商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
「さぁさぁ面子も揃ったことだし、会議を始めましょうか!! え~と、第何回目だっけ……まぁ良いや、いつも通りで良いでしょ!!」
花の丘に数え切れないほどの神獣が集った頃合いを見てテイタニアがそう言った、どうやら彼女が議長を務めるらしい。
「熊神の姿が見えぬようだが? 他にも幾匹か姿が見えぬが」
「……それに関しては、こちらから報告しよう」
キョロキョロと首を動かしながら知人を探すのは鹿神である、しかしどれだけ探そうとも巨大な熊の姿はどこにも存在しない。
そんな彼に熊神の行方を教えたのは、ミューの背中でとぐろを巻く蛇神であった。
彼、或いは彼女は、ただ淡々と事実だけを提供する。
「奴は死んだ、賜りし神格を食われてな」
「えぇ……何があったのよ、私は熊神が見つかったって報告を受けたんだけど」
「あぁ、死体でな……その時には既に、只の熊となっておった」
動揺が神獣たちの間に走り抜けていく、最底辺であったとしてもこの場にいる者たちは神に認められた獣であり特殊な神性を帯びているのだから、不滅とはいかずとも限りなく不死に近い存在である。
つまり易々と死んだりはしない、矢で撃たれようと炎に抱かれようとそれは変わらない、傷は付けられても致命にはまず届かないのだ。
だがそれでもなお熊神が死んだとするのならば、相応の理由があったということだろう。
「かつても……同じことが……あったな……まだ神秘が濃かった時代だ」
「奇跡の御子がいた時代かにゃあ? そういえばあの頃はしょっちゅう神殺しがあったにゃあ」
猫神の発言に神獣たちが当時のことを思い出す、勇者とその仲間たちが活躍していた神代の頃を。
「あの時代と同じことが繰り返されているのか……で、あるのならばだ、原因は彼の魔王か」
「左様、我らと同じ神性を宿した魔王が神食らいを繰り返しておる……巨大な嵐を従えた悍ましい魔王だ。熊神を食らい、神性を奪っておった……あれは古くに狩猟王に討たれたはずであるが、あの様子では復活したのであろうな」
鹿神と蛇神の会話を聞いていたキャロルは、かつて無限城で会敵した嵐を束ねる悪魔の存在を思い出す、訳が分からないまま風で吹き飛ばされてしまったが、あの当時で既に神性を帯び始めていた彼女の瞳は、暴風を従える存在をしっかりと認識していたのだ。
嵐を束ねていたのは悍ましい黒い胎児である、そしてその体は神性を宿していた。
悪魔にあるまじき、神の力を振るっていたことをキャロルはハッキリと覚えている。
「堕ちた神による……共食いか……恐ろしい……あぁ……恐ろしい」
「では此度の集まりはそれかにゃあ? 丁度、狩猟王と似た雰囲気の娘もおるようだからにゃあ……都合が良いと言えばまさにそうだにゃ」
神獣たちの持つ、幾つかの瞳が桃を齧るキャロルへと向かう。
「なるほど、小さな勇士がここにいる理由がそれか……」
自分が神獣たちに注目されていることにキャロル僅かに緊張をしているようだ、モゴモゴと口を動かして桃を飲み込むと、佇まいを直して思い出したかのように頭を垂れる。
「……挨拶が遅れました、キャロルと申します」
そこでキャロルが拙いと思ったのが現在の自分の服装である、獣の毛皮で作られた衣服は、この場にいる神獣たちの同胞かもしれない―――いや、そうである方が自然だ。
もしかしたら責められるかもしれない、そう思えば焦りも仕方がないだろう。
「申し訳ありません……神々の同胞を手にかけました」
だが神を前にして下手な言い訳を並べても意味がない、キャロルにできるのは頭を下げることだけであった。
しかし予想した怒りや叱りはない、それどころか感心したかのような雰囲気すら流れている。
これはどういうことだろうかと、繋がりのある鹿神の様子を伺うが、彼もまたうんうんと頷いて何かを納得しているようだ。
「その装い……まさに歴戦であるな……見事である」
やはり狼神の言葉にも感心があるようにも思えた、キャロルがわけがわからないと首を傾げると、隣で横になっていた鹿神が答えを教えてくれた。
