※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第十三話 半神

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うううううぅぅぅ……」

 

 

 

 緩やかな波に揺られるボートの先端、そこでは顔を両手で覆い隠してもだえ苦しむ少女の姿があった。

 

 

 

「あの、えっと、すいませんエミリーさん……ボク、調子に乗っちゃって」

 

 

 

 そんな少女、エミリーを気遣うようにミカエラは話しかけるのだがそれは逆効果だろう、彼女の存在を感じ取ると更に顔を赤くして身もだえてしまうのだから。

 

 

 

「ミカ、ほっといてやれ」

 

 

 

 何とかエミリーを回復させようと右往左往していたミカエラを、シャルルは背後から抱きしめるかのように捕獲する。

 

 

 

「エミリーはあれだ、何でもかんでも難しく考える奴だからさ、昨日のアレを頭の中で整理してんの」

 

 

 

「つ、つまり僕のせいですよね」

 

 

 

「ん~?……アイツもなんだかんだで楽しんでたしなぁ。別に初めてってわけでもないし、ワタシらは娼婦として働くこともあるからあれくらい何ともないって……単純にはめを外しすぎたことを恥ずかしがってんだよ」

 

 

 

「そうなんですか?」

 

 

 

「ん……妙なところで恥ずかしがりやだから」

 

 

 

 キャロルもまたミカエラを横から抱きしめる、そして三人で恥ずかしさに身もだえるエミリーの背中を眺め始めた。

 

 

 

「……でも昨日のあれこれよりも、エミリーが恥ずかしがっているのは女同士ですることだと思う」

 

 

 

「女同士かぁ? でもミカは生えてたじゃん、それなら普通に男とするのと変わらなくないか?」

 

 

 

「違う……ほらここ」

 

 

 

 そう言ってキャロルは自分の鎖骨を見せつけると、そこにはいくつかの鬱血痕が残されていた。

 

 

 

「……昨日エミリーに付けられた、シャル姉にもミカエラにもある」

 

 

 

「それがどうかしたのか?」

 

 

 

「ん……エミリーは女同士でするのもいける口、でも本人は認めてない」

 

 

 

「ふ~ん、それでアイツは恥ずかしがってんのか」

 

 

 

「……だから今は整理中」

 

 

 

 その話が聞こえていたのだろう、三角座りで恥ずかしがっていたエミリーの体がびくりと震える。

 

 

 

「ち、違いますからね!? 私は別に女性に欲情なんてしてませんから!」

 

 

 

「別に良いじゃん、ロウ姉さんが言ってたけど、娼館には偶に女の客も来るらしいぞ」

 

 

 

「え、そうなんですか?」

 

 

 

「ん……男娼を買う男もいる」

 

 

 

「男の人が男娼を?……それは、なんというか」

 

 

 

 ゴクリと、顔を赤くして喉を鳴らすエミリーは頭の中でどんな想像をしているかよくわかる。

 

 

 

 なんだかんだ言いながらも彼女は性的な接触に興味津々なのだ、ただ敬虔な神の信者として常に一線を引いており、そのタガが外れると自己嫌悪に陥ってしまうだけなのだろう。

 

 

 

「……エミリーも堂々としたらいい」

 

 

 

「そうそう、別にワタシらは気にしないしな。そもそもなんで悩む必要があるんだよ、女同士でも気持ちよくなれたら良いじゃん」

 

 

 

「……エミリーにキスされるのは嫌じゃないから」

 

 

 

「うん、それにワタシらだってミカエラやエミリー相手に興奮してたし、レズッけがあるのはエミリーだけじゃないんだからさ」

 

 

 

「ん……女同士も悪くない」

 

 

 

 だからいつまでも自己嫌悪してないでさっさと立ち直れ、と言外に告げてエミリーを励ました。

 

 

 

 その応援が届いたかどうかはわからないが、彼女は立ち上がって自分の頬をパンパンと叩くと、いつもの品の良い顔つきへと戻るのだった。

 

 

 

「ご心配をおかけしてすいません、もう大丈夫です」

 

 

 

「す、すいませんエミリーさん、ボクがあんなことしなければ」

 

 

 

「いえいえ、良いんですよ、私もなんだかんだで楽しんでいましたし……ただ自分の思わぬ性癖に困惑していただけですから」

 

 

 

 結局のところエミリーが悩んでいたのはそれなのだ、これまで無自覚だったが故に気にする必要はなく、そして自覚してしまっても友人から呆れられることもなかったのだ。

 

