※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第十一話 東奔西走

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春風のキャラバンの復旧は順調と言えた、まずは北の国で失った後部車両の建設に関しては春までに終わらせられる目途が付いたのだ。

 

 

 

 大量の資金を投入して大工と資材を搔き集め、せっかくの機会なので団員たちの意見を取り入れて以前よりも機能性を向上させる、そして大工組合と図面を睨めっこしながらああでもないこうでもないと言いあい、ようやく双方が納得できる方にまで近づけた。

 

 

 

 運転資金の大半を失うことになったのだが、ここで節約するべきでは無いだろう。

 

 

 

 財布と金庫は寂しくなったが、そちらに関してもある程度は楽観視できるようになった、残った団員たちで公演と娼館を回して倉庫の中にあった幾つかの交易品も高値で捌くことができ、なによりキャラバンの団長が今現在も金策に走り回っているらしい。

 

 

 

 キャラバンの危機であることは間違いないのだが、この程度のことはこれまでにも何度かあったのだ、その度に乗り越えられてきたので団員たちに大きな不安はないだろう。

 

 

 

 ローレライ自身もそう思っている、彼女はエルフゆえに長い人生を歩んできたがこれくらいの危機は日常茶飯事であると言えた、寧ろそこまで深刻な事態ではないとさえ断言できてしまう。

 

 

 

 孤立無援の中で砂漠に立ち往生、海の王とさえ言える大海賊との接触、なんだったらドラゴンに追い掛け回されたことだってある……今、思い返してもよく生きてこれたものだと感心できてしまう。

 

 

 

 縁あって春風のキャラバンに属することになったが、それからも危険な出来事など山のように広がっていた。

 

 

 

「副団長、これが昨晩の娼館の売り上げです」

 

 

 

「こちらの街の顔役への賄賂用に二割収めなきゃならないから、計算して分けておいてね」

 

 

 

 春風のキャラバンの中央車両、その中にある一室で団員たちが集まって定例会議が行われている。キャラバンの団員たちはそれぞれが複数の仕事を兼業しており、書類整理や金勘定なども全員の仕事であった。

 

 

 

 ローレライ自身もそうだ、役者として舞台に立ち吟遊詩人として働き、魔法を使っての演出や行く先々での折衝、そして娼婦としての仕事もある。

 

 

 

 そんな人生を、もう何度も繰り返してきた。

 

 

 

 様々な人物を迎え入れて来たし、様々な者を見送った、そしてこれからもそれは変わらないだろう。

 

 

 

「後部車両の建設はどうかしら?」

 

 

 

「予定通りですね、このまま進めば春までには完成しそうです」

 

 

 

「後はそうねぇ……やっぱり人手不足が深刻なのよね」

 

 

 

 今現在、春風のキャラバンには六人しか人手がないのだ、団長と三人娘が出払っているのが大きな原因なのだが、それを抜きにしても元から人手不足なのである。

 

 

 

 北の国で別れた二人がいればまだ余裕があったのだろうが居ない者を当てにしても意味がない、公演も娼館も交易も、残された者たちで対処するしかない。

 

 

 

 こんな状況もまた、彼女にとっては良くあることだった。

 

 

 

「誰かスカウトできればいいのにねぇ」

 

 

 

「なかなか都合の良い相手は見つかりませんね」

 

 

 

 団員全員で大きく溜息を吐いた、例えばそこら辺にある娼館や商店からスカウトしようにも必ず問題が発生するだろう。

 

 

 

 字の読み書きや計算ができる者は決して多くはない、そういった教育を受けているのは富裕層が基本になる、当然ながら誰だって有能な人材は手放したくない。

 

 

 

 例えばどこかの商店の店員をスカウトしたとしても必ず店側が難色を示す、そしてそれは娼館だって同じことだ。

 

 

 

 ならばどこの勢力にも属さず、誰の糸も付いていない人物を見つけるしかないが、社会の一員として暮らしているのにそんな都合の良い人物はそうそう見つからない。

 

 

 

「やっぱり奴隷でも購入しましょうよ? それでウチで教育してから働かせて、毎月の給料から購入代金を差し引いて規定額に達したら本契約とか……確かシャーシャとかキャロルやシャルルはそんな感じでキャラバンに入団しましたよね」

 

 

 

 一人の団員の提案にシャーシャがうんうんと頷いている、何度考えようとも結局はその結論に行きついてしまう。

 

 

 

「やっぱりそれがあと腐れなくて無難よねぇ……ただ今のキャラバンの予算だとちょっと厳しいかしら」

 

 

 

