商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
戦いは終わりを告げた、シャルルとチャリオットの決闘がそれを決定づけたのだ。
あれだけいたアンデットたちは悉くが粉砕されて王都から姿を消しており、この戦いに参加した者たちはようやく安堵の溜息を吐くことができただろう。
被害は甚大……いや、王都は壊滅と言ってもいい程の被害が出ているが、それでも勝利であることは間違いない。
この戦いによって王都とガレス王国の半分が消滅したが、もう半分は無事に残っている、その成果を抱きしめながら復興に進むしかないだろう。
やるべきことは多い、それも国を導く立場にある者は状況に嘆いてばかりもいられない、どれだけ辛く疲労が溜まっていようとも思考を次に切り替えなければならないのだ。
「王都は酷い有様だな、中に敵を引き入れて焼き払うとは……相変わらず追い込まれたら吹っ切れる男だ」
「……援軍到着まで時間を稼ぐ必要がありましたから、そんな言い訳をさせてください」
戦いが終わった後、ラングリッサとフィーリンは城壁の上から王都の状況を眺めていた、今も大量にでた負傷者の治療や死亡した兵士たちの埋葬など、忙しく兵士たちが走り回っていることが確認できる。
「……後悔しているのか?」
「えぇ……とても。そしてこうすることでしか戦えなかった自分を恥じています」
フィーリンのそんな言葉を、ラングリッサは否定する。
「フィーリン、完全完璧な判断などありはしないのだ……何が正しかったかは全て結果が証明する。お前は今もここに立ち、ガレス王国は健在だ、それを誇れ、誰がなんと言おうともな」
「……はい」
「私が認めよう、其方の判断は正しかったと……だから泣くな、王が涙など見せるものではない」
「……はいッ!!」
涙を拭ったフィーリンに、ラングリッサはよしと頷く。
「我々指導者はいつまでも感傷に浸ることはできない、だからこれからの話をしよう……何をするにしてもまずは金だ、私はこれから帝国に戻って財務大臣と緊急の予算会議を開く、そこで幾らか確保するので好きに使ってくれ」
「宜しいのですか? 確か今年度の予算は既に決定している筈ですが」
「それを何とかするのが私の仕事だな……まぁ、少しばかり説得する材料が必要になるだろうが、何か案はあるか?」
その問いかけにフィーリンは悩んだ、予算を確保する為の材料が必要と言うことだが、現状のガレス王国にそんなものはどこにもない。
「う~ん……発想を変えて予算を捻出させるのではなく、投資させると考えるのはどうでしょうか?」
「では利益を提示しなければな、アレも頭が固い奴なんだ」
「現状、小王国群は壊滅状態にあります、アンデットの大量発生により大国に挟まれたこの地域は大きな空白地帯になっているんです」
「ふむ、国土も王家も亡びているか……ならば重要な地域は押さえておきたいな」
「周囲の大国も同じことを考えるでしょう、先んじて最低でも鉱山地帯の治安維持を行うべきかと」
「なるほど、治安維持か」
「はい、治安維持です」
「では兵士と金がいるな……ゼス爺と騎士団を置いておこう、小王国群に散ったアンデットの残党を処理して、治安維持を行ってくれ。ただやりすぎないように、欲張って後々の外交問題を残したくない……必要最低限の地域だけ抑えて他はくれてやれ」
「わかりました」
彼らは国の指導者である、自国の利益や繁栄を考えればこういった判断を下すことに躊躇はない。
「やるべきことは多いな。帝城も長く空けられん、他に何か共有しておくことはあるだろうか?」
「……一つ、ルールー卿から聞いたのですが、敵の首魁は魔王の因子を有していると」
「それは無視できない報告だ、魔王か……二年前に聖都が悪魔に襲撃された事件や、星降りの夜のように、何かが起こる激動の時代になっているのやもしれないな」