 

 

 むしろ好意的に受け入れてもらえたらしい、ならば自分がいつまでも自己嫌悪している場合ではない。

 

 

 

「そう考えるとミカはエミリーの性癖にぴったし合うのか? 女だし男のアレも生やせるし」

 

 

 

「い、いつもああなる訳じゃありませんからね!? ただ月の無い晩に女性相手に興奮しちゃったから」

 

 

 

「お、じゃあ来月の今あたりはまた生やせるんだな?」

 

 

 

「……ええっと、たぶん、はい」

 

 

 

 シャルルとキャロルは互いに顔を見合わせる、そしてエミリーも昨晩の交わりを思い出してまた顔を赤くするのだった。

 

 

 

「へへへ~、なら来月が楽しみだな!」

 

 

 

「……楽しみ、凄く気持ちよかった」

 

 

 

 二人は抱きしめていたミカエラに頬ずりしてその感触や匂いを堪能している、男娼の神側へ転んだ彼女との交わりが忘れられないらしい。

 

 

 

 しかしそこでエミリーはこの旅の目的を告げるのだった。

 

 

 

「あの、神の膝元にたどり着いてその神格を返上できれば、娼婦の神の権能は消えますからね? つまり男娼の神の力もなくなります」

 

 

 

 残酷な現実を突きつけると、二人は雷に撃たれたかのような衝撃に見舞われて驚愕する。

 

 

 

「おぉ……そうだった、ミカはもう生えないのか」

 

 

 

「ん……もったいない」

 

 

 

「うぅ、ごめんなさい」

 

 

 

「お二人とも、ミカエラさんがこれまでどれだけ苦労されてきたか理解されてますよね? ここでやっぱり神の膝元へ行かないなんて言ったら怒りますからね」

 

 

 

「わかってるって、幾らミカが床上手でもそんな野暮なことは言わないっての」

 

 

 

「ちょっと……もったいないって思っただけ」

 

 

 

 本当だろうか? エミリーは今なおミカエラを抱きしめる二人を見つめて少し心配になった、しかし大丈夫だろうと判断するしかない、幸いにも本来の彼女は娼婦の神寄りなので今は男娼の神の力は感じられない。

 

 

 

 もし常日頃からミカエラが男娼の神側だったら、この世に存在する全てに女性がその身を求めて争うことになってしまう、そしてそれはエミリーたちも例外ではないのだ。

 

 

 

 そんな力だからこそ、ミカエラは持て余してしまっているのだろう。

 

 

 

 その神格を返納する旅の終着点である神の膝元はもう少しだ、視線を船の先へと向けると川幅が大きく広がって大海へと続いているのがわかる。

 

 

 

「……あれが、海」

 

 

 

 その光景を見てミカエラが小さく呟く、地平のかなたまで続く巨大な水量に圧倒されるばかりだった。

 

 

 

 それは三人娘も同じなのだろう、彼女たちもまた海を見るのは初めてなのだ。

 

 

 

「お~広いなぁ、それに塩っぽい匂いがする」

 

 

 

「……海は全部塩水らしい」

 

 

 

「それってマジなんだな、吟遊詩人がホラ吹いてんのかと思ってたよ」

 

 

 

「春風のキャラバンの今までの交易路では海が見えなかったので良い機会になりましたね」

 

 

 

 そして全員の視線が海の真ん中にポツンと浮かぶ孤島へと向けられた。

 

 

 

「あれが神の膝元になります、この世界で最も神座に近い場所の一つですね」

 

 

 

「なぁエミリー、一つってことは他にもあるのかよ?」

 

 

 

「もちろんありますよ、あそこ以外に有名なのは神都の中心にある大神殿と、エルフの国にある世界樹や、大陸最高峰の山々の頂上だったりします。他にも色々ありますし、もしかしたらまだ見つかっていない場所なんかもあるかもしれませんね」

 

 

 

 どんな場所にあるにせよそこは神々の住まう世界の入口とさえ言えるだろう、敬虔な神々の信者たちは一生をかけて世界の様々な場所にある神の膝元へ巡礼の旅に出るという。

 

 

 

 エミリーもまたその一人だ、彼女が春風のキャラバンに属しているのはその仕事の性質上、世界中を旅する為にとても都合が良かったからだ。

 

 

 

