商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
ドクン。
どこからか心臓の鼓動が伝わってくる、それはチャリオットが握る魔剣からであり、そこに突き刺さったシャルルからであった。
最初は何かの間違いかと思ったことだろう、疑いようもなく彼女の心臓は穿たれておりそこから大量の血が流れているのだ、まさかアンデットでもないのに生存している筈がない。
ドクン。
だが心臓は動いている、認めたくないが剣から伝わる鼓動は本物だ、突き刺さっているのに強引に動いていた。
「……なんだ、貴様は……いや、なんだ、貴様に纏わりつくものは?」
その時、チャリオットが目にしたのはシャルルに纏わりつく膨大な情報と力であった、何百人もの魔術師が行う大魔術か大呪術、或いは大儀式……それら全てを混ぜ合わせて強引に一つの現象としたかのように、因果や運命が捻じ曲げられている。
これから世界でもひっくり返そうとするかのような力の奔流であり、それがシャルルに纏わりついているのだ。
だから死んでいる筈なのに心臓が動いている、体から熱も消えないのだろう。
「あ……あぁ、なるほど……運命神と……契約神め……そういうことか……だから今、ここなのか」
心臓を貫かれたシャルルの口からそんな言葉が漏れる、だがそれはまるで彼女ではない別の誰かがそこにいるかのような口調であり、何かが乗り移っているかのようでもあった。
「貴様……戦神か!?」
その正体をチャリオットは知っていた、いや察したとでも言うべきか、なんであれ串刺しになったシャルルから離れる為に魔剣を引き抜こうとするのだが、悍ましい刃は彼女の手によって掴まれてしまう。
そんな状態では指や掌が切り落とされても不思議ではないのだが、掴まれた魔剣は万力で固定されているかのようにピクリとも動かない、チャリオットの膂力をもってしても。
「うむ……やはりよい器だ、他にも候補は大勢いたが、ここに至ったのはこの子だけか……惜しむらくは後十年もあれば自然と完成しただろうに、あやつら無茶をしよる」
因果と運命がねじ曲がる、ここで英雄となれずに死ぬはずだったシャルルの人生が強引に動かされていく。
「だが良いだろう、この器に決めた」
シャルルに握られる魔剣が熱せられたかのようにジュウジュウと音を立てながら軋む、蘇った祝福の力によってそのまま融解するかのごとく焼き潰されてしまうのだった。
魔剣の先端はシャルルの心臓に突き刺さったまま半ばで折れてしまう、それによって拘束から解放されたチャリオットは、目の前で膨れ上がる存在感から逃れるように後退していく。
「戦え、愛しき我が戦士よ……其方こそ戦場の王に相応しい」
その言葉と共に残った魔剣の先端を心臓から引き抜き、シャルルに宿っていた戦神は姿を消した。
血は吹き出ない、傷はそこになく、鎧に穴が残るだけである。
薄く開いていた瞼が完全に開かれると、そこにいたのは夢から目覚めたかのように曖昧な意識のシャルルであった。
そんな彼女に、天上から降り立つ光の柱が突き刺さる。
可能性はあった、彼女がその領域に至る可能性が。
だがそれは戦神が見出した器の全てが同様であり、彼女だけが抜きんでていた訳ではない。
そもそも未来とは曖昧なものであり決まった形などありはしないのだ、大樹のように無数に枝分かれしており、流れる水のように常に移ろう。
その中にある最も大きな流れの行き着く先が未来であり、別の流れが可能性である。
この先シャルルという器が幾つもの戦場を駆け抜けて、幾人もの強敵を倒した先に到達する未来がある、或いは道半ばで倒れることもあるだろう。
暗殺に倒れることもある、病で伏せることだってある、もしかしたらどこかで結婚して戦士として戦うこともなくなる未来もあるのだ。
シャルルがこれから進むであろう無数の未来の一つ、戦士としての器を磨き続けてやがて神へと至る未来―――それが今、強制的にここに形作られた。
