商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
この王都は歴史と文化と発展が混ざり合った華の都である、そういったのは何代前の王だったか。
大陸中央部、巨大な国土に裏付けされた国力を持つとある王国は斜陽にある。
国家の中心にある王都はどこか人通りが少なく、かつては物で溢れかえっていた店は品揃えが悪い、道行く人々の表情は暗く沈み王都全体に広がる閉塞感は留まるところを知らないようだ。
人や物の流れは血と同じである、不自然に流れを遮れば必ず異常をきたす。
田舎者が憧れと共に漠然と想像する華の都の姿はどこにもない、淀んだ空気が住人の足に絡みつくと、そのまま嫌な重圧となって彼らの表情を曇らせてしまうのだ。
どうしようもないと笑うことなどできない、それだけの余裕すら無いのが現状である。
そんな陰鬱な王都の通りを歩く影が三つ、エミリーとシャルルとキャロルの三人だ。
王都に潜入するにあたって番兵との少しばかりの交渉があり、彼女たちは無事に街へ入ることに成功したようだ、深夜だったので正面門を開くことはできなかったのだが代わりに番兵たちが使っている小さな通用門を通ることになった。
本来ならば一般人が使うことはないのだが三人の奉仕に気をよくした彼らは業務違反をおこなったらしい、そして去り際にしつこくどこで仕事をするのか尋ねて来たので、歓楽街の隅にある店で客引きするので見かけたら声をかけてくださいなと、ありもしない状況を説明してその場を後にした。
とはいえ三人で分担して交わったとしても番兵たちは十人近くいたのだから彼女たちの疲労も大きい、なのでまずは宿を取りそこで身を清めてから休むことになる。
幸いにも団長から渡された指示書に記された次の満月までは三日ほどの時間があるのだ、それまで彼女たちはそれぞれの方法で時間を潰すのだった。
シャルルは街を探索している、キャロルも同じだ、エミリーは宿から出ることなく神々への祈りと個人的な魔法の訓練に精を出す。
個人的な趣味や好奇心もあるのだが、外に出ている二人は現場の事前調査と言った情報収集も含まれている、王都に入れた時点である程度のシナリオは用意されているものの、状況によっては強行突破も考えられる。
なので下見がてら周囲の地理や接触現場の調査を行いながらも、目立たない範囲で雑貨屋を見比べ、本屋や露店をひやかしながら二人はその日を待った、王都に入ってしまえばそこまで警備や警戒は気にする必要はないのだが、しかし油断は禁物なので挙動不審な態度は見せられない。
ここに来るまでそれなりの時間がかかったが、寧ろここからが彼女たちの仕事の本番となる。
護衛と輸送、それが本来の任務なのだ。
王都の夜を真ん丸な月が照らす夜が訪れると、ようやく彼女たちの仕事が始まるのだった。
「……ん、尾行も無し……接触地点も変化はない」
「中はどうなっていますか?」
「ちょっと待てよ……あ~、なんか昨日はなかった気配を感じる、二人いるな」
「おそらく護衛対象でしょうね、今日この晩にわざわざスラム街の隅にある空き家にやってくるんですから」
そう、彼女たちは満月の晩に王都のスラム街へと足を運んでいた。
夜も深まってきたのでやはり人通りは少ないのだが、それでも皆無と言うわけではない、しかしこの周辺の住人は明らかに場違いな身なりをしている三人を見つけても絡んでくることはないようだ。
このご時世に余計なことに首を突っ込んでいく余力がないのだろうが、それでもエミリーだけなら暗がりに連れ込もうと邪な行動に出る者もいたのだろう、しかし武装したキャロルとシャルルを見れば諦めて路地裏へと消えていく。
ここの住人は王都の中心部から見放された存在なので、よそ者を見つけてもわざわざ衛兵にまで通報したりなんてしない、そもそもスラム街へ見慣れない顔がやって来るのも珍しいことではないので大した問題とも認識されない。