 様々な仕事を経験して、多くの困難に直面する、多彩な苦楽を積み上げ、人々へ己の力が届く範囲で奉仕して、そして神の膝元へと赴き祈りを捧げて回る。

 

 

 

 それこそが巡礼の旅、多くの信者が理想とする徳の積み方であり、エミリーの人生でもあった。

 

 

 

 だからこそ、こうして神の膝元へと偶然ながらもたどり着けたのは運が良かった、エミリーは孤島へ向けて静かに祈りを捧げると自分の目標が一つ達成されたことを安堵と共に誇りに思うのだった。

 

 

 

 その祈りが気まぐれな神々に届いたかどうかはわからないが、彼女たちが乗るボートは海流に流されても引き寄せられるかのように神の膝元へと辿り着く。

 

 

 

 まるで神々がその膝元へ至ることを許可してくれたかのように、初めての海だというのに驚くほど簡単にボートは孤島の浜辺へと乗せられた。

 

 

 

「ついに神の膝元へと来れました! 巡礼者にとっての聖地! あぁ神に感謝を!」

 

 

 

 ミカエラ以上に感極まってエミリーはその場に跪き両手を組んで再度祈りを捧げる、そして五体投地までしようとしたところで他の三人に止められてしまう。

 

 

 

「ほらほら、祈りも良いけどワタシらはミカエラの付き添いだからな、いつまでもそうしてないでさっさと神様に話を聞いてもらおう」

 

 

 

「お待ちになってください、ここは神々に最も近づける場所なんですから神殿に入る前にしっかりと祈って身を清めなければ」

 

 

 

「……体なら朝に洗った」

 

 

 

 ずるずるとエミリーを引きずりながら島の中心へと進んでいくと、そこには建築されて長い時間が過ぎたであろう神殿が建っていた。

 

 

 

 大理石を惜しげもなく積み上げ至る所に金と銀の彫刻が施されている、そして床は勿論、柱や屋根に至るまで白亜の輝きに満ちているかのようだ。

 

 

 

 歴史的な価値もそうだが、その建材をくすねるだけでそれなりの財産になるであろう神殿だが、この場所で盗みを働くような愚か者はおそらく存在しない。

 

 

 

 神の膝元とはいわば家の玄関のような空間なのだ、神々から様々な恩寵を得ている人間がそこで不逞をな行為などできるはずはないだろう。

 

 

 

 しかし、必ず、絶対に、と言い切れないのが人間のおそろしいところでもあった。

 

 

 

「この神殿が作られたのは千三百年前になります、時の皇帝である人物が大陸統一戦争の遠征中に見つけたとされここで神の啓示を受けてその後に建築されたそうです。神都にある大神殿や世界樹と共にもっとも古くからある神の膝元ですね」

 

 

 

 確かに歴史を感じさせる佇まいである、その神殿に入った瞬間から広がる純白の空間は否応にもここが神の膝元であると認識させられてしまう。

 

 

 

 理屈や理論ではないのだ、その人の心や魂がこの場所に本能的な恐れや畏敬の念を抱かせてしまう、ここはそんな場所だった。

 

 

 

 先程、エミリーが身を清めてから入るべしと言っていたのも今ならよくわかる、例えどれだけ不敬な人間であってもここを汚したいとは思わないだろう。

 

 

 

「……それで、どうするの?」

 

 

 

「神々への謁見は神殿の中央にある台座から可能です、そこで祈りを捧げれば言葉を賜ることができます」

 

 

 

「えっと、なにか細かな手順とかはないんですか?」

 

 

 

 実際に神々と交信するのはミカエラなのだから心配になるのも当然である、相手を不快にさせてしまえば雷でも落ちてくるかもしれない、冗談でもなんでもなくそういった状況が起こりうるのだ。

 

 

 

「儀式を行う上で注意すべき点や所作はありません、なによりもまず真摯な祈りが必要であり、それが全てだと言えるでしょう……まぁ古い文献には台座の上で裸踊りを披露して神々を捧腹絶倒させた剛の者もいるらしいんですが」

 

 

 

「マジかよ、そいつどうなったんだ?」

 

 

 

「詳しく記述が残っているわけではないので何とも言えないのですが……真否は定かではないけど笑いの神から大きな恩寵を得て半神となったとかならなかったとか」

 

 

 

 しかし、同じように裸で踊った芸人が神の怒りに触れてその場でミイラと化してしまったという話もあり、それらは神々の気まぐれ具合を表す話として舞台になっていたりもする。

