商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
都市壁から戦士たちが撤退すれば塞き止めるものは存在しないので、肉と骨と灰で築いた斜面を登り切ることに何の障害も存在しない。
大地から這い上がって都市壁の頂へ、そこからアンデットたちは都市内へと雪崩れ込んでいく、階段を使うという当たり前の判断をできる理性がないのでボトボトと内部へと落ちていく。
それは堤防が崩壊して大量の水が流れ込んでくる光景に似ていた、黒い流れは留まるところを知らないまま人の営みを飲み込んでいくだけである。
蟻が獲物に群がるように周囲を埋め尽くす、広い王都を形成する複雑な道という道が埋め尽くされるまでそう時間はかからなかった。
アンデットたちは営みの歴史を汚しながら生命の輝きを求めて王都を彷徨う、目指すのは王城だ。
しかし彼らの先触れはそこにたどり着くことなく消滅することになった、片や巨大な金棒に殴られて、片や祝福の刃に切り裂かれることによって。
「おうおう、こりゃまたうじゃうじゃと来よるわ、ここまでの数を相手にするのは久しぶりだわい」
「久しぶりって……前にもあったのか?」
「おうとも、手前がまだ帝国騎士になる前の話だがな、賞金首になって暴れまわっておったら帝国騎士に追い掛け回されたのよ」
彼女は巨大な棍棒を小枝のように振り回してアンデットを吹き飛ばす、種族特性による圧倒的な膂力の成せる技だろう。
「あぁ、そう言えば色んな所から男とか女を攫ってる部族出身なんだっけか」
シャルルはというと、ルールーの言葉に耳を傾けながら流麗に剣を滑らせる。
「あの時は散々暴れまわって満足したんだがな、不思議とそのまま殺されることなく拳闘奴隷になって、数年後には恩赦で近衛騎士になったんだ」
そんな流れで近衛騎士になったのかとシャルルは驚く、同時にそれを許した帝国にも呆れてしまったらしい。
「皇帝陛下が言うには……当時は皇太子だったかな? まぁ都合が良かったらしいぞ、丁度手が足りんかったらしいのでな」
「周りは反対しなかったのかよ?」
「あったが何も問題はあるまい、殴り倒せば皆黙ったからな、カカッ!!」
風を唸らせながら笑い声と共に棍棒を振り下ろす、するとアンデットの束が吹き飛ぶ。
そしてシャルルは群がるアンデットたちに祝福の波動を放つ、すると数十ものゾンビとスケルトンが灰となる。
二人は示し合わすこともなく背中合わせになり互いの死角を補いながら武器を振り回しているようだ、それほど付き合いが長い訳ではないのだが癖と距離感を理解できており、長年の相棒のように連携できていた。
ルールーがを打ち砕き、シャルルが切り裂く、二人一組でありながら阿吽の呼吸によってその技量と力を極限まで高められている、たった二人だがとても巨大で強固な壁と化しているようだ。
細い路地裏は勿論、広い大通りまでみっしりと詰まったアンデットたちは二人の振りかざす猛威に蹴散らされていく、それはさながら小さな竜巻である。
理性の一欠片でもアンデットたちに残っていれば彼女たちに挑もう等と思わないのだろうが、積み重なっていく灰の山を見ればそんな期待はできないだろう。
とはいえ王都の道は一つではない、最も広い大通りから王城へと続く道は二人が抑えているが、それ以外の道はがら空きである。
大きな流れを抑えられても細い流れはそのままであるのでこの場に長居もできないだろう、そろそろ兵士たちも王城へと避難が完了しているだろうと考えて彼女たちも引き際を探そうとするのだが、後ろ髪を引かれる感覚があった。
「……」
「どうした? 撤退せんのか?」
「あぁ、どうやらアイツが来るみたいだ」
理屈ではなく直感でしかないが来る、奴が来る、確証はないがシャルルには確信があるようだ。
目の前に広がるのは大通りを埋め尽くすアンデットの群れしかない、しかし彼女の輝く瞳はその向こうにいる存在を確かに認識している。
蠢く死者の群れが発する唸り声と迫る足音に交じってその音は彼女の耳に届く、巨大で分厚い車輪が石畳の大通りを粉砕する音だ。
徐々にその姿は露わになっていった、味方の筈のゾンビやスケルトンを吹き飛ばしながら馬の嘶きと共に駆けてくる。
