商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
「もうやめてください」
ミカエラに戦う力はない、娼婦の神の半神であった頃から戦闘力など皆無と言えた、まして今の彼女はその神格すら失ってしまっている。
つまりはただの少女、武神を前にして立っていられるような存在ではない、それでも彼女がカムラーンの前に立つのは強い意志と不屈の根性がなせることだった。
彼女は特別強い訳ではない、身も心も年相応でありこの場にシャルルたちが居なければ神殿の奥に閉じこもって出てこなかったであろう。
三人がいたからこそ、震える体を前に進ませることができたのだ。
「お前はなんだ?」
「娼婦の神の半神です……今は違いますが」
「ほぉ、確かにお前からは何の力も感じない。どうやら神格を神々に返還したようだな、つまり俺は仕事をしくじったことになるわけか」
「はい、だからこれ以上の争いは無意味です、貴方にはここにいる理由がありません」
「仕事の上ではそうだが……残念なことにそうもいかねえ」
「ど、どうしてですか? ボクはもう半神ではないんですよ」
「そりゃそうだ、もうお前に大した興味はない。だがここには良い女が三人もいるからな……そいつらを捻じ伏せて屈服させなきゃならん」
「そんなことは……させません、絶対に!」
「そうかい……まぁ頑張りな」
「ミカ! 逃げるんだ!」
シャルルがそう叫ぶが、既にミカエラの体はカムラーンに蹴り飛ばされて神殿の柱に激突していた。
どこにでもいる普通の女でしかなくなった彼女に耐えきれる衝撃ではないはずなのだが、加減したのかあるいは神々の気まぐれなのか、ミカエラは口から血を吐き出しながらも立ち上がる。
決して折れない意思がそこにはあった、血反吐を吐こうとも視線は鋭く宿った魂は欠片も揺るがない。
「ボ、クは……ゴホッ!」
立ち上がり、フラフラの足取りでカムラーンへと近づいていく。
「守らなきゃ……ダメなんだ……初めての友達なんだから!」
そして細い腕を振り回して、小さな拳を固い体へと叩きつけるのだが、それではカムラーンは痛くもかゆくもないだろう。
何度も何度も自分に殴りかかってくるミカエラを呆れたように見下ろしながら、槍を持った右手に力を込めていく。
既に半神ではなくなったミカエラに彼は興味を失っていた、まして戦士でもなければ魔術師でもないのだから自分を傷つけることも叶わない、つまり生かしておく理由がない。
この槍で串刺しにすれば確実に殺せるだろう、どんな奇跡が起ころうとも絶対にそれは現実となる。
シャルルが踏み込んでそれを阻止しようとするが遅い、キャロルもまた光の矢を放とうとするが僅かなタメが必要になってしまう、エミリーもまた同じだった。
誰にもカムラーンを止めることはできない、この場にいる者たちではカムラーンとの実力差は埋めることができないのだ、もし彼を止めることができる存在がいるのだとしたら、それは神々の気まぐれか同じだけの力を持った誰かだろう。
「----何だ?」
なんの因果か幸運か、あるいは気まぐれな神々の仕業なのか、カムラーンの槍はミカエラを貫く直前で停止すると、彼の瞳はミカエラでもなく三人娘でもなく、神殿の外へと続く扉へと向けられていた。
何かが来る、背筋とうなじを走り抜けたビリビリとした感覚に彼はそう確信する。
かつて戦った強敵たち、巨大なドラゴンや悪魔たちとの邂逅前にも同じ感覚があった、自分を殺しきれる何かとの接触する時には必ずといっていいほど巻き起こる感覚であり、カムラーンはそれを信じているのだ。
その予想を現実にするかのように神殿の扉が僅かに開き、外から黒ずくめの人物が姿を現す。
体の線を隠すかのように厚着であり、腰には二本の刺突剣、顔も長い襟巻と深く被った帽子でハッキリとは確認できない、夜に溶け込むかのように黒い姿の中で唯一マントを縫い留める白い羽飾りだけがよく目立つ。
そして緩やかな足取りで真っすぐとカムラーンへ近づいて来る。
まだ戦っていない、しかしその一歩を見るだけでその人物がカムラーンを殺すことができるだけの技量を持つと確信させるだけの凄みがあった、何気ない動作であっても達人の域を超えた者の動きは洗練されるものだ。
「……団長」
その黒ずくめの人物を三人は知っていた、春風のキャラバンを率いるその人である。