 

 

 

「とにかく大事なのは祈りです、正しい姿勢と心、それだけは注意すべきですね」

 

 

 

「わ、わかりました、ボク頑張ります」

 

 

 

 神殿の中心にある扉を開くと太陽の光が差し込む空間があった、どうやらこの神殿はドーナッツ状をしており台座を中核として建てられているらしい。

 

 

 

 朝日を浴びて輝く大理石の台座は、例え光が無かったとしても自ら輝いていたのかもしれない、神殿自体は人間が作った物なのだが、その台座だけは神の手が入っているかのようだ。

 

 

 

「ん、どういうことだ? ワタシらは入れないぞ」

 

 

 

「ん……確かに」

 

 

 

 その台座へと進むことが許されたのはミカエラだけだ、他の三人は扉より先に進めない。

 

 

 

 まるでそこに不可視の壁でもあるかのように三人は入ることができない……いや、許されないのだ。

 

 

 

「どうやら神々はミカエラさんだけに話があるようですね」

 

 

 

「ふ~ん、そんなこともあるんだな」

 

 

 

「ええ、先程はなした皇帝の話の時も、従者や護衛の騎士は台座に近づけなかったとされています。神々は謁見の際にその人物だけの力と器を見るとされており、他人を介入させないのだとか」

 

 

 

 王であれ、皇帝であれ、貴族であれ、平民であれ、男や女や老いや若いも関係ない、ただその器と力だけを観察する、そこに余計な物はいらないということだろう。

 

 

 

「ミカエラさん、私たちは外で待っていますからね」

 

 

 

「はい! あの、ここまで連れてきてくれてありがとうございます! ボク、皆さんがいなかったらきっとここまで来れなかったと思うから……本当なら、もっとたくさんのお礼を」

 

 

 

「全部終わってからで良いからさ、今は自分のことだけ考えればいいんだよ」

 

 

 

「ん……ちゃんと祈りを捧げる」

 

 

 

「そうです、まだ終わったわけではありません……寧ろここからが本番と言えるでしょう。ミカエラさん、最後の最後まで気を抜かないようにしてくださいね」

 

 

 

 緊張しているようだが、それでもしっかりと足は動いている。

 

 

 

 そしてミカエラが台座にたどり着き、祈りを捧げる動作をした瞬間に、扉が勝手にしまってその姿を隠してしまった。

 

 

 

「ミカは大丈夫かね?」

 

 

 

「後は神々の意向しだいです……無事に謁見を済ませられたら良いのですが」

 

 

 

「……私らが心配しても意味がない」

 

 

 

 結局のところキャロルの言葉が全てだろう、気まぐれな神々の意向など人間には図り切れない。

 

 

 

「もし神様との話し合いが上手くいってミカが普通の人間になったらどうするんだろうな? アイツって行く当てとか無さそうだよな」

 

 

 

「それは、そうですね……どうされるのかしら」

 

 

 

「……キャラバンに誘う?」

 

 

 

 その言葉を聞いてエミリーとシャルルはミカエラがキャラバンで働く姿を思い描く、そういえば人手不足だったことも思い出して悪い考えではないと判断した。

 

 

 

「それも良いかもしれませんね、最終的な判断は団長がなされるとして、全てが済んだら誘ってみましょうか」

 

 

 

「キャラバンの公演とか貿易とか興味ありそうだったしな、人手不足だから団長だって許可してくれるさ」

 

 

 

 三人は神殿の柱に身を預けながらこれからのことを考える、全てが上手くいったらという希望的な考えが前提にあるが、否定的な想像をしても意味がないだろう。

 

 

 

 ミカエラ自身の意思確認も必要になってくる話なのだ、最終的には彼女の言葉を待つしかない。

 

 

 

 それから彼女たちは一時間ほどその状態で話し込む、ほかにやることも無いので会話することしかできないでいた。

 

 

 

 ミカエラがどんな状態なのか確認しようにも扉は固く閉ざされており中の様子はわからない、強引にこじ開けるようなことも出来るはずがなく、ただ時間だけが静かに流れていく。

 

 

 

 あまりにも静かな時間だった、少女たちの会話と波の音だけが神殿の中に響いている。

 

 

 

 しかし昼も中頃となったとき静謐な空間を破るかのように、シャルルは身を預けていた柱から離れて立ち上がる、そしてその姿を追うかのようにキャロルも立ち上がった。

 

 