精々、問題だけは起こしてくれるなよ、そんなことを思うに留まるのだった。
「どうする? 一度外から中を覗いとくか?」
「いえ、このまま中に入りましょう、相手も待ちわびているでしょうから」
わずかにランタンと思われる光が零れる空き家の扉に立ち、あえて不規則なノックを繰り返す。
反応はすぐに帰ってきた、立て付けの悪い扉がギリギリと音を立てると、その向こうから顔を出したのは一人の老婆だった。
顔はこれまでの苦労を表すかのように皺が目立つのだが、背筋がしっかりと伸びているからなのか老いている印象は薄い、扉を開けるというごくわずかな体捌きを見るだけでその老婆が洗練された人物だということがよくわかる。
「春風の御一行様ですね、お待ちしておりました」
言葉と共にお手本のような一礼、やはりそういう教育や訓練を続けて来たのだろう、エミリーはこの老婆は上流階級に仕えていたメイドなのかもしれないと考えた。
「お待たせいたしました、確かに我々は春風の団員です。この度は依頼に応じて参上いたしました」
「ミカエラ様も中でお持ちです、どうぞお入りください」
三人は案内された通り中へと入り、その空き家の奥にある粗末なベッドの上に座る人物を発見した。
年齢はエミリーたちと同年代か僅かに上、体の線を覆い隠すように厚着をしており、頭には修道女が被るような帽子をかぶり、さらにその上から顔を隠すかのように絹の布をかぶっている。
わずかに垣間見える絹のカーテンの向こうにある容姿はどこか中性的に感じられた、凛々しさと愛らしさを併せ持つシャルルもまた中性的な少女ではあるのだが、彼女と違ってこの人物は完全な中立なのだろう。
中性的に見える女、ではない、完全に真ん中なのだ。
男と女の中間、大人と子供の中間、少年と少女の中間、とても不思議な顔立ちと雰囲気を放つそんな存在だった。
娼婦の神は男娼の神でもあるので、その半神ともあれば納得できる、どこか浮世離れした姿は正しく神の姿を象っているのだろう。
彼女が、彼女こそが、三人がここに来た理由であり、護衛対象なのだ。
どういった経緯を得て団長に話を付けたかわからないが、この人物を守って特定の場所まで連れていくことが最終目標である。
「お初にお目にかかります、我々が貴女様の護衛を引き受けた春風のキャラバンの一員です。護衛メンバーは女であることが条件と記されていましたので我々三人が来ました、まだ若く未熟な身ではありますが護衛の任、全力を尽くさせてもらいます」
「え、えっと……は、はい! お願いします!」
「私はエミリーと申します、こちらはシャルルとキャロル、こうして出会えたことを記念して神に祈りを捧げてもかまいませんか?」
「も、もももも、もちろんです! あぁっとボクは、ミカエラって言います……か、神に祈りを」
「よろしくお願いします、神に祈りを」
「なんかこいつ挙動不審じゃね? 半神って聞いてたからもっとバケモンみたいな奴が出てくるかと思ってたんだけど……なんていうか、弱そう?」
「ん……普通」
「お二人とも、失礼ですよ」
だが二人の言うことも完全には否定できない、確かに想定していたより衝撃は少なかったからだ。
男たちが彼女を求めた結果この国が真っ二つに割れてしまった、そんな話を聞かされた後にその女と会うことを考えれば、どうしたって相手を過大に評価してしまってもしかたないだろう。
「いや、でもさ、娼婦の神で傾国の美女とか呼ばれてるんだろう? でもロウ姉さんみたいに色気ムンムンって感じでもないし、本当に本人なのか?」
「そ、それはたぶん……」
シャルルの言葉を否定しようとミカエラは口を開くが、三人の視線に晒されて上手く舌が回らない。
「た、たぶん、たぶんだけど……皆さんが女の人だから、だと思う」
「女性と男性ではミカエラさんの見え方も違うということかしら?」
「うん、違うと思う……男の人は、私を見ると冷静じゃなくなってしまうから」
「……娼婦の神の半神だから?」
