※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第十六話 毒婦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしまぁ、ここ最近は本当にアンデットが多いな」

 

 

 

 戸棚から取り出した高い酒を舌で転がしながら、ルールーはそんなことをぼやいた。

 

 

 

「この辺だけじゃなくて帝国方面でも多いって噂だけど」

 

 

 

「そうさな、ただ帝国は戦力が充実しておる、アンデットが現れても即座に殲滅されるのでな、細々としたもんはあっても、あまり目立った被害は確認されておらんぞ……小王国群と違ってな」

 

 

 

「あぁ、帝国は大きいもんな」

 

 

 

「外敵と戦うのは手前の仕事ではないので、細かいことはわからんがな」

 

 

 

「そうなのか? 帝国三騎士なんだからアンデットと戦うのも仕事の内じゃんか」

 

 

 

「必要に迫られたならそういう命令も下るであろうが手前の所属は近衛騎士だ、主な任務は皇族の護衛じゃい」

 

 

 

「へぇ、所属とか細かく分かれてるってことか」

 

 

 

 シャルルも同じように酒を注いだグラスを持って嗜んでいた、ただ彼女の口に合わせて甘口のものである。

 

 

 

「おうとも、帝国三騎士とは三つある騎士団の団長にそれぞれ与えられる称号だ、帝国を守る守護騎士団、外敵を滅ぼす遠征騎士団、皇族を守る近衛騎士団といった感じだな」

 

 

 

 つまりルールーは近衛騎士団団長という立場にある、今はアリーヤの護衛兼ガレス王国の援軍としてこの国にいるが、本来の仕事は皇族と帝城の守りなのだろう。

 

 

 

「帝国に現れるアンデットどもはロビンめの奴が主に担当しておる、守護騎士団の代表だ」

 

 

 

「名前は知ってるよ、ロビンフットだろ。何度も歌に聞いたことがあるぞ」

 

 

 

「カカッ! 歌と違って本人の印象は大きく異なるがな、そういうものは尾びれに背びれが付いて翼まで生えるもんよ」

 

 

 

 強い酒を簡単に飲み干しながらも顔色一つ変えない酒豪ぶりを見せつけながら、ルールーの逞しい手はベッドに腰かけるシャルルへと伸びた。

 

 

 

 そのまま愛でるように首筋や鎖骨へキスを始めると、二人は再びベットへと倒れ込むのだった。

 

 

 

 チロチロと、ルールーの舌が蚯蚓腫れの残る鎖骨を這うと、染みるような痛みと僅かな官能が体にじんわりと広がっていく。

 

 

 

「まぁ手前がここに来たのも姫様の護衛もあるが、援軍目的でもある。準備が整えば大規模な掃討作戦が行われるであろう」

 

 

 

「うッ……ん……ワタシ待ちってことかよ」

 

 

 

「そうさな、其方が付与した武器がある程度揃えば一気に状況が好転する訳だ……まぁ、それだけで小王国群全体の状況は変わらんだろうが」

 

 

 

「……他にも何かあるのかよ?」

 

 

 

「其方も噂ぐらいは聞いておろう? 小王国群と呼ばれるこの周辺地域は戦乱の中にあると、アンデット関係無しにな」

 

 

 

「そう言えばそんな話も聞いたことあるな、いろんな場所で小競り合いしてるって」

 

 

 

「小競り合いではなく反乱だ、色んな国が色んな相手に噛みついていたずらに戦火が拡大しとる……面倒なことだ」

 

 

 

 同じ枕に頭を押し付ける二人は、吐息がかかる距離で見つめ合う。

 

 

 

「なんとなくわかったぞ、その調停もアンタの仕事な訳か」

 

 

 

「そういうことだ、皇帝陛下からの密命であるな」

 

 

 

 チュっと、音を立てて唇が重なって離れあった。

 

 

 

「問題なのはその騒乱の原因でな、どうも各国の王や将軍たちを誑かす毒婦がおるらしい……傾国の美女という奴だ」

 

 

 

 そう聞いてシャルルは思わずミカエラの顔を思い浮かべるが、さすがにその可能性は存在しないので一瞬で通り過ぎていく。

 

 

 

「おかしかろう? たった一人の女に様々な国が操られて暴れまわっておる、さぞ美人なのであろうよ」

 

 

 

 目の前にあるルールーの顔が好戦的に歪む、獣人らしい激しい闘争心が垣間見えた。

 

 

 

