商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
決別の歌という演目がある、それなりに世に広まっている話であり、寝物語や吟遊詩人から聞いたことがある者も多いだろう。
内容は特に捻りもなく、戦場へ向かうことになった騎士が恋人に別れを告げるというものである、どこにでもありそうな物語であり、特別目立った内容でもないのだが、それでもこの演目が広く知られている理由は、登場人物が空想上の存在ではなく実在した人であることだろう。
世に知られた理由はとある吟遊詩人が情緒を込めてどこかの都市の大通りで歌ったことが切っ掛けだ、そこから世界中に広がって絵本や演目となって語り継がれていった。
きっとその吟遊詩人も、自分の歌がそこまで人気になるとは思わなかったのだろう、知り合いや観客へと惜しみなく披露して広めており、最後には権利すらも売ってどこかへ去っていったらしい。
残された歌はそれを気に入った舞台役者が引き継いで大きな劇場で演目となったそうだ、各々の努力もあっただろうが全ては偶然であり、つまりはこの歌が広がった理由は本当にただそれだけである。
特別ではない、ありきたりな、どこにでもある別れの話、だからこそ感じやすく伝わりやすいのだろう。
春風のキャラバンでも演目の一つとして扱ったことがある、残念ながら役者として演じたことはキャロルにはないのだが、先輩団員たちの補佐として舞台袖から見たことは何度かあった。
特にローレライが演じれば文句なしに記憶に残る物語となる、キャロルがこの演目を開くことを選んだのは、単純にローレライとこの場にいるエルフが重なったからなのかもしれない。
「人は集めたが、何故彼女はこんな催しを行おうとしたんだい?」
「我々の間で浮いていることを気にしておられましたので、距離を縮めたいのかと思われます、腫物のように扱われることが嫌なのかと……後は、集落の雰囲気を変えたいのかもしれません」
「気を使わせてしまったかな、だとしたら申し訳ない」
ミューの言葉にカーバンクルは眉間に皺を寄せてしまった、まさか客人にそこまで配慮されることになるとは思っていなかったようだ、首領として情けない気持ちになったのかもしれない。
「私もキャロル殿を手伝いますので、この辺りで失礼いたします」
「あぁ、客人を支えてあげてくれ」
彼は幼い頃から戦士として傍にいたミューの背中を見送る、再会してからというもの見た目も気配も雰囲気も変わってしまったとカーバンクルは考えていた。
昔は良くも悪くも真面目であった彼女だが、今は少しだけ接しやすくなっている、それと同時に同胞らしさよりも人間らしさが増したようにも思える。
冬の間はキャロルとずっと過ごしていたからなのか、その影響が濃いのだろう、カーバンクルにはそれが良いことなのか悪いことなのか判断できない、ただ戦士として研鑽を積み重ねてそれが全てと割り切っていた堅物の彼女を思い出すと、どちらかと言えば前者よりの変化なのかもしれない。
そんな変化を与えてくれた彼女が何を見せてくれるのかと周囲を見渡すと、招集されたエルフたちが集落の広間を囲むように集まっていた。
後は出陣するだけなので暇な者たちも多いのかそれなりの数が揃っている、征く者も去る者もだ。
そんなエルフたちの視線の中心にいるのはキャロルである、彼らの特殊な視力で観察すると人間離れした神性がよく見えるので、緊張からか喉を鳴らす者が幾人か発見できる。
別にキャロルを嫌っている訳ではないのだ、ただ強い神性を前にして距離を測りかねているのだろう。
「これより出陣前の奉納演目を行う、各々、括目せよ!!」
よく通る力強い声でミューが伝えた言葉への反応は様々である、故郷から追い出されて娯楽から遠いこの集落では歓迎すべきものだと考える者もいれば、こんな時にやるべきことではないと思う者だっている、反応は真っ二つに分かれているようだ。
中には声に出して批判している者もいる、そんなことをやってる状況じゃないだろうと。
様々な反応を見せるエルフたちだが、そんな彼ら彼女たちは、キャロルが前にでると一様に言葉を閉ざす。