「任務お疲れさま、無事ミカエラの神格を返上できたようね」
「え、あ、はい……ええっと団長はーーなんだよエミリー、服引っ張んな」
「シャルル、ミカエラさんを回収して撤退しますよ。団長、後はお任せします」
「ええ、任されました……貴女たちは東の海岸線にある国で待機してなさい、春になればキャラバンはそこを経由するからね。あぁ、もし可能なら真珠を確保しといてくれるかしら、海賊騒ぎで高騰してるらしくてね」
「……了解、団長も気を付けて」
いつのまにかキャロルがミカエラを引きずってカムラーンから距離を取っている、既に興味を失われていたので敢えて見逃された形だ。
「行動を開始しなさい」
そう言って団長は四人の少女を見送った、そして神殿の扉が閉まったことを確認すると、視線を奥にいるカムラーンへと向ける。
「お話はすんだのかい?」
「えぇ、わざわざ待ってもらってすまないわね」
「構わないさ、これほどの存在とやりあえるってんだからな、あの三人はまだまだ強くなるだろうから焦る必要もねえ」
「そうね……私の秘蔵っこたちよ」
団長も、カムラーンも、どこか世間話でもするかのような気楽さで距離を詰めていく、しかし両者の手には槍と刺突剣が握られており、既に臨戦態勢にあるようだ。
「一つ聞きてえ、お前さんは羽飾りの暗殺者だな? 狙われたら最後、どんな奴でも殺されちまうって評判の凄腕だ……第二王子派閥を片付けたのもお前だろ?」
「……」
「もし本物の羽飾りの暗殺者だとしたら解せねえ……そいつは何年も前に死んでるはずだからな」
「……よく知っているわね」
「そりゃそうさ、殺したのは俺だからな」
「……」
「アイツは強かったなぁ……その羽飾りと似た物を付けていた、よく覚えてるぜ」
そこで二人は会話を止めて同時に大地を踏み砕いて武器を振りかざす、槍と二本の刺突剣がぶつかった瞬間、大地は激震して神殿の柱が砕け落ち衝撃が広がった。
それで終わりではない、一呼吸の間に切り結ばれた連撃は十か二十か、数えきれないほどの衝撃と揺れが断続的に響き、夜空に浮かぶ星々のように無数の火花が散った。
単純な切り合い殴り合いではおそらく決着が着くころには日が暮れるだろう、二人の実力はそう大差がない。
「煙幕か!?」
だからこその搦手だ、服の袖から零れ落ちた小さな球が地面に転がると、爆発音と共に白い煙が周囲に立ち込める、団長は白煙に紛れながらも刺突剣を振るい続けているので毒ではないのだろう。
視界が閉ざされる中で長い襟巻に見え隠れしている団長の口から、プッという噴射音が発せられてカムラーンの耳に届くと、放たれたそれを彼は指先で挟み込む。
煙幕の中を眼球めがけて飛んできたのは小さな針だ、受け止められることは想定済みだったのか刺突剣での攻撃は止むことはなく続いている。
一際高い金属音が鳴り響くと、衝撃で白煙が吹き飛び、槍と刺突剣で押し合っている二人が姿を現す。
「やはり強いな、しかし残念なのは真っ当な戦士じゃないってとこか、さながら暗殺者の半神ってとこか」
おそらく技量ならば団長が一歩上を行く、しかし膂力ならばカムラーンが二歩は先を行くだろう。
それを証明するかのように槍を力強く振り抜くと団長の体は簡単に宙を舞った、しかしそれは吹き飛ばされたのではなく、風に流される羽毛のように軽やかな後退だった。
「軽いな……どういう理屈だ?」
疑問に思いながらも再度踏み込んでから槍を突きこむ、それを彼女は交差した刺突剣で受け止めるとまた軽やかに体を浮かせる。
「そうかい、ならこれならどうだ!」
一瞬、槍が無数に分裂したかのように団長の目には映った、そう錯覚してしまうほどに鋭く素早い連続突きだ。
しかし焦りはなくそれら全てを彼女は迎え撃つ、膂力は及ばずとも技術は上回っているのだ、受け止め、いなし、逸らして、躱す、最後の足首を粉砕するかのような下段突きは踏みつけて見せた。
だがそれで終わりではない、カムラーンは足蹴にされた槍を団長の体ごと上空へと引き抜く。
すると、やはり彼女の体は重力を無視したかのように舞い上がり、神殿の天井まで届いて手を着くとそのまま緩やかに下降してくる。
落ちてくる、ではない……まるで綿毛のようにふわふわと移ろいながら着地するのだ。
「武神カムラーン……なるほど、噂以上だ……貴方ほどの戦士はこの時代に二人といないだろう、間違いなく最強だ」
