商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
枯れて死んでしまった森に嫌な予感と危機感を感じた遠征隊は、無意識なのか行軍速度が速まったようにも思えた、休憩もそこそこに動き始めて枯れた森も眺めながら緊張しているであろう様子が伺える。
まだ魔王の勢力圏には遠いと思っていたのに、既に彼らのいる場所には魔王が齎したであろう痕跡が広がっているのだ、身も心も引き締まるだろう。
警戒と緊張、この二つに追いかけられるかのように彼らの足は速まり、数日をかけてゆっくりと進むはずだった道のりを半分ほどの時間で駆け抜けてしまう程であった。
カーバンクルもそれを良しとした、決戦に向けて体力を残すべきだという意見もあったのだが、それよりも危機感の答えを得ることを優先したのかもしれない。
枯れた森も見て背筋を走った冷たい予感によって、魔王に時間を与えるべきではないと判断したのだろう。
多少の疲労には目を瞑り、駆け足気味に大樹海を進んでいき、ようやく世界樹を視界に収められる位置にまで辿り着いた彼らは、枯れた森を見た以上に言葉を失った。
「せ、世界樹が……枯れている? そ、それに、なんだ、あれは?」
一人のエルフの戦士が冷や汗を流しながら絞り出すようにそう言った、その場にいる全ての者の思いを代弁するかのように。
まず、世界樹が枯れている、正確には紅葉が目立ち灰色の葉も少しばかり交じっている状態だ、巨大で強固な生命力を持つ世界樹には本来ありえない状況であった。
ただそこまでなら大樹海の様子を見ればまだ想像できた、そこまでならば覚悟もできただろう。
問題なのはその世界樹に張り付くように位置する、醜悪な肉の塊である。
「うひゃぁ……あれが魔王かぁ、聞いてたのとかなり大きさが違うけど、何がどうなってんのよ?」
少しだけ呑気な、状況に似合わない声で、妖精女王であるテイタニアがキャロルの頭の上に座って、黒い塊を眺めていた。
「ん……凄く太ってる」
「あ、やっぱり? じゃあデブってる訳だ!!」
言葉の通り嵐の王は巨大に膨らんでいた、雲にまで届くほどに大きな世界樹と比べると、その大きさがよくわかるというものだ。
人間が抱きかかえられるほどの、それこそ生まれたばかりの胎児と変わらない大きさだったのが信じられないほどに大きくなっている、あれではもう胎児とは言えないだろう。
体積は数十倍、いやもしかしたら数百倍にまで届くかもしれない、無数の葉と枝によって内部を観測できない世界樹に張り付いてなお、その姿が誰の目にもはっきりと確認できてしまうのだ。
最早赤子ではない、世界樹に宿る熟しきった果実と表現すべきか、それとも寄生して命を吸い上げる虫か、どちらかと言えば後者かもしれない。
「ありゃ相当、世界樹から地脈を吸い上げているっぽいわねぇ、大樹海が枯れていたのもそれが原因かぁ」
テイタニアの結論に反論の言葉はない、説明されるまでもなく誰もがそうだと認識しているらしい。
「世界樹は地脈と深く繋がっている、だからちょっとやそっとの損壊ならすぐに修復されちゃうけど、追いつかないほどに怪我しちゃってるのよ、他に回す分の力の流れすら奪わなきゃならないほどにねぇ」
そして、どれだけ世界樹が地脈を吸い上げようともそれらは嵐の王に奪われてしまうというジレンマだ、あれだけ醜悪に太ってしまう程に膨大なエネルギーを溜め込んでしまっている。
「あれは駄目ね、すぐに排除しなきゃ、きっと大樹海だけじゃなくて世界中から地脈をかき集めようとするわよ」
そうなれば、枯れた森のような状況が世界中へと広がっていくだろう、大地が死ぬことになる。
「そうなれば……どうなりますか?」
「そうねぇ、風は吹かないだろうし、雨だって降らない、作物だって育たないし、世界が死んでしまうわ……」