見せられる、或いは魅せられてしまったのだ、静かに佇む彼女の姿から誰もが視線を逸らせない。
「……役者とは凄いものだな」
その場にいる全ての者の瞳を奪う存在感をキャロルは放っているのだ、その身に宿った神性も手伝ってか触れがたいほどの雰囲気を放っている。
目立つことが、魅せることが役者に必要な技量であるのならば、間違いなく彼女は一流の芸人だろう、誰もが彼女から視線を外せないのだから。
「……」
キャロルがエルフたちが作る大きな輪っかの中に一歩踏み出す、するとざわついていた彼らは途端に静かとなった、胸の中にあった批判も期待もどこかへ消えていき喉を鳴らす音だけが耳に届く。
カーバンクルは一般娯楽として行われる演目を知らないが、こんなにも目を離せないものなのかと考えているようだ。
「も~うッ!! なんで私が演出担当なのよぉ~」
そんな妖精女王の愚痴が上空から降って来るが、注意を向ける者がいないほどにキャロルが視線を集めている。
演目の開始は何が合図であったのか誰にもわからない、ただキャロルは静かに唇を動かして言葉を紡いでいく。
「――――――」
子守歌のような、鳥のさえずりのような、決して大きくはないが何故か耳に届く不思議な声で彼女は演目を披露する。
それはプロの、例えば春風のキャラバンで役者をしている団員であれば、お世辞にも「上手い」と褒めることのできない技量の演技であり歌と言えるだろう。
キャロルの性格や経験もあってか役者としての技量はそこまで高くはない、公演で主役を張った経験もあるのだが、その時は体を動かす演技だけに集中してセリフや歌は巧みな先輩団員によるアテレコであった。
その為かやはり上手くはない、下手と断言はできないがプロの領域ではないと言える、ただ溢れんばかりの存在感がそれらのマイナスを帳消しにしているようだ。
後は、こういった公演と縁遠いエルフたちが他と比べる材料が無いことも有利に働いた、キャロルの演技が下手だという感覚を覚えなかったのだろう。
それに何よりも、今のキャロルは不得手を吹き飛ばすほどに雰囲気がある、彼女を中心に空気が変わっていくほどに。
「……」
カーバンクルもまた言葉を飲み込んでいる、魅入っているようだ。
舞台上で、いや、舞台と呼べるような場所はないのだが、エルフたちの視線を集める中心にいるキャロルが演じるのは戦場に旅立つ騎士を想って歌っている女である。
情緒を表現することが苦手なキャロルだが、雰囲気で誤魔化しながら騎士を想う女を演じているようだ。
そして故郷に女を残して戦場へ向かう騎士役を演じているのはミューである、こちらはキャロル以上に拙い演技をしており、セリフも棒読みで何より羞恥に顔を赤くしており、役者としてはキャロル以下だがこちらも神性を宿した雰囲気で上手く誤魔化しているらしい。
「すまない、許してくれ……私は戦場へ行かねばならない」
騎士は恋人である女性に迷いながらも別れを告げなければならなかった、彼の立場では戦場から逃げることができなかったのだ。
断腸の思いであったことはよくわかる、迷った末の判断であることも当然だろう、騎士と女は愛し合っており将来を誓い合った仲なのだから。
これはどこにでもある決別の物語、世界を見渡せばありふれている歌だろう。
男は別れ際に女に希望を残し、叶う筈のない帰還の約束をして戦いの場へと赴く、そして女は叶う筈のない約束を胸に故郷に残る。
今のエルフたちと似たような状況だ、規模や状況は少し異なるが、共感しやすくはある。
いっそ立場など捨てて二人で逃げようと女が提案したり、責務と愛情の間で揺れ動く騎士を、自分たちに当てはめた者も多いのではないだろうか。
戦場へ向かえば騎士は死ぬ、勝ち目の無い戦いだからだ、そんな彼をキャロルが演じる名もなき女が引き留めようとするのだが、最後には女は騎士を見送ることに決めたのだった。
この物語は地域や場所によって少しだけ内容や結末が異なる、それだけ広く親しまれているということである。
騎士を見送った女が涙を流しながら幕が閉じることもあれば、騎士が見事戦場から帰還して結ばれる終わりもあれば、騎士は戻らないまま女は腹に宿した新しい命を授かって健気に生きていく結末もあった。
