商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
まるで王の凱旋のようである、チャリオットの行進にはそう錯覚させるだけの迫力があるのだろう、大量のゾンビやスケルトンを引き連れながら首なし騎士は油断なく悠々と城壁へと歩を進めていく。
城壁の上から祝福の矢が降り注ぐのだが、彼の周囲に侍る武装したアンデットたちが盾を構えて守護している、やはり他の者とは動きが異なるようだ。
彼らは命令系統が存在しており、訓練を積んだ兵士のように鋭く動き、疲れることも恐れることも空腹になることもない究極の兵士であり軍隊である。
だから、王の行進を妨げることを許しはしないのだろう。
「奴を止めろ!! 城壁に近づけさせるな!!」
力強く、そして揺るがない足取りで無数のアンデットと共に近づいてくるチャリオットは、全身鎧の隙間からどす黒い靄のような物を垂れ流しながら前方を見つめている、その先にあるのは城門であった。
接近させるのは拙いと判断したのか現場指揮官の一人が部下と共に祝福の矢を放つのだが、やはり周囲に侍る盾持ちのアンデットに阻まれてしまう。
城門は木造であり太く固い作りになっている、閂に加えて様々な補強がなされているのでそう易々と突破されるような場所ではないのだが、巨大な気配を纏うチャリオットの姿を見て頑丈だから大丈夫と呑気に構えられる筈もなく、その危機感は何も間違いではなかった。
雨のように降り注ぐ矢を凌ぎ、城門へとたどり着いたチャリオットは籠手を身に着けた右手を落とし梯子に押し付ける。
重たく固いそれは怪力と称しても問題がない膂力を持つチャリオットをもってしても揺るぎはしない、しかしそんなことは彼にもわかりきっていたので驚きはなく、だからこそ小脇に抱えられた首から祈りの言葉が漏れ出る。
それは不思議なことに、そこまで大きな声量でもないのに戦場にいる全ての戦士の耳に、囁くように届くのだった。
「魔神よ、我らが父よ、この献身を称えたまえ」
そんな祝詞を祈りと共に唱えた瞬間、王城を包囲していたゾンビやスケルトンの一部が灰となって消え失せる。
巨大な祝福の輝きに焼かれた訳ではない、彼らはチャリオットの意志によって崩れ去ったのだ。
「な、なんだ、一体何が起こった?」
兵士の困惑も当然である、おそらく数万を超えるであろうアンデットが動きを止めて崩壊したのだから。
全体で見れば一部でしかないだろうがそれでも万単位の数が減ったのだ、敵が消滅したのだと喜ぶべきなのかもしれないが、そこまで楽観視はできないだろう。
何より油断できないのは、灰となって消え失せたアンデットたちの存在感に代わるかのように、城門の前にいるチャリオットの気配が膨らんでいることである。
何が起こるのかと城壁の上で身構えるガレスの戦士たち、彼らが共通して感じ取るのは巨大な業火を目の前にしているかのように熱であった。
「これだけの魂を食らったのだ、無駄に終わることもあるまい」
その熱の正体は魂だ、腐った体や骨に縛り付けられていたそれらをチャリオットは吸収したということだろう。
魂を魔力に変換したとも表現できる、だがそれは魔術師たちにとって禁忌とも言える技術であり本来ならば何十何百といった人数でようやく制御できるといった力の流れである。
圧倒的な、という表現すら生ぬるい規模の力を内包したチャリオットは、自らが信奉する神に祈りながら、巨大な不浄の塊をその体から吐き出した。
それはさながら黒い噴火であった、どす黒い波動が生み出す衝撃は凄まじく、チャリオットの目の前にあった分厚い木製の門は勿論のこと石造りの城壁すらも吹き飛ばしてしまう程である。
当然ながら、城門付近にいた兵士たちは巨大な不浄の爆発に巻き込まれて吹き飛び、少し離れた位置にいた者たちは爆発によって生まれた石つぶてに傷つき絶命してしまう。
それだけの被害を生みながら広がった衝撃は留まることもなく、城門の先にあった王城の一部まで巻き込んで崩壊させてしまうのだった。
「~~~~ッッ!! 被害は!?」