光の柱が晴れた時、そこにいたのは神性を宿した戦士、半神と化したシャルルが立っている。
いつかどこかで運が良ければ至る、シャルルの未来がそこにあった。
自らに起こった奇跡に不思議と驚きはなかったのか、動揺した様子もなくシャルルは右手に持つ砕かれた聖剣を眺める。
「……アナスタシア?」
そして視線をチャリオット側へと向けて、その向こうにある筈の今は無き街並みを思う。
その中の一つ、神殿で祈りを捧げていたアナスタシアの姿を思い返し、彼女の名前を言葉にした。
尊ぶ奇跡は安くなく、簡単に起こせないから奇跡なのだ、因果を捻じ曲げ運命を誘導して人を神へと至らせることが、どれほど難しいことなのか彼女には見当もつかない。
理由はわからずとも、奇跡の価値を測れずとも、意味や思いが曖昧であったとしても、ただ一つわかることがあった。
今自分はここに生きて立っている、この心臓は確かに鼓動を続けている、そして右手には砕けた聖剣が握られているのだ、やるべきことは一つしかないだろう。
彼女が握る砕けた聖剣に渦巻く白銀の粒子が集う、そして粉砕された筈の刃を復元すると、祝福の輝きを放つ。
太陽のように鮮烈で、月のように静かな輝きであった。
一歩踏み出すと、祝福の光は爆発するかのように広がっていき、大穴が空いた城門に殺到していたアンデットたちが灰となる。
「……構えろ」
短く小さな言葉は、彼女が一歩踏み出した瞬間に同じ距離を後退したチャリオットへ向けられたものだ。
「……あぁ」
首なし騎士もまた小さく言葉を返す、それ以上の会話はいらないとばかりに互いの剣を向け合う。
二人は初めてあった時から確信があったのだ、自分を殺すのは目の前にいる相手だと。
だからチャリオットはシャルルを殺した、そしてシャルルはもまたチャリオットを殺すのだろう。
再戦の始まりが何であったのかはわからないが、最初に動いたのはチャリオットである、彼は不動の構えを解いて走り出し、折れた魔剣をそれでもなお力強く握りしめる。
「軽いな」
振り下ろされる剛撃を、シャルルはそれ以上の力と速度をもって迎え撃つ。
先程の戦いを繰り返すかのように、脇腹辺りから振り上げられた聖剣は半ばで折れていた魔剣を更に両断すると、そのままチャリオットの手首をも焼き切り延長線上にあった城壁の残りすらも光の斬撃で切り裂いた。
薄く細い光の刃は勢いそのまま空へと消えていき、曇天をも両断して青空を覗かせる。
「そして遅い」
次いでシャルルの左手が振りぬかれた、聖剣を握っていない空の拳を相手に打ち付けると、分厚い全身鎧を大きく凹ませてチャリオットの体が吹き飛ぶのだった。
殴られた衝撃で五十メートルほどの距離を宙に浮いて移動して、地面に落ちても勢いを殺せなかったのかそのまま何度も跳ねながら彼の姿がアンデットの群れへと消えていく。
シャルルはそこから更に踏み出して粉砕された城門があった場所から外の大通りへと進む、彼女がただそこにいるだけで群がるアンデットたちは次々と灰となっていき、最早近づくことすらも叶わない。
ここに、絶対を体現した究極の守りが立ったのだ。
「これほどか……これほど圧倒的か」
吹き飛ばされたチャリオットは鮮烈に過ぎる輝きに目を眩ませながら、それでもなお立ち上がって見せる。
意地と誇りが彼を立たせたのだろう、アンデットであっても、首がなかったとしても、彼は騎士なのだから立ち向かうのは当然であった。
戦意は微塵も揺るがない、それどころか更に高まっており興奮すらもしているようだ。
本能が体を震わせて逃げろと叫ぶ、だが騎士としての矜持が戦えと急かす。
彼は周囲にいる無数のアンデットを磨り潰して何度目かの魂の収集を行った、纏う悍ましい気配を膨れ上がらせながらシャルルへと挑もうとする。
しかし、再びの剣戟をと勇ましく進みだしたチャリオットの心を覚悟を圧し折るかのように、シャルルが歌を紡ぐ。