二頭の死霊馬が引く巨大な戦車が石畳を砕きながら凄まじい速度でシャルルとルールーの前にやってきたかと思うと、そこから更に加速してみせた。
「避けろ!!」
「言われずともな!!」
アンデットたちを引き潰しながら爆走する戦車を二人は左右に飛びのいて回避する、その中間を首なし騎士は駆けていく。
だがそれで終わりではないのだろう、ギャリギャリと車輪が石畳の上を火花を散らしながら滑ると、小回りの利かない筈の巨大戦車が横滑りとなって向きを変えた。
「なかなか芸達者な奴ではないか!!」
「また来るぞ、避けろ!!」
馬の嘶きを合図として横滑りしていた戦車が進路を変えて帰って来る、その突進を二人はまたも左右に躱そうとするのだが、相手は大通りの中央を走るのではなく片方へと狙いを絞ったらしい。
狙いは飛びのいて大通りの端に転がったシャルルである、彼女めがけて分厚い車輪がうなりをあげた。
シャルルは道の端にいる為に退路が左右の二択ではない、右側は商店の壁が邪魔をしており選択肢が左への回避しかないのだが、それを見越してなのか首なし騎士は進路を塞ぐかのように手綱を引いている。
回避は不可能、一瞬でそう判断したシャルルは戦車相手に不利を理解しながら迎撃しようと剣を力強く握りしめるのだが、いざ接触といった瞬間に巨大な鉄塊が撃ち込まれるのだった。
「前にも言ったが、手前を無視するでない!!」
迫る分厚い車輪をルールーが自慢の金棒で殴りつけたのだ、巨大な膂力と勢いで振り回された雑な鈍器は相手の重さに負けることなく拮抗し、車輪を僅かに浮き上がらせてみせる。
その隙間を掻い潜るように姿勢を低くして通り抜けることによって、シャルルは潰されることなく回避することができたようだ。
「……獣人よ、邪魔立てするか」
首なし騎士、チャリオットはさも今気が付いたとばかりにルールーを見下ろす。
「相変わらずシャルルにご執心らしい、妬けるではないか、ええ?」
そんな態度を不快に思ったのだろう、帝国最高位の騎士は不敵に笑って見せる。
「まぁ二対一だが悪く思うな……いや、思っても構わんぞ」
「ふん……戦場でそのような言葉を吐けるものか」
そもそも首なし騎士は大量のアンデットを引き連れている、数がどうのという次元の話ではないだろう。
脇に抱えられた首は兜をしているので表情や視線は読みにくい、しかし僅かな隙間から悍ましい深紅の輝きが覗いておりそれはルールーの足先から頭まで細かく観察しているようだ。
もしシャルルという存在がいなければ、チャリオットは喜んで彼女に挑んだのかもしれないが、淀む視線はすぐにシャルルへと引っ張られることになる。
両者の間にある縁は強く太い、嵐の中であっても輝く灯台のように、どれだけ離れていても光を認識できてしまうのだろう。
ルールーがどれだけ強い戦士であってもそれは変わらない、およそ甘い雰囲気は皆無だが二人の世界というものを形成しているからだ。
「……」
視線を向けられたシャルルだが言葉を発さない、ただ剣を構えるだけである。
「……」
無言のシャルルに納得したとばかり首なし騎士は手綱を引いて死霊馬に合図を送った、どす黒い炎にも似た輝きを戦車全体に纏わせるとシャルルめがけて走り出す。
彼は最初に出会った時にシャルルを殺さなければと直感しており、シャルルもまた自分が目の前の首なし騎士を倒さなければならないと理解していた、そこに結ばれた戦士の因縁は例えどれだけ離れようともいつかは両者を引き合わせるのだろう。
ならばその邂逅は早い方が良い、どちらも同じ考えをしていたからこその激突であった。
「敢えてもう一度、名乗らせてもらおう……我はチャリオット、魔王が因子を持つ一柱である。そして貴様を討つ者だ!!」
「……シャルルだ、ただのシャルル」
「ただの? 笑えない冗談にしか聞こえんぞ……」
言葉を区切った首なし騎士は戦車を走らせながらこう叫ぶ。
「行くぞ聖騎士よ!! その輝きを消し潰してやる!!」
首なし騎士の操る疾走に引っ張られるかのようにアンデットたちも駆けてくる、魔王の気配と力によるものなのか普段の鈍重さは欠片も見当たらない、漂うのではなく明確な意思を持って駆けだしたのだ。
