商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
エルフの拠点は彼らの故郷であった世界樹の下から遠く離れていた、当然ながら敵地と隣り合わせという訳にはいかないので、深い森の中を数日かけて進んでいき、四日目の夕暮れにようやくたどり着くことができた。
ただ拠点と言っても街並みが広がる訳ではない、キャロルがそうしてきたように木の枝で作った骨組みに毛皮を引っ掛けて作った天幕が幾つも広がる開けた場所である、大小様々な天幕が木々の隙間を縫うように組み上げられている。
この場所はキャロルたちが拠点としていた廃神殿とはエルフの里を挟んで反対側であった、だから他のエルフたちと接触することがなかったのだろう。
この拠点にいるエルフは非戦闘員を含めて千人ほどだろうか、見える範囲に限るが二千人には届かない、大樹海に散ったエルフたちを妖精女王が集めたにしては少ないとキャロルは思ったのだが、ミューが言うにはそもそもエルフたちは長命であるが故に数が増えにくいらしい。
それでもエルフの里が健在であった頃は、国と表現できる規模を誇っていたそうだ。
嵐の王による襲撃と、その後のサバイバル生活によってすり減らされた結果、今このような状況なのだろう。
カーバンクルが集団を率いているのも、首領としての立場や血もあるのだろうが、単純に候補が他にいないという事情があるようだ。
仮拠点と言うよりは集落のようにも思える、天幕の側に畑らしき場所もあるので自給自足を試みている。
集落で待機していたエルフたちは、虜囚となっていた同胞や戦士階級の無事の帰還に天幕から顔を出して歓迎していた。
「ミュー!? 生きていたのか!? いや……一体何があったんだよ」
特に驚かれていたのは黄金の槍を持ったミューだろうか、派手な武装も視線を集めるのだが、その身に宿った神性を感じ取ると驚愕へと変化する。
そこから更にキャロルへと視線が移動すれば誰もが言葉を無くした、何か恐ろしい者でも見るかのように黙り込むのだから、キャロルとしてはあまりいい気分ではない。
そんなに可笑しな姿をしているだろうかと、彼女は自分の両手や胸へと視線を落とすのだが、客観的に見ることはできないだろう。
自分は人間だから注目を集めるのだと無理矢理に納得してから、彼女は黄金の瞳を集落へと向けるのだった。
「一先ず帰還の報告を妖精女王に行おうか、あちらの大天幕におられるはずだ」
カーバンクルに先導されて二人が向かったのは集落の中心に建てられた大きな天幕であった、どうやらそこが集会所のような扱いになっているらしい。
彼は入口を守るエルフの戦士に挨拶すると、そのままカーテンを開いて中へと入っていく。
「テイタニア様、ただいま戻りました、ご支援のおかげで無事に同胞を救出することが出来ましたことを報告いたします」
大天幕の中には大きな切り株から作られたであろうテーブルが置かれており、その中心に果物と貢物らしき光物が小山となっていた、そこに満面の笑みで寝そべるのは掌サイズの妖精である。
「おっほぉぉ~~、凄い貢物の量!! いや~、これよこれよ、これこそが女王のあるべき姿って奴よね!! いつまでも神々にこき使われちゃたまんないわよ」
テイタニアはゲラゲラとはしたなく笑いながら、積まれていた貢物の中からブドウの束へと手を伸ばし、実の一つをもぎ取って口へと運ぶ。
彼女の側では世話役と思われるエルフの女中が葉っぱを団扇代わりにして緩やかな風を送っていた。
「あれ、カーバンクルじゃないの、帰って来てたんだ。成果はどんな感じよ?」
今気が付いたとばかりにテイタニアは齧っていた小ぶりのブドウからカーバンクルへと視線を移す、そんな姿を見せられても彼は微笑ましそうに笑うだけである。
