……そういうことは言わなくていいから」
「だが事実だろう? 良い歳した男が乳児のようでな、手間がかかってうんざりさ」
シャルルが思っていたよりも二人の関係は悪くはないらしい、それに気が付いたのはこの会話を聞いた瞬間であった、政治的な思惑や政略結婚という側面はあれど良い関係であることに越したことはないのだから。
険悪な夫婦仲など見せられてはお茶が不味くなるだけである、シャルルも進んで見たくはない。
「ま、まぁ、私のことは大丈夫だよ。このアンデット被害が収まれば気持ちよく寝れるだろうからね、だからこそシャルル殿には期待しているんだ、本当に宜しくお願いするよ」
「念押ししなくてもちゃんと働くさ、とりあえず片っ端から付与していけば良いんだよな?」
「そうだね、そちらの神殿に武器を送るから全てに祝福を宿してほしい、それを兵士たちに回すとしよう」
「そうすると……かなりの数に付与する必要がありそうだな」
フィーリンは、これから行うであろう作業を創造して頬を引きつらせているシャルルに笑顔を向けた。
「報酬は期待しておいて良いから、約束するよ」
傭兵としてはその言葉は素直に嬉しい、一国の代表から約束されたのであればこれ以上の信頼もないだろう。
予定していた馬車と軍馬の購入してもおつりが来る程の報酬は貰えるだろう、それならば大量の物資を購入して聖都までの一人旅も容易くなる。
それはつまり、仲間たちとの合流が早まるということであった、ならば彼女に拒否する理由は何もなかった。
「小金持ちになれるくらいには期待しとくよ、そんじゃワタシは神殿に戻って武器を待ってるから」
「あぁ、君さえ良ければまたアリーヤに付き合って上げてくれ。彼女は近しい年齢の友人が昔からいなくてね、仲良くしてやって欲しい」
「ほぅ……我が夫はそのようなことを思っていたのか」
「あッ、いや……違うよ、僕だけじゃなく皇帝陛下も同じこと言ってたから」
「それは初耳だ……兄上と我が夫はそうやって私の悪口で盛り上がっていたと?」
「……う、ん……いや……その」
シャルルは椅子から立ち上がって言い争いを始めた夫婦を背後にすると、そのまま仲裁することなく静かにその場を後にする。
夫婦喧嘩は犬も食わない、関わり合いにならないことが一番であった。