どこか脆く鈍間な印象を拭えないゾンビや骸骨が戦車を追いかけるように走り出すという悪夢を目の前にしながらも、シャルルとルールーは焦ることも恐れることもなく前へと一歩踏み出す。
シャルルが剣を振り下ろすと光の斬撃が放たれて迫る戦車の先端、二頭の死霊馬の間に伸びる巨大な破城槌へと届く、すると衝突の瞬間に爆発するかのように周囲に弾けて広がった。
アンデットたちからしてみれば超えることのできない力の奔流であり、実際に勢いよく走り出したゾンビたちは一瞬で灰となっていく。
耐えられたのは死霊馬と戦車に乗る首なし騎士だけである、存在の密度が濃くそこら辺を漂うアンデットたちとは文字通り格が違うということだ、この程度では止まらないらしい。
しかし多少の躊躇を与えることにはなったらしい、僅かに弱まった勢いを見逃すことなくルールーが金棒片手に戦車へと迫る。
「その戦車は厄介なのでな、潰させてもらうぞ!!」
彼女の膂力と棍棒の重量ならばそれも難しくはないだろう、相手が普通であるのならば。
獣の特性を宿す獣人特有の鋭い感覚のおかげか、それとも野生の直感とでも言うべきなのか、威勢よく突っ込んだ彼女の体に怖気が走ったのだ。
鳥肌をあげる皮膚が訴える、この先は死だと。
「拙ッ!?」
その直感は間違いではなかったようで、首なし騎士が纏う赤黒いオーラが急速に広がると、シャルルが放つ光の波動とは対極の色合いである黒い波動が周囲に吹き荒れる。
戦車へ向かって踏み出したルールーに迫る黒い波動を避ける手段はなく、だからこそ彼女は死を確信したのだろう。
黒に飲まれて消えてしまう、それがわかっていながらルールーの踏み込みは欠片も揺るぎはしない、例え腕一本、首一つになっても相手へと食らいつこうという渇かない闘争本能によるものだろう。
この金棒を何としても振り下ろす、だからこその一歩だ。
「戦神よ!!」
だがそんな彼女を包み込むかのように白い輝きが背中を押した、シャルルが放った祝福の輝きであった。
それは目の前に迫った黒い濁流を押し流してルールーの体を包み込む、そして鎧のように彼女に纏わりついてあらゆる不浄を跳ね除ける祝福と化していく。
だからこそルールーは、次の一歩へと足を進められたのだろう。
「カカッ!! 見事なり!!」
死地と見定めて踏み出した境界であったが光の鎧を纏えば更に深くへと進んでいける、だから圧倒的な握力で締め付けられた金棒は鉄塊を振り回しているとは思えない速度で横なぎにされた。
それも祝福が付与されたものである、アンデットには防ぎようのない一方的な拒絶と言えるのかもしれない。
黒と白の力の衝突によって周囲へと聖邪が混じり合った衝撃が吹き荒れるのだが、そんな中を駆けるルールーは全身全霊をもって金棒を振りぬいた。
「生者であるのに恐れを知らぬと見える!!」
「そんなもんは親の腹に置いてきたわい!!」
とにかく重たく、だというのに細剣のように鋭い一撃は戦車を引く二頭の死霊馬を打ち払い、その間にあった破城槌を粉砕するだけでなく、分厚く強固な車体と車輪をも破壊するまでの衝撃を生み出した。
しがみ付くのは危険と判断したのか、首なし騎士は戦車から飛び上がってバラバラになった車体の破片と共に大通りの石畳へと着地する。
「さあさあ耳の穴をかっぽじってよ~く聞くが良い、手前こそ歌に聞く帝国三騎士が一人、ルールー・ガリィ・リーリーである!! 聞いて恐れよ、見て慄け……そして二度と小物のように無視するでない!!」
ビシッと、チャリオットへと人差し指を突きつける、どうやらシャルルばかり気にする相手にかなり苛立っていたようだ、彼女はしてやったりという表情を見せつけている。
「なるほど、確かに小物ではないようだ……非礼を詫びよう、この時より貴様は手を下すべき敵である」
自慢の戦車を粉砕されてしまえばさすがに無視することもできなかったのか、小脇に抱えられた首が発した言葉にルールは満足そうに笑って頷いた。
しかしその微笑みは、次の瞬間に引っ込む。
「故に返礼は……こちらの全力を持って行おう」
首なし騎士の気配が大きく膨らんでいく、戦車を操っていた時よりもずっとどす黒く悍ましい雰囲気となって周囲に冷気が広がった。