思わずそう叫んだのはフィーリンであった、説明されるまでもなく大損害であることはわかっているのだが、叫ばずにいられなかったのだろう。
幸いにも彼がいた城壁には砂利が飛んできた程度で済んだのだが、爆心地を中心に大穴が空いてしまっているのだ。
いや、穴と言うよりも崩壊と言った方が良いのかもしれない、城門を中心にした崩壊は十メートル近くまで広がっており、そこにあった筈の城壁は瓦礫と化してしまっている。
「拙い……これでは」
一部とはいえ城壁が粉砕されてしまえばアンデットを塞き止める術がない、防御側の有利を失ってしまったのだ、後は雪崩れ込まれるだけだろう。
「将軍!! 手勢を向かわせてく―――――」
フィーリンが言い終える前に、巨大な力の奔流が駆け抜ける。
先程、チャリオットが行った黒い噴火とは真逆、彼女が放ったのは白く輝く噴火であった。
崩壊した城壁と門、そこに殺到したアンデットたちの進路を阻むかのように、彼女は立っていた。
淡い輝きを纏った鎧と剣を持ち、チャリオットと同じように穏やかな足取りで進む姿に恐れはなく、膨大な祝福の輝きに満ちている。
フィーリンの護衛の騎士はこう言った、戦場では勇敢な者から死んでいくと。
しかしそこには例外もある、勇敢でありながら何故か死なない者は英雄と呼ばれるのであった。
だからこれは試練である、シャルルという戦士が、その器が、ただ勇敢で終わるのかどうかの分かれ道、その先へ至れるのかどうかを試す分水嶺なのだ。
この一戦を、遥か遠く神々の領域から、戦神が眺めていることだろう。
自らが愛する地上の子、加護を与えた幾つかある器の中の一つが、今高みへと至れるかどうかの瀬戸際である。
可能性はあった、シャルルの器は無数の戦士の中で一際輝いているのだ、だから戦神は楽しみにしていたのだろう。
戦神は願う、神の領域へと至ることを。
しかし同時にこうも思った……試練が早過ぎるのではないかと。
もう少し器を大きくしてから挑むべきだと神は思うのだが、これもまた人の子の可能性なのだと受け入れる。
神が言うべきことはただ一つ……挑め、されば与えられん、であった。
「……」
シャルルに言葉はない、聖剣を構えながら粉砕された城門へと進んでいき、光の軌跡を描きながら侵入するアンデットたちを切り捨てていく。
理性なくふらつきながら群がるゾンビを打ち払い、眼窩に赤い光を宿して突き進んでくるスケルトンを鮮やかに両断し、武装して連携しながら戦おうとするアンデットを灰にする。
上段切りからの横なぎ、そこから突きへと移って刃をねじ込む、無駄なく躊躇なく振るわれる聖剣は刃の行方を追いかけるように光が伸びており、その流れを見れば一切途切れることなく続いていた。
流れる水のように淀みなく流麗で、さざ波のように穏やかだというのに鋭いという矛盾を宿し、そこにいるアンデットたちを一方的に灰としていくのだ。
シャルルの瞳は前に群がるアンデットたちに向けられていない、その向こうにいるチャリオットだけを見つめていた。
例え彼らが壁となり波となろうとも、祝福の輝く波動を放てば一瞬で蒸発させられてしまう、脅威には程遠い。
油断ではない、傲慢でもない、覆しようのない事実としてゾンビやスケルトンでは戦いにならない、だから彼女はアンデットの群れの向こうにいるチャリオットだけを見ていた。
「……体が軽いな」
ゾンビを真っ二つにする。
「……呼吸も乱れない」
スケルトンに至っては剣すら必要ない、彼女が纏う淡い輝きに晒されるだけで灰となった。
「……なんだろ、夢でも見てるみたいだ」
一歩踏み出す度に強くなる、そんな風に思ってしまうほどに調子が良い。
それは体が根っこから作り替えられていくかのようであり、細胞の一つ一つが生まれ変わっていくかのような感覚である。
武装したアンデットを蹴り飛ばして転がしてから頭に聖剣を突き刺す、それだけで彼女は一つ強くなる。
大地から剣を抜いて、横なぎにしながら光の斬撃を放ち周囲に広がったアンデットを滅ぼす、そしてまた一歩を踏み出した。
一つ前の彼女より、今の彼女の方が明らかに強い。