「は、はい……男性なら、全員が血走った目で私を手に入れようとして、最後には殺し合いになっちゃう」
「それは、なんというか……厄介ですわね」
こくりと頷いたミカエラの表情は暗く沈んでいる、ただそれだけでこれまでの苦労が垣間見えた気がした。
「で、でも! それも神の膝元へ行けば解決するかもしれないんです!」
「神の力をお返しするということですか……確かに神の膝元ならそれも可能でしょうが、絶対ではありませんよ? 場合によっては神々の不興を買うことになるやもしれません」
「そ、それは……でも、その……どうしようもないんです」
彼女の頬に涙が伝う、今まで積み上げて来た……いや、背負い込まされてきた重圧が圧し掛かる、それでも折れずにいられたのは目の前に希望があるからだ。
男に抱かれながら、奪われながら、そして生きる為に男の理想像を演じ続けて来た彼女もその合間に夢想することもあった、この力がなければ自分はどうなっていただろうかと。
まず間違いなくスラムの路地裏で死んでいただろうが、もしほんの僅かな幸運に恵まれていれば普通の人間として生きていたのかもしれない。
普通の娼婦としてか、普通の貧民としてか、普通の奴隷としてか、なんにせよ今とは大きく違う人生であったのは間違いないだろう。
それはそれで苦労も多いのだろうが、国を真っ二つにして大勢の人間の人生を不用意に乱すよりは遥かにマシだとミカエラは考えている。
「もう、いやなんです……私自身も、周りの人たちも、こんな力に振り回されて生きるのは間違っています」
半神の力に頼って生きてきて、その力に生かされてきて、それでもなおミカエラが出した答えはそれだった。
この力は不要だと、揺るがぬ決心がそこにある。
ならば三人には言うべきことは何もない、手筈通り護衛の依頼を遂行するだけだ。
「ミカエラさんの覚悟は私たちにも伝わりました、なら私たちは全力を尽くすだけです、ね、二人とも?」
「ん……大船に乗ったつもりでいて」
「大金が入ってくる任務だからやる気が出てくる、だから私らにばっちり任しとけ」
「あ、ありがとうございます!」
そこでミカエラの胸に広がったのは感嘆だった、自分と大して年も変わらないだろう年頃の少女たちが眩しく見えてしまう、それは自分とは違うあり方で生き方なのだ。
この三人はこれまでどんな風に生きて来たのだろうか、間違いなく自分がこれまで歩んできた人生とは違うのだろう。
それが、ミカエラには眩しく感じられた。
「皆様、王都を脱出されるのならコチラをお使いください」
話がひと段落着いた頃合いで見計らったように老婆がそう言った、その手には偽装ではあるものの人数分の身分証と念のためなのか紹介状らしき物が握られている。
「もし街を出る際や、街道で巡回兵に声をかけられた場合にはこちらを提出なされてください。これらは王家の紋章が記されているので手出しされることはありません、また同じように王家の紋章が入った馬車を用意いたしましたのでご利用くださいませ」
「王家の……わかりました、ご配慮ありがとうございます」
つまりミカエラはこの国の王族が逃がそうとしているのであり、おそらく団長に今回の話を持ってきたのもその人物なのだろう。
王家の誰なのか、どれほどの影響力を持った人物なのか、気になりはしたが藪から蛇になりかねないのでエミリーはぐっとこらえる。
世の中、知らなくて良いことなど山程ある、ただそれだけの話だった。
「移動は直ぐになされた方が宜しいでしょう、朝には騒ぎになっているでしょうから」
「重ね重ね、ご配慮ありがとうございます。貴女に神の祝福があらんことを」
「ええ、皆様の旅路にも神の祝福があらんことを祈っています」
そして老婆は足音一つ立てずに、僅かな笑みだけを浮かべてその場を後にした。
「よっしゃ、方針が決まったなら直ぐに動こう……そう言えば神の膝元だっけ? それってどこにあるんだ?」
「ど、どこなんでしょう、ボクも詳しくなくて」
互いに首を傾げるミカエラとシャルルにエミリーはずっこけそうになってしまう。
