商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
アンデットの大群が王都へと迫っている、そんな話を同僚の娼婦から聞かされたシャルルだが普段と変わることなく神殿で祝福の付与を行っていた、特に慌てる様子も無く淡々と武器を作り続ける彼女に、王宮からやって来た秘書官が声を掛けたのは数日後のことである。
いよいよ来たか、そんなことを思った彼女は付与を終えた武器を引き渡して身支度を整え始めていく。
それなりの日数を世話になった神殿の部屋を清掃すると、私物を片付けて腰の小物入れへと雑にねじ込む、この戦いがどんな結末を迎えるにしてもここを去ることになるので、二度とこの部屋に訪れることはないだろう。
そっと扉を閉じて彼女が次に向かったのは神殿の奥にあるミリアの執務室である、相変わらず大量の酒瓶が並べられた場所に辿り着くと、そこで書類を眺めていた部屋の主へと声をかけた。
「ミリア、色々と世話になったな」
「……行くのかい?」
「あぁ、王宮に呼ばれてさ、それに斬らなきゃダメな相手がいるんだ……なんか言葉にしにくいけど、アレはワタシ以外には無理だと思う」
「妙な縁もあったもんだ……だがまぁ、戦士の人生には必ずそういう相手が現れるもんさ、私にも経験があるよ」
「ミリアも戦士だったのか?」
「神殿騎士だったんだ……昔の話だがね」
「まさか戦うつもりじゃないよな?」
「この腰がもう少ししゃんと伸びてたらそれも楽しそうだったんだが……ふん、どうであれうちの子たちも放置はできないか」
「皆を逃がすのか、なら早い方が良いと思うけど」
アンデットに囲まれてしまえばそれも難しくなるだろう、なにせ大地を覆う程の数と噂されているのだから。
「人々の営みに寄り添うことが神殿の在り方さね、なのに我先に避難したら笑われるだろう……逃げるにしても王都の住民たちの避難が完了してからかね」
今現在、王都の住民たち……いや、ガレス王国全体に避難命令が出ている状況だ、国境砦にアンデットの大群が殺到しておそらく長くは持つまいという判断をフィーリンが下したからだ。
彼ら彼女らの避難先は帝国方面である、難民として生きていかなくてはならない状況だが、ここで滅びるよりもマシという判断なのだろう。
だが涙ながら避難する住民たちがいる一方、この場に残って軍に志願して戦う者も多かった。
去る者と、留まる者、死に行く者と生きる者である、王都はかつての賑わいが姿を消して、活気の無い寂れた空気に包まれているようだ。
まだ避難が完了していない住民も残っているので、それがいなくなれば神殿も封鎖されてミリアたちも避難するのだろう。
ここは戦場になる、国境砦も既に落ちている筈だ、アンデットたちの移動速度は人間よりも遥かに遅いのでもう幾ばくかの余裕はあれど気長にとはいかない。
「避難するのなら早めにな、皆には色々世話になったから死んでほしくない」
「言われるまでも無いさ……まぁ、アナスタシアはここに残るだろうけどね」
「うん? なんでだよ?」
「あの子の願いさ、儀式を完了させたいとね……アンタも薄々気が付いてるかもしれないが、アナスタシアは少し特殊でね」
「……」
「魔術師たちにとって祝の器と呼ばれる存在だ……わかりやすく言うのなら、とても価値のある肉体を持って生まれたってことさね」
「半神とかそういうのか?」
「間違いではない、アナスタシアは契約神の加護が強い……だからこそ、どんな難しい契約であろうと結べちまう、過程や代償をすっ飛ばしてね」
ミリアの視線が書類からシャルルへと向かう、彼女の瞳はそこにある巨大な契約と儀式を見ていた。
「よくわからないって顔をしてるじゃないか、まぁ私も完全に理解している訳じゃない……祝の器っていうのは契約神の寵愛と加護が極めて強いのさ、愛され過ぎているからこそ、滅茶苦茶な契約だって成立しちまう」
ミリアが手元の書類を指さした、神殿運営に欠かせない書類でありこれもまた一種の契約書である。
「契約っていうのは縁を結ぶこと、縁を結ぶということは因果や運命を強めること、アンタだって聞いたことあるだろう? どんな些細な口約束や契約であったとしても、そこには契約神の力が大なり小なり宿るって」