ミューの質問にテイタニアは鋭い視線を嵐の王に向けたまま答えた、淡々と答えた。
しかしその様子に彼女らしい尊大な雰囲気は無い、どこか緊張感の欠ける声色も隠れてしまい、少しばかりの怒りも感じられた。
「思ってたよりもヤバい状況みたいだし、久しぶりに私も戦うことになるかしら……あぁ、やだやだ、戦いなんて可憐で美しい私には似合わないのよねぇ」
だが垣間見えた怒りも一瞬である、すぐにいつもの調子を取り戻したテイタニアはキャロルの頭の上で大の字になって寛ぎ始める。
「ん……本当に戦えるの?」
「えぇ~、信じてないの? これでも妖精女王なんですけどぉ、女王よ女王、めっちゃ強いわよ!!」
そうじゃなきゃ務まらないと主張するテイタニアに、キャロルは半信半疑な顔をしている。
立場的にそれなりの力を持っていることはわかるのだが、小さな見た目もあってどうにも信じきれないのだろう。
実際に、キャロルの頭の上で寛ぐ姿は頼りになるとは言いづらい、守らなければならないと思う程に華奢で小柄なのだ、無理もない。
しかし本人はやる気が溢れてきているのか、小さな拳を何度も突き出して何かを殴るかのような動作を繰り返している。
「お喋りはそこまでに、ここはもう魔王の勢力圏です、相手も視認できたので行動を開始しましょう。テイタニア様、手筈通りお願いいたしまする」
「はいは~い!! まぁ私がいるからには大船に乗ったつもりでいなさいな!!」
「勿論、偉大な妖精女王のお力は頼りにしております」
「アンタは本当に素直な奴ね、うんうん、それで良いのよ!!」
テイタニアはキャロルの頭からカーバンクルの頭へ飛び乗って偉そうに胸を張った、実際に偉いのでそんな様子でも誰からも文句はでない。
「それと作戦に変更はない、寧ろあれだけ地脈を吸収した魔王相手ならば想定以上に通る可能性もある、各々全力を尽くしてくれ」
彼らは嵐の王にただ無謀な突撃を挑む訳ではない、ここに来る前に幾つもの議論と意見交換を行っており、当然ながら作戦も用意してある。
彼らの優位な点として戦いの主導権を握っていることだろう、守るのではなく挑むのでそれに応じた作戦が立てられるのだ。
そして嵐の王の力もわかっている、相手の戦力とこちらの戦力を比較した上で彼らが出した結論は、まともな方法では勝てないということだろう。
まず戦いの規模が違う、空を支配して嵐を束ねる相手に弓や魔術など何の意味もないのだ、仮に有効だとしてもそれは当てられる距離まで引きずり降ろさなければならない。
天と地に分かれていては、そもそも戦いすらも成立しないのだ。
状況を互角にする為にもまずは魔王を大地へ落とす、空を統べられたままでは一方的に蹂躙されるだけである。
ではどうするのかと彼らは考えた、矢も魔術も届かない位置にいる相手にどうやって手を伸ばすのかと、神ならざる身で必死でだ。
様々な作戦を議論して有効かどうかを悩み抜き、最後の最後でこれしかないという一つを選び抜き、彼らは今日ここにいる。
「我々の敵は魔王であり相手に不足はない……戦士たちの奮闘を祈る」
その言葉を最後にエルフの戦士たちはそれぞれの持ち場へと散っていく、数十名の班を幾つも作って魔王を囲むように広がっていった。
「ん……頑張って」
「キャロル……君はどうするんだい?」
「テイタニアを援護……そっちは、手伝えそうにないから」
「私もそちらに助力いたします」
ミューとキャロルはエルフたちとは別行動をするようだ、どうやらテイタニアと一緒に動くつもりらしい。
「そうか、ならば君たちにも奮闘を祈る。妖精女王よ、皆に加護をお願いいたす」
「ふふん、まっかせなさい!!」
胸を張るテイタニアにカーバンクルは微笑みを返す、そして最後にミューとキャロルを見てから小さく頷くと踵を返して彼の持ち場へと進んでいく。
彼は二度と振り返ることはなく、そのまま枯れた大樹海の中へと消えていくのだった。