「疫病や季節外れの台風などは発生していると聞きます、それも関係が?」
「わからない、何を判断するにしても情報が少なすぎる。一度、情報を集めて精査する必要があるだろう……幅広い情報が必要だ」
「聖都の祝祭ならば様々な国が集います、国際会議の場で議題に上げてみるべきかと……可能ならば広い協力関係を構築すべきです」
「そうだな、連合とはいかずとも危機感と情報は共有すべきだろう。まだ祝祭まで時間はあるが、それまでに形にしておくか」
「こちらも小王国群の現状を報告するつもりなので、参加できると思います」
可能ならば祝祭と同時に行われる国際会議で友好国から寄付や予算を集めたい、フィーリンにはそんな考えもあるのだろう。
「やれやれ、また忙しくなる」
「はい、しばらくは寝る間もないかと」
「ふッ……どこの国の代表も変わらないか。まぁ、其方は執務の前に片づけないといけない問題があるようだぞ」
ラングリッサが指差した先にあるのは城壁に上る為の階段だ、そこには護衛の騎士に守られたアリーヤの姿がある。
「あれは帝国に帰って来た時、凄まじい憤怒をまき散らしていてな……行軍中に立ち寄った領地で軍馬を提供させる時も、それはもう強引だった」
どこか遠い目になって疲れたようにそんなことを言ったラングリッサは、フィーリンの肩をポンッと叩いてその場から逃げるように遠ざかっていく。
「……ひえ」
これは怒られるな、フィーリンがそんな確信を得てしまうような力強い足取りでこちらに近づいて来る、眉は上がり瞳は射抜かんばかりに鋭いのだ、雷が落ちることは覚悟すべきかもしれない。
いつもの怒鳴り声に備えようと体を固くした瞬間、フィーリンの胸に柔らかな感触が飛び込んでくる。
頬を叩かれることも、怒られることもなかった、だが腕の中にいるアリーヤは震えていた。
「……ア、アリーヤ?」
「……よくぞ生き残った、色々と言いたいことはあるが、今はそれでいい」
「……うん」
「私は私で色々と苦労した、煩い役人や官僚を引っ叩いたり、文句ばかりの領主や貴族から馬や食料を提供させたりとな……どいつもこいつも融通のきかない馬鹿ばかりで困ったものだ」
「……うん」
「だから感謝しろ、そして抱きしめるんだ」
「ありがとう、アリーヤ……君がいてくれてよかった」
「……あぁ、それでいい」
「ここで愛していると、言った方が良いかな?」
「馬鹿者、わざわざそんなことを尋ねるな」
「そうだね……ごめん」
フィーリンは力強くアリーヤを抱きしめる。
「アリーヤ……君を愛している」
「……ふふ、そんなことを言われたのは始めてだよ」
「そうだね、照れくさかったからかな……それに自信もなかった……でも、初めて会った時から君に好意を向けていたさ」
「私の第一印象は、なんとも覇気のない男だと思ったものだがな」
「あはは、それはどうしようもないよ、私は私なんだからさ」
「あぁ、わかっている……だがまぁ、今はあの頃よりもずっと男前だよ」
そこでアリーヤは僅かに背伸びをして夫の耳元まで唇を近づけた、そして彼女はこう呟く。
「私も愛している」
「君にそんなことを言われたのは初めてかな」
「それはそうだろう、今初めてそう思ったからな」
「生き残れて良かった……うん、本当にそう思う」
どこかで死んでいても不思議ではない規模の戦いであったが生き残れたのだ、ここが死に場所になるだろうと覚悟を決めていたが、まだ先があったのかと今更ながら驚いているらしい。
「アリーヤ、これからも支えて欲しい……生き残った者として、そして王としての責務を果たさなければならない、それには君の力が必要だ」
「言われるまでもない、私を誰だと思っている……お前の妻で、この国の王妃だぞ、そしてーーー」
彼女の両手が自らの腹部を撫で、そして僅かに笑みを浮かべてこう伝えてくる。