「おかげさまで大きな成果を得られました、これをテイタニア様のご支援あってのことでしょう」
「くぅ~~、アンタは本当にいい子ね!! 私が欲しい言葉をよくわかってるじゃない、そうそうねぎらいよ、ねぎらい、ちゃんと優しく接するべきなのよ私には」
こき使うばかりで極めて一方通行な神々と比べて打てば響くかのように望んだ返事を返してくるエルフたちを妖精女王は気に入っているのか、彼女は清々しいほどに満面の笑みであった。
「……テイタニア」
「あれ、キャロルじゃないの、アンタこんなとこで何してんのよ? もう魔王は倒せたの?」
「ん……それはまだ、返り討ちになったから」
「ふうん、そんだけ神性を宿しても倒せないんじゃ、いよいよお手上げになってきたわね」
「そうでもない」
キャロルは嵐の王と戦った時の感触を思い出す、確かに圧倒的な力を振るっていたことは間違いないが、それでも絶対に届かないとは思えなかった。
事実、彼女は黒い胎児の左肩から先を穿っている、あとほんの数センチ内側に鏃が向かっていれば、心臓を打ち抜いていただろう。
あの戦いはキャロルの敗北ではあるが、その数センチによって分かれた勝敗でしかない、そして彼女は次を外すつもりはなかった。
戦いに次を期待することなど愚かでしかないが、あの場でキャロルを殺さなかったことが最大のミスである、彼女としては絶望的な敗北から這い上がれる好機でもあった。
次は外さない、彼女は何よりも己の矜持と、信仰する弓神へと誓いを立てていた。
「ん……次は倒す」
「そう? まぁ自信があるのなら問題ないわね、心折れてないなら殴り返せば良いだけだし、アンタが勝てないならいよいよ私が矢面に立たされそうだしね、頑張んのよ!!」
貢物の小山から羽ばたいてキャロルの方へと着地した妖精は、そのまま小さな手で激励するかのようにぺちぺちと叩いてくる。
「なぁに、魔王だろうがなんだろうがぶっとばせば全部解決ってもんよ、なにせこの私が手伝ってあげるんだから、大船に乗ったつもりでいなさいな!!」
「……手伝って、くれるの?」
「……神々にめっちゃ怒られちゃって」
手伝ってくれるのならば最初から手伝って欲しかったという言葉をキャロルは飲み込む。
「おお!! では魔王との決戦に妖精女王も参じてくださるのですね!!」
「まぁね!! これだけ貢物を贈られちゃあ仕方ないわよ、ここで何もしなかったら女王の名折れってもんよ」
丸太のテーブルの上に小山となっている果物や光物を、キャロルの肩から眺めて悦に浸るテイタニアは、小さな胸を張って威張るようにそう言った。
ミューも興奮しており、他のエルフたちも感嘆の声を漏らしている様子だ。
キャロルには上手く理解できないが、エルフたちにとっては心強い味方を得たということなのだろう。
小さな体に巨大な器を持つ妖精である、伝承伝説に頻繁に名前が登場する存在であり、様々な恩恵を齎すとされている、キャロルも勿論それらの歌や物語は知っているのだが、やはり見た目の愛らしさもあってか力強さが感じられない。
キャロルもどちらかと言えばテイタニア側の存在なのだが、自分を客観的に見るのは難しいということだろう。
なんであれ、味方になってくれるのならば彼女としても文句はない、見た目はちんちくりんでも女王なのだ、きっと強いのだろうと彼女は納得するのだった。
「懸念であった同胞の救助もおこなうことができた、加えて幸運なことに里を占領した魔の眷属たちも一掃することができており、これで全ての戦力を魔王へと向けられるだろう」
カーバンクルは丸太の椅子に腰かけて周囲の同胞へと視線を送り、最後にテイタニアを見つめて微笑んだ。
「更に、次の作戦には妖精女王も参加していただけるとのこと……ようやく、反撃の時が来たということだ」
