商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
エルフたちの方針は決まったようだ、非戦闘員は遠くへ逃がして戦士階級は魔王の玉座と化した世界樹と里の奪還に向けて行動することになる、その戦いと並行して次善の策として世界樹の実を採取して若木を生み出し、次の世界樹を作ることが彼らの作戦であった。
エルフの文化や歴史や矜持を細かく理解していないキャロルは、彼らの決めた方針に口を挟むことはしない、部外者ではあるがその方針は私情に流されてのことではないとわかっており、彼らが勝つことを諦めていないことも察することができたからだろう。
後はそこに便乗するだけである、傭兵として正式に雇って欲しい所ではあるが、そもそもエルフたちには傭兵と言う考え方や概念が遠いものらしい。
あまり他所と関わらずに、ある意味閉鎖された環境で身内だけの社会で生きて来たのだ、他者を金で雇う感覚がいまいち理解できないのだろう。
外交を担当していたという長老衆が死んでしまったことも原因の一つだろう、人間社会に精通している者が存在しないらしい。
なので彼女はエルフたちの拠点である集落で浮いた存在となっていた、種族は勿論のこと考え方や価値観も異なるのでそれは仕方がないことだとキャロルは納得していたのだが、彼女が浮いているのはそういう事情ではない。
いや、種族の違いも理由の一つではあるのだが、一番の問題は彼女に宿った魔力や神性とも言うべき異質な存在感だ。
エルフは魔術に精通しており人間とは異なる感じ方や視力を持っているのだ、そんな彼らから見たキャロルは、様々な神獣の加護と神性を併せ持つ存在なのだ、それ故に目立っており浮いてしまっている。
宛がわれた天幕から外に出て集落の中を歩くと、恐れるでもなく敬うでもなく、遠巻きに観察するようにエルフたちは距離を取ってしまう。
居心地が悪い、キャロルがそう思ってしまうのも仕方がないだろう。
だがそんな中でも声をかけて来る者はいた、キャロルと同じような魔力と神性を持つミューである。
「キャロル殿、どちらへ?」
「ん……水浴び、来る?」
「ご一緒しましょう、私も汗を流したい」
そう言った彼女の背後ではエルフの戦士たちが汗だくになって幾人も倒れ伏している、どうやら朝から鍛錬を繰り返していたようだ。
合流した二人はそのまま注目されながら集落を離れていき、近くにある湖まで行くと、そこで水浴びをするために服を脱ぎ捨てる。
先に来ていたエルフたちもいたのだが、彼女たちを発見するとそさくさと立ち去ってしまうのだった。
「ん……なんだか、避けられてる」
「……えぇ、そのようですね」
「やっぱり……人間だから?」
「いえ、そうではないかと……原因の一つではあるのでしょうが、今のキャロル殿は……その、神性が強く感じられますので」
「……神性?」
「もしや……自覚がないのですか?」
「ん……わかんない」
キャロルは全裸になって湖の中に太ももまで付けると、そのまま水面を覗き込むように姿勢を崩す。
水面に広がる波紋が収まると、その中に映っていたのは当たり前だがキャロルの顔だ。
これまで何度も見て来た、見飽きていた顔なのだが、改めて見てみると変化を感じ取れた。
顔つきは、相変わらず幼さが残っているが二年前よりはまだ大人になっている、問題なのはそこではなく髪である。
少しだけ金色交じり始めており、彼女の髪はもともとそんな色ではないのだが、根元から薄っすらとだが変色が始まっているのだ。
瞳と同じ、黄金を溶かし込んだかのような美しい金色がよく映える、染色した訳でもないのにそんな状態なのだから驚くしかない。
以前はこんなことはなかった、二年のサバイバル生活の間に髪を切ることは幾度かあったがここまで顕著な変化は無かった筈である、だとしたら金色に染まり始めたのはここ最近の話だろう。
何が原因なのかと考えてみると、やはり神獣たちとの加護を多く賜った会合を機にと考えるのが自然だろうか。
あの出来事を境に、彼女の中に宿っていた神性が強まったのかもしれない、体に変化を伴わせるほどに。
「半神?」
「そこまでは至っていないでしょうが、近づいてはいるかと」
ミューから見たキャロルはそこまで極まっている、それこそ何かの切っ掛け一つであちら側へ至ってしまう程に境界に近い。
既に片足のつま先はあちら側だ、キャロルは境界に立っていると断言できるだろう。
人と神、天才と凡人、英雄と只人、その境目に。
「ん……だから、怖がられるのかな」
「気になされているので?」
どうだろうかとキャロルは考え込む、別にエルフたちから浮いても困ることはないのだが、腫物のように扱われることも居心地が良くない。
仲良くできるのならばそれに越したことはないだろう、ただ友好関係を築くにしても簡単ではないのだ。
これが人間同士ならばキャロルにも幾つか方法が思い浮かぶ、傭兵契約を結ぶ等といった方法だ、しかしエルフたちにその考え方は薄い。
「……困ってる訳じゃないけど」