「美人ねぇ……それって、アンタがどうこうして纏まるような問題なのか?」

 

 

 

「まさか、出来るはずがなかろう、手前にできるのは殴りつけることだけなのでな」

 

 

 

「じゃあ無理じゃんか」

 

 

 

「まさに、皇帝陛下も無茶を言うもんだ、しかし手前に求められているのはそんな細やかな外交手腕ではないとも」

 

 

 

 むき出しにされた闘争心は消えることなく漏れ出ている、それは暴力的な獣人の本能を高ぶらせていくのだった。

 

 

 

「反乱だの毒婦だのつまらん、興味もない……手前はただ粉砕するだけよ、近衛騎士だとでかい戦争が起こっても護衛任務だけで派手に暴れられんのでな」

 

 

 

 戦士として色々と溜まっているのだろう、そんな思いを皇帝が汲み取ったのかもしれない。

 

 

 

「その毒婦とやらは皇帝陛下が既に手を打っておる、詳しくは知らんが上手くやるだろうよ」

 

 

 

「なら後は唆された国だけか……いや、そこが一番問題なんじゃないのか」

 

 

 

「問題などあるものか、アンデットの群れよりは遥かに楽だろうよ……帝国国旗をぶら下げて殴り飛ばすだけなのだから」

 

 

 

「おおざっぱで単純明快だな」

 

 

 

 ルールーの体がシャルルに覆いかぶさって見下ろす形となった、そのまま頬や首へとキスを繰り返していくと、二人の体は熱を帯びていく。

 

 

 

「なんであれ周辺諸国の調停はアンデットを片付けてからだ、楽しみじゃよ……カカカッ!!」

 

 

 

 独特の笑い声が室内に響いていく、彼女は全力で暴れまわれる機会を望んでいるようだが、残念なことにその状況にはならない。

 

 

 

 何故なら、調停すべき周辺諸国が全て消えてしまうからだ。

 

 

 

 彼女たちの会話から一カ月もしない間に、三つの国が滅びたという。

 

 

 

 蝗の群れが何もかも食いつくすかのように、アンデットの群れが全てを飲み込んでいくのだ。

 

 

 

 後に蝗害ならぬ死害戦争と名付けられた戦いの気配は、ガレス王国にも近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小王国群を形成する地域や国家は多くあるが、基本的に二十七の勢力と王家が存在している。

 

 

 

 元々は同じ国だったり同じ属州であったりと様々であり数も時代によって変動するのだが、基本となる数がそれであった。

 

 

 

 全ての王家と領土が一つになれば周辺に広がる大国たちとも対等に渡り合えるくらいの国力になるだろうが、周辺諸国の政治的な思惑や立ち位置がバラバラなので纏まることはないだろう。

 

 

 

 小王国群は大国間に存在する緩衝材であり、他所の大国の侵攻を遅らせる防壁でもあるということだ、彼ら自身も彼らを囲む大国もそれを理解しているので総力戦のような大規模な戦いになる可能性は低い。

 

 

 

 絡み合った政治的な思惑によってある種の空白地帯になっている訳であり、丁寧に組み上げられた蜘蛛の巣のように緊張感がありながらも柔軟性があるという、とても複雑な地域である。

 

 

 

 だがそれでも平和であったことは間違いない、ほんの数カ月前の話ではあるが。

 

 

 

 均衡が壊されたのはアンデットの目撃例が増え始める少し前、小王国群の一つにとある女が姿を現した頃からだろう。

 

 

 

 その女は美しかった。

 

 

 

 その女は可憐であった。

 

 

 

 その女は妖艶であった。

 

 

 

 ただ美しいというだけで、全てを虜にする格を持っていたのだ。

 

 

 

 まさに傾国の美女と評するに相応しい女である、王や将軍は虜となって平伏し女である妃や姫でさえ魅了されたのだから。

 

 

 

 耳朶から脳髄を溶かす甘い声で、心臓を高鳴らせる視線が、否応なしに相手を平伏させる。

 

 

 

 一度その女を視界に入れてしまえば最後、決してよそ見などできはなしない、もしその体を味わってしまえば二度と戻ってはこれないだろう。

 

 

 

 美しいという毒が、体を犯すのである。

 

 

 

 魅了されて心を掌握された王が傾国の美女にこう尋ねる「どうすれば貴女様の寵愛を頂けますか?」と、それに対して彼女は「民を千人殺して王宮の城壁に吊るしなさい」と答えたらしい。

 

 

 

