商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
王都を黒く染め上げるアンデットの群れすらも飲み込んで炎は高く渦を巻いて火災旋風へと至り、何もかもを飲み込みながら焼き払っていく。
多くの人々が築いた営みも、彼らが刻んだ歴史も、全てが炎に消えていった。
最高なのは都市に入り込んだアンデットの群れを一掃できたことだろう、最悪なのはそこにあった全てを巻き込んでしまったことだろうか、この光景を見た者たちは何を犠牲にしても勝利を目指すという言い訳で自分を誤魔化すしかない。
フィーリンもまたそんな一人である、これは彼が提案した作戦であり実行させた行動でもあった、だからこそ目を反らすことなどできるはずがない。
城壁の内側、都市壁と同様に高く強固な壁に守られた王城にある彼の執務室で、自らが引き起こした惨劇をフィーリンは静かに見下ろしていた。
生まれ育った故郷と都市が炎に消えていくのだから言葉にすることが難しい感情が渦巻いていることだろう。
子供の頃はよく王城を抜け出して護衛の騎士が探しに来るまで悪ガキたちと駆け回った路地も、腹を空かした時に焼き立てのパンを恵んでくれた店も、自分が王となってから予算を回して再開発した歓楽街も、全て消えていく。
涙の一つでも流せれば良かったのかもしれないが、彼の立場がそれを許さなかった。
「被害報告を頼むよ」
「はッ……現場からの報告によると死者は約三百人ほど、負傷者は今も増えていますが千人を超えるかと、そのうち戦闘に参加できないほどの重傷者は百五十六人に上ります」
「だとしたらよく持ちこたえている、相手が軍人ではなくアンデットだからかな。さて、ここからどうしたものか……相手の様子はどうだろうか? 炎を怖がって帰ってくれたらとても嬉しいんだけど」
「残念ながら健在ですな、都市に入り込んだアンデットは処理できるでしょうが、奴ら賢しいことに動きを止めております」
将軍の報告にフィーリンはそうだろうなと納得した。
方法はわからないがあの戦車を操る首なし騎士はアンデットを操ることができるのだろう、既に都市に入ったアンデットは早々に切り捨てて後方へと引っ込むと、軍勢の流れを止めて王都の包囲をしている状況であった。
「シャルル殿とルールー卿が戦った例の首なし騎士が操っているんだろう、このまま全てのアンデットを焼き払うとはいかないか」
「ですがある程度の時間は稼げるかと」
「だと良いんだが……鎮火までどれくらいあるかな?」
「雨が降らなければ山火事のように三日三晩は燃えるでしょう。大量の燃料を王都中に設置した上に家屋が密集しておりますからな、我々も消火するつもりもありません……天候に関しては神に祈る他ないでしょうが」
「王都も手狭になっていたから、燃える物はいくらでもあるか……拡大する為に予算を貯めてたけど、着手しなくて良かったかな」
炎が鎮火すれば更地になるだろう、ならば予算はそこに使えば良い、新しく作り直せば少しばかりの慰めにもなるかもしれない。
「ひとまず負傷者の治療を急がせてくれ、重傷者も同様だ。それと食料は惜しみなく兵士たちに配るように……後は炎とアンデットたちの動きは常に観測するように」
「了解しました……しかし食料に関しては少し節約した方が良いのでは?」
「いや、何カ月も籠城するつもりはないし、そもそも出来ない……帝国の援軍が来るまで持たせれば良いのさ。腹いっぱい食わしてしっかり休ませてやってくれ」
「わかりました、なので陛下もしっかり食事をしてください」
「……食欲がないんだ、許してくれ」
「なりません、強引にでも飲み込むべきかと」
「わかったわかった……シチューでも作ってもらうよ」
「食堂には私から話しておきましょう、では私は現場に戻ります」
心配性な部下を苦笑いで送り出してからフィーリンは溜息を吐く。
故郷を自らの意志で焼いたのだ、彼の正直な気持ちを吐露すれば吐き気と罪悪感で死にそうであった。
それでも食わねばならないと言い聞かせるしかないのだが、やはり食欲はどこにも存在しない。