「小さな勇士の装いは、正しく弱肉強食を表しておるのだよ。殺し、食らい、頂に立つ、自然の摂理であるな」
「ん……怒らない?」
「何故? 食らい、食らわれる、当たり前のことである……それを叱れば、自然は成り立たぬだろう」
なるほど、とキャロルは納得した、同時に神々の目線に感心する。
「それだけの毛皮を得るまでにどれほどの戦いがあったのか、それら全てを乗り越えた姿はまさに歴戦であるな……力ある者を敬う、それもまた自然の理だ」
だから神獣たちはキャロルを責めない、彼女が身にまとう毛皮は彼女の功績であり力の証明なのだから。
「かつて狩猟王と呼ばれた男もそうであった……うむ、時は巡るか」
そしてこの場にいる神獣たちはキャロルと狩猟王を重ねてみているのだろう、外見ではなく魂のあり方が似ているからだ。
キャロルも彼の人物のことは知っている、歌になって語り継がれており、彼女はその歌を舞台で再現したこともあった、それも主役で。
弓神は狩人や猟師たちに広く信仰されており、武神や戦神と並び立つ戦いを司る神である、そんな神の寵愛深い彼は嘘か誠か、生涯においてただの一度も矢を外したことがないとされている。
数多の獣を穿ち、悪魔を穿ち、果てには嵐をも吹き飛ばしたらしい。
勇者の仲間でもあり、決して途切れることなく歌で語り継がれている存在。
自分とは大違いだとキャロルは考えるのだが、神獣たちの評価はどうやら異なるようだ。
「う~ん、その熊神を殺した魔王を倒すためにキャロルの力を借りるってことで良いのかな? 前と同じ感じでさ」
会合の議長であるテイタニアがそんな風に纏めようとするが、はいわかりましたと受け入れられる内容ではないだろう。
「ん……それは、私じゃなきゃダメ?」
「他に頼れる相手がいないからねぇ、神を食らうような相手なんて、この場にいる神獣たちじゃ相性が悪すぎるでしょ。喰われて力を奪われてちゃ余計に強くしちゃうじゃない」
「……私がここに呼ばれた理由がそれ?」
「たぶんねぇ、それに神獣たちにはそれぞれの領土があるし仕事だってあるもの。その点、キャロルは自由に動けるでしょ」
「……」
凄まじい面倒ごとを押し付けられようとしているが、目の前に並ぶ無数の神獣たちを前にして、只人が嫌だと断言するのは難しいのかもしれない。
キャロルであっても神々からの命令を、堂々と拒否する度胸はなかなか持てないものだ。
魔王討伐を押し付けられる、そんな滅茶苦茶な状況から抜け出す為に、ミューへと助けを求めて視線を送るのだが、彼女は変わらず頭を垂れて震えるだけである、当てにはできない。
「小さな勇士よ、其方に魔王討伐を任せたい。どうか引き受けてはくれぬか?」
鹿神の言葉にキャロルは瞼を閉じて考え込む、傭兵として雇われると考えればキャラバンでやっていた仕事とあまり変わらないのだが、相手が相手なので軽々と頷けないのだろう。
「ふむ……人は……複雑な生き物だ……多様であり……様々な価値観を持っている……我らとは違うのだ」
「左様、礼を送るだけでは足りぬであろう、ならば相応の報酬を用意すべきか」
狼神と蛇神が、悩むキャロルに配慮してくれたのか、人間に合わせた交渉を行ってくれた。
「で何を出すかにゃあ……以前は何を提供したんだったかにゃ?」
「何であったか……思い出せぬな」
「確か黄金ではなかったか? 人はアレを好むのであろう?」
「どうであろうか? 小さな勇士よ」
黄金は文明圏にいるのならばこれ以上ない価値がある、だが樹海においては荷物にしかならない。
「……報酬は、どんなものでも良い?」
「其方に面倒ごとを押し付けようというのだ、当然ながら融通を利かすとも」
ならば、とキャロルは自らが置かれている状況をその場にいた神獣たちに説明するのだった、仲間と離れてしまい帰還を望んでいることを、その為には大樹海を越えなければならないこともだ。
最底辺とはいえ神々に連なる存在ならば、何か不思議な力で自分を文明圏にまで運んでくれるのではないか、それが難しくとも道案内だけでもありがたい、彼女はそんな絵図を頭に描いているのだろう。