 奴隷の値段と言うのはピンキリなのだが、最終的にキャラバンで働いてもらうのだから質や将来性を考慮したい、そしてそういった奴隷とはどうしても高くなる。

 

 

 

 借金を返しきれず潰れてしまった商家の娘やどこかの国の没落貴族の娘、もしそんな奴隷がいたとしたなら必ず高度な教育を受けており、必ず高い値段が付けられるだろう。

 

 

 

 そして労働奴隷、大工や製図、筆記や計算などを扱える存在も需要が高いので高額だ。

 

 

 

 後は単純に容姿が整った者、これもまた高い。

 

 

 

「予算との兼ね合いもあるから色々妥協しなければならないし、購入するとしたら子供になるわね」

 

 

 

「良いんじゃないですか、寧ろ下手に大人を買ってくると色々面倒そうだし、子供の方が柔軟だ」

 

 

 

 かつての経験を踏まえてシャーシャがそう締めくくった、他の団員達も反対意見は無いらしい。

 

 

 

 可能ならば団長の判断を仰ぎたかったが、今は不在なので最終判断はローレライが下すことになった。

 

 

 

「わかった、なら私がちょっと見繕ってくるわね、ちょうどこの前にシャルルたちが挨拶したお店が奴隷も扱っていたはずだから話も通しやすそうだし」

 

 

 

「ロウ姉さんがわざわざ行かなくても私が行きますよ」

 

 

 

「そういう訳にもいかないわ、新しい団員候補を探すんだから私の責任の下じゃなければいけないの、皆は公演準備に取り掛かってね」

 

 

 

 ローレライは以前に客から送られたお気に入りの毛皮のコートを着込むと、会議室を後にしてまだ寒さが続く外へ繰り出す。

 

 

 

 少しづつ暖かくなってきてはいるのだが、まだ完全な春には少しばかり遠いらしい。

 

 

 

 白く濁る吐息と共に姿勢よく歩き出す、ただそれだけですれ違う人々が振り返り、感嘆の溜息を漏らしているのがよくわかる。

 

 

 

 人間主体の国家であるこの街ではエルフという種族が珍しいというのもあるのだろうが、それ以上にローレライの放つ雰囲気が彼らの視線を釘付けにしてしまうのだ、もしかしたら彼女の方が正しく傾国の美女なのかもしれない。

 

 

 

 そんな周囲の視線を感じながらもローレライが向かったのは歓楽街の一角だ、いくつかの娼館や宿、賭場などが並び立ち、露店売りなどの姿も見受けられる。

 

 

 

 客層もまたそれに準じている、妖艶な雰囲気を持つローレライをこの歓楽街で働いている客引きの娼婦と間違えたのか幾人かの男が声をかけようとするのだが、残念なことにそれは成立しなかった。

 

 

 

 何故なら彼女を中心に大きな魔力の流れを感じることができたからだ、魔術師ではない一般人でも何か大きな重圧を感じて思わず距離を取る。

 

 

 

 ローレライの正面にはボロボロの娼館、そこには新品の扉があり、それが不可視の衝撃で吹き飛ばされてしまう。

 

 

 

「ど、どこのどいつだコラァッ! ここがラゾン一家のシマだってわかってんだろうなぁ!?」

 

 

 

 当然ながら店の用心棒らしき強面の大男たちがゾロゾロと顔をだすのだが、ローレライの放ったこんな言葉に制圧されてしまった。

 

 

 

「道を開けてくれませんか?」

 

 

 

 それは懇願に近い言葉だ、店の扉を吹き飛ばして入店してきた人物の言葉とは思えないほど謙虚である。

 

 

 

 しかし用心棒の男たちはその言葉を素直に聞き入れてしまう、抵抗しようとか何を言っているのか聞き返すことも無く、激昂をどこかへ放り投げて行儀よく言葉通りに道を譲るのだった。

 

 

 

 異様な光景だろう、男たち自身も妙だと感じているのだが、不思議とローレライの言葉に逆らう気が起きないのだ……まるでその言葉に、その歌うような声色に、魅せられ惑わされたかのように。

 

 

 

「お仕事お疲れ様です」

 

 

 

 そんな労いの言葉をかけられた男たちは照れたように笑みを浮かべると、それが当然であるかのように自分たちの詰め所に引き上げていくのだった。

 

 

 

 それを見ていた娼館の客や娼婦たちは、何かとてつもなく恐ろしい存在の片鱗を味わったかのような顔をして無関係を装って部屋へと消えていく。

 

 

 

「こんちには、ここにラゾン様がいらっしゃると聞いたのですが……あら、どこへいかれるのかしら、椅子にお座りくださいな」

 

 

 