「あぁ、だから約束を破る奴は契約神に嫌われて出世できないとか言われるよな」
「神に嫌われるから出世できないのか、約束を守らないから出世できないのか、どうであれ契約というものを軽く扱うことはできないさ。だからこそ慎重に、そして滅茶苦茶な縁は作れない」
明らかに不利な契約や、理不尽な縁を作ることを避けるものである、もし結ぶとしてもそれなりのリスクを覚悟して見返りを求める筈である、神の力や機嫌を損ねない為にもだ。
「それらは仕事上の契約の話だ……だがこれが魔術や儀式となると少し異なる、呪いのようなものと言い換えても良いかもしれないね」
「……呪いか」
「魔術的な契約……つまり呪いには代償が必要となる、魔術にもね……ちょっとしたものなら魔力を消費したり、宝石なんかも触媒にしたりで解決できるが、規模が大きくなればなるほど代償は大きくなるもんだ」
所謂、何十人もの魔術師や神官を集めて行う大儀式や大魔術のことだろうとシャルルは理解した。
「縁、呪い、契約、魔術、約束、儀式、名称は違えど根っこの部分は大差がない、強力なものであればあるほど、運命や因果を捻じ曲げるほどの力を持つ、その為に必要な触媒や代償も巨大になるんだが……これが契約神の半神ともなればどうなると思う?」
「……まさか」
「そうさ、あの子はどんな難しい滅茶苦茶な契約や縁だって結べちまう……つまりどんな大魔術や大儀式であったとしても、あの子がいれば成立しちまうのさ」
運命を捻じ曲げて因果を逆転させてしまうような、人類史において特異点と称されるような異質異常な出来事すら、例え矛盾を孕もうとも彼女の存在があれば成立できてしまうのだ。
代償として山のような黄金や宝石も、数えきれないほどの血と肉を浪費する必要も無い、契約神に愛された彼女がいるだけで良い。
なんとも楽なものである、魔術師たちからしてみれば垂涎の存在だろう。
「……それを知った時、面倒な神格をもって生れて来たもんだと思ったよ、邪な存在の手にあの子が渡ればやりようによっては国なんて簡単に滅びるだろう。どんな魔術や儀式も、片手間に成立させちまうんだからね」
「アナスタシアはそれを知ってるのか?」
「そりゃ考える頭があるんだから察するだろうさ……苦労もしてきたし絶望も味わってきた、そんなあの子がここに残ると決めたんだ、私にはどうしようもないさね」
ミリアが見ているのはシャルルとアナスタシアの間にある巨大で強力な縁……契約であり呪いである、あまりにも規模が大きすぎて全貌が把握できないほどの大儀式と大魔術であり、大呪術でもあった。
「物を知らず我も薄いあの子がそうあると決めたんだ……他人が口を挟むもんじゃない」
「……」
「アンタも王宮に呼ばれてるんならさっさと行きな、つまらないことに頭を悩ますのは戦士の仕事じゃないだろう、剣は戦場で握ってこそだ」
「あぁ……わかってる。色々と世話になったな」
「それが神の意思さね、私は何もしちゃいないよ」
死ぬために戦うつもりはシャルルには毛頭ないので、永遠の別れのような空気は欠片も出さない。
穏やかに、そして気負うことなく普段通りに別れを済ましたシャルルを見送って、執務室の扉が閉まるのを確認したミリアは、再び手元の書類に視線を戻して小さな溜息を吐いた。
「……アナスタシアとあの子が同じ場所にいるなんて、運命神のご意思なのかね」
そんな呟きがシャルルの耳に届くことはなく、静かな執務室に溶けて消えていく。
世話になった神殿で挨拶を済ませるとシャルルの足は王宮へと向かうことになる、活気のなくなった大通りを進んで行くと、避難民と思われる人々とすれ違う。
誰もかれもが視線を落として暗い顔をしていた、生まれ育った故郷を離れて難民となるのだから当然である。
抱き張って別れを惜しんでいるのは家族だろうか、若い男の腰にはシャルルが付与したと思われる武器がぶら下がっている、おそらく彼は志願兵なのだろう。
親と兄弟に別れを済まして涙を拭きとるとそこには一人の戦士だけが残される、今の王都においてとてもありふれた光景であった。