それは彼女も知らない、彼女の記憶にもない、だが魂の奥底で叫ぶ歌である。
「勇士はここにあり、必ず戦場へと帰って来るだろう」
その歌は不思議なことに大きな声量でもないというのに戦場にいる全ての者の耳に届いた、生者は勿論のこと想いを残して逝った戦士たちにさえ。
「我ら忠誠の徒、故郷を守りし絶対不落の守護者である」
戦場で散った勇敢な戦士の魂は戦神の下へと招かれる、そしてこの戦場にはそんな魂が数多く溢れていることだろう。
故郷を守らんと剣を取り、命をかけて戦い、願いと想いを残して旅だった戦士たち、彼らの魂は今、戦神の半神となったシャルルの傍にある。
「その無念を形に、想いを剣に、願いを体へと―――ならば戦士は未だ果てることなくここに立つ」
何千という戦士の魂が彼女の歌に引かれて集う、一つ、また一つと大地に下りて形となっていくのだった。
故郷を守りたいと願った戦士たちは、死してなおここに立つ。
シャルルの隣に並び立つのは幻影の戦士たち、夢であり幻でしかないが確かにそこに形を持って存在しているのだ、今も増え続けており一瞬で数千という軍勢を形成して見せる。
「行くぞ戦士たち……其方たちこそ―――」
そしてシャルルは、尊ぶ奇跡の名を叫ぶ。
「最高の勇士、アインへリアルだ!!」
立ち並ぶは幻影の戦士たち、戦場で散った勇士の魂、死してなお戦おうとする真の忠誠を持った兵士たちであった。
彼らは夢であり幻でしかない、肉体は既になく魂だけの存在でしかない、だがその意思は決して砕けの刃となりここにあるのだろう。
奇跡を形にしたその光景をチャリオットは勿論だが、今も生き残っていた戦士たちも唖然と見つめているようだ。
フィーリンは城壁の上から戦うことも忘れ、城門を守っていたルールーも同様であり、理解の外にある奇跡を見せられたのならば、人は口を開けてただ見入るしかない。
いや、ルールーはそこから笑って見せた、自然と笑ってしまったのだ。
「カカッ!! カカカカッ!! 帰ってきよったぞ!! ガレスの戦士たちが帰ってきよったぞ!!」
そして彼女は自分の中に生まれて渦巻く感情を、力いっぱい爆発させるかのように震えながら両手を上げる。
「んん~~~~~~ッ!! くうぅうううううううッ!! 祭りじゃああああああああああああああい!!」
これほどの歓喜はない、これほどの幸運はない、自らがこの戦場に立つという栄光と栄誉に震えるしかない、望んでも立つことは叶わない伝説に、千年先まで語られる戦いの歌に自分も関わる、彼女にとって間違いなく人生の絶頂だろう。
最高の勇士たちの隣に立とうと彼女は持ち場を放棄して駆けだした、それに続けと部下の近衛兵も歓喜と共に走り出す。
光に導かれた戦士はルールーたちだけではない、城壁の上でアンデットたちをなんとか塞き止めていたガレスの戦士たちの生き残りも、疲労や絶望が吹き飛んだかのように戦列に加わった。
戦神の威光にアンデットたちは多くが消滅しており城壁の上には姿がない、仮にあったとしても彼らは無視してシャルルの隣に立ったのだろう。
戦士の魂は、戦神に導かれるのだから。
「まだだ……まだ終わってはいない!!」
希望の光に導かれている戦士たちとは対極にいるのがチャリオットだ、シャルルの放つ祝福の輝きに恐れながらも、まだ騎士の矜持は砕けていない。
まだ戦えることを言葉にしなければ、本当に敗北が決定してしまうような気がしたのだろう、絞り出すかのように叫んでいた。
だがそんな彼に更なる追い打ちをかけるかのように、戦場へと大きな笛の音が響き渡る。
ガレスの戦士たちでも、シャルルやルールーが吹いた訳でもない、その角笛は王都から僅かに離れた位置にある小高い丘から届いたものであった。
「わ、若様!! あれを、あれをご覧ください!!」
フィーリンの近衛騎士が指さした先に広がっていたのは数えることすら馬鹿らしくなる程に並んだ軍旗であり、そこに立つ無数の戦士たちの姿である。
「来て、くれたのか……間に合ったのか」