 

「お二人とも、どうなされたのですか?」

 

 

 

 返事はない、二人はただ真っすぐと神殿の入口を見つめており、その手は既に武器を握っているのだ。

 

 

 

「……エミリー、魔法の準備をしておけ、厄介なのが来るぞ」

 

 

 

「ん……正直、二度と会いたくなかった」

 

 

 

 神殿の扉が静かに開かれる、そして外から姿を現したのはどう見ても人相の悪い男たちだった。

 

 

 

 その先頭、豪槍を肩に置く獣のような雰囲気を持つ男の顔を彼女たちは知っている。

 

 

 

「……カムラーン」

 

 

 

 なぜここに、という疑問に意味はない、あの森の中の村のように偶然出会うような場所でもないのだから。

 

 

 

 第一王子に雇われているという事実があるのなら、目的は間違いなくミカエラだ。

 

 

 

 カムラーンは神殿の内部を興味深そうに眺めながら視線を彷徨わせると、奥にいた三人を見つけて獣のような笑みを浮かべる。

 

 

 

「おぉぉい! あの時の嬢ちゃんたちじゃねえか!? まさかこんなところで会えるとはなぁ、こりゃツイてるぜ……ん? とすると娼婦の神を攫ったていう賊ってのはお前らか」

 

 

 

 やはり目的はミカエラらしい、元からわかっていたことだが戦闘は避けられそうにない、そして今回は隙を突いて撤退することも難しい。

 

 

 

 彼女たちの背後にはミカエラがいる、守らなければならないのだ。

 

 

 

「首領、このガキたちが例のあれですかい?」

 

 

 

「へえ、確かにガキですね、胸もケツもこじんまりしてらっしゃる」

 

 

 

「俺としてはもっと胸のでかい女の方が好みだな」

 

 

 

「いやいや、あれくらいのガキの方が締まりがよくて気持ちがいいっての」

 

 

 

 人相の悪い男たちは下卑た笑みを浮かべながら、警戒心など皆無であるかのようにこちらへ歩いてくる、武器さえ抜かないのは余裕の表れなのか、それともバカなのか……おそらくはその両方だろう。

 

 

 

 そして三人娘と向かい合う、戦士ならば一息で懐に入り込める距離だ。

 

 

 

「なんの用があってここにきた?」

 

 

 

 シャルルの質問にカムラーンは相変わらず獣のような笑顔で機嫌よくこう答えた、そうすることが決定しているかのような言葉で。

 

 

 

「ここに娼婦の神の半神がいるだろう? そいつを抱きに来た……まぁ、神々との契約の上で結ばれた雇い主である第一王子にも、飽きたら渡さなきゃらなん」

 

 

 

「私たちがそれを許すとでもお思いですか?」

 

 

 

 エミリーは自然と魔力が漏れ出ていた、空間を圧迫するかのような力の放出に、ようやく人相の悪い男たちは警戒を露わにするのだった。

 

 

 

 魔術師は珍しい、百戦錬磨の傭兵であっても戦った経験は少ないはずだ、まして実践に出てこれるほどの魔法を扱える相手など更に稀だろう。

 

 

 

「許す許さねえなんて言葉になんの意味があるんだよ、そうやって口を動かしてれば俺が引くとでもおもってるのか? ありえねえだろそんなこと……俺を止めたいのなら力づくで止めてみな、この世は全てがそれで回っている、ガキでもそれくらいわかってんだろ」

 

 

 

 太く長い槍が突きつけられる、この世の全てを打ち抜いて来たそれは一切の歪みが無い。

 

 

 

「俺を止めたいなら殺せばいい、それだけの話だ」

 

 

 

 その言葉で彼の人生は完結しているのだ、法も国も感情も関係ない、全てが力の強弱で決定される。

 

 

 

 それがカムラーンであり、それができるからこその半神だった。

 

 

 

「覚悟は良いか嬢ちゃんたち、この前よりも楽しませてくれよ」

 

 

 

 それ以上の問答は無用、そう伝えるかのようにカムラーンは槍を振りかぶって叩きつけてくる、小枝でも振り回すかのような気楽さで豪槍がシャルルに迫るが……神殿に響いたのは肉を潰す音ではなく甲高い金属音だ。

 

 

 

 自らの剣で槍を受け止めたシャルルの体幹は一切ブレがない、例えカムラーンが本気でなかったとしても驚くべき光景だった。

 

 

 