シャルルはそんな家族の別れを横目に王宮の門を潜って城内へと入っていく、既に近衛兵や城で働く者たちに顔が知れ渡っているのか呼び止められることもなく進んで行ける。
怪しまれることもなく、彼女を発見すると何故か驚いたかのような表情になって慌てて頭を下げる者が殆どだ。
シャルルにはその理由がわからなかったが、どうやら彼女から放たれる神秘的な雰囲気に驚いているらしい。
それは王宮の執務室で仕事をしていたフィーリンも同様のようで、顔を出した瞬間に眉を上げて驚いていた。
「あ、あぁ……シャルル、殿? 来てくれたのか……なんというか、雰囲気が変わったように思えるが」
「そうか? なんか皆驚いてたけど……そんなに変わったかな?」
「前に見た時は付与の仕事を依頼した時だけど……うん、何と言うべきか、神秘的って感じかな」
そう言ったフィーリンの表情は……やはり眠れていないのだろう、隈がよく目立つ。
「まぁワタシのことは良いじゃないか、それより呼び出された理由が知りたいんだけど」
「あぁ、それに関してはアリーヤと一緒に説明するよ……あぁ、ちょうど来たようだね」
ノックの音を聞いて執務室の隅で控えていた秘書官が扉を開く、向こう側にいたのは予想通りアリーヤであった。
こちらも忙しいからなのか眠れていないのだろう、化粧でごまかしているが隈が目立つ。
「お呼びとのことだが……おや? シャルルも一緒か?」
「うん、彼女には仕事を依頼したくて呼んだんだ、アリーヤにもやってもらいたいことがある」
彼は手元で羽ペンを動かして流麗な文字で手紙を作成するとそこに押印を刻んで蝋で封をする、その手紙はアリーヤに渡されるのだった。
「……これは?」
「皇帝陛下への手紙だ……内容はこのガレス王国の献上と、ガレス王室の解体すると書かれている」
それを聞いてアリーヤの眉間に皺が寄る、同時に怒気が膨れ上がっていく。
「怒るのはわかるけど、これは必要なことなんだ……ハッキリと言おう、ガレス王国は滅びる」
彼は頭が悪い訳ではない、天才でも傑物でもないが愚かという訳でもない、だからこそ未来予想図を描くことも得意である。
そんな彼がハッキリと言うのだ、自分の国は滅びるのだと。
「国境砦は既に落とされたと早馬で連絡があった、将軍が少数の手勢で要塞化した村や街に籠城して時間を稼いでいるが、王都にアンデットの軍勢が辿り着くまで数日といった所かな……それに加えて近隣諸国との連絡も取れなくなっている、おそらくあちらも似たような状況なのだろう」
小王国群全体が大地を覆う程のアンデットの群れに襲われて戦っているのだろう、もしかしたら既に蹂躙されて滅びた国もあるのかもしれない……ガレス王国もまた、そんな国の一つということだ。
「活路があるとすれば、帝国からの援軍だ……この国の戦力では何をどうしようと滅びる他にない。しかし帝国とて一枚岩ではない、援軍を起こることに横やりが入ることもあるだろう。だからこそアリーヤには帝国に赴いて余計な介入を防いで迅速な援軍を送って欲しいんだ」
「……なぜ王室を解体して国土を献上するのだ?」
「それは援軍が間に合わなくなった時の保険だよ、王室が滅んで領土を帝国に献上すれば、この地域は帝国の領土となる……帝国には国土の奪還と難民を保護する義務が生まれるだろう、例え王族が滅びようともガレスの歴史と火は消えることはない、帝国の一部として生きていける」
負けることがわかっている、滅びることが予想できている、だからせめてもの悪あがきをしたいのかもしれない。
だが彼はこの国の王である、国民を死の淵に叩き落とすよりも後退させて生かす方針を選んだのだ。
アリーヤの存在や、皇帝との関係もその判断に大きな影響を与えたことだろう、二人に託せば難民たちも悪いようにはならないだろうと。
それがせめてもの悪あがき、国王であるフィーリンの最後の統治であった。
理屈はわかる、難民や故郷の未来を守る為の判断なのだと理解もできる、しかしアリーヤには納得できないことがあるようだ。
「言葉を政治的にこねまわしているが……要するに私に帝国へ逃れよと言いたいのだな?」
色々な理由をつけているが、それが本命なのだとアリーヤは受け取ったらしい。