 次の日、王は民を千人殺して城壁に吊るして見せた。

 

 

 

 とある将軍が傾国の美女に台本を読むかのような口調でこう尋ねた「どうすれば貴女様の寵愛を頂けますか?」と、すると彼女は「隣国を滅ぼしなさい」と言葉にするのだった。

 

 

 

 一か月後、隣国は文字通り消滅した。

 

 

 

 多くの者がその状況を疑問に思わない、何故なら彼女は美しいのだから。

 

 

 

 民を殺した王も隣国を滅ぼした将軍も罪悪感は抱かない、何故なら彼女は可憐だから。

 

 

 

 いつしかその国に済む大勢が心を犯されて生きた人形と化してしまっても幸福であると信じていた、何故なら彼女は妖艶だから。

 

 

 

 戦火は広がっていく、彼女を中心にしながら。

 

 

 

 ただ全ての者が毒婦の虜になった訳ではない、反抗する者も少数ながら存在する。

 

 

 

 

 

「この毒婦があああああああああッ!!」

 

 

 

 

 

 吊るされた民で城壁を飾ったとある王宮で野太い叫びが広がった、長い訓練によって鍛え上げられた肺活量によって放たれる怒号は、本人の激怒によって大気を振るわせるほどである。

 

 

 

 彼はこの国で兵たちを率いていた元将軍であった、元であり今は反乱軍という扱いではあるのだが。

 

 

 

 毒婦の魅了によって人形と化した将軍とは同僚であり友でもあるのだが、どうやら彼はその圧倒的な魅了に抗っているようだ。

 

 

 

 僅かな兵と共に毒婦を討たんと暴れていたようだが鎮圧されて捕まってしまったのが一カ月前のこと、それからというもの地下牢に拘束されていた筈なのだが、手首と足首に鎖と手錠がぶら下がっている所を見る限り、隙を突いて強引に脱走して見せたらしい。

 

 

 

 剣もなく鎧もない、それでも彼は国家の敵を打ち砕かんと王宮の階段を駆け上がり、玉座の間へと辿り着いたのだ。

 

 

 

 血走った瞳が睨みつけるのは、本来王のみが座ることを許される玉座であり、そこにさも当然とばかりに腰かける妖艶な女である。

 

 

 

 美しい等という単純な言葉では評せない、あまりにも異質異常な女であった。

 

 

 

 どれだけの怒気を体に纏わせても、ほんの一瞬でも油断すれば怒りを忘れて平伏してしまいそうな魅力を放つ毒婦に向けて、彼は鎖を揺らして一歩踏み出す。

 

 

 

 己の誇りと、戦士としての矜持と、王と国家への忠誠心と共にだ。

 

 

 

「貴様さえいなければ王も王子も友も目を曇らせることはなかった!! どれほどの悪意がこの国を覆ったというのだ!! どれほどの嘆きが流れたというのだ!!」

 

 

 

 怒りによって魅力に抗う男はそのまま玉座の間を駆け出して毒婦へと近づいていく、手首からぶら下がる鎖を武器にしているようだ。

 

 

 

 王座に許可なく近づく者がいれば当然ながら阻む者が現れる、それは魅了によって人形と化した近衛兵であり王子であり、彼が仕えた王であった。

 

 

 

「悲しいぞ、其方は我が誇りであり平民たちの希望であったというのに、このような反乱を起こすなど」

 

 

 

 玉座に腰かける毒婦を守るかのように王が立ち塞がった。

 

 

 

「平民である其方を周囲の反対を押し切って将軍にしたというのに……あの判断は間違いであったな」

 

 

 

「我が王をここまで愚弄するか毒婦がぁあああ!!」

 

 

 

 賢い王であった、強い王であった、徳のある王であった、彼にとって命を捧げて生きるに値する存在であったのだ、それを汚される光景に更に怒気は増していく。

 

 

 

 自分はここで死ぬのだろう、だがあの女だけは殺さなければならない、城壁に飾られた民の嘆きが、意味も無く滅ぼされた隣国の悲しみの全てを背負わなくてはならない。

 

 

 

 誰かがそれを為さなければ、この毒婦を中心に幾つもの国が消滅するだろう。

 

 

 

 この命が、鍛えた体が、積み上げて来た経験の全てが、あの毒婦を討つためにあったのだと、彼は受け入れて理解した。

 

 

 

 生涯最高にして最後の疾走は、しかし無意味に終わることになる。

 

 

 

 近衛兵の刃が、王の持つ剣が、王子が放った矢が、彼の体を貫いたからだ。

 

