※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第二十話 カーバンクル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最前線で戦うミューを援護したのは彼女の同胞であるエルフの戦士たちであった、誰も彼もが顔見知りであり親戚であったりする関係である。

 

 

 

 彼らは一様に弓と短剣を装備しており、得意な魔術を使って魔の眷属たちへ攻撃をしかけていく。

 

 

 

 そんなエルフの戦士たちを率いるのはまだ青年といった年齢の男であった、長命なエルフにとっては百歳を超えてもまだ青さが残ることが当たり前であるのだが、その人物は人間の感覚であっても若者と表現できる年齢でしかない。

 

 

 

 五十年ほどを生きているミューの半分も生きていない、里の中でも最も若手の部類なのだが、戦士たちを率いる姿は迷いや躊躇がなく将としての器が垣間見えるようだ。

 

 

 

「若様!? ご無事でしたか!!」

 

 

 

「ミュー、ミューリアン、そちらこそ無事であったようだな……うん、少し雰囲気が変わったようだが……なるほど、色々とあったらしい」

 

 

 

 確かに色々とあった、右手に握られる黄金の槍がまさにそれを証明している。

 

 

 

「今は忙しいので詳しくは聞くまい。ミューリアン、成すべきことを成すのだ」

 

 

 

「はッ、このまま殿を務めます!!」

 

 

 

 虜囚であったエルフの多くが同胞の戦士に抱きかかえられて移動を始めていた、援軍の数も多いのでそう時間はかからないだろう。

 

 

 

 これならば殿に徹する時間はそう長く必要ではない筈だ、何より今のミューは一人で前線を支えている訳ではない。

 

 

 

 頼もしい同胞の戦士たちと、キャロルの援護がある、炎に追われる魔の眷属たちを排除することに欠片の不安も感じなかった。

 

 

 

「良い腕をしているな、彼女は何者だ?」

 

 

 

 炎の向こうからやって来る魔の眷属の急所を正確に穿つ、一際目立つ輝きを持った矢に注目が集まった、ミューはそれがキャロルの物だとわかるのだが、他の者はそうではない。

 

 

 

 たった一射だが、至高の領域を見せつける一撃であった、それを証明するかのように頑強な肉体を持つオーガが倒れ伏す。

 

 

 

「ミューと似た雰囲気を持っている、あちらの方がだいぶ濃いが……もしや半神か?」

 

 

 

「協力者であることは間違いありません、頼もしい戦力です」

 

 

 

「理解した、今はそれで十分だ」

 

 

 

 エルフの戦士を率いる首領は目の前に迫るゴブリンを蹴り飛ばし、祈りと共に雷鳴を響かせる、短く鋭い雷が戦場を走り抜けると魔の眷属たちを次々と貫通していく。

 

 

 

「お見事です」

 

 

 

「まぁこれくらいはな」

 

 

 

 黄金の槍が美しい軌跡を残して振りぬかれると、無数に枝分かれした槍先がミノタウロスの心臓を穿つ。

 

 

 

「見事だ、また一つ上の領域へと至ったようだな」

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 魔術と矢を中心に敵を食い止めるエルフの戦士たちの奮闘によって、虜囚たちを逃がすことは問題なく進んでいる、既に彼女たちは戦場から姿を消しており戦士たちもそろそろ引き時を考え始めているのかもしれない。

 

 

 

 何より問題なのは、炎から逃れる魔の眷属たちでも疲れ切った虜囚でもない、炎の向こうにそびえ立つ世界樹に巣くう巨大な気配だ。

 

 

 

 大混乱している魔の眷属など今更大した脅威にはならない、軍勢ではなく混乱から逃げ惑う個になっているからだ、戦術と数と方針を固めたエルフの戦士たちには敵わないだろう。

 

 

 

 最大の問題となるのは魔王、空が落ちて来たのではないかと錯覚してしまうような重圧の中心だ。

 

 

 

 あれに比べれば、千を超える魔の眷属の群れすらも可愛く思えるほどである。

 

 

 

「奴が動いたか、殿は十分……そろそろ引くぞ」

 

 

 

 嵐の王が動いたことに気が付いたのだろう、エルフの戦士たちは空を見上げながら憤懣の表情を浮かべるのだが、今は個人的な感情ではなく虜囚の救出を優先すべきと言う意思は統一されていた。

 

 

 

 何より問題なのは、嵐の王が従える暴風がエルフの里を焼く炎を巻き上げて火災旋風となっていることだ、炎の竜巻はそこにある何もかもを飲み込むことは間違いない。

 

 

 

 そもそも戦いというものが、当たり前のように成立する相手ではないのだ。

 

 

 

 自然災害を前にして人ができることなど何もない、せいぜい耐え忍ぶか逃げ惑うことくらいである、戦うのは自殺行為でしかない。

 

 

 

 人は、嵐に勝てないのだから、逃げるのは何も恥ずべきことではないだろう。

 

 

 