「褒めてくれてありがとうよ、しかしそれを言いすぎだな、現に目の前に二人目がいるじゃねえか」
「……私は暗殺者だ、戦士ではない」
「それだけやれてよく言うぜ!」
そこでカムラーンは先程と同じように槍を天高く突き上げる、そして強い祈りと聖句を唱えるのだった。
強く、強く、ただ強く、限界と全力すら超えたさらに向こう側へ。
「今日、この瞬間ほど俺は神に感謝したことはない! 心の底から称賛しよう! お前が積み上げて来た研鑽を、打ち倒してきた強敵を、その身に刻んだ歴史の全てを! それら全てを俺は超えていく!」
団長もまた、二つの刺突剣を交差して空へと突き上げる、そしてカムラーンに負けないほどに強い祈りと聖句を唱えた。
「死神よ、冥府の番人よ、その地に贄を送る力をお与え下さい」
「武神よ、戦いの王よ、我に悉くを粉砕する力を与えよ」
「「この身に降りたまえ」」
次の瞬間、戦いの余波で崩壊寸前だった神殿に巨大な光の柱が二本、天から落ちて来た。
光に包まれながらも両者は目の前の相手から視線を逸らさない、その瞳にあるのは憎悪でもなく油断でもない。
カムラーンはニヤリと笑うとここから先の戦いに心を躍らせ、団長は静かに相手を観察しながら次の一手と一歩を想像している。
「さぁ始めようぜ羽飾りの暗殺者よ! 俺とお前で千年先まで続く伝説に、歴史に語り継がれる戦いにしよう!!」
両者はまた中間地点でぶつかった、遠い遠い、神々の世界まで届くかのように戦いの音は響き渡り、神々の視線を釘付けにする。
不安と好奇心と情熱と共に、気まぐれな神々はその戦いを観察していた。
どちらが勝っても楽しい、どちらが負けても悔しい、引き分けならそれはそれで楽しいのだ。
天上の神々は、三日三晩に渡って続いた戦いを飽きることなく見つめるのだった。
空から二本の光の柱が降り注ぐ光景を、エミリーたちは海を漂うボートの上から見つめていた。
戦いの激しさを物語るかのように海は荒れて空には暗雲が立ち込めている、もうすぐ春だというのに雪が吹き荒れ雷光が降り注ぎ、神の膝元がある孤島を中心に嵐が発生したかのような光景に言葉を無くす。
「ん……団長なら大丈夫」
不安に駆られているエミリーを元気づけるかのようにキャロルがそういうが、彼女自身も不安があるのか視線は孤島へと向けられていた。
彼女たちにとって団長はキャラバンの代表というだけでなく最強の戦力であるという認識があるのだが、今回ばかりは相手が相手なので油断はできない。
「信じるしかありませんね、それだけしかできないのが悔しいです」
「……いつもみたいに祈る」
「えぇ、もちろんそうします」
せめて祈りは届けと、エミリーは孤島へ向けて両手を組む。
「ミカ、腹は大丈夫か?」
「はい……大丈夫です。でもごめんなさい、ボクの為に高価な薬まで使ってもらって」
「別に良いって、お前が稼いだ時間のおかげで団長が来るのが間に合ったんだ、ワタシらの命の恩人なんだから変な遠慮すんなよ」
あのまま戦っていれば、三人は間違いなく死んでいたはずだ、ミカエラの無謀とも思えたカムラーンへの突進は無駄ではなかった。
ほんの数十秒だったが、それがなければ団長が姿を現した頃には全員が殺されていただろう。
「それに私らは友達なんだろ? なら助け合うのは当たり前のことだ」
「は、はい! えっと、その、良いんでしょうか? なんだか勢いであんなことを口走ってしまったから」
「ん……当然」
「えぇ、私たちは苦楽を共に経験してきた仲間であり友人です」
それを聞いて安心したのかミカエラはふにゃりと笑みを浮かべた、照れくささと羨望が混ざったその顔を見て三人も笑って見せる。
「うれしいな……その、ボク、今まで同年代の友達がいなかったから、凄く憧れてたんだ」
「前にエミリーが似たようなことを言ってたな」
「……ボッチはみんな同じことを考える」
「ち、違いますからね!? 私は別に友人がいなかったわけではありませんから、ただ周囲に同年代がいなかったというだけであって」
「それで拗らせて私は孤独ではなく孤高なんですとか、どや顔で説明してたんだよな。その点ミカは素直でかわいいよ」
「ん……生えなくなったのは残念」
「そうだよな、それは残念だ」
「ううぅ~……ごめんなさい」