せめて飲み物だけでも胃に落とすべきか、そんなことを考えながらフィーリンは執務室を後にすると食堂へと足を進めた、廊下を進んでいくと当たり前のことではあるが多くの兵士たちとすれ違うことになる。
怪我をして治療を終えた者、殉職した友人を見送る為に葬儀を執り行おうとする者、疲労からか通路の壁に背中を預けて眠る者、状況は様々だが誰もが疲れと傷を体に残しているようだ。
「あれ、王様じゃんか、護衛も付けずになにやってるんだ?」
そんな中で話しかけて来たのはシャルルであった、その隣にはルールーもいる。
「食堂で水でも貰おうと思ってね、シャルル殿とルールー殿はこれから食事かい?」
「あぁ、籠城だからろくな食い物も貰えないかと思ったけど、肉も野菜も酒も沢山貰えたよ」
そう言ってシャルルは食堂から持ってきたであろう戦利品を見せつける、ルールーの両手も似たような状況なのでこれから宴会でもするのかもしれない。
「それは良かった、しっかり食べて活力を養ってくれ……あぁ、でも状況が状況だから深酒には気を付けて欲しいかな」
「カカッ!! なぁにわかっておりますよ、後世の歌に酒で戦場に遅参したと広げられたくはありませんからな」
「勿論、一流の戦士であるルールー卿のことだ、心配はしていないさ」
罪悪感で胃痛すら感じているフィーリンとは異なり、この二人は食欲の減退など欠片もないのか籠城中だと言うのに遠慮も存在しないらしい。
フィーリンも別に節制せよ等と煩くするつもりはない、ただ両手いっぱいに食料を持つ二人を見て彼が感じるのは、自分とは異なる精神の強さであった。
やはり英雄という存在は心と同じように胃袋も強いのだろうかと、関心したように考えているようだ。
「今はアンデットたちも動きを止めているからある程度の時間は稼げるだろう、食事だけでなくしっかりと寝ておいてくれ……相手の出方次第ではあるが、炎が鎮火すればまた激突するだろう」
「王都の中に入ったアンデットは一掃できたけど、外にいる奴らはまだ大勢いるもんな、真っすぐ炎に突っ込んできてくれたら楽だったんだけど」
「君たちが戦った首なし騎士が操っているんだろう、厄介なことにね」
大通りでの戦いは王城の執務室からでも確認できた、そしてチャリオットの存在感もまた同様だ、戦士として高みにいる訳ではないフィーリンは一目で相手の実力を察するような技術はないのだが、それでも異質異様な雰囲気は説明されるまでもなく理解できたのだろう。
目で見るだけで百の言葉よりも雄弁に伝わった、あれはそこら辺にいるアンデットたちとは格が二つや三つどころではない程に隔絶した存在感を放っていたのだから。
「あやつ、何やら魔王の因子がどうのこうの自慢しておったな。かつて勇者と戦った悪魔どもと関わりがあるのやもしれぬぞ」
「魔王の因子? ふむ、無視することのできない言葉だね、そのままの意味として受け取るなら魔神の眷属かそこに連なる者なのだろうが……ううむ」
「まぁ考えたってわかるものでもあるまいて、そういうのは頭の良い学者連中に任せるに限る」
「だな、今は飯食って寝よう、朝からずっと戦ってたからもうクタクタだよ」
「そうしてくれ、君たちは欠かすことのできない戦力だ、籠城中にこんなことを言うのも可笑しいが体調には気を使ってほしい」
「目の下に隈作って見るからに体調が悪そうな人に言われても説得力ないけどな、王様もしっかり食べた方が良いと思うぞ」
「あぁ、まさにシャルル殿の言う通りだが……どうにもね」
自らの腹部を撫でながらフィーリンは苦笑いを浮かべた。
「王様は責任重大な立場だし相手も数が多いからな、緊張するなってのも難しいか……う~ん、ワタシは神官でも何でもないけど、一応は祝福が使えるしちょっと加護でも付与するか?」
「それはありがたいね、聖騎士から直接祝福を貰えるのはとても栄誉なことだ、ありがたい」
「知り合いが言うには聖騎士の力は勇気の源らしいからな、きっと王様の役に立つよ」
「勇気、か……確かに、今の私に一番必要なものかもしれない」