「あの炎と嵐だ、魔の眷属たちは一掃できよう……総員、撤退せよ!!」

 

 

 

 その指示と共に炎と嵐を背にしながらの撤退が始まった、嵐を束ねる魔王から撤退するという苛烈を極める逃走になるかと誰もが覚悟したが、予想していた暴風は吹き荒れない。

 

 

 

 彼らに届いたとしてもそよ風程度のものでしかない、何もかもを吹き飛ばすような力の流れではなかった。

 

 

 

 一体何事だと、戦士を率いる若き首領は後方へ振り返る、雲にまで届くほどに巨大な世界樹とその下に広がる炎の海、そしてそれら全てを睥睨するかのように浮かび上がるのは黒い胎児である。

 

 

 

 彼の記憶よりもだいぶ太った姿をしているが、その醜悪な雰囲気を忘れるはずがない、あれこそが魔王であった。

 

 

 

 だがしかし、今の彼からは故郷を粉砕した迫力や力を感じない、本気になればそれこそ国を亡ぼすことすら容易いというのに、何故かその暴風を感じない。

 

 

 

「キャロル殿に怯えているのか?」

 

 

 

 その理由をミューは察することができた、原因はキャロルにあると。

 

 

 

「ん……ちょっと、遠いかな」

 

 

 

 殿部隊に交じって戦っていたキャロルが、神魚の鱗で作られた鏃の先端を空へと向けている、その先にいるのは当然ながら嵐の王だ。

 

 

 

 黄金の弓が放つ輝きが、そしてキャロルそのものから漏れ出る神威とでも呼ぶべきものを、嵐の王は注目しているらしい。

 

 

 

 いや、恐れていると言うべきだろうか、里に広がる炎やエルフの戦士たちよりも、彼の魔王は黄金の輝きだけを見つめていた。

 

 

 

 警戒と、恐怖、その二つが嵐を弱めてエルフの戦士たちまで届かない、あれだけ巨大な力を振るう存在が、キャロルを見下ろして攻め辛そうに様子見をしている、それは驚愕に値するだろう。

 

 

 

 あの魔王は災害と変わらない、火山の噴火や地震と大差がない存在だ、人間にどうすることもできない規模を持つ力の奔流をもってしてもキャロルを羽虫ではなく敵と認めている。

 

 

 

 キャロルは遠く空高くこちらを睥睨する嵐の王に試しとばかりに矢を放つ、すると届くはずもないと誰もがわかるというのに、黒い胎児は大袈裟に慌てて空高く逃げていく。

 

 

 

 それほどまでにキャロルが恐ろしい様だ、その状況は過酷な撤退戦を覚悟していたエルフたちにとって優位となったことだろう。

 

 

 

「よし、今なら逃げられる」

 

 

 

 ミューはキャロルと共に逃げおおせることができた、嵐から逃げられたのだ。

 

 

 

 そして黒い胎児も追って来る気配がない、あちらとしてもキャロルがいるので追いたくないのかもしれない。

 

 

 

 遠く、紅蓮に染まる故郷を何度も振り返りながらも、エルフたちはその場から離れていくのだった。

 

 

 

「まさか故郷を失うことになるとはな」

 

 

 

「……若様」

 

 

 

「わかっているよ、責めるつもりはない。もし責めるべきことがあるのならば、それは故郷を守れない非力な我々そのものだ」

 

 

 

 大樹海の中を集団で動きながら世界樹から離れていくキャロルたちは、闇雲に動いている訳ではなく目的地があるようだ。

 

 

 

 警戒はしているが周囲に魔の眷属はいない、念に念を入れて足跡も消しているので追跡されることもないだろう、そもそも相手にもそんな余裕はないと思われる。

 

 

 

 炎上から遠ざかるように進んでいき、川を超えたことで完全に逃げ切れたと判断したのか、彼らはそこで水分補給と小休止を行っていた。

 

 

 

「ミュー……この人たちは、仲間なんだよね?」

 

 

 

「はい、ご紹介しますこちらは―――」

 

 

 

 ミューが川で顔を洗って灰の汚れを落としていたエルフの戦士を指し示す、この集団を率いていた首領の若者だ。

 

 

 

「あぁ、私はカーバンクル、一応はこの集団の指導者となるのかな、長老衆が皆逝ってしまってね、不本意ながら代表を務めている」

 

 

 

 カーバンクルと名乗った若いエルフは、暫く考え込んだ後に右手をキャロルへと差し出す。

 

 

 

「握手と言ったか? 確か人間は縁を結ぶ時にこういった儀式をするのだろう?」

 

 

 

「ん……間違ってない、でも儀式という程でもない」

 

 

 

「そうなのか、人間の社会に関しては書物で読んだことくらいしかないのだ、外交は長老たちが担当していたので経験もないのでな、無知を許せ」

 

 

 

「気にしていない、握手は大事」

 

 

 

 差し出された右手をキャロルは同じく右手で握り返す、その様子を周囲のエルフたちは固唾を呑んで見守っていた。

 