「……あぁ、そうだ」
その言葉を聞いてアリーヤの怒りが最高潮に達したのか、いつも通りの説教をしようと口を開くのだが……それを制するかのように乾いた音が執務室に響く。
フィーリンの掌がアリーヤの頬を叩いたのだ、それなりの勢いで。
そんなことをフィーリンからされるとは思っていなかったのか、アリーヤは大きく瞼を開いて驚いている。
「アリーヤよ、我が妻よ、己の分を弁えて出過ぎた真似をするな……頼んでなどいない。其方は帝国に赴き手紙を渡して援軍を呼ぶのだ、これは王命である」
赤くなった頬を抑えて視線を落とす彼女は、僅かに震えているようだ。
怒りなのか、泣いているのか、嘆きなのか、シャルルの位置からは表情まで伺えない。
「……こんな時ばかり王らしくなって」
小さな呟きは誰にも届かない、ただアリーヤの中に消えていくだけである。
「我が夫よ……共に死んでくれとは言ってくれないのか?」
「言えるはずがないじゃないか……君の人生はこれからも続いていくんだから」
「この国に嫁いでおきながらこの地で死なぬ王妃など笑い者であろうな……私がここに来たのはこの国の歴史となり帝国との血脈を強くする為だというのに、これでは義務を果たせん」
「果たす必要は無い、誰に指差されて笑われてもいい……ただ生きてくれ」
フィーリンは笑って見せた、色々な感情を混ぜた複雑な笑顔であったが、そこにあったのは王ではない一人の男の素顔なのだろう。
だがそれも一瞬だ、直ぐに王としての表情を作ると冷静にこう伝えるのだった。
「これは王命である」
全てを跳ね除けるかのような重たいその言葉に、アリーヤは頭を下げる。
「承知いたしました、陛下……必ずや王命を果たして見せます」
「あぁ……期待している」
それからフィーリンの視線は黙って成り行きを見守っていたシャルルへと移動した。
「シャルル殿にはアリーヤの護衛を頼みたい、これまで付与してくれた武器の代金も支払おう……アンデットの軍勢が王都に辿り着く前ならば帝国まで行くことはそう難しくはないだろうから」
「え? 嫌だけど……ワタシは他にやることがあるし」
「えぇ……まさか断られるとは思ってなかった……報酬ならしっかりと支払うつもりなんだが」
そう言ってフィーリンは自分の手首に装着されていた細やかな意匠の目立つ腕輪を外そうとするのだが、シャルルはいらないと言わんばかりに視線で押し返す。
「そんな王家由来の物みたいな奴を渡されても困るっての……ほら、前に話しただろ? アンデットを増やしてるっぽい首なし騎士の話」
「あぁ、今回の原因とも思われる存在のことだね」
「アレを斬る……だからアリーヤの護衛は引き受けられないんだ」
「この地に残って戦うと言うのか? 君は流れ者の傭兵でガレス王国の民ではない、義務も無ければ理由もないのでは? だからアリーヤと共に脱出した方が……」
そこから先は黙るしかなかった、シャルルから発せられる神性が強まったかのように思えたからだ。
「たぶん、ここで逃げたとしても必ずどこかで戦うことになる……なんか説明が難しいんだけどさ、そういう因縁ができたんだと思う」
「……」
「アンタとアリーヤ、そしてこの国の人たちの為でもある……義務とか理由とかそういうんじゃなくてさ、ワタシがそうするべきだと思ったから戦うんだ。戦士として生きていくことを決めたんだから恥は許されない、戦神に怒られそうじゃん」
それに、とシャルルは言葉を区切って執務室から広がる外の光景を眺めた。
「王様はなんかもう諦めてるっぽいけど、ワタシは勝つつもりでいるからな?」
「勝てるというのか? 相手はとてつもない大群なんだ」
「相手がどれだけ大勢でも、どれだけ強くても、それは諦める理由にはならないじゃないか……勝算の有無に関係なく、勝利を目指さなくてどうするってんだよ」
「……それは君が強いから言えることだね」
「それは関係ない……ほら、外を見てみろよ」
シャルルが執務室の窓の向こうを指さす、引っ張られてフィーリンの視線が外に向けられると、そこに広がっていた光景は城の中庭であった。