場所や語り手によって様々な結末なのだが、今回キャロルが演じたのは名もなき女が授かった子供と共に未来に生きるという結末であった。
「今も貴方を待ち続けます、この希望と共に」
名もなき女が腹部を撫でる場面で、この演目は終わりとなる。
演じるのではなく台本を読むかの口調でそう締めくくると、幕を下ろすかのように周囲が薄暗くなっていく、演出担当であるテイタニアが様々な魔術を駆使しながら舞台に花を添えていたので、これも彼女なりの配慮なのだろう。
どこにでもあるありきたりな別れの物語をこうして披露することになったのは、彼らの状況に配慮した訳でもなければ何かを伝えたかった訳でもなく、諭したい意思は欠片もない。
ただ単純に公演を行って親しみを感じて欲しかったのだろう、浮いた状態を変えたかったこという自分の都合が大きく、彼らへの配慮はあまり無かった。
この物語を選んだ理由を敢えて上げるとするのならば、かつてキャラバンでローレライが演じていたことを思い出し、この場にいるエルフたちと彼女が連想できたからである。
拙いながらも雰囲気で押し切って公演を終えた彼女は、静かに礼をしてから舞台袖へと捌けていく。
上空で演出担当をしていたテイタニアにグッと親指を立ててから、キャロルは観客たちの反応を探ろうとミューと共に広場へと視線をやるのだが、そこに広がっていたのは彼女の予想した反応ではなかった。
これが春風のキャラバンで行った公演であれば拍手喝采であり、ローレライ辺りは金持ちの男性から夜の予約が入ったりするのだが、エルフたちの多くが瞼を閉じて深く考えこんでいた。
「ん……評判悪いかな?」
「やはり私の演技が拙かったことが原因でしょうか……いや、しかし、そもそも経験がないので仕方ないことで」
「そもそも何で私が雑用なのよ、これでも女王なんですけどぉ~、ここは私を主役にすべきでしょうが」
「娼館の宣伝とかも……したかったんだけど」
エルフたちはそんな雰囲気ではない、キャロルとしてはただの娯楽として楽しんでもらい、距離を詰めたかったのだが、どこにでもあるただの演劇にここまで真剣になられても困るというのが本音である。
もっと気楽に、純粋に楽しんでもらいたかったのだが、エルフたちは暗中模索の中で答えの無い問いを投げかけられたかのように沈黙してしまっているのだ。
誰も彼もが静かに考え込んでいる、別れと希望の物語の向こうにある自分たちの未来を。
そんな彼らを前にして、娼館を開くと宣伝することはなかなかに難しい。
一応、声はかけてみたのだが、ちゃんと宣伝できたかどうか怪しい所がある。
それを証明するかのように、夜になってもキャロルの天幕が客で溢れるような気配はなく、思惑が外れて寂しい思いをすることになってしまう。
ここまで深刻に考え込まれるとは思わなかったらしい、それとも自分の演技が素人の域を出なかったことが原因なのかもしれないと、枯れ草が詰まった枕に顔を押し付けながら天幕の中で一人反省していた。
これがキャラバンの先輩団員たちならば、今頃予約で一杯になっていることが彼女には想像できたのだろう、実際にキャロルが公演で主役を張った日から娼館には多くに予約客が顔を出したこともあるのだ。
今回もそうなってどこか恐れられて敬われる立ち位置から、近所の知り合い位の距離感を作りたかったのだが、どうやら失敗に終わってしまったらしい。
「ん……そんなに大した存在じゃないのに」
そんな愚痴を天幕の中で零してしまう、これこそが彼女の本音だろう。
だが一人寂しく朝を迎えることになるかと不貞腐れていると、強化された聴覚がこちらに近づいてくる音を拾い上げた。
男の足音と匂いだ、と気が付いた瞬間にキャロルはやる気を出し始める、娼婦として働くのは久しぶりのことなので気合が入っているらしい。
「キャロル殿、まだ起きているだろうか?」
「ん……いらっしゃい」
「夜遅くにすまぬ……少しお礼が言いたい、おかげで色々と説得が楽になったのでね」
どうやら天幕の外にいるのはカーバンクルのようだ。
カーテンの向こうへ顔を出すと、少し困ったような申し訳なさそうな顔をしたカーバンクルが立っている。
キャロルはそんな彼の内心に気が付くことなく、天幕の中へと迎え入れていくのだった。