 娼館の最奥の部屋、そこの扉を普通に開くと、その先には大量の書類と資金を手に持って窓から逃げようとしている肥え太った男が無様な尻を晒している。

 

 

 

 その男もまたローレライの言葉に不思議と逆らえなかったのか、何らかの強制力の下で素直に椅子へと座るのだった。

 

 

 

「お、お前は春風の!? どういうことだ、この前の一件はもう手打ちにしただろうが!?」

 

 

 

「ええ、もちろんです、ウチの団員に手を出した件に関しては完全に終わったことですのでご安心を、私がここに来たのは客としてでございます」

 

 

 

「き、客だと? わざわざ男娼でも買いに来たのかよ」

 

 

 

「いいえ、購入したいのは奴隷でございます、確かラゾン様は奴隷商も営んでおられましたよね?」

 

 

 

「よく調べてるな……本当にそれだけなんだな?」

 

 

 

「嘘偽りなくその為だけに来ました、ラゾン様がウチの団員を危険に晒したことなど関係ありません。ええそうですとも、全くもって怒っていませんから」

 

 

 

「入り口を吹き飛ばしてんだから説得力の欠片も無いぞ」

 

 

 

「まぁ、もしラゾン様がその一件を悔いておられるのなら、奴隷のお値段に関しては多少なりとも勉強していただければ幸いですねぇ」

 

 

 

「やっぱり根に持ってんじゃねえか……はぁ、わかった、それでどんな奴隷が欲しいんだ?」

 

 

 

「直接見て確認したいのですが、紹介状など頂けませんか?」

 

 

 

 渋々とだが男は綺麗な紙にペンを走らせて判子を押し付ける、そしてその書類をローレライに投げ渡す。

 

 

 

「これで本当に手打ちだからな! 次は無いと思えよ!」

 

 

 

「ありがとうございます、確かに受け取りました。陰ながらラゾン様のご活躍をお祈りしておきますね」

 

 

 

 これで終わり、と言質は取らせない、ローレライとしては関わるつもりはないのだが人の縁とはどこで役に立つか分からないので関係を保留にしたのだ。

 

 

 

 ボロボロの娼館から外に出て次に向かうのは同じ歓楽街にある奴隷商だ、ここまで来ると同じ歓楽街でも客層が大きく異なっているように感じられた、娼館や宿が中心になっている一角は色事が、そしてここは半分ほど裏社会に脚を沈めた物騒な気配が立ち込めている。

 

 

 

 それでも彼女はいつも通りの柔和な笑みを浮かべて、絡んでくる男たちを「説得」しながら奴隷商の扉を開く。

 

 

 

 あまりこう言った雰囲気の店に似つかわしくない妖艶な美女が来店したことにより、奴隷商の店主は警戒したように喋りかけてくるのだが、ラゾンから渡された紹介状を提示すると何も文句は言わなかった。

 

 

 

「どういった奴隷をお探しでしょうか?」

 

 

 

「子供の奴隷を探しています、色々と条件はあるんですが……とりあえず見させてもらっても?」

 

 

 

 そして案内されたのは子供の奴隷が並べられた店の一角だ、部屋に入ると鎖に繋がれた子供たちの視線が向けられて、しかし直ぐにサッと逸らされる、そこにあるのは大人への警戒と恐怖だろう。

 

 

 

「こちらの奴隷たちは下は五歳から上は十四歳まで、それ以上となりますと成人奴隷になりますので少しばかりお値段が高くなります。ラゾン様からの紹介状がありますのでお値段に関しては勉強させてもらいますが、提示された金額ですとこの辺りが限界かと」

 

 

 

「ありがとうございます、ではこの中から選ばせてもらいますね」

 

 

 

 ローレライの視線が子供たちの中を彷徨う、そこから逃げるように顔や体を背ける者が大半だ。

 

 

 

 彼ら、彼女らは現状に不満がある、本音を言えば奴隷なんて嫌で仕方ない、しかしどうしようもない、そして奴隷たちはどこか諦めたかのように虚ろな表情で日々を過ごすのだろう。

 

 

 

 それでは駄目だった、ローレライが欲しいのは将来的な戦力であり、キャラバンの利益になる存在なのだ、奴隷の中から選ぶのはあくまで消去法でしかなく、生きることに絶望した者はその時点で候補ではなくなってしまう。

 

 

 

 必要なのは未来を見据える力、どんな現実を前にしても生きることに貪欲な者が好ましい。

 

 

 

 奴隷として心をへし折られ、生気の無い瞳の奴隷たちが大半を占める中で、一人だけローレライを真っすぐと見つめる少女が一人。

 

 

 