そこには王都での戦いに備えている兵士たちや志願兵たちが大勢控えており、訓練や装備の点検に集中しているようだ。
恐れもあるだろう、嘆きもあるだろう、絶望だって寄り添っている、だが戦う覚悟を持っている。
「この国の兵士や騎士はまだ諦めてないぞ……なのに王様のアンタが真っ先に諦めてどうするのさ」
「……」
「ワタシは貴族でも王様でもないからさ、偉そうなことは言えないけど……こうなったら良いって待つんじゃなくて、結果は手繰り寄せるものなんじゃないかな。戦いだって同じだ、最初から諦めている奴は何したって勝てないけど、ふざけんな馬鹿野郎って藻掻く奴なら……奴にしか戦神は微笑まない」
「……手厳しい言葉だね」
「厳しくなんてあるもんか、当たり前のこと言ってるだけだぞワタシは」
「あぁ……全くもってその通りだ。部下にも似たようなことは言ったが……私自身がその言葉を一番信用していなかったんだろうね」
「死ぬために戦うんじゃない、生きるために戦うんだ……王様が目的を見失うんじゃない」
「……もう大丈夫だよ、少し弱気になっていたみたいだ」
フィーリンは自らの頬をパチパチと叩いて気合を入れる、そしてアリーヤに向き直って力強い声でこう伝えるのだった。
「我々は少しでも多くの時間を稼ぐ、だからアリーヤは帝国からの援軍を少しでも早く寄こしてくれ」
「御意のままに」
これを最後の別れにしないという意思を感じることができた、どこか諦めを背負った姿よりは頼りになるのでアリーヤも文句はないのだろう。
「シャルル殿、君にも働いてもらう」
「おう、任せてくれ、全力を尽くすさ」
「感謝する……色々と目が覚めたよ」
今にも身を投げそうな顔よりも今の方が男前だとシャルルは思った、彼女の好みとしては、死ぬ覚悟ではなく無様であっても活路を求めて足掻く覚悟を持つ方がずっと良い男である。
死ぬ為に戦うのと、生きる為に戦うのでは大きな違いがある、行きつく結果が変わらなかったとしても可能性が高いのは後者であるのは間違いない、死と生は紙一重とも言う、どちらに落ちるにせよ努力あるのみだ。
例え死ぬとしても、後悔を残して死ぬなどシャルルはごめんだった。
「すまないな」
作戦を練り直すとフィーリンは将軍たちの下へと向かった、残されたシャルルとアリーヤはそれぞれの役目を遂行する為に執務室を後にしたのだが、並んで歩いているとアリーヤが呟くようにそう伝えて来た。
「アレのケツを引っ叩いてくれて感謝する、今にも死にそうな顔をしていたのでな」
「お礼なんていらないって、これから大きな戦いがあるんだから王様がアレじゃ勝てる戦いだって勝てないよ」
「そうだな……あぁ、そうだとも」
「アリーヤはこれから帝国に行くんだろ?」
「援軍を呼ぶためにな……アレも言っていたが、帝国も完全な一枚岩ではない。既に要請そのものは届いているだろうが、大群を動かすにはどうしたって時間がかかる」
武器に食糧、基本的にこの二つが無ければ軍隊は動かせない、規模が大きくなればなる程に必要な量は増えていくものである。
まずはそれらを集めることに時間がかかる、国内の防衛線ならばともかく国外への遠征ならば不足の事態に備えてそれなりの余裕が必要だろう。
それに加えて政治的な理由もある、先程フィーリンやアリーヤが言ったように帝国も一枚岩ではないのだ、国外への遠征ともなれば何らかの批判や横やりが入る可能性が高い……例えば現皇帝を快く思わない勢力などが難癖をつけることは十分あり得るだろう。
例え直接的な不満を皇帝にぶつけることはなくても、食糧や武器を集めることを妨害したりといった行動を起こしても不思議はない。
そういった勢力を説き伏せるのがアリーヤの仕事である……そういう逃げ道をフィーリンは押し付けたのだ。
しかしその逃げ道を彼女は全力で踏みしめながら己の責務とするつもりらしい、良い根性だとシャルルは思った。
「一秒でも早く頼むよ、こっちも頑張るからさ」
「勿論だ……私はこのガレス王国に嫁いできた王妃だぞ? 直ぐに戻って来るさ」
赤い頬を撫でてアリーヤは強い覚悟と共にこう言うのだった。
「あの男と結婚したその時から、この地に骨を埋めると決めている……それが王妃の矜持だ」