「あのガキ、首領の一撃を耐えやがったぞ」

 

 

 

「いや首領だって全力じゃなかったろ」

 

 

 

「ならお前は同じことできるのかよ……ガキだガキだと思っていたが、大したもんじゃねえか」

 

 

 

 以前とはまるで逆の光景だ、カムラーンの槍を簡単に受け止めたシャルルは静かに眼前の男を睨みつけている。

 

 

 

 そして一呼吸、それが始まりの合図であったかのように神への祈りと聖句を唱えた。

 

 

 

「戦神よ、我に力を」

 

 

 

 瞬間、天上から光が降り注ぐ、それは巨大な柱となって彼女を包み込むとこれまでとは比べ物にならないほどの力をシャルルに与えてくれる。

 

 

 

 光の柱が掻き消えると、そこには淡い光を纏った戦士の姿があり、かつてないほどに神へと近づいたシャルルが居た。

 

 

 

「おいおい嬢ちゃん、まさか半神になったのか?……なるほど、ここは神の膝元だったな……神々に祈りも届きやすいってわけか」

 

 

 

 元々、シャルルは神々の寵愛と加護が強く、その力は半神であるカムラーンには届かないものの十分すぎるほどに高い。

 

 

 

 そんな人物が、この瞬間、この場所で、神への祈りを捧げればどうなるか、その答えがここにあった、狙ってやったことではないがこれは彼女たちにとって大きな事実だろう。

 

 

 

「いくぞカムラーン! この前のようにいくと思うなよ!!」

 

 

 

 裂帛の気合と共に剣が振るわれる、一時的にでも半神となった彼女の剣は頂へと昇りつめて無数の軌跡を描いてカムラーンに殺到するが……相手は武神そのものだ、全ての軌跡が体に届く前に弾かれてしまう。

 

 

 

 たとえ同じ半神であろうとも、そこには明確な格の違いがある。

 

 

 

 戦士として積み上げた経験、打ち倒してきた強敵たち、そして神格を宿してきた時間の違い、それらが両者を完全な上下関係に追い詰めた。

 

 

 

 無数の剣戦を掻い潜り、その槍先がシャルルを襲い掛かるのだが、一本の矢がそれを阻止する。

 

 

 

 本来ならカムラーンに矢は当たらない、これはほぼ絶対と言い切れる、例え空を覆いつくすほどの矢が放たれようとも彼にはかすりもしないだろう。

 

 

 

 だからこその半神なのだが、それを覆すかのようにキャロルの矢は彼に傷を付けられる。

 

 

 

 シャルルに向けられた槍が軌道を変えてキャロルが放った矢を打ち落とすが、その瞬間に槍から伝わってきた感触は小枝をへし折る感覚ではなく、重く固い金属をはじいたかのような感触だった。

 

 

 

 重く、そして鋭い、それは矢の形をした別の何かとさえ言えた。

 

 

 

「射手の神よ……撃墜の一撃を我がもとに」

 

 

 

「おお! そっちの一番小さい嬢ちゃんもかよ!」

 

 

 

 キャロルもまた祈りと聖句を唱えた瞬間に光の柱が包み込む、彼女もまたこの場所とこの瞬間だけ半神へと至ったのだ。

 

 

 

 そして淡い光を宿した体が弓の弦を引っ張る、矢はつがえない、その必要がないからだ。

 

 

 

 それはまるで周囲の光を吸収するかのような光景だった、小さな粒子がキャロルの手に束ねられると、その光は一本の矢へと変化する。

 

 

 

「ーーちッ! お前ら死にたくなければここから出ていけ!」

 

 

 

 カムラーンが手下にそう怒鳴りつけるが……遅い、既に矢は放たれている。

 

 

 

 光の矢はキャロルの手を離れた瞬間に大きくはじけて無数の矢へ姿を変えて彼らへと突き進む。 

 

 

 

 矢を放った衝撃の強さを証明するかのように地面が砕けて大気が破裂していた、矢を放ったというよりも光を放出したかのような光景であり、それは必中であり必殺であることを確信させるには十分だろう。

 

 

 

 実際、キャロルはこれでカムラーンやその手下を殺すことが出来ると考えていた、ただ誤算があるとすれば相手もまた半神であり、そして自分たちよりも強く年季を積み重ねた相手だったという点だ。

 

 

 