丘の上に並ぶ大軍勢を確認した瞬間にフィーリンは腰を抜かしたかのように崩れ落ちる、直前までアンデット相手に守られながら戦っていたのだが、援軍の存在を確認して緊張が途切れたのだろう。
角笛の音は高らかに、大地を揺るがす行進はどこまでも広がっていく、丘から戦場を見下ろす軍勢は焼野原になった王都と幻影の軍勢を見つけたようだ。
「まだ戦いは続いているようだな、遅参にはならなかったか」
丘に並び立つ大軍勢から軍馬に乗った一人の男が出て来る、年齢はフィーリンとそう変わらないと推測できる若さだが、幼さよりも凛々しさを感じられる顔をしておりどこか涼やかな印象を与える男である。
彼の背後には皇帝のみが掲げることを許されている専用の軍旗が風で泳いでいる、つまり彼こそが大帝国の頂点に君臨する覇者であるのだ、帝国の歴史において最も若く、最も優秀な皇帝だと称えられる男であった。
「フィーリンめ、私がここにいることに驚いているようだぞ」
「当たり前です、ラングリッサ陛下……皇帝である貴方が自ら軍を率いるなど、何かあれば帝国の崩壊ですぞ、ガレス王も驚くでしょうとも、どうかご自重ください」
皇帝は望遠鏡で戦場を眺め、城壁の上で王家の鎧を身に着けて尻もちをついている友人の姿を見つけてそう言った。
彼をラングリッサという名前で呼んで、皇帝の横で様子を窘めるのはルールーと同じように竜鱗の鎧を身に纏った老兵であり、深い皺と無数の傷跡を顔に残す老人は帝国三騎士の一人、遠征騎士団を預かる男である。
かの老兵が倒れる時は帝国が傾く、そう歌われるほどに長く戦場を駆けた経験があり、七十という年齢を超えてなお現役を維持する不死身と称される武人であった。
積み上げた敵の死体は山のごとし、制圧した砦は星の数、彼こそが帝国「最優」の騎士で間違いないだろう。
「そう言うなゼス爺、偶には戦場の風を感じなければどうしても錆びてしまうのだ、私はお前のように老人になっても戦場に立ちたいよ、執務漬けの日々よりよっぽど刺激的だ」
「剛毅ですな、だが危険です」
「問題はあるまい、ここには帝国最強の騎士もいるのだからな」
皇帝ラングリッサの覗く望遠鏡がフィーリンから城門付近にいるルールーへと移る、そこで幻影の騎士たちと並んで異様にはしゃいでいる臣下の姿に彼は苦笑いを浮かべた。
「しかしこれはどういう状況だ? あの半透明の戦士たちはなんだ? 何らかの大魔術でも行ったというのか……」
「ラングリッサ陛下、あれはアインヘリアル……勇敢な戦士の魂が形となったものでございます。戦神の権能であり、導かれし戦士かと」
「……勇敢な戦士は死後、戦神の下へと赴きかの神の先兵となると聞くが、あれがそうだと?」
「はい、私がまだ右も左もわからない新兵であった頃に、一度だけ見たことがありますな。もう六十年くらいも前の話になりますが、その当時において戦神と武神の寵愛深い半神同士の戦いを目撃したのです」
「あぁ、それは記録を帝城の書庫で読んだことがあるな、その戦いの余波で大地に巨大な穴が空いて、その場所は今は湖になっているとか」
「あれは今でも夢に見る程に凄まじい戦いでしたな……あの時も、彼らは戦神の半神と共に戦っていた」
「……新たに半神となった者がいるということか、奇運だな」
そうぼやいたラングリッサに、近衛騎士の一人が進み出て報告を行う。
「陛下、隊列の修正が完了いたしました、いつでも行けます!!」
「よろしい、では行くとしよう……これより我らは戦場へと進み出る!! 高らかに角笛を鳴らすがいい!!」
大きな角笛の音は戦場にいる全ての者が聞いたことだろう、それを合図にして帝国軍は一斉に王都へ向けて軍馬の足を進ませる。
その行進は途切れることなく続いており、丘を流れる大河の如く終わりが見えない。
総数はおよそ二十万、帝国が動員できる最大戦力のおよそ三分の二に当たる数であった、他の守りを手薄にする行為であり褒められたものではないが、王都で今も戦っている者たちにとってはこれ以上ない救いだろう。