「ええぇ……お二人とも、神の膝元ですよ? この世界で最も神々の住まう世界に近い場所なんですよ、本当にご存じないんですか?」
「そう言われてもな、ワタシは今までそんな場所の世話になったことがないし」
「ボ、ボクもです……実はついさっき親切な人に教えて貰ったばかりなんです」
人並み以上に信心深いエミリーにとって、二人の答えは絶句に値するらしい。
「エミリー……私もよくわからない」
追い打ちをかけるかのようにキャロルがそう言った、どうやらここではエミリーの方が少数派のようだ。
「キ、キャロルもですか……ええっと、おかしいですね、いえ、おかしいのはまさか私の方なんじゃ」
「まぁまぁ、考え込むのは後にしてさ、大まかな方向を示してくれよ」
四人の少女は空き家を後にしてその裏手に回ると、そこには老婆が用意したであろう二頭立ての馬車が置いてある、確かにこの国の王家だけが扱える紋章が記されており、これに乗っていれば兵士や門番たちは何もできないだろう。
「神の膝元はこの世界に複数あって、ここからだと一番近い場所は東の海にある孤島ですね」
「……海賊が暴れてる?」
「ええ、確かにそんな噂もあります、ですが海賊たちの行動範囲からは少しだけズレていると思いますよ、真珠や人魚や海運が有名な東の国から少しだけ北側なのでそこまで危険はないかと」
「東の国かぁ、だったら一度キャラバンを経由しようか? ここまでの道のりとは真逆の方向だし、あっちの状況も知りたいしさ」
「そうですね、補給もありますから一度キャラバンに戻りましょう」
「ん……ダーボの様子も気になる」
馬車の内部に入るのはシャルルを除いた三人だ、彼女だけは馬を操作しなければならないので外で手綱を握っている。
「あ、あの、キャラバンっていうのはなんですか?」
ミカエラとしてはそこが気になったのだろう、まだ少しだけ遠慮があるようだが相手が同年代であるのであのドレスの女よりは尋ねやすい。
「キャラバンは、そうですねぇ……元を辿れば行商人の集まりですかね」
「……でも今は一つの大きな商店」
「確かにキャロルの言う通り、大きな馬車で移動する大きなお店って表現が一番近いかもしれません」
「大きなお店ですか……どんな物を売ってるんだろ」
「物はその時々によって色々ですよ、行先でも変わってきますし、需要なんかでも変化します。後、春風のキャラバンは単純に行商だけでなく大道芸人として公演なんかもやったり」
「……娼館経営とか、傭兵稼業、人材派遣なんかも」
二人の説明にミカエラは妄想を膨らませようとするが上手くイメージすることができない、彼女にはあまりにも経験が不足していた、旅芸人と言われてもどんなことをするのかさっぱりわからないのだ。
行商人や娼館経営、傭兵業などは何となく想像できるのだが、大道芸というのは彼女にとって完全に別世界の話なのだろう。
うーんと頭を働かせるが、やはり上手くはいかなかった。
ただ一つだけ、漠然とだが、こんなことを思う。
「なんだか、楽しそうですね」
ミカエラにとってそれらは見たことも聞いたことも無いものだ、だがそれでも楽しそうに自分たちの仕事を紹介する彼女たちを見れば、そう思うことはできる。
「ええ、辛いことも苦しいこともありますが、旅は楽しいものです」
「ま、ワタシらは冒険者だからな、一つの所でジッとしていられないんだ」
馬車を操作しているシャルルがそう言った、その言葉をミカエラは頭の中で繰り返し唱える。
「……うん、やっぱり、楽しそうです」
それだけは伝わった、そしてそれで十分だった。
きっと困難な道なのだろう、もっと気楽な人生だってあったのだろう、それでも彼女たちはそうあることを選んだのだ、そしてそれはミカエラが選ぶことのできなかった道だった。
もし、自分の身に宿る神格を返納することができたのなら、自分も同じように歩むことが出来るのだろうか?
ミカエラは馬車の揺れを感じながら、そんなことを思うのだった。