そこで彼女の胸に去来した不透明な感情は、敢えて名づけるとしたなら寂しさだろうか。
この二年ほどの時間をずっと社会から外れて孤立していたのだ、途中からミューと過ごしたがそれでも社会とは遠く離れていた。
そんな状態でエルフの集落までやって来たというのに、そこでも孤立してしまっているので、彼女は寂しいと感じているのかもしれない。
「うん……少し、寂しいかも」
「……キャロル殿」
「ん……娼館でも開こうかな」
「……う、うん? あれ? 娼館?」
「仲良くなるには、それが一番」
湖に体を沈めて仰向けでぷかぷかと浮かぶキャロルの発言に、ミューは思わず額を抑えてしまった。
確かに仲良くはできるだろう、セックスは男女の最も深い繋がりなのだから。
ただ大手を振って同意はできなかった、そもそもそこまでしてまで仲良くする必要はないと彼女は思っているのだろう。
何より、キャロルが娼婦として働くことを想像すると、異様に苛立つ自分がいた。
「そ、そこまで、なされる必要はないのでは? そもそも娼館を開いたとしても一部の者の評判しか上がらないかと愚考いたします……ええ、そのようなことなされる必要はありませんとも」
「そう? いい方法だと……うん、思うんだけどな」
「仮に娼館を開いたとしても、見ず知らずの……それも人間相手ではまず警戒心が先に来るものです」
「……そうなんだ、人間とは違うね」
「身内の繋がりがとても強いので内へと籠るのですよ。封鎖的だからこそ身内で完結させてしまいます。その、若い世代へのそういった教育も、未亡人などが担当しておりました……まぁ、偶に人間の社会へ進出する者もおりますので、例外はあるのですが」
「セックスが楽しいって感覚はあるんだよね……ミューはいつも楽しんでた」
「そ、その、私も今でも信じられないくらいで……い、いえ、それはどうでも良いんです」
そこでミューの視線がキャロルの首元にぶら下がる聖印へと向けられた、エルフと人間の共通点を上げるのならば信仰する神々に大差が無いことだろうか。
ミューが戦神を信仰するように同じ神を敬う人間もいるだろう、種族が異なっても信仰は変わらないのだ。
そう言った意味では娼婦神と神殿に認められて聖印を持つキャロルは、エルフたちからの信頼を得ていると言えるのかもしれない。
娼婦神の眷属であるのならば、人間であっても安心できると、そう思っても不思議ではないだろう。
神の眷属として認められるということは、つまり信頼を集めるということなのだから。
そこでミューは考え込む、もしかしたら娼館を開けば案外上手くいくのではないだろうかと。
だが、そうまでして融和を図る必要性は無いとすぐさま結論付ける、胸の不安を消し去る為にもだ。
「キャロル殿、無理に馴染む必要はありません。我々は我々、人間は人間、何もかもが異なるのですから、その溝を埋めるのは容易ではないでしょう……焦る必要はないかと、我らは何も貴女を排除しようとしている訳ではないのですから」
「ん……でも浮いてるのは事実」
「畏れと敬意故です、軽んじている訳ではありませんよ……ですから娼館を開くなど考え直していただきたい」
「そう……なら良い」
ふとキャロルは思った、神性を持つということは只人から離れることであり、それは日常からの乖離なのではと。
これまで当たり前だった日常とは一線を引いた、何もかもを置き去りにするかのような変化の訪れなのかもしれない。
天才は孤独という言葉があるがそれに似たような状態だろうか、これから行く先々で敬われて畏れられるのかと思うと、少しだけ気が滅入った。
力が手に入るのは歓迎するが、別に彼女は誰かに仰がれたい訳ではないのだ、芸人として旅をしながら時には商人や娼婦として働いて、それで良いのだと受け入れている。
だが、彼女に纏わりつく黄金の輝きはどうしても人々の注目を集める、ましてや人とは違った視力や感性を持つエルフたちはその反応がとても顕著であった。
「なんか……大変」
ジャバっと音を立ててキャロルは湖から這い上がると、水気を拭き取りながらそう呟く。
そして未だに水浴びをしているミューに振り返ると、決意を込めてこう言うのだった。
「うん……やっぱり、何かしよう」
「はい? あの、何かとは?」
「……交流? あ、公演でも良いかな、娼館でも……うん、まぁ、やろう」
「いえ、あの……キャロル殿?」
「ん……ミューも手伝って」
何やら決意を固めて有無を問わせないキャロルの迫力に、魂が服従しているミューは何も言うことができなかった。
「遠征に必要な食料は良し、武器も妖精女王のおかげで揃えられた、後はいつ行くかだな……戦士たちの士気は?」
「万全です、と言いたい所ですが、完璧ではありません。やはり死地に赴く訳ですから」
「そうだろうとも、家族や友人たちとも別れなければならない……悲しみはあるだろうさ」
「……避難組も同様です、故郷を捨てることの後ろめたさもあるのでしょう」
「あぁそうか……そちらもか」