 

 

 警戒されているのかもしれない、キャロルはエルフたちにとって異分子なのだろう。

 

 

 

 考え方も過ごす時間も異なるのだ、彼女とてエルフたちのことをよくわかっていないのだからお互いさまと言える。

 

 

 

 それでもこうして歩み寄ろうと握手を求める姿は、好奇心もあるのだろうが率いる者の在り方に相応しいのかもしれない。

 

 

 

 ただカーバンクルの場合、首領としての義務や責任よりも先に、キャロルへの興味が強いようにも思える。

 

 

 

「ん……キャロル、宜しく」

 

 

 

「宜しく頼むよ、それで色々と聞きたいことがあるんだが……まぁ歩きながら話そうか、振り切ったようだが安心はできない、まずは我々の拠点まで進もうじゃないか」

 

 

 

「……拠点があるんだ」

 

 

 

「勿論だとも、とあるお方の協力もあってね、大樹海に散らばっていた同胞たちを束ねることができたんだ」

 

 

 

 エルフの集団に交じって大樹海の中を進んでいくキャロルは、その道中に互いの情報交換を行った。

 

 

 

 それはキャロルとミューの生活であったり、神獣からの依頼であったりと様々だが、好奇心が強いカーバンクルは大袈裟なほどに驚いて見せる。

 

 

 

 他のエルフと異なり、キャロルに……というより人間に興味があるようだ。

 

 

 

「そうか、逸れていたミューリアンを君が救ってくれたのか、ならば感謝しかない。あの嵐の中では生存しているかどうか確信が持てなかったのでね……まさか我らの里で再会するとは思わなかったんだ」

 

 

 

「若様、ご心配をおかけしました」

 

 

 

「生きていてくれと願っていたぞ、それが叶って満足だ……我々はあまりにも多くの同胞を失ってしまったからな。あの方の力を持ってしても蘇生は叶わぬだろう」

 

 

 

 この場にいるエルフは三百人ほどである、おそらく拠点には非戦闘員もいるのだろう、全盛期がどれほどの数だったかキャロルにはわからないが、あの魔王に襲われて多くの命が失われたのは想像に難くない。

 

 

 

「若様、あの方とは?」

 

 

 

「うん? あぁ、我々の協力者だ、大樹海に散った同胞を纏めてくれてね、様々な物資を融通してくれている、おかげで余裕ができて遠征も可能になってね。里の偵察や魔王の様子を観察することができたんだ」

 

 

 

 なるほどとキャロルは思う、彼らがあの状況で救援に来れたのは、彼らもまた里の近くで機会を伺っていたのだと納得することができた。

 

 

 

 魔の眷属が溢れ、魔王が座する場所が突然に炎上して仲間割れを起こしたのだ、同胞の救出を企んでいた彼らにとってこれ以上ない好機となったことだろう。

 

 

 

「妖精女王が味方してくれたんだ、本当に心強い限りさ」

 

 

 

 まさかの存在に驚いてキャロルとミューは視線を絡ませた、彼女たちにとっても縁のある存在である。

 

 

 

 妖精と言う種族の頂点なので、相応の力があることはよくわかるのだが、彼女たちの知る言動によってあまり頼りになるようにも思えないのだろう。

 

 

 

 尊い存在ではあるが、見た目の愛らしさもあって他者に庇護を与えられる程に巨大には見えないのだ。

 

 

 

 キャロルが首を傾げている様子を見て、カーバンクルも首を傾ける、やはり互いの妖精女王に対する認識の齟齬があるらしい。

 

 

 

「まぁ拠点に辿り着いたら紹介しよう、君の存在感からしてみても、浅からぬ縁があるようだ」

 

 

 

 キャロルと、そしてミューが放つ神威を感じ取って彼はそう言った、カーバンクルからしてみると、この二人の存在は自分たちよりも妖精女王に近いと感じているようだ。

 

 

 

 ミューはともかく、キャロルは間違いなくあちら側へ片足を伸ばしている、目の前にすればそれがよくわかってしまう。

 

 

 

 そう言った点も、エルフたちの警戒と好奇心を刺激するのかもしれない。

 

 

 

 拠点へ向かう間、始終監視するような視線に晒されて心休まる時間はなかったが、そんなキャロルを気遣ってからカーバンクルとミューは積極的に話しかけてくれた。

 

 

 

 特にカーバンクルは人間に強い興味があるようだ、彼女が旅芸人の一座で働いていたことを伝えると、ことさら興味深そうに頷いていた。

 

 

 

 もしかしたら彼は、キャロルを通してその先にある人の社会を見ているのだろうか。

 

 

 

 この大樹海で生まれ育った者にとって、外から来た人間は良くも悪くも刺激的なのだろう。

 

 

 

 里の外に出て見分を広げようとするエルフが稀に存在することも、そんな刺激が原因なのかもしれない。

 

 

 

 キャロルは異なる種族であっても恐れず触れ合おうとする彼を見て、そんなことを思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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