魔王の襲撃によって故郷を追い出され、サバイバル生活を余儀なくされた上に、同胞は大樹海でバラバラに散ってしまったのだ、ここまで至るまでに様々な苦労があったであろうことはキャロルにもよくわかる、彼女も同じ経験をしたのだから。
反撃どころか日々の生活でさえ苦しかったはずだ、故郷の様子を知って魔王の排除する行動に移ることすらも難しい苦渋の日々である。
それらを纏めて導いたのが妖精女王であり、彼らの強い信頼もそれ故だろう。
カーバンクルはまたも大天幕の中を見渡す、戦士階級の部隊長と思われる者たちへ一人一人に視線をやってから深く頷く。
そして炎に包まれた故郷と、そこを占領する黒い胎児の姿を思い浮かべて、最後に世界樹の在り方を心に留めた。
「だが、ハッキリと言っておこう……おそらく我々はアレには勝てない」
その言葉に大天幕に集ったエルフの戦士たちの多くは眉を顰めたが、言葉で反論することはなかった、誰もが心の奥底ではカーバンクルの言葉を正しいと思っているのだろう。
あれは災害だ、火山の噴火を人が止めることができないように、大地の揺れを人が鎮められないように、嵐は人では払えない。
当たり前のことだ、こればかりは覆らない、彼らは神ではなく地上に生きる生命の一部でしかないのだった。
カーバンクルはそれを理解しており、受け入れていた。
「あぁ、誤解の無いように言っておくと、別にこのまま逃げて新天地を目指す訳じゃない、それもまた一つの選択肢だとおもっているが、そんなものは非戦闘員たちに任せてしまえばいいさ……しかし我々戦士階級にそんな未来は許されない」
当然だとばかりに頷くものが数名いた、ミューもまたそんな一人である。
「血と歴史の継承は彼らに任せて、戦士としての在り方を全うすることが我々の仕事だ……だが相手は巨大でありいかんともしがたい。そこでだ、攻略目標を明確にしたいと考えている」
「ふうん、どうするつもりなのよ?」
妖精女王がキャロルの肩の上でそう尋ねた。
「魔王を倒せるのであればそれ以上のことはありませんよ、ですがそれが不可能であるのならば、世界樹の保護と継続を優先したいと思っております」
それはどういう意味だとキャロルは思った、世界樹を奪還することと魔王の撃破は同じ意味ではないのかと考えたようだ。
嵐の王が世界樹を根城にしている以上は、勝利することでしか世界樹の保護は成立しない、そんな彼女の疑問に答えるようにカーバンクルはこう言った。
「やるべきことは単純だ、世界樹の実を奪取して若木を生み出し、それを地脈の太い場所に植えて次代の世界樹とする……今ある世界樹は見捨てることになるだろう。妖精女王よ、どうでしょうか?」
「新しい世界樹をねぇ、まぁできなくはないんじゃない」
魔王を倒せるのならばそれが最高であり最良だ、しかしそれは倒せればの話でしかない。
群れを率いる者として、戦士階級として、カーバンクルは玉砕も辞さない覚悟ではあるが、それと同時に次へ繋げる策を走らせるつもりなのだろう。
嵐の王へ戦いを挑むことは間違いない、しかし討つことは最優先ではない、その戦いを隠れ蓑にして新しい世界樹を生み出す為に行動する、それが彼の考える作戦であった。
「世界樹は……一つの秩序の形だ。世界に無くてはならない存在だろう、全ての植物の生みの親であり、大地を自浄する装置でもあるのだから……いつかまた、再び世界に不浄が広がった時に、必ず必要になる、必ずだ」
世界樹を守り継続させることがエルフの役目である、里で育ったエルフたちは幼い頃からそう教えられており、それを誇りとしている。
世界に不浄が広がり影を落とすその時まで、自浄装置である世界樹を守るのだ、その使命を途絶えさす訳にはいかない、全てのエルフがそう思うのだろう。