練度はこの上なく研鑽されており、士気は上々、兵士の質など乱れぬ行進を見れば疑う余地すらもない、もしこれらをアンデットという脆弱な存在で撃退しようと思えば、途方もない数が必要となるはずだ。
現在の王都にそれだけの数はいない、城門の粉砕やシャルルとの戦いで大幅に数を減らしてしまったからだ。
数えきれないほどの軍勢であったアンデットたちは、今やなんとか数えられるくらいの数にまで減ってしまっている。
戦力差で言えば互角だろうか、同数のアンデットと鍛え抜かれた軍隊が激突するのならば、ほぼ間違いなく後者に軍配が上がるのだ、互角では話にならないだろう。
「見事……だがまだ互角だ」
王都に迫る帝国軍を確認してチャリオットはそう呟いた、数が同数ならば戦いにならないとわかっているのだが今更引ける筈もないのだ。
アンデットたちを磨り潰して自分の力に変えたことは悪手であったとは思えない、城門を砕くこともシャルルとの戦いで使用したことも必要だと判断したからだ、無駄で終わったとしてもその判断自体は妥当なものであると確信している。
策を練った、数を揃えた、慢心や油断も消し去ったつもりだ、全身全霊で敵を滅ぼすという覚悟も持っていた、その結果が現状であるのならば見事という言葉がよく似合う。
敵が、己の想定した全てを超えて今がある……チャリオットは迫りくる大軍勢とシャルルが率いる幻影の戦士たちを眺めながら納得するのだった。
「軍師としては敗北だ……しかしまだ騎士としては負けてはいないぞ」
折れに折れて最早柄だけしか残っていない魔剣を握りしめてチャリオットはアンデットたちに指示を出す、ここまで来れば小細工は不要、総力をぶつけるだけだ。
しかし進みだすアンデットたちはシャルルが率いる幻影の軍勢に瞬く間に切り刻まれていく、そこに続くのはルールーやガレスの戦士たちであり、少し遅れて帝国軍も参戦していく。
互角では足りていない、脆弱なアンデットたちではこの流れは止められない、だがチャリオットとしてはそれで良かった、ここに来て望むのは戦局の逆転ではなく戦士としてのケジメなのだから。
アンデットに交じって彼は進みだす、声を張り上げ不浄の気配を膨らませ、立ちふさがる幻影の騎士を消し去る。
幾つかのアンデットの魂を吸収して魔剣を作り直すと、持ち得る剛腕と意思の全てを乗せて振り下ろすのだ。
刃が届く範囲は勿論、その延長線上にある何かもを吹き飛ばす衝撃を生み出してなお、彼は止まることなく乱戦の中を突き進む。
「聖騎士は何処だ!! 我はここにいるぞ!!」
立ちふさがる幻影を打ち払い。
「決着の時は来た!!」
兵士を切り捨て。
「聖騎士は何処だあああああああぁッ!!」
立ちふさがる全てを薙ぎ払う、その先にある祝福の光を目指して。
「おうおう、随分と荒れておるなぁ」
そんな彼の様子を鉄塊を振り回しながら暴れまわっていたルールーが発見する、両軍合わせて四十万を超える大軍勢のぶつかり合う乱戦の中であってもチャリオットはよく目立つのだろう。
「あれが敵の首魁か?」
殴りに行くべきかと考えていたルールーに声がかかる、振り向いてみると背後にいたのは大きな斧槍でアンデットの束を吹き飛ばす老兵の姿があった。
「ゼス爺か、随分と来るのが遅かったのう? いよいよ腰を悪くしたのかと思っておったぞ!!」
「ワシらがここに来るまでどれだけ軍馬を使いつぶしたと思っておるのだ小娘、だというのに開口一番それか?」
「カカッ!! 心配しておったのだ、よもやこの戦に乗り遅れるのではないかとな!!」
「昂るのは認めよう……だがお前は立場を思い出せ、城壁の上にラングリッサ陛下とガレス王がおる、近衛騎士であるのならば主を守護せよ」
「あん? こんなでかい戦で後方に下がれと言うのか? つまらんから断る……いや、待て、陛下がわざわざ前線まで来ておるのか、なぜ止めなんだ」