ボートは波に流されながらも岸にたどり着く、その頃には孤島は遠く、戦いの余波も届くことはなかった、それでも安心できなかった四人は海岸線を歩きながら少しだけ南にある国を目指して歩きだす。
「なぁミカ、お前はこれからどうするんだ? もう半神じゃなくなったんだし暇だろ?」
「えっと……そういえばどうすれば良いんだろ、ボクは今まで外に出歩くことなんて殆どなかったからよくわからなくて……やっぱりちゃんと働かないと駄目だよね」
「……キャラバンで働く?」
「良いのかな? 迷惑なんじゃ……」
「きっと問題ありませんよ、私たちのキャラバンは人手不足なので団長やローレライさん……ええっと副団長にあたる方も歓迎してくれるはずです」
「でもボクは字も書けないし読めないし、計算だってできない……みんなみたいに戦うこともできないし、キャラバンに入ったって力になれないよ」
「最初から全てを完璧にこなせる者なんて存在しませんよ。私たちだって最初は何もできなかったけど、今ではお店で買い付けをして釣銭をごまかされることも無くなりました」
「そうそう何事も経験ってことだな、エミリーはともかくワタシとキャロルはミカと同じように字も読めなかったし書けなかったけど、その辺もロウ姉が教えてくれるからさ」
ミカエラはここに来る前に立ち寄ったキャラバンを思い出す、ずっと男に囲われて生きて来たミカエラにとってあそこは完全に未知の空間だった。
世界中を旅しているという、様々な経験をすることになるだろう、そこで彼女は神の膝元で神格を返上した際の出来事を思い出す。
半神の力を返すにあたって、娼婦の神からこんな言葉を……命令を賜ったのだ。
「……巡礼の旅」
世界を巡り、様々な苦楽を乗り越え、人々の奉仕して神への信仰を示せ、それがミカエラに与えられた神託である。
キャラバンの一員となったなら、その使命を果たすこともできるんじゃないだろうか、少なくともミカエラ一人で巡礼の旅など不可能だ、彼女は自分の貧弱さをよく理解している。
簡単な旅路にはならないだろう、沢山の苦楽を味わうはずだ、もしかしたらどこかで命を落とすことになるかもしれない、しかし好奇心には勝てなかった。
きっと、三人から誘われなかったとしても、自分はそうあることを望んだはずだとミカエラは考える。
エミリーとシャルルとキャロル、この三人の友人に出会えた幸運を噛みしめながら彼女はこれからの一歩を踏み出す決意を固めた。
その旅路は長い、果てなど無いのかもしれない、それでも一人ではないのなら超えていけるはずだ。
彼女は三人と共に一歩踏み出す、海岸線には四人の足跡が絶えず続くのであった。
豪華な家具や装飾が全体に散りばめられた薄暗い部屋をランタンがわずかに照らす、日は沈み晩食は済ませて平民ならそろそろ眠ろうかと思い始める時間帯である。
しかし彼女は違う、この王国において今や唯一の王族を守り導く彼女には、何においても優先すべきことがあるのだ。
自らの両手に収まる生まれたばかりの我が子に母乳を与えながら、彼女は穏やかな鼻歌を奏でている。
乳母に世話を任せるわけにはいかない、この国の現状において信頼できる者など片手で数えられる程度にしかおらず、他人に我が子を預けるなど子供も殺してくれと言っているようなものだ。
だから彼女は、今は亡き国王の第二婦人という立場にありながら、その手で我が子を育てるのだった。
苦ではない、赤ん坊が泣こうと喚こうとも、それら全てが愛おしく感じられる。
男児とはいえ第二婦人の息子であり、上に男兄弟が二人いるので王位など望めるわけもなく、ハッキリと言ってしまえばこの赤ん坊は予備の予備である為に、この王国ではそこまで重要な存在とは思われていなかった。
そう、いなかったのだ、現状は違う。
王は死んだ、第二王子も死んだ、そしておそらく第一王子も死んだと彼女は確信している。
つまり、我が子こそがこの国の唯一の正統後継者であり、玉座に座ることが許される血を受け継いでいるのだ。
それを思えば王妃の身であっても子育てくらいは何の苦にもならない、この手で次代の王を育てることができるなど貴族に生まれた女にとって最高の栄誉である。
「あの娼婦の神の半神には感謝しないとね」
自分が手引きして城の外へ逃がしたミカエラの顔を思い出そうとするが、そこまで記憶に残っていなかったのか霞みがかっていたのであっさりと諦めてしまう。