嵐の王には勝てないが、世界樹を守ることだけは譲れない、だからこその妥協だ。
「勿論、あの魔王を倒す努力は怠るつもりはない、倒せるのならばそれが一番だ。だが最優先とするのは世界樹の継続であるという方針は譲れない……何か異論のある者は声を上げよ」
反論の声は上がらない、全てを納得している訳ではないようだが、反論する材料もないのだろう。
敵は巨大で、自分たちは弱い、それが全てであった。
「細かなことはこれから詰めていくとしても、この方針は譲れないだろう、その為に戦ってその為に死んでいくことになる、この判断に首領として一切の後悔はなく譲るつもりもない」
一族の敵や故郷の奪還、魔王への報復、それら全てを飲み込んだ上の方針に、その場にいた誰もが反論することはなかった。
死なばもろとも、だが時代への種は残す、彼らが挑もうとする戦いはつまりそういうことである。
決死の戦いになることは容易に想像できる、それを全員が理解して表情を引き締める中で、そんな空気は知ったことかとばかりに陽気な声が大天幕に響いた。
「まぁまぁ、そんなシケた顔してもしょうがないっての!! 安心しなさいな、アンタたちには私がいて、このキャロルもいるんだから、そんな深刻に考えなくても魔王なんてちょちょいのちょいよ!!」
ドーン、と効果音でも付きそうな勢いと態度で小さな体を反って胸を張る妖精女王の言葉に、緊張が途切れたのか大天幕に集っていた戦士たちの表情は和らいだ。
「おっしゃる通りです、何も魔王を倒すことを諦めている訳ではないんだ、敵を殺すことと味方を生かすこと、これらを両立させるだけの話と言えるだろう」
カーバンクルはその場で敢えて微笑んで見せた、そうすることで戦士たちの緊張を解こうとしたのかもしれない。
この中で最も大きな重責を背負っているからこそ、余裕を見せつけたかったのだろう。
「相手は強い、勝てない……ふん、だが負けてやるつもりはない。それはそれ、これはこれだ、世界樹の保護と魔王の撃破、両立させるぞ!!」
エルフの戦士たちが力強く頷きを返したことで、彼らの方針がここに決定した。
これから細かな打ち合わせや、部隊の運用や物資の調達などやらなければならないことは多いのだが、キャロルはその辺の打ち合わせには部外者であるので参加することはなく、ミューとカーバンクルの計らいで宛がわれた天幕で腰を下ろす。
エルフたちの戦いとは一歩距離を置いた形だ、彼らはキャロルのことをよく知らず、キャロルもまたエルフの戦士たちのことを深く理解していない。
部外者でしかないので、彼らの都合に巻き込まれることもなければ、そのつもりもないのだ。
エルフたちの話や方針を知ってキャロルは納得しており、それで良いと考えており、後はその戦いに彼女の都合で便乗するだけである。
傭兵として雇われている訳でもないので、便乗という表現が一番近いだろう。
魔王を討つ、その目的へ向けて彼女なりに進むだけである。
「……弓神よ、悉くを穿つ力を与えたまえ」
だから彼女は、宛がわれた天幕の中で腰を下ろし、静かに祈りと祝詞を繰り返す。
黒い胎児の左肩から先を穿った時の感覚を思い出し、そこから微調整していくのだ。
次は必ず心臓を穿つ、そんな決意を胸にして、彼女の祈りは続いていくことになる。
一射一殺を形にしなければ嵐の王は穿てないと彼女はわかっているのだろう。
ならば、再戦の時まで研ぎ澄ますだけである。
遥か彼方、空を統べる王を撃ち落とすのは簡単なことではない、研鑽を怠ることはできないのだ。
だから祈りは重要である、キャロルは心折れることなくまたも嵐に挑むのだから。
天上にまで祈りが届くのならば、空に矢を届かせることなど容易いだろう。
彼女は薄暗い天幕の中で、そんなことを思うのだった。