「はぁ……止めたに決まっておろうが」
「まぁ言うて止まる方でもないか。ふむ、ならば一匹も通す訳にはいくまいな、前線の指揮は任せたぞ……この乱戦だ、手前ではどうにも制御できん」
「ふん、まあ良いだろう任された、あの臆病者も引っ張って来たのでな、貴様も加われば手は足りるだろう」
戦いながらそんな会話をする両者の耳に、戦場には似つかわしくない声が届く。
「ひやああああああッ!! 無理無理ッ! これは無理、なんだよこのアンデットの数、おかしいだろ、何がどうなってんだよ……うわ、寄って来た、気持ち悪い!! いやああああああああッ!! うッ……おえ」
声の主は戦場のど真ん中で叫ぶ全身鎧の男であった、明らかに他の騎士たちよりも頭一つ分は大きな体躯をしており軽く二メートルは超える巨漢であるのだが、やけに甲高い悲鳴を連発しているようだ。
一切の隙間なく全身鎧に包まれており、右手と左手にはそれぞれ分厚い盾が握られている、剣でも槍でもなく二つの盾で戦う姿を確認してルールーとゼスは同時に溜息を吐いてしまう。
「……あれで勇猛果敢な騎士と歌われるのはどうも腑に落ちんのう」
「ロビンめ、まだ戦場で喚き散らす癖が治っておらんのか……再教育が必要だな」
彼こそが帝国三騎士最後の一人、帝国「最高」の騎士と称される男、ロビンフットであった。
かつて帝国を揺るがした内乱で千人を超える反乱軍をたった一人で引き付けて撃退した功績があり、それだけの数を相手にしながら決して膝を屈することなく戦い続けた勇猛さは、世界中で歌われていることは間違いない。
彼こそ帝国の盾、守護騎士団団長その人であるのだが……口から出る言葉は弱音ばかりである。
吐き出す言葉はどうにも頼りないのだが、二つの盾を振り回して大量のアンデットを吹き飛ばしているのだから、仕事はちゃんとやれているらしい。
何であれ帝国三騎士はここに揃った、最強と最優と最高の騎士が戦場に立ったのだ、帝国軍の士気はかつてない程に高ぶっている。
「では、あの怪物を処理するとしようか」
「いや待て、ゼス爺、あれはシャルルが片づけるだろう。それよりも手前らは周りを片付けるぞ」
「シャルル? 聞かぬ名だな……歌われる者ではなかろう?」
「あぁ、今はまだ、な……この戦いが終わった後は嫌でも耳にするさ」
「ほう、ではそやつが新しい戦神か……うむ、感謝せねばな」
「感謝?」
「この老体が冥府へ旅立つまえに良い土産話ができたのでな、この戦いに名を残せるのだから感謝するしかあるまい」
「カカッ!! 違いない!! まっこと愉快な祭りじゃて!!」
帝国最優の騎士は長らく感じていなかった戦場での興奮を老いた体に満たして、大きく空気を吸い込むと老体とは思えない肺活量で声を上げるのだった。
「聞けえええい!! この地に戦う全ての帝国兵よ!! 見事故郷を守ったガレス戦士たちに後れを取るでない!! これほどの戦場を駆けられる名誉を噛みしめながら進むのだ!! 前へ!! 前へ!! 前へ!!」
叫びは前線の兵士たちに波の広がって伝播していったことだろう、踏み鳴らされる長靴の音は更に激しくなり、雄叫びはどこまでも広がっていく。
それこそ、遠く遠く、神々の世界まで。
「この戦いを八山七海飛び越え世界の果てまで響かせようぞ!! ご照覧あれ神々よ!! 刮目されよ戦神!!」
きっと彼の声はシャルルにも届いた筈だ、戦神である彼女にも。
「いざ行かん益荒男ども!! 我ら帝国戦士はここにありいいいいいい!!」
戦いの形勢は明らかに傾いていた、あれほどいたアンデットたちは凄まじい速度で駆逐されて行き、黒い領域は押し戻されていることがわかる。
城壁でそれを眺めていた皇帝ラングリッサとガレス王フィーリンは勝利を確信しており、その認識は敵側であるチャリオットでさえ認めているようだ。
勝敗は決した、ここからどう足掻いても覆ることはない。
後に残るのは、戦士としての決着だけである。