 年齢は十歳かそこらへんだろう、体には奴隷としての在り方を押し付ける為の躾の跡が残っているようだが、それでも瞳は力を宿し、心は折れていない。

 

 

 

 部屋に入った時点でローレライの中では結論が出ていた、その少女しかいないと。

 

 

 

「お姉さん、私を買ってくださいな」

 

 

 

 そして向こうからも話しかけて来る、そういう大胆な売り込み方も好印象だった。

 

 

 

「どうして私に買って欲しいのかしらぁ?」

 

 

 

「う~ん、お姉さんが女の人だからっていうのもあるけど……凄く綺麗な魂をしてるから、この人が主人なら悪いことにはならないかなって」

 

 

 

 少女の言葉に周囲の奴隷たちはコイツは何を言っているんだとでも考えているのだろう、眉をひそめて馬鹿な人間でも見るかのように少女を見つめていた。

 

 

 

「そう、魂がねぇ……まぁ私の魂が綺麗かどうかは置いておくとして、貴女は何ができるのかしら?」

 

 

 

「何にもできないよ、だから色々教えて欲しいんです」

 

 

 

「ふふふ、じゃあそうしましょう。わかりました、貴女は私が買い取ります」

 

 

 

 どうやらお互いに納得できたらしい、店に購入代金を支払うと、契約の神の名のもとに作られた強力な契約書を手渡され、それによって少女の身分は完全にローレライへ渡ったことになる。

 

 

 

 店が気を利かせて少女用の厚着をサービスしてくれたので二人並んで外に出ると、冷たい外気が肌を撫でた。

 

 

 

「さて、まずは貴女の名前を聞かせて貰おうかしら」

 

 

 

「よく覚えてないの、奴隷として売られた時に契約書を作ったんだけどね、その時に契約の神様に捧げちゃったから……よく思い出せなくなっちゃった、きっと私の物じゃなくなったからです」

 

 

 

 ローレライは店主から渡された魂を縛る契約書を開いて内容を確認する、そこには少女の名前と奴隷になった契機、そしてその生命と財産が契約書の所有者にあることが記されていた。

 

 

 

「貴女の名前はラシュリーね」

 

 

 

「ラシュリー……う~ん、そんな名前だったかな?」

 

 

 

「そのうち実感が持てるようになるわ、名前とは貴女の魂の、その根源の一部なんだから」

 

 

 

 そこでローレライは膝立ちになってラシュリーと同じ目線まで自分の視線を下げる、そしてこれからのことを説明するのだった。

 

 

 

「貴女は奴隷です、これから私の所属しているキャラバンの所有物となります」

 

 

 

「はい、なんでもやります、だからお腹一杯食べさせてください」

 

 

 

「それはラシュリーの働き次第です、奴隷とは言いましたがそれは契約上でのことであり、そこまで不自由はさせません、それよりも貴女に求めるのはキャラバンの利益となることですね」

 

 

 

「利益、ですか?」

 

 

 

「そうです、貴女は単純な労働力としてではなく、将来的にはキャラバンの一員となり我々の仲間となって欲しいんです。これから下働きとして労働が待っていますし、教育だって施します、そこまで多くはありませんがお小遣いもあります」

 

 

 

「おぉぉ~!」

 

 

 

 小遣い、という単語にラシュリーは瞳を輝かせる、どうやら彼女にとって魅力的な職場に映ったようだ。

 

 

 

「下働きを卒業したら本格的な契約を結びますから、その頃にはこの奴隷の契約書もラシュリーの稼ぎで買い戻せるでしょう……そうすれば貴女は奴隷ではなくなります、わかりますね?」

 

 

 

 大きく頷くラシュリーにローレライは柔和な笑みを浮かべる。

 

 

 

「では精一杯努力しなさい、これから貴女を待っているのは簡単な人生ではありませんが、それ相応の利益をあたえてくれるでしょう」

 

 

 

「うん、頑張ります!」

 

 

 

 驚くほどに単純だ、怖がったり臆した様子もない、やはり子供は素直で物事を受け入れやすい、そういった意味でも購入したかいがあるだろう。

 

 

 

 二人並んで歓楽街を抜け、街の中央広場にまで帰ってくると、そこには最近は顔を見ない三人の姿があった。

 

 

 

「エミリー、シャルル、キャロル、帰って来たのね」

 

 

 

 団長から回された仕事を遂行するために西に向かっていた三人がこの街に帰ってきていたのだ、彼女たちはもう一人の中性的な人物と共にダーボを囲んでいた。

 

 

 

「あ、ロウ姉さんただいま、ワタシらはついさっき帰って来たんだよ」

 

 

 