大樹海は広い、海という言葉が入る通りまさに大海の如く広がっている、そこを単独で超えることの難しさを、この二年の間に嫌というほど学んだ。
ミューの手を借りれば或いは踏破できるのかもしれないが、それだって年単位の覚悟が必要である。
だからこそキャロルは報酬にそれを望んだのだ、黄金の山よりも今の彼女にとっては遥かに価値があるのだから。
「群れへの帰還……人の世への道筋……あい、わかった」
大きな狼は緩やかに頷き、キャロルの要求を受け入れてくれた。
「ん……本当に?」
「容易い……あぁ……容易いとも」
「……おぉ」
その言葉にこれまでずっと暗闇に閉ざされていた自分の道がようやく照らされた気がした、だから彼女にしては珍しく表情を輝かせている。
川の流れに沿っていつ終わるかわからない旅を続けるよりは、目標と終わりがしっかり目に見える範囲にある方がずっとやる気が出るというものだ。
それも神々との契約、裏切られることはまずないだろう。
「なら、引き受ける……その、魔王退治」
「うむ、感謝するぞ。しかし小さき勇士に任せっきりというのも悪い……ここは、我らも身を切って力となろうぞ、そうは思わぬか皆の衆?」
鹿神の発言に神獣たちは反対しなかった、寧ろ当然とばかりに頷いている者が殆どだ。
「確かに……では……私は……こちらを授けよう」
巨大な狼が牙を見せる、ギラリと輝くようなそれはナイフのような鋭さと幅を持つ牙であり、思わず見惚れてしまうような光がある、暫く見つめていると何の前触れもなくその牙が外れて花の丘に転がった。
「好きに……使うと良い……この狼神の牙だ……下手な刃より……ずっと鋭い」
「狼神が牙を授けるのならばこちらも負けておれん、同じく牙を授けよう」
ミューの背中で丸まっていた白い蛇も同じように牙を転がした、ただこちらの牙は猛毒を宿しており怪しい光を纏っている。
「これこれお主ら、そんな物を出せれれば後の者が困るではにゃいか……ううむ、何を出したものか、それらの牙と格の釣り合う物でなくてはにゃあ」
黒い猫神はそう言って暫く悩んだ後、キャロルへ近づいて頬擦りをしてみせた。
「これでも長生きしているにゃ、無駄にため込んだ魔力を其方の器に送るにゃあ」
それが猫神なりの助力と言うことだろう、その次は上空を優雅に泳ぐクジラやそれに従う神魚たちである。
ポロポロと、輝く何かが雨のように花の丘に降り注ぐ、それを掬い取ってみるとキャロルの掌には溢れんばかりの鱗が残される。
魚の鱗と馬鹿にできる筈もない、神魚の鱗なのだから下手な金属よりもずっと強固であることは間違いないだろう。
「皆、大盤振る舞いであるな、しかしこちらは何を渡した物か……小さな勇士には既に角を渡してしまったからな」
それぞれがそれぞれの助力をする中で悩んでいたのが鹿神である、彼は既にその立派な角をキャロルに渡してしまっているので、他に差し出せる物がないのだろう。
彼の中で最も力があり、最も価値のある物がその角である、何より同じ物を与えるのは芸がない、神とて見栄を張りたい気持ちもあるのだから。
だが悩んだとしても良い案が出て来る訳でもない、やはり行き着く先は黄金の角であった。
「うむ、ここはそちらの森の子へと渡すとしよう。勇士の力となってくれるようにな」
「……はい?」
跪いて額を地面に押し付けたまま震えていたミューが、理解できないとばかりに返事を返す。
「良かったね……角、くれるって」
「……」
何故かミューの震えが増したようにも見える、恐れ多いと考えているようだ。
その反応は何も間違いではない、寧ろ神々から様々な物を与えられておきながら平然としているキャロルの方がおかしいと言えるだろう。
「この小さな勇士は恩人でもあるのだ、だからこそ森の子よ、其方が力になってやってくれ」
「……み、未熟の、身ではありますが……全力を尽くします」
神獣を前にしてなんとか絞り出すように返事を返すと、鹿神は満足したのか大きく頷くのだった。
こうしてミューはキャロルと同じ黄金の角を与えられることになった、後にエルフの里に奉納されて国宝となる、この上ない尊い角である。