感謝こそすれど、彼女にとってミカエラはその程度の存在なのだ。
それでも彼女にとってミカエラは無くてはならない鍵ではあったのだ、その力と存在を知った彼女はいさかいを起こしている貴族を仲裁すべきだと王に進言し、王家へと彼女を送り込んでしまう。
想定通り、王と王子は彼女の力に魅入られ愚かにも殺し合い、理性を無くした彼らは積み上げていた評判と実績を無に帰すことになる。
後は殺し合っているバカな男たちを背後から眺めながら、我が子の地位を上げていけば良い、それが彼女の計画だった。
元々、ミカエラがいなくても王と王子は排除するつもりだったのだが、ミカエラのおかげで計画が十年単位で縮まったのだ、そう考えれば感謝の言葉くらい安い物だろう。
「それで……第一王子は確実に排除できたのかしら?」
母乳を与えながらも彼女は薄暗い部屋の奥にあるベランダからの侵入者へ視線を向けると、そこには全身黒づくめの人物がおり、腰には折れてへの字になった刺突剣が一本だけぶら下がっていた、全身ボロボロであり左足を引きずるようにしてこちらに近づいて来る。
唯一、マントを縫い留めるロープ付きの羽飾りだけが美しい輝きを維持していた。
「……第一王子も依頼通り処分いたしました」
羽飾りの暗殺者、団長は痛む体を引きずりながらもその場に跪く。
「それはごくろうさまでした、あの武神はどうなりましたか?」
「そちらに関しては失敗しました……アレは殺せません」
「そう……まぁ構わないわ、わざわざ第一王子に情報を流して神の膝元へ誘導したんですもの、あの化け物が戦線を離れれば第一王子派閥の処分もやりやすくなったでしょう?」
団長は静かに頷く、確かにカムラーンさえいなければ第一王子の暗殺はとても簡単だったからだ。
「武神に関しては放置しておきましょう、どのみち彼はこの国に大した興味も執着もないでしょうから、こちらから関わらなければ良いだけですもの……それよりも」
彼女は一枚の羊皮紙を差し出して団長に手渡す。
「ここに書かれている連中を処分してちょうだいな、今後私とこの子の脅威になると思うから速やかにやるのよ」
「名が無い者に関してはどうしましょう?」
「それは問題ない、既にこっち側の派閥に取り込んでおいたから」
羊皮紙に書かれた名は第一王子派と第二王子派が中心になっており、これらを全て処分すれば第三王子派が最大派閥となるだろう。
これもまた、母の愛情であった。
「いつまでに終わらせられるかしら?」
「……完全な春が来る頃には」
「すばらしいわ、さすが暗殺者の半神ね、仕事が早くて助かります……おじいさまが懇意にしていたのも納得ですね」
彼女は上機嫌だ、これで未来になんの不安も無くなった、我が子が玉座を手にれるのが確定したにも等しい。
「そちらは追加の報酬よ、なんでもあなたのキャラバンは資金難だとか……少しでも足しにすればいいわ」
机の上に置かれていた革袋の中には溢れだしそうなほどの金貨が詰め込まれている、それを受け取った団長は一礼してからその場を後にした。
夜に溶け込むように姿を消した団長を見送って、懸命に母乳を吸っている赤ん坊へと視線を戻した彼女の顔には笑みが浮かんでいる。
「たくさん飲んで大きくなるのよ」
最高の環境を我が子に与えたい、完璧な教育を施したい、強く気高い志を持ってもらいたい、その思うのは親ならば当然だろう。
彼女だってそれは変わらない、ただ我が子が置かれた環境がそれを許さなかっただけなのだ、仮にこのまま大きくなったとしても時代の王からは必ず疎まれる、暗殺や陰謀に怯えるような生活が待っているのだ、玉座はひとつしかないのだから。
ならばどうするか、答えは決まっている、その玉座を手に入れてしまえばいい。
我が子の為なら躊躇などあるはずがない、死山血河を作り上げようとも必ず手に入れて見せる。
彼女はより一層笑みを強く浮かべると、我が子を天に掲げるかのように持ち上げて祈りと神々の祝福を唱えた。
その先にある栄光を信じて、時代の王を必ず育て上げて見せる、その覚悟は既に決まっているのだ。
どれだけ血に染まった道であろうとも、必ず成し遂げて見せる。
決して揺るがぬ母の愛が、そこにはあった。
とりあえずは一章終了、なろうに書いてあるものをそのままコピーして貼り付けるだけだから凄く楽だ。