ありえない成長による、ありえない一歩、人の域を超えてより上位の領域へと至ろうとする階段を上っているかのようである。
「あぁ、間違いではなかった……やはり貴様は殺しておかなければならない」
そんな彼女を見てチャリオットはそう呟いた、自分の認識は間違っていなかったと。
「半神へと至ろうとするか……武神か、或いは戦神か、何であれ見過ごせん」
彼は腰にぶら下がる禍々しい剣を鞘から抜き放つと、悍ましい不浄の力を高めながらシャルルへと進んでいく。
彼の歩みにもまた油断や傲慢は見当たらない、最初は私心と執着でここに来た彼だが、今は使命感で剣を握っているようだ。
「我が母と、我が神の為に、ここで貴様を斬る!!」
その言葉と共に、彼の背後にいた幾万ものアンデットたちが一瞬で灰と変わる、そこにあった筈の魂はチャリオットへと吸収されて彼に莫大な力を与えてくれた。
彼が率いるアンデットの軍勢は、戦力であると同時に力の貯蔵庫でもあるということだろう。
数万という魂を磨り潰して得た力はチャリオットが握る禍々しい魔剣へと集束していき、束ねた力の余波で空間がねじ曲がっていくようにも見える。
その光景とは対極、シャルルはその身に宿った祝福の力を上段に構えた聖剣へと束ねる、強く深い祈りと共に剣を握りしめれば、小さな白銀の粒子が集まり輝いていく。
彼女の周囲には生命の輝きと力に引っ張られたのか無数の草花が急速に生まれて広がっていく、それは城門付近にいるチャリオットにまで伸びて不浄の力にぶつかって消えていくのだった。
まるで花の道である、シャルルとチャリオットの丁度中間地点を境に天国と地獄のようにきっぱりと景色が変わってしまっていた。
「ルールー、後ろに行ったアンデットを頼む」
お互いの力が限界まで高まった所で、シャルルは自分と同じように粉砕された城門を死守しようと、部下の近衛兵と共に城壁から下りて来たルールーにそう言った。
「おうとも、一匹も通すものか……それで露払いは必要か?」
「……大丈夫だ」
「カカッ!! ならば行くが良い、死のうが生きようが戦士が行き着く場所は戦神の腕でしかない、ならば悔いなく存分にってのう」
背後にルールーがいるのならばシャルルには何の心配もなかった、後は己の全力をぶつけるだけである。
城門が破壊されたことで既に戦線は崩壊してしまっている、城壁の上も動揺が広がっているのかそう長くは持たないだろう。
城壁という防御側の優位は消え去った、後は磨り潰されるだけである。
ここで、チャリオットを倒すしか活路が見当たらない、だからシャルルは花の大地を駆けだすのだった。
光の尾を引きながら突進してくるシャルルを、チャリオットは数万の魂を束ねた魔剣を構えながら迎え撃つ。
「ぬんッ!!」
「やぁああああ!!」
そして裂帛の気合と共に魔剣を振り下ろす、それをシャルルは聖剣を脇から振り上げるように迎え撃つ。
聖剣と魔剣がぶつかり合った瞬間に周囲へ聖邪が入り混じった衝撃が広がり、ただでさえ脆くなっていた城壁の一部が更に崩れるのだが、両者は気にした様子もなく切り結ぶ。
「フッ!!」
浅い呼吸と共にシャルルが一歩踏み込む、だがチャリオットは不動のまま魔剣を振るった。
対極的な二人である、扱う剣も力も技術や膂力も、全てが異なるように思えた。
固く、重く、力強い剛撃を繰り返すチャリオットは巌のようであり、常に揺れ動き流れるような柔撃を繰り出すシャルルは風に流れる葉のようにも見えるだろう。
チャリオットはシャルルの速さを捉えることができず、シャルルもまたチャリオットの固さを破ることができない、だから両者の剣戟は拮抗したまま繰り返されることになる。
それがどれほど続いただろうか、極限まで高まった集中力によって二人は音も時間も存在しない世界へと至り、自分たちしか認識できていないようだ。
一時間は斬り合ったようにも思え、十秒ほどにも思える、もしかしたら永遠に続くのかもしれないし、次の瞬間には終わるのかもしれない。
曖昧で、どこか現実感のない時間の引き延ばされた世界だ、そんな中でチャリオットが考えるのはシャルルに対する恐れであった。