 光の矢はそれぞれが異なる軌道を描き、それは矢と表現するよりは無数の蛇が蛇行しながら食らいつくかのような光景なのだ、防ぎきれるはずがない。

 

 

 

 だが、それを全て弾くからこそのカムラーンだ。

 

 

 

 正面からの矢は勿論、地面を這うように接近して目前で跳ね上がった矢も、上下左右から襲い掛かる矢も、回り込んで背後から食らいつく矢も、その全てをカムラーンは叩き落として見せてしまう。

 

 

 

「……怪物」

 

 

 

 最早、そういうしかない、そうとしか表現できない。

 

 

 

 幸いにもカムラーンの背後にいた手下たちはその攻撃で排除することができたのだが、肝心の相手は未だに無傷だ。

 

 

 

 どう攻めたものか、考える前に背後から祈りの声が届く。

 

 

 

「至高神よ、天上の主よ、この身に力をお授けください」

 

 

 

 三本目の光の柱が空から大理石の天井を通過して振ってくる、その中心にいるのはエミリーだった。

 

 

 

「二人とも下がって!」

 

 

 

 彼女が生み出すのは炎、魔術師の基本にして原点、始まりの魔法と呼ばれるそれは最初は手のひらサイズの炎だったが、みるみる姿を変えて巨大になっていく。

 

 

 

 本来ならここで炎の竜巻となるのだが、今回は渦巻くことなく人型へと姿を変えていく。

 

 

 

 それは炎の巨人だった、とてつもない熱波をまき散らしながら闊歩する見上げる程に大きな巨人だ。

 

 

 

 巨大でありながらその動きは俊敏と言えるだろう、そもそも炎の塊なので重さなど無いに等しい。

 

 

 

「吹き飛ばしなさい!」

 

 

 

 主の命令を受けて炎の巨人はカムラーンへと視線を向ける、するとその炎で象られた瞳から熱線が放出された。

 

 

 

 全てを焼き尽くすそれは、あまりの熱量に神殿の壁や床を溶解させながらカムラーンへ近づいていく。

 

 

 

 それを体に受けて人間が生きていられるはずがない、悉くが焼き払われて灰燼と化すのが当然である。

 

 

 

 しかし、それを防ぎきるのがカムラーンという男なのだ。

 

 

 

 熱線がその体を焼くことはなかった、彼は神格を宿した槍でその熱線を遮ると、軌道を変えて逸らしてしまう。

 

 

 

「今日は驚かされてばかりだな……やっぱりお前らは俺の見込んだ通りの女だ、いったい何度気に入らせてくれるのやら!」

 

 

 

 カムラーンにあるのは純粋な称賛である、例え自分の身を脅かす力を見せつけられようともそこに恐怖や怯えは生まれない。

 

 

 

 戦いを楽しんでいるのだ、戦士ならば誰もが多かれ少なかれそんな感情を持ち合わせているのだが、彼のそれはもっと奥底にある渇望とさえ言えるものなのだろう。

 

 

 

 殺せるものなら殺してみろ、もし殺すことが出来たのなら心の底から相手を称賛するはずだ、彼はそういう男だった。

 

 

 

「さあ来い! これで終わりじゃないんだろ!? もっとも俺を惚れさせてみろよ!」

 

 

 

 だからこそカムラーンは笑顔を絶やさない、ここは彼にとってまさに理想郷なのだから。

 

 

 

「エミリー、キャロル、全員で行こう、コイツ相手にはそれしかない」

 

 

 

 小細工は不要、小手調べなど意味がない、ただ力を集結させてぶつけるしかないということだ。

 

 

 

 次の一瞬に全てを注ぐ、力も経験も祈りも聖句も、あらゆるものを込めて叩き込むしかない。

 

 

 

「ああ良いぜ、全てを俺にぶつけて来い!」

 

 

 

 カムラーンもまたそんな彼女たちを受け入れるようだ、それは油断からの判断ではなく彼の在り方から来る仁王立ちである。

 

 

 

 槍を構えて三人を睨みつける姿に慢心は無く、あるとすれば何を見せてくれるのかという好奇心だけだった。

 

 

 

「行くぞみんな! 行くぞカムラーン!」

 

 

 

 最初の一歩はいつものようにシャルルが刻む、それに続くようにエミリーとキャロルが援護するのだ。

 

 

 

 半神と化したシャルルの踏み込みは大地を踏み砕いて轟音を響かせる、この肉薄はいつかの村での戦いを彷彿させた、あの時は手も足も出なかった高みにも今なら指先くらいは届くだろう。