「……さぁてと」
テイタニアが小さな体をグッと反らして解す、キャロルの頭の上でだ。
そして準備運動を終えた彼女は半透明の羽を素早く動かして空へと飛翔した、燕のような鋭い動きでありキャロルの目でもってしてもかろうじでその光の軌跡が追えるほどの速度である。
黄金の弓を握ってそれを見送った彼女は、その瞳を空から世界樹へと向けた。
そこに寄生する、醜悪な肉の果実のようになっている魔王へ向けて、勇敢にも爪先を向けるのだ。
「行こう……ミュー」
「はいッ!!」
完全に金色に染まった彼女の髪がまだ今は柔らかな風に揺れている、その金色の輝きはブクブクと太った魔王にとって天敵の印なのだろう。
嵐に挑むなど愚かでしかないが、そんな無茶を成すのが英雄の資格であるとも言える。
特に気負う様子もなく世界樹へ進んでいく彼女の姿は、その素質を十分すぎるほどに漂わせているようにも見えた。
「ここを離れてそれほど長い時間は過ぎていませんが、あそこまで変化があるとは……」
「ん……凄く太ってる」
「それだけ地脈を食らったということでしょう、それだけ聞くと拙いようにも思えますが……意外にも我らに優位に働くやもしれません」
「……突いたら簡単に破裂しそうだね」
「はい、あれだけ膨らんでいるのは明らかに異常ですので、身に余る魔力を宿した所で自滅するだけでしょう」
一つの器に入る量は限られている者だ、小さなコップに入れられるのはその分量だけであり、限界を超えて強引に注ぎ込めば器の方が壊れてしまうものである。
それは自然の摂理だ、人間も動物も魔王であったとしても、その身を超える力を宿すことができない。
今の嵐の王はその典型だろう、巨大な肉の果実と化している姿はお世辞にも健常とは言い難い、キャロルの言葉の通り突けば破裂してしまいそうな危うさと脆さを感じ取れる。
これは優位に働く筈だ、或いはそう思わなければ戦っていられないのが彼女たちの現状なのかもしれない。
風下に立って枯れ木に身を潜ませながら徐々に世界樹に近づいていくキャロルとミューは、世界樹に寄生する魔王の警戒網を掻い潜るように慎重に近づいていく。
まともに戦うつもりなど最初からありはしない、エルフの戦士たちもキャロルも嵐の王の力はよく知っており身をもって味わいもした、それ故に力と力のぶつかり合いや引っ張り合いでは戦いにもならないと理解しているのだろう。
これは戦いではない、相手の寝首を裂く暗殺なのだ。
静かに、呼吸と身を潜めて、命を刈り取る、弱者の作戦である。
「テイタニアは……上手くできるかな?」
「あの方ならば心配はいりません、妖精族の長の名は飾りではないのですから」
「ん……でもちっちゃいから、心配」
見た目の幼さなら貴女も負けていませんよ、という言葉を飲み込んだのはミューであった。
枯れた木々に姿を隠しながら徐々に世界樹に近づいていく二人だが、そんな両名の上空には小さな妖精が空を飛んでいる。
キャロルとミューの瞳がそちらへ向けられると、妖精女王の称号を関する存在は身を隠すこともなく木々の上を鋭く飛翔している様子が伺えた。
それで良いのかと考えるキャロルと、さすが妖精女王は堂々としてらっしゃると考えるミューで、彼女に対する評価が真っ二つに分かれているのがわかるだろう。
人間社会で生きて来たキャロルにとって妖精とは小さな吉兆のような存在であり、エルフの社会で生きて来たミューにとっては神々に近しい存在という、認識のズレによるものである。
そんな期待と不安の視線を向けられるテイタニアは、目の前に強敵が迫っているというのに優雅にも思える羽ばたきを行っているようだ。
しかしその表情に油断はない、どこか飄々とした様子もなく、目前に迫る魔王を見ても焦りがないようにも思える。