「ん……ただいま」

 

 

 

「ただいま戻りました、無事仕事が終わったと報告したかったのですが……これから東の国へと向かわなければならないんです」

 

 

 

「次は東にねぇ……あの辺りは海賊が暴れているらしいから治安が良くないわよ」

 

 

 

「はい、わかっています。でも私たちの目的地は神の膝元なので大丈夫ですよ」

 

 

 

 それならば大丈夫かとローレライは考える、少なくともこの三人が海賊を相手にする理由はないのだからそこまで深刻に考えなくても良いかもしれない。

 

 

 

 それでも用心して欲しいと思うのは、ある種の親心なのだろう。

 

 

 

「だけど海は危険だから細心の注意をはらうのよ……特に海龍の旗を掲げた海賊船を見かけたら絶対に交戦しては駄目」

 

 

 

「ロウ姉さんがそこまで言うなんて、そんなに危ない連中なのかよ?」

 

 

 

「大丈夫、だとは思うの……封印はしっかり施したしね」

 

 

 

 ボソリと呟かれた言葉は三人には聞き取れなかった、それよりも気になることが互いにあったのだ。

 

 

 

「それよりロウ姉さん、そのちんちくりんは誰なんだよ、もしかして新しい団員か?」

 

 

 

「ええ、将来的にね、名前はラシュリーというの、貴女たちの後輩になるから宜しくおねがいするわ」

 

 

 

 三人は興味深そうにラシュリーを観察に、彼女はそんな視線の中でも物おじせずに堂々としている。

 

 

 

「遂にワタシらも先輩かぁ」

 

 

 

「頼りになる姿をたくさん見せてあげてね」

 

 

 

 そこで視線を逸らしたのはシャルルとキャロルだ、エミリーだけは自信満々に任してくださいとやる気をみなぎらせていた。

 

 

 

「ところで、そちらのお客さんはどちらさまかしら?」

 

 

 

「あぁ、こいつはミカエラって名前、ワタシらの護衛対象だよ。世間知らずだからさ、せっかくキャラバンを経由したんだしダーボとか公演とか見せてやりたいなって思ってさ」

 

 

 

「こ、こ、こんにちは……すいません、突然お邪魔して」

 

 

 

 ラシュリーと違って人見知りなのだろう、ミカエラは三人娘の影に隠れてローレライを伺っている。

 

 

 

「構わないわよ。どうぞご覧になってくださいな」

 

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 

「よしダーボ! ミカエラを持ち上げてやってくれ!」

 

 

 

 シャルルの指示にダーボはその長い鼻を動かしてミカエラの体を持ち上げた。

 

 

 

「わわわ、やめ、やめて、食べられてしまいます!」

 

 

 

「いやいや、ダーボは果物ばっかり食べてるから肉は食べないんだ」

 

 

 

「ん……凄くおとなしくて賢い」

 

 

 

 それを証明するかのようにダーボは、ミカエラの体を口ではなく自分の頭の上に持っていき座らせるとそのまま広場の中を練り歩く、そこから眺める光景はミカエラにとって初体験だろう。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 言葉も無いようだった、僅か八メートル程の高さなのだがそれだけで世界が一変したかのように感じられてしまう。

 

 

 

「……凄い」

 

 

 

 自分は今までこんなことすら知らなかったのだ、ずっと男に抱かれてその庇護下にあった彼女の人生においてこれが青天の霹靂となったのだ。

 

 

 

 ほんの少しだけ高い位置から見渡すだけで世界は大きく姿を変える、そしてこれは始まりに過ぎない。

 

 

 

 この街に来る間にも、ミカエラは様々な物を見て聞いて知ってきた、ダーボのような生物が存在するなど夢にも思わなかったし、キャラバンが催す公演を見学するのだって初めてなのだ、何もかもが未知で溢れているのだろう。

 

 

 

「ミカエラさん、今日はここで休憩します、もうすぐ公演が始まるので楽しんでいってください」

 

 

 

 エミリーの言葉にミカエラは鼻息荒く頷く、きっとその光景だって自分には未知のものだから、興奮せずにはいられない。

 

 

 

 まだまだ旅路は続くのだが三人との時間は彼女にとってかけがえのない記憶となっていた、人見知りの自覚はあったが彼女たちとなら苦にはならないのだ。

 

 

 

 東の国で何が待ち受けるかはわからないし知りようもない、しかしミカエラはダーボの上に乗ったまま東へと視線を向けて静かに夢想した。

 

 

 

 きっと、この旅は自分にとって多くの意味があるものなのだ、彼女はそう確信する。

 

 

 

 

 

 東の国は、そこからではまだ見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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