シャルルは両手に持っていた食料をルールーに渡すと、フィーリンの背後に回ってその背中に両手を置いた、そして武器に付与している時の感覚を思い起こしながら瞼を閉じる。
「なんかいい感じのセリフとか祝詞とか唱えられたら雰囲気も出るんだろうし、効果もあるんだろうけど……本格的なのは高位神官にでも頼んでくれ」
「十分さ……何であれ私には過ぎた輝きだ」
背中に置かれた両手から流れ込んでくる力はとても暖かく穏やかなものであった、春の木漏れ日のような熱が鎧越しに伝わっており、それが彼の緊張を揉み解くかのように全身へと広がっていく。
すると凪の海のごとく心が穏やかに休まっていく、負担と罪悪感と積み重なった心労も溶けていくかのようだ。
外で恐ろしく燃え盛る炎とは大きく異なる、暖炉の中にある生活の営みを助ける小さな火のようである。
暖かい、フィーリンがそう思った瞬間に、心に灯が宿ったかのような熱を感じることができた。
それは人々の心に寄り添う淡い輝き、勇気の炎である。
怖くとも恐ろしくても心が折れそうであったとしても、魂に宿った熱があれば立ち上がれるような力なのだろう、なるほどこれが聖騎士の力なのかとフィーリンは受け入れた。
誰かの言葉よりも、戦場に広がる武勇よりも、この輝きを感じられる方が戦士の力になる、まさに戦場の一等星なのだ、彼女が最前線で戦いその場にいるだけで戦士たちは奮い立つのだろう、それは英雄と呼ばれる存在に必要不可欠な力であった。
あぁ、これで自分は最後まで折れることなく戦える、フィーリンはそんなことを思いながら感謝の言葉を贈る。
「ありがとう……とても心強い加護を感じるよ」
「そうか? 無駄にならないのなら良かった」
「少し顔色も良くなった気がするの、本格的な儀式でもないのに大したもんだ」
「なら今のうちに肉でも食っといた方が良いな……ほい、これ渡しとくよ」
シャルルがルールーの抱えていた食料の中から包みに入った燻製肉の塊を受け取ると、それをフィーリンの手に握らせる。
「ちゃんと食ってちゃんと寝る、王様に倒れられたら周りは動揺するんだから、気を付けてくれよ」
「ああ、気づかい感謝するよ」
受け取った食料を見ても、不思議と先ほどまでみぞおちの奥にあった胸やけを感じなくなっている、それどころか僅かな空腹感さえ生まれているようだ。
シャルルから流れて来た活力が、心と体を突き動かしているのだろう、倒れる訳にはいかない立場の彼としては、ただただありがたい。
「……勇気か」
これならば最後の最後、本当にどうしようもなくなった時に無様を晒すことはないだろうと彼は思った、誇り高くなんて言えるほど自分は研ぎ澄まされた戦士ではないが、王としての矜持はあるのだからそれなりに格好の付く形で死んでおきたい。
フィーリンは胸に宿った熱と加護を感じながら、そんなことを思うのだった。
王都全域に広がった火災はそれから三日三晩燃え続けた、大量の燃料を全域に広げていただけでなく消火作業を行わずに放置していたので、広範囲かつ長時間に渡って燃えたことだろう。
無事なのは都市の中心にある城壁に囲まれた王宮、そして神々の世界に近しく聖なる結界のある神殿くらいのもので、他は全て燃え落ちてしまっている。
発展と長い歴史により土地問題を抱えていた王都だが、今は僅かな建造物と残骸を残して焦げた大地が広がっていた。
見晴らしのよくなった王都は未だに火が燻り煙が漂っているが目立った炎は確認できない、だからこそアンデットたちの足はそこを踏みにじることに少しの躊躇いもないのだろう。
都市壁から城壁へと戦線は後退したがやるべきことは変わらない、アンデットたちを可能な限り排除して徹底的な遅滞戦闘を繰り返すだけである。
幸いにも三日三晩の時間は稼げた、ゾンビや骸骨はともかくチャリオットは愚かではないので炎の中に軍勢を突っ込ませて燃料にすることもなく鎮火するまで戦いは起きなかったが、四日目の朝に炎は消え去った。
薄暗い雲がかかる焼野原を進むのはやはり数え切れないほどのアンデットたちであり、都市壁を超えてかつての王都を埋め尽くすまでそう時間はかからなかった。