これまでキャロルたちに見せていた態度とは違い、思わず言葉を呑んでしまう迫力が備わっているようにも見えた、小さいながらも畏怖を感じさせるその迫力はまさに女王であると評せるだろう。
妖精と言う種族は神々の使いとして働く為なのか神性が強くその身に現れる、多少の個体差はあれど誰もが神域に近く大なり小なり神秘を宿すことになるとされている。
その中でも王の器を持つ妖精は更に一握りになるのだ、テイタニアもまた例にもれず半神とさえ言えるほどにあちら側の存在であった。
魔王に近づくに連れて小さな体から迸る巨大な魔力が、彼女の格を証明しているようにも思える。
「やぁ~い、あほ~、ぼけ~、まぬけ~」
ただ放たれる神威とは正反対の幼い口調だけは引っ込んでいない。
木々に隠れるでもなく上空を移動しながらそんなことを主張すれば当然ながら目立つ、世界樹に宿った醜悪な肉の果実となっている魔王がそれを見逃す筈もなく、嵐の王はその醜く肥え太った体を震わせながら叫びをあげた。
「▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇ッ!!」
男とも女ともとれない不思議な声色で、魂を震わせるような悍ましい叫びが放たれる、嵐の王を中心に爆発が起こったかのように大気が弾けて、彼の声を耳にした瞬間に衝撃によって体幹を崩す者がいたほどである。
その存在感はまさに圧倒的という表現がよく似合う、実際に彼が動き出した瞬間に雲一つない空が一瞬で濁りだして曇天になると風がざわつき始めた。
まさに嵐の化身、それはつまり破壊の王である。
何もかもを吹き飛ばし、或いはねじ伏せる力の奔流は、大自然の驚異そのもの、それを自在に操る彼は神にも等しい。
挑むこと自体が愚かなのだ、まともな思考をしていれば嵐と戦おう等と考える筈がない、それは愚かを通り越してただの丁寧な自殺でしかないだろう。
空が歪み、灰色に染まっていき、徐々に風が強まっていく光景を見せつけられれば、誰だってこう思う筈だ。
アレには勝てないと。
だがそれでも挑まなければならないのがこの場にいる者たちである、そしてそんな決意ある彼らの誰よりも先に開戦の始まりを告げるのが何よりも小さな妖精女王であった。
嵐の王もまた空を飛翔するテイタニアの存在を認めて、もしかしたら不快な感情を覚えたのかもしれない。
そこは、空は、お前の領域ではないと、そんなことを思ったのか、嵐を束ねていく。
「▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇ッ!!」
「あぁ~やだやだ、戦いなんてさ、可憐で美しい私にはそもそも似合わないわけよ、何にも楽しくないしさ」
それでも彼女はここにいる、神に命令されたことも理由としては大きいのだが、それを抜きにしても個人的な危機感があったからだ。
嵐の王を、魔王を放置していれば、おそらく自分の領域まで危害を及ぼすという確信がある、そうなれば百年単位で自堕落な生活を望んでいる彼女には致命的な障害だろう。
そうなる前にここで落とす、だからこそ今日の彼女は珍しくやる気があった。
「ただまぁ、そんなこと言ってられるような状況ではないんだよねぇ……だからさぁ」
テイタニアの小さな指先が荒ぶる嵐の王を指し示し、円を描くかのようにくるりと回される。
「死んでくれない?」
「▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇ッ!?」
すると次の瞬間、嵐の王は天地の上下を失ってしまうのだった。
彼が驚きと共にきりもみしながら見た光景は、自分と比べて羽虫のように小さな妖精の姿である。
彼女は嵐の王を指さして、我慢できないとばかりに腹を抑えながら笑っていた。
今更ながら気が付いたけど。小説家になろうで書いた文章をハーメルンにコピーして貼り付けると、文章と文章の間がやけに広くなってしまう。