※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第一話 病魔の影

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミリーはこの二年の間に娼館巡りだけをしていた訳ではない、それなりに楽しんでいたのは間違いないが、あくまで出張先での少しばかりの息抜きでしかなかった。

 

 

 

 彼女の二年を説明するのならば研究と巡礼の繰り返しだろう、それは落ち着いた拠点と安定した収入があるからこそできる生活でもある、エミリーは住む場所と仕事があるということだ。

 

 

 

 キャロルやシャルルと異なり、彼女が城の残骸と共に飛ばされた場所が聖都に近い位置であったことから、長い旅もサバイバル生活もすることなく、キャラバンと合流できる可能性が最も高い場所に辿り着くことができた。

 

 

 

 聖都に足を踏み入れるまでに僅か二カ月、嵐の王に吹き飛ばされてそれだけの時間で辿り着き、そこからは祝祭の日が来るまで仕事を探して過ごせば良いという状況である。

 

 

 

 そして幸いなことに仕事にも困らなかった、聖印を持っていたことから娼婦神の神殿での覚えも良く、そもそも彼女は知識畑の人間でもある、読み書きに計算に加えて魔術の心得もあるので、その気があれば仕事には困らないのだろう。

 

 

 

 実際に安定した収入を得るのにもそう長い時間はかからなかった、彼女の首からぶら下がる二つの聖印がそれを証明している。

 

 

 

 娼婦神の聖印は以前から持っていたものであった、そして生命神の聖印はこの二年の間に手に入れたものである、どちらか片方でも得難い物であり貴重な証明でもある、それを二つもぶら下げるのは簡単なことではない。

 

 

 

 どちらも、相応の功績が必要になる、大規模な儀式を成功させることで娼婦神の聖印を受け取ったが、本来ならば長い献身が必要となる、これは運が良かったと言えるだろう。

 

 

 

 そして生命神の聖印は癒し手としての献身が必要になる、つまりは医者として神殿で働いて功績を積む必要があるのだ。

 

 

 

 エミリーがこの聖印をぶら下げているということは、彼女は医者として働き功績を認められたということである、それが彼女の二年であった。

 

 

 

「あぁ、お持ちしておりましたよ神官様、こちらが依頼されていた物となります」

 

 

 

 エミリーが娼婦と戯れた翌日の朝、娼館で身支度を整えた彼女は寝床で深い眠りについている少女の頬に別れのキスをしてから娼館を出て、その足で向かった場所は大きな蔵のある商会のようだ。

 

 

 

 都市と都市の間にある宿場町は物流が盛んであり人も物も多くが行き来する、中継地点でもあるので農村とは比べられないほどの物が集まるだろう。

 

 

 

 エミリーがこの宿場町に訪れたのも目当ての物を受け取る為である、娼館はそのついででしかないのだ。

 

 

 

 人の好さそうな小太りの男は商人らしく相手に本質を悟らせない作り笑いを浮かべて、商会の応接室に入って来たエミリーに挨拶をする。

 

 

 

「ごきげんよう、無事に確保できたようでほっといたしました」

 

 

 

 胸の前で手を結んで祈りを返す神官らしい挨拶だ、その体勢だと胸が法衣を盛り上げるので男性からしてみれば眼福の光景なのかもしれない。

 

 

 

 少女から女へ成長したことで、男性から向けられる視線にも変化があったようだ。

 

 

 

 商人の男も張り付けた笑顔を僅かに崩してだらしない表情を見せる、ほんの一瞬にすぎなかったが。

 

 

 

「まぁここ最近の情勢でどこも高騰していますからな、手に入れるのも苦労いたしましたよ」

 

 

 

 そう言って男は応接室の机の上に大きな箱を置く、そして蓋を開いて中を見せつけた。

 

 

 

「品質は我が商会の看板が保証いたしましょう」

 

 

 

 大人の男が踏ん張りながら持ち上げなければならないほどの大きさの箱の中には、ぎっしりと様々な薬草らしき物が収められていた、素人にはただの雑草にしか見えないがある程度の知識がある者には相応の価値が伴う商品である。

 

 

 

 実際にエミリーも真剣な目でそれらを眺めており、持ち上げた際の手つきは宝石を触るかのように慎重なものであった。

 

 

 

「よくこれだけ集められましたね、大変だったのでは?」

 

 

 

「えぇ、それはもう、苦労いたしましたとも、なにせ最近は需要が高まるばかりでして……聞けばここより西では同じ重さの黄金ほどの価値になっているとか、それを狙って治安は悪くなるばかり、嘆かわしいことです」

 

 

 

 自分が苦労したことに加えて、この薬草たちの需要が高まっていることを主張するのは、やはり商人だからだろう、エミリーはそれを卑しいとは思わない、彼女もキャラバンで暮らしていたのだから少しでも儲けたいと考えるからだ。