「この子の母親だ」
「……おぉ」
それを聞いて、生きていてよかったと、フィーリンは心の底から思うのだった。
「なんだ、ルールーは帝国に帰るのか?」
「おう、いい加減、手前も仕事をせにゃならんのでな。ゼス爺と直轄の騎士団がしばらくこの国に駐屯するらしいのでいよいよお役目ごめんになった」
戦いが終わって約一カ月、死亡した戦士たちの葬儀と焼け野原になって残骸が散らばる王都の片付けに奔走した一カ月であったが、ようやく情勢は落ち着いたと言えるまでになっていた。
この一カ月の間、シャルルとルールー、そして帝国三騎士の一人であるゼス率いる騎士団はアンデットの残党処理に追われており、まともに休まる時間はなかったのである。
しかしそれもある程度の目途がついた、ようやく王都に帰還して休めるかと考えている時に、ルールーは休憩することなく部下と共に荷物を纏め始めたのだ。
兵舎にある私物を片付けたルールーは、金棒にバックを引っ掻けながら肩で担いでいる。
「シャルル、其方はどうするのだ? 行く当てがないのなら帝国に来ても良いのだぞ、其方ならば騎士の位も拝命できよう」
「いや、ワタシはもう少し復興を手伝おうかなって……それにちょっと前に王様とアリーヤに言われたんだけど、聖都の祝祭に参加するらしいから護衛として付いてきてくれないかってさ。ワタシの目的地も聖都だったから丁度いいかなって考えてる」
護衛役を引き受けることで彼女の目的も達成でき、後はキャラバンを見つけるだけである。
元々、馬と馬車を買う為にこの国で資金を集めていたのだが、思わぬ形で聖都へ辿り着けることになってしまったようだ、シャルルとしてもそれで問題はない、財布が太ったまま聖都に行けるのだから。
「ならここでお別れか、寂しくはあるが……なぁに、結ばれた縁は簡単には消えんよ、祝祭に合わせて聖都に向かうのならばそこでまた会えるだろう、手前は近衛騎士だからな」
確かに、ラングリッサの護衛で彼女も聖都に訪れるだろう、ならば再会はそう遠くはない。
「聖都で会えばその時はまた交わろうぞ、たっぷりとな!! カカカッ!!」
ルールーはそう言って笑って見せる、彼女は最後の最後までそんな調子であった。
「おお!! そう言えば其方はもう聴いたか?」
「何をだよ?」
「歌じゃよ、この戦いの歌……しかも主役は其方だぞ」
「えぇ……まだ一カ月かそこらだろ、早すぎじゃないか?」
「カカッ!! 吟遊詩人にとっちゃこういったものは鮮度があるらしいぞ、帝国に避難していた難民に交じってここに来とる……ほれ、あそこにもおろう」
ルールーの視線が焼け野原になっている王都の一角へと移る、そこでは帰還して復興作業に加わっている住民たちへの配給作業が行われているのだが、そこで一人の男が楽器を片手に美しい歌を聴かせているらしい。
配給の夕餉を食べながら住民たちはその歌に耳を傾けている、自分たちの故郷を守る為に戦った戦士たちの歌を、とても誇らしそうに。
「歌はよいものじゃ、ああやって人から人へ渡り、最後には世界の果てまで届くのだからな……生き残った者も、死んだ者も、歌に乗ってその勇気が語られるのだ。其方の戦いもやがては子供への寝物語にされるのだろうよ」
「……う~ん、そう言われるとなんか恥ずかしいな」
「カカッ!! すぐに慣れるとも、なにせここから先、行く先々で耳にするだろうからな」
ルールーはこういった事に慣れているのか、恥ずかしがることなく笑うだけである。
そして彼女の言う通り彼らの歌はどこまでも広がっていき、時に酒場で、時に舞台で、時に寝物語として語られることになるのだろう。
どこまでもどこまでも、それこそ世界の果てまで届いて、時代を超えて愛されることになる。
きっと数百年後にはこんな始まりで歌われるのだ。
とある国に、それはとても勇敢な聖騎士がおりました、と。