 

 

 ジャリン、と手首からぶら下がる拘束用の太い鎖が鞭のようにしなりながら毒婦へと伸びるのだが、それは僅かに前髪を揺らす程度に留まってしまう。

 

 

 

「いつか……冥府へと落ちる時……ぐッ……民の怒りを思い知るがいいッ!!」

 

 

 

「我が神へなんと無礼な物言いだ、万死に値するぞ愚か者め」

 

 

 

 冷たい言葉と共に、王は刃を彼の首へと振り下ろすのだった。

 

 

 

 王の瞳に感情はなく、自らの忠臣が死んでいったことに欠片も動揺することもなく、当たり前のように毒婦の足元へと跪く。

 

 

 

 かつて自分が腰かけていた玉座を目の前にしながらも、思う所は何もないらしい。

 

 

 

「申し訳ありません我が神よ、このような事態になるなど」

 

 

 

 妖艶な毒婦は静かに微笑む、まるで楽しい劇でも見たかのように。

 

 

 

「良いのよん、とても楽しかったのだから」

 

 

 

 可愛らしい少女のような、声変わりする前の少年のような、艶やかな美女のような、表現しがたくもただただ甘い声色を聞いてその場にいた全ての者が表情を緩ませる。

 

 

 

「でも何度も見ていると飽きて来るかも、こういうのは偶にだから面白いのよねぇ」

 

 

 

「王宮の警備をより固くいたします」

 

 

 

「お願いするわねぇ、貴女はとてもいい子だから私もとても楽できるのよぉ」

 

 

 

「光栄でございます……それと、我が神よ、一つ上奏したいことが」

 

 

 

「んん~、なにかしらん?」

 

 

 

「帝国にて不穏な動きがあるとのこと……かの皇帝がこちらの動きを察知したのか、刺客を放ったと報告がございます」

 

 

 

「ふ~ん、刺客ねぇ……噂に聞く三騎士とかかしらん?」

 

 

 

「いえ、詳しくは不明ですが、凄腕の暗殺者とのこと」

 

 

 

「そんな奴に殺されるほど甘くはないわよぉ」

 

 

 

「油断は禁物です、かの皇帝は決して愚かではありません、できもしないことに許可など出しはしないでしょう。依頼を出した時点で成功の可能性が高いことは間違いありません」

 

 

 

「つまりその暗殺者とやらが相当凄腕ってことねぇ……私は戦いが得意じゃないから困っちゃうわぁ」

 

 

 

「王宮と王都の警備を極めて厳重にいたします、虫すら通れない程に」

 

 

 

「そうねぇ、お願いするわぁ」

 

 

 

「ご安心ください、貴女様に従う兵士で壁を作ります故、紛れ込むことすらできないでしょう」

 

 

 

「それもそうかぁ、商人に紛れて潜入とかもできないものねぇ……だってこの国はもう」

 

 

 

「はい、貴女に忠誠を誓う兵士しか残っておりません」

 

 

 

「ふふ、なら安心だわぁ」

 

 

 

 潜入する隙もない、見知らぬ人間がいれば必ず目立つ、気が付かれない内に近づいて暗殺など不可能だろう。

 

 

 

「でもそろそろ閉じこもっていないで大きく動きたいのよねぇ、せっかくだからどこかに攻め込みましょうかぁ」

 

 

 

「戦火は十分広がっているかと思いますが?」

 

 

 

「死体の数が足りないのよねぇ、弟から追加を送ってくれって催促が来てるのよぉ……あっちはあっちで色々頑張ってるみたいだしい、姉としては応援したいのよねぇ」

 

 

 

「ではどこかの国を攻め入ります、暫くお時間を頂ければ死体を積み重ねましょう」

 

 

 

 既に大国間の思惑と政治的都合で作られていた、小王国群にある繊細で複雑な平和は崩れ去っている、元々歪な形をしていたのだから一カ所を崩せば後は連鎖的に崩壊していくだけである、眺めているだけでいい、だが彼女たちにも事情があった。

 

 

 

「侵略した先で兵士たちに与える食糧とかしっかり奪ってきてねぇ、そろそろ尽きるでしょう?」

 

 

 

「それほどのご配慮を頂けるとは、兵士たちも涙を流すことでしょう」

 

 

 

「頑張ってねぇ」

 

 

 

 

 

 この会話からしばらく後に、一つの国が狂気の軍隊に攻め込まれて滅んだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

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