あれだけ切り捨てて焼き払ってもまだ王都を埋めるだけの数がいるのだから、ここまで来れば感心するしかないだろう。
「やれやれ、冥府の蓋でも開いたのかな」
「では閉じなければなりませんな」
焼け落ちた王都を黒く染め上げるアンデットたちを眺めながらフィーリンがそんな愚痴を零すのだが、傍に控えていた将軍は律儀に反応を返す。
「あぁそうだ、何としてもアンデットたちを殲滅して送り返さなければならない……炎に突っ込んでくれたのなら楽だったんだけどなぁ」
「相手も馬鹿ではありませんからね、そこまで機敏ではないようですが指揮系統のような物もあるのでしょう」
「……例の首なし騎士を討てれば多少は事態も好転すると願うしかないか」
城壁の上からアンデットたちを眺めていた彼の視線が、王都から遠く離れた緩やかな傾斜の丘へと向かう。
その先にあるのは帝国国境だ、今にもあの丘に軍旗と軍馬が並び立つのではないかと期待しているが、静かに風が吹き抜けるだけである。
帝国からの援軍は未だ現れない、もしかしたらあの丘を越えてその先を見渡せば大軍勢の先触れでも確認できるのかもしれないが、今はまだ来ていないという現実だけが重要だ。
来ない、という最悪な状況をフィーリンは想定していなかった、そんな想定に意味がないこともそうだが、ここを死に場所としているので来ないならば滅びるしかないと考えているからだろう。
だというのに未練がましく遠くの丘を眺めているのだから、固く結んだ覚悟がブレている証拠であり苦笑うしかない。
恐ろしい、心細い、だが心にはシャルルから流れて来た祝福の熱がある、それを瞼をギュッと閉じて深呼吸と共に感じ取ると、彼の中にあった緊張と焦りは消えていく。
後は信じるだけだ、あの丘の上に帝国からの援軍が並び立つことを。
「相手の様子は……包囲するだけで動く様子はないようだが」
「我々としてはそれだけ時間が稼げるので喜ばしい展開ではありますが、不気味ではありますな」
「あぁ、何かしらの手があるのかもしれない。ゾンビやスケルトンはともかくあの首なし騎士は頭まで腐っている訳ではないだろうからね」
「戦場を常に注視いたします……いえ、どうやら動きがあったようですな」
ざわっと、城壁の上にいた兵士たちの動揺が広がった、フィーリンも将軍も護衛の騎士も騒ぎの中心へと視線を向けて同じように驚いた。
焼け落ちた王都を染め上げて王城を包囲するアンデットの軍勢が二手に分かれたのだ、まるで道を作るかのように綺麗に。
「若様、あれをご覧ください!!」
「見えてみるとも……いよいよ冥府の軍勢のお出ましか」
分かたれたアンデットが作る道の向こうから姿を現したのは武装した骸骨たちである、右手に剣を持ち左手に丸盾を備えており、背中には弓と矢筒、そんな状態で長い訓練を積み重ねた軍隊のように一糸乱れぬ動きで王城へと近づいてくる。
先頭にいるのはチャリオットだ、愚鈍なアンデットを騎士のように従えた彼は、何かを訴えることもないまま片手を上空へと上げて見せた。
そして静かに、どこまでも冷徹に、上げた右手を振り下ろす。
それを合図にしたのか武装したアンデットが人間と同じように走り出し、王城を囲む理性無きアンデットたちも蠢きながら進みだすのだった。
何より目を引くのはやはり武装したアンデットたちだろう、腐り落ちて骨だけの体だというのに彼らの疾走は並みの兵士よりもずっと早い。
鋭く、静かで、それ以上に力強い動きだ、骨の姿でなければまさに騎士であった。
「ただのアンデットと何も変わりはしない!! 恐れず戦うのだ!!」
フィーリンの隣にいた将軍が城壁の端まで届くかのような声量で叫ぶ、士気を挫けさせない為の言葉であったが、同時に自らが感じた恐怖を消し去る為でもあるのだろう。
一目見ただけでわかる、あれは普通のアンデットではないと。
理性無く漂うゾンビやスケルトンとは姿が似ていても決定的な差がある、そもそもアンデットとは愚鈍なものであり鈍間が基本である。
それこそ訓練を積んでいない民間人であったとしても、対処を間違えなければ処理できるくらいには弱い存在であった。