剣をぶつけ合う度に強くなっている、それが魔剣を通じて彼へと流れ込んで来るのだろう、今もそうであり剣戟が始まったばかりの頃よりも明らかに鋭くなっている。
始まりは僅かにチャリオットの方が優位であったのかもしれない、しかし十も斬り合えば拮抗して、二十を超えた辺りで僅かに傾く。
三十を超えればチャリオットの魔剣を潜り抜けて鎧にまで切っ先が届くようになっていた、それは本来ならば何十年もの訓練によって得られる技量である。
本来ならばありえない成長速度、だからこそチャリオットはここでシャルルを殺さなければならないと決意したのだ。
拮抗から不利へと傾いた剣戟がそれを確信させる、ここで殺せと本能が叫ぶ。
「お前を倒すにはこれでもまだ足りんらしい―――ならばッ!!」
またチャリオットの背後にいた数え切れないアンデットの内の数万が一斉に灰となって消え去る、そしてそこにあった筈の魂は彼が持つ魔剣へと集うのだ。
魔剣に束ねられた不浄の力は更に禍々しさを増して、幾万もの悲鳴を混ぜ合わしたかのような不快な音を響かせながら彼に握られる。
「魔神よ、我らが父よ、この献身を称えたまえ」
この世の邪悪を煮詰めたかのような醜悪な剣を、彼は祈りと共に前へとやった。
シャルルはそれを聖剣で受け止め……いや、同じように切っ先を前にやって突きを放つ。
魔剣と聖剣の先端は、一ミリも揺らぐことなく衝突して巨大な力を放出しながら輝き、その場にあった何もかもを吹き飛ばしながら周囲を黒紫と白銀に染め上げていく。
祝福の光が通り過ぎれば生命の輝きによって花や緑が咲き乱れ、その上を不浄の光が通れば一瞬で枯れ腐る。
「終わりだ」
しかし拮抗は一瞬、結果はどす黒い魔剣が聖剣を突き砕き、勢いそのままシャルルの心臓を穿ったのだ。
「この結果は紙一重だな……見事、誇るが良い」
「あッ……グッ……」
魔剣はシャルルを貫いた、剣も鎧も穿ってその先にある心臓すらも貫いた。
グイッと、剣を上げれば串刺しになった彼女の体は宙へと浮かび、大量の血が剣を伝ってチャリオットの手へと流れて来る。
祝福に満たされた彼女の血に触れると、アンデットである彼には猛毒そのものであり激痛が走るのだが、剣を手放すことなくその痛みを受け入れた。
この痛みはシャルルという「英雄になれなかった存在」を忘れない為に必要なことだ、この痛みがあれば自分は二度と慢心しない、油断もしない。
シャルルという敵が、チャリオットを真の魔王へと至らせたのだろう。
「感謝する……この勝利は我に必要なものであった」
勝者と敗者、魔王と英雄になれなかった戦士、弱者と強者、明確に分かれた両者の形はこの戦いの趨勢を決定づけたとも言えるだろう。
シャルルが倒れたのならば粉砕された城門は簡単に侵入できる、例えルールーが代わりを務めても他が持たない。
既に城壁の上にもアンデットたちが登ってしまっている、兵士たちが傷つきながら戦っているが塞き止められていないのだ。
また、シャルルの心臓が穿たれたと同時に、彼女が施した祝福の付与が消えてしまったことも大きい、兵士たちが持つ武器は輝きを無くしてしまっている。
ここに敗北は決定した、覆ることはなく後は蹂躙されるだけなのだ。
「全てを埋め尽くせ、我が神と母に捧げるのだ」
兵士たちは次々に倒れていく、騎士もまた同様であり、民兵はもう残っていない。
今も生き残っている者たちがいるが、僅かな抵抗で何ができるというのか。
もしここから何かが変わるのだとしたら、それはきっと奇跡以外の何ものでもない、そして奇跡とはそう簡単に起こるようなものではなかった。
つまり、この結末は当然のものであり上から下に水が流れるように自然なものなのだろう。
シャルルは死んだ、いつか半神へと至る可能性があった器は砕けてしまい、その身にあった祝福は消えていく。
兵士や騎士は倒れた、戦場に思いを残しながら逝ったことだろう。
僅かに残った生者は必死に抵抗を繰り返そうとも、徐々に磨り潰されていく。
ここに英雄はなく。
ここに勇者はおらず。
ここに神はおらず。
だから……この敗北は決まっていたことなのだ。
だから……アナスタシアは奇跡を願った。