エルフの集落の中心にある大天幕の内部でカーバンクルを議長として代表者たちが会議を行っている、しかし書類に埋もれている訳ではなくそもそも紙など存在しないので、書類仕事のようなものはなく口頭での事実確認が殆どだ。
また、細かな調整や今後必要とされるであろう物資の割り当ても終わっており、必要となるのは最終的な意思確認だろう。
逝く者、去る者、二手に分かれて血と歴史を継承させる方針を固めた彼らではあるが、全ての者が納得しているかと言えば嘘になってしまう。
避難組に割り当てられて不満を持つ者もいれば、故郷の奪還組に命じられた者にも言い分はある。
戦士階級のエルフたちは決死の戦いに赴くことに不安はあり、取り残される者たちもまた先が暗い、完全完璧な方法や指針などありはしないのだからどうしようもないのだが、これから行動しようという時に足並みが揃わないのは拙い。
戦士たちは死ぬことが怖い訳ではない、残していく者たちの未来を案じており、避難組もまた帰らぬであろう戦士たちを思っているが故の不満であることは唯一の救いだろう。
互いが互いを心配しているからこその不安であり不和なのだ、そしてだからこそ解決策が見つからない状態である。
「例え死したとしても我らは神の下に集い、最後には地上へと帰って来る……だからといって、納得できる筈もないか」
カーバンクルはそんな言葉と共に大天幕の中で視線を右往左往させて、最後に小山となっている貢物の山へと辿り着く。
感謝の気持ちを込めて贈ったそれらの持ち主は今はいない、つい先ほどのことだがキャロルとミューが雑草でも引っこ抜くかのような動作でテイタニアの身柄を持って行ったのだ。
何やら彼女の手を借りたいことがあるらしい、カーバンクルは詳しくは聞いていないが、邪なことではないようなので放置していた。
「妖精女王に別れの儀式でも頼むのはどうだろうか? 何かの区切りがあれば前へと進めるのではないか?」
葬式や墓参りなどは死者を想う行為ではあるが、残された生者の区切りでもある、どうやら彼はそれを尊い存在に仕切ってもらうことで決別としたいようだ。
「……いや、無理だろうな、結局は不平不満を拭えない」
「我らを分かつことが根本の原因なのです、全ての者を戦いに赴かせるか、全ての者で新天地を目指さすかでなければ、皆の不安は解決いたしませぬ」
「いや、もう一つあるぞ……魔王を打倒して凱旋すれば良い、それで全てが解決だ、本当にそれだけで何もかもが解決する」
そして、それが達成困難であることを全てのエルフたちが理解しているから、不安を拭えないのだ。
挑めば死ぬ、間違いなく死ぬ、カーバンクルがどれだけ努力して覚悟を決めようともそれだけは絶対に覆らない、それでも挑まなければならないのがエルフたちの現状だ。
当然ながら勝利を目指す、勝つことを諦めていない、だがそんな思いだけで魔王を倒せるのならば誰も苦労しない、彼らにできるのは確定した敗北から目を反らして僅かばかりの希望を残すことだけである。
勝てずとも新しい世界樹を生み出し、逃した同胞たちが血と歴史を継承してくれるという、妥協した未来しか望めないのだから、内心の不満も溜まるだろう。
せめて全ての者を巻き込んで決戦に挑めるのならば、或いは全ての心が一つになるのかもしれない、もしくは逆であったとしても流れる血と別れは最小限に済ませられるのでまだ良い。
だが、それはカーバンクルの立場で選べるはずがない、同胞の未来も世界の未来も、彼にとっては切り捨てられないものである。
「勝つぞと、どれだけ強く言葉にしようとも……自分自身を騙せない言葉に意味はないのか」
「……カーバンクル様」
「……様はよしてくれ、長老衆がいないから仕方なく長を引き受けているが、僕は里を抜けて旅をしようと思っていたんだ、こんなことが無ければね」
「大樹海の外ですか……恐ろしい所と聞きまするが」
「そうだろうとも、だからこそ興味を惹かれるんじゃないか……それに、キャロル殿を見て更に興味深くなった」
「あぁ、あの半神の方ですか」
「なんでも彼女は旅芸人らしい、商売をしながら世界を旅しているそうだ」
そう言った彼の言葉には羨望が込められていた、これから決死の戦いに赴かなければならない彼にとって手に入らない自由でもあるのだろう。
自由に生きるのはどういうものなのだろうかと、大樹海で育った彼には考えてみてもわからなかった。
戦いの前にキャロルにもっと話を聞いてみようとカーバンクルは思い、大天幕にはない彼女の姿を探して外へ出ようとするのだが、表が少しだけ騒がしくなっていることに気が付く。
何事かと天幕の外へ顔を出してみると、丁度こちらへ入ろうとしていたミューと出会った。
「ミューリアン、これは何事だい?」
「あ、若様、丁度良かった、同胞たちを集めてはいただけないでしょうか」
しばらく見ない間に見違えるほどの変化をしていた同胞の少女の言葉に引っ張られ、カーバンクルは天幕の外を観察して言葉を失った。
「その、これからキャロル殿が公演を行うそうです……戦いの前に行う儀式でもあり出陣奉納になると」