 

 

 

 ただあの時と違うのは、彼女を後を追うように光の矢と炎の巨人が追随している点だ。

 

 

 

「戦神よ力を寄こせえぇぇ!!」

 

 

 

 最初にカムラーンへ届いたのは光の矢だ、無数の閃光が彼に群がるように肉薄するが先程と同じように全てが弾かれてしまう、しかしそれでいい、キャロルの役目はあくまで陽動であり本命ではないのだから。

 

 

 

 無数の光とカムラーンごと炎の巨人が包み込む、大きく飛び上がった巨人はそのまま腹から地面へと落下したのだ。

 

 

 

 灼熱が大地を染め上げる……かと思ったが、カムラーンは豪槍を振り抜き炎の巨人を吹き飛ばしてみせた。

 

 

 

 槍を振るったとは思えないほどの豪風が全てをかき消した、しかしそれでいい、エミリーもまた本命ではないのだから。

 

 

 

 最後の一撃こそが本命、シャルルの剣が切り札だ。

 

 

 

 やはりそれはあの村での戦いを彷彿させる、大きく飛び上がったシャルルの振り下ろす剣は悉くを両断するギロチンそのものであり、乾坤一擲の一撃となりえる。

 

 

 

 あの時と同じようにカムラーンは剣を受け止める、そしてあの時と同じように剣と槍が打ち合わさる甲高い音が響き渡り、あの時と同じように衝撃が広がった。

 

 

 

「ーーーッ!!」 

 

 

 

 ただ、あの時と違うのは、カムラーンの体幹が大きく揺らいで膝立ちとなったことだろう。

 

 

 

 理由は多々ある、三人が半神と化したことで力が縮まったこともそうであるが、放たれた光の矢と炎の巨人への対処によってカムラーンもまた余裕がなくなっていたのだろう、シャルルの剣を万全な状態で受け止めきれなかったのだ。

 

 

 

 体幹が揺らげば槍も傾き、シャルルの剣は槍を滑りながらそのままカムラーンの肩へと食い込む。

 

 

 

 そして彼の肩から流れるのは真っ赤な血だ、決して傷つけることの叶わなかったその体から血が溢れている。

 

 

 

 深くはない、しかし確かな怪我であった。

 

 

 

 それも見たカムラーンは驚くでもなく、怒るでもなく、ただ自分の血を見つめて静かに頷く。

 

 

 

「見事だ、ただただ見事だ……俺に血を流させたのはあのドラゴンや悪魔たち以来だ」

 

 

 

 彼の視線がシャルルと、その後ろにいるエミリーとキャロルへと向けられる……そこには彼特有の獣のような笑みはなく、侮りも余裕も油断も存在しない。

 

 

 

「素晴らしい連携であり、最高の一撃だった」

 

 

 

 その言葉と共に、カムラーンは自身の体に流れる力の全てを放出するのだった。

 

 

 

 瞬間、世界が塗り替わる、三人がその魔力と神格で染め上げていた自分の空間が一瞬にして侵略され、彼の世界へと変化していくのだ。

 

 

 

「だからこそ……俺もまた全力を持ってお前たちを迎え撃つ」

 

 

 

 槍がシャルルの体を弾き返し、そのまま天へと突きつけられると、まるでその瞬間を待ちわびていたかのように巨大な光の柱が降り注ぐ、三人を包んだ光とは比べ物にならないほどに太く巨大なそれは神がカムラーンを抱きしめているかのような光景である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「武神よ、この身に降りたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光が晴れた時、そこに立っていたのは神だった。

 

 

 

 あの村での戦いの時も武神をその身に降ろしたが、それですら手加減していたことがよくわかる、今この瞬間こそが彼の全力なのだろう。

 

 

 

 中途半端な半神が三人いたところで勝ち目はない、神に人が勝とうなど愚かにも程がある。

 

 

 

「行くぞ……構えろ」

 

 

 

 宣言はそれだけ、そして始まるのは蹂躙だ。

 

 

 

 しかし彼が一歩踏み込もうとした瞬間、神殿の中心へと続く扉が開いてその向こうから声が響く。

 

 

 

 

 

「もうやめてください」

 

 

 

 

 ミカエラの瞳は、かつての自分と同じ半神を見つめていた。

 

 

 

 

 

 ただただ真っすぐと、彼を見つめているのだった。

 

 

 

 

 

 




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