訓練を積み重ねた兵士たちが束となって集まるこの戦いでも当然ながらその差が覆ることはなく、損害比率で言えば二十対一ほどの差があるだろう。
兵士一人が二十体のゾンビを倒しているということだ、逆にアンデットたちは二十体を消耗しなければ兵士や騎士を倒せない、これが理性無きアンデットと戦士の一般的な差である。
勿論、単純な数字の足し引きで語れるようなものではないのだが、一対一ではまず勝負にならないくらいの差があることは間違いない。
だからこそガレスの戦士たちはこれだけの大群に囲まれていながら押し切られることなく耐えられて、だからこそチャリオットは質の差を埋めるために数え切れないほどの戦力を用意したのだ。
質で上回る兵士や騎士、数で上回るアンデットたち、そんな二つの戦力の衝突がこの戦いである。
そのバランスを崩すのが機敏に行動する武装したアンデットたちなのだろう、剣と盾と弓を持つあれらが軍隊のような動きをすれば厄介でしかない。
実際に、一体の骸骨が熟達の弓兵のように矢を放つと、それは城壁の上にいた兵士の一人を穿つ。
「くそ……これは拙いな」
フィーリンは護衛の騎士に首根っこを捕まれると、そのまま強引に頭を下げさせられる、そうやって弓の射線から逃れるのだが、状況が好転している訳ではない。
「武器を扱って機敏に動くアンデットか……究極の兵士だな」
思わず愚痴ってしまうが仕方ないだろう、相手が鈍間で愚かであることによってようやく拮抗できたというのに、その有利が覆ったのだから愚痴の一つくらいは出てくるものである。
「若様、王城まで非難を……城壁の上は危険です」
「無駄だ、ここが絶対防衛線だからな……ここより後はない、ただの一歩も下がる場所はないんだ」
城壁だろうと王城だろうと大差がない、完全に包囲されているので脱出もできない、フィーリンの言葉通り先も後もない状況であった。
ならば後は、ただ戦うだけである。
フィーリンは慣れない兜を装着して素顔を隠すと、護衛の騎士から渡された分厚いマントも纏う、更に全身鎧の下には鎖帷子も来ており完全防備といった状況だ。
そこに剣と盾を持って護衛が立てば矢の雨であっても耐えられるだろう、少なくとも隙間は見当たらない。
「少し分厚過ぎやしないかい? 臆病者と罵られてしまいそうだ」
「いやいや、若様、そいつはつまらないこだわりってもんですよ、戦場では勇敢な奴から死んでいくんですから」
「教本にはそんなことが書かれているのか?」
「いいえ、経験です」
「なら従おう、つまらない死に方はごめんだからね」
フィーリンと騎士は頷き合うと武器を握りなおしてその場から立ち上がる、そして彼は声を張り上げた。
「我らガレスの戦士には聖騎士の加護がある!! 何も恐れる必要はない、奮い立つのだ勇者たち!!」
フィーリンの、王のその言葉に兵士たちは負けぬとばかりに雄たけびを返す、飛びぬけて強くなくとも賢くなくとも、彼はこの国の王であるということだ。
それを、兵士たちはしっかりと理解して受け入れていた。
「ガレスの戦士はここにあり!!」
「武勇は王と共にあり!!」
「不退転の誓いをここに!!」
騎士や兵士の叫びは戦場全体へ広がっていき全ての者に伝播していく。
その思いを、その覚悟を、その忠誠を、一身に受けるフィーリンは負けじと叫ぶ。
「そうだ!! 我らこそガレスの守護者、やがて歌となる勇士である!! 百年、二百年先まで語られる武勇を示すのだ!!」
ガッ!! と、彼の踵が城壁のへりを叩く、そして剣はアンデットたちを率いるチャリオットへと向けられるのだった。
「アンデットが何するものぞ!! 首なし騎士が何するものぞ!! 悉くを粉砕するだけである!!」
あぁ自分は幸福だ……フィーリンはそんなことを考えた。
最早悔いはない、共に戦う戦士がいて胸には祝福の炎が燃えている、王として戦うことができる。
だから、無様を晒さずにここで死ぬことができる。
「……ここが私の死に場所だ」
最後の呟きだけは、兜の外に出ることなく消えてしまったらしい。
小さな弱音は、誰の耳にも届かない、届かせてはならないものなのだ。