気が付くと霜柱があちこちに溢れており、その中心にいる魔王の因子を持つ騎士は鎧の隙間という隙間からドロドロとしたどす黒い何かを零している。
「おおう、どうやら怒らせてしまったようだの」
「自慢の戦車が粉々だもんな、そりゃ怒るって」
「カカッ!! まぁ相手もやる気になったってことだな……しかし残念ながらこれ以上は付き合えんので引かせてもらうとするか」
獣人の鋭い嗅覚によって捉えるのは焦げ臭さである、しかもそれは小火程度のものではなく業火のそれであった。
首なし騎士の怒りに応じて気が付けば周囲に霜柱が広がっているのだが、それすらも上回る勢いで匂いと熱が大通りを吹き抜けたのだ。
空を見上げると深紅の光と風に流される火花らしきものが確認できる、これらは自然に発生したものではなく人為的な放火であり、戦略的な火攻めがここに始まったということだろう。
濁流のように都市内へ流れ込んだ数え切れないほどのアンデット、事前に用意してまき散らされていた大量の油と薪、そして無数の建築物が密集する王都そのものを燃料とした大火である。
「ルールー、ワタシらも王城まで引こう、アンデットよりも炎の方がずっと厄介だ。殿はもう十分だろ」
「違いない……そんな訳でな、せいぜい派手に燃えてくれ」
大通りに流れ込む煙と火花に紛れて二人は王城へと走り出す。
「まだ戦いは終わっておらん、逃がさんぞ!!」
「まぁ追ってくるだろうな、でも炎の中で戦うなんてごめんだっての」
シャルルの持つ剣先から光が放たれる、斬撃でもなく波動でもなく、矢のように鋭く細いものであったが、追従する首なし騎士の脇に抱えられた頭へと命中した。
そこに火の手がかかった、計画された放火なので次々と家屋に燃え広がっており、用意された油と燃料が炎に加勢していく、燃え滾る火を纏った家屋が崩れて首なし騎士の行く手を阻むと、同時に舞い上がる火花と黒煙が視界をも遮ってしまえば追跡は難しい。
魔王の因子を持つ彼が聖炎でもないただの火事程度で滅ぶことはまずありえないが、ほんの僅かに生まれた戸惑いは二人を見逃すには十分だったらしい。
凄まじい速度で王都に広がる炎はそこにある全てを燃料にしながら勢いを増していく、このまま文字通りあらゆる物を燃やすのだろう。
建物も、油も、薪も、アンデットすらも自らの力に変えていくのだ、火から炎となって業炎へと至り、最後には上昇気流に乗って紅蓮の竜巻へと成長していった。
そこへ理性無きアンデットの大群が意味もなく突っ込んでいく、灼熱地獄と化した王都の中心にある城に立てこもる生命の輝きを求めているのだ。
そしてまた炎は新たな燃料を食らいながら勢いを増していった、まさに火に油を注ぐかのようである。
この国が積み重ねてきた歴史すらも飲み込んで、炎は高く渦巻き燃え上がるのだった。
「ここまでやるとはな……これまで滅ぼしてきた国とは一味違うらしい」
ありとあらゆる手段をもって道を阻むという覚悟を感じたのだろう、チャリオットは知らぬうちに自分の中にあった油断と慢心を自覚したらしい。
こんなことはありえない、こんな作戦は不可能だ、そんな根拠の無いことを戦場で思うこと自体が相手を舐めているのだと戒める。
シャルルを討つという私情を優先した結果、低く見積もっていたルールーの豪撃で戦車を失ってしまったこともそうだ、やはり油断と慢心があった。
それを自覚した瞬間、チャリオットは小脇に抱えた自らの頭に拳を落とす。
「なんたる惰弱、なんたる傲慢……敵が己よりも弱く未熟で覚悟もないと思っているから戸惑うのだ!!」
あちらは、ありとあらゆる資源と力の全てを纏めて戦っているというのに、対する自分はシャルルだけしか見ていない、だから炎の中で地団駄を踏むことになるのだと、自らを責め立てている。
「敵もまた必死、当たり前だ。ならばこちらも全身全霊で進むことが必然……驕り高ぶる強者の病はここまでだ」
だから彼は私情を捨てた、シャルルを殺す為ではなくこの国を亡ぼす為に動くことになる。
そこに油断はない、慢心もない、戦士ではなく殺戮者へと変わったのだ。
つまり、ここからが本当の戦いであった。