 

 

 

 きっとこの薬草たちを高値で売りつけたいはずだ、一枚でも多くの金貨を求めるのが商人という生き物なのだからその行いこそが正しい。

 

 

 

 だがまぁ、売りつけられる側のエミリーには手ごわい相手なのだが。

 

 

 

 エミリーがニコッと笑顔を向けると、商人の男も同じような笑顔を返す。

 

 

 

 その状態のまま十秒ほどの時間が過ぎ去り、最初に口を開いたのはエミリーであった。

 

 

 

「腹の探り合いをしても時間の無駄ですね、単刀直入にお聞きします……お幾らで売っていただけますか?」

 

 

 

「……せめて、これくらいはいただかないと」

 

 

 

 商人の男は右の掌に左手の指先で数字を走らせると、それを見たエミリーの眉が僅かに跳ねる。

 

 

 

「これだけの薬草を集めるのに苦労したということは容易に想像できます……ですが、少々お高いのではないでしょうか?」

 

 

 

「いえいえ、まさか」

 

 

 

「いえいえ、そんな」

 

 

 

 またも両者は笑い合う、そしてまた十秒ほどの時間がすぎると、今度は商人の男の方から口を開いた。

 

 

 

「……まぁ、条件次第といった所ですな」

 

 

 

「お聞きしましょう」

 

 

 

「出来上がった薬を当店に卸していただきたい」

 

 

 

「そこは聖都にある生命神の神殿と相談しなければなりません、私の一存では何とも」

 

 

 

「……大量に必要としている訳ではないのですよ、せめて私と家族と従業員たちの分だけでもなんとかなりませんか? 譲歩という訳ではありませんがこれからも引き続きこれらの薬草を集めますので」

 

 

 

「定期的に入手できるのですか?」

 

 

 

「えぇ、まぁ、実は港と船への投資を行っていましてね。ご存知かどうかはわかりませんが、かのキグナス商会の管理する船の一つです、この薬草たちもあの港を経由しておりましてね」

 

 

 

 知った名前を耳にしてエミリーが少しだけ驚いた、そして海賊たちとの戦いで世話になったキグナスの顔を思い浮かべる。

 

 

 

 世界中に船をやって物を集める彼女の商会は、今や大陸一の貿易力を持っていると噂で聞いている、彼女が保有する船の一つにこの商人の男が出資しているのならば、確かに物の入手も他よりは容易いだろう。

 

 

 

 だからこそ、需要が高まって手に入らなくなっているこれらの薬草たちも集められたのだ。

 

 

 

「うぅん、神殿に報告を上げてからでないと何とも言えませんが……その話は我々にとってもありがたいことです、良い印象は残せるかと」

 

 

 

 断言はできない、しかし魅力的な話であることは間違いない、なのでエミリーにできるのはこれくらいのものである。

 

 

 

「私から神殿の方への推薦状を用意いたします、そこから応相談ということではどうでしょうか?」

 

 

 

 エミリーがこの商人と神殿の引き合わせを行うということだ、生命神を奉る神殿の上層部と直接商談を行う機会を設けられるということであり、少なくともそれは商人にとっては魅力的な条件だろう。

 

 

 

 神殿お抱え、或いは公認の商会と認識されれば、商会としての格が上がるのは間違いない。

 

 

 

 全ては神殿との交渉次第ではあるが、その機会を得られるだけでも十分は利益と言えるのかもしれない、これがエミリーにできる最大の譲歩であった。

 

 

 

 商人の男性は暫く悩んだ末に、その条件で商談を成立させることを選んだらしい、当初に提示された額よりも安い値段で取引を行うことになった。

 

 

 

 儲けとしてはそれほど莫大でもないだろう、ただ神殿との縁を結べる投資と考えれば悪くはない。

 

 

 

「ではこれで決定ということで、支払いはどうしますか?」

 

 

 

「現金で一括払いにします」

 

 

 

 そう言ってエミリーは懐から財布を取り出す、なかなかに太っており重たい感触が伝わった。

 

 

 

 中に入った金貨を天秤に乗せて調べて、問題がないと判断した段階で、両者の商談は終わりとなる、エミリーはその場で商会側が用意した上質の羊皮紙に紹介文を書き走らせて、最後に自分の名前を書き込む。

 

 

 

 これで、エミリーの名前と責任で推薦状が作られたことになる、軽いものではないと相手もわかっているのか、恭しく受け取って封印が施されるのだった。

 

 

 

 後は彼が神殿とどのような商談を行うかどうかだ、そこまではエミリーも口出しできない。

 

 

 

 何であれ商談はここに纏まった、大量の薬草と金貨を交換した二人は最後に握手をして別れる、エミリーは商会の従業員にチップを渡して薬草の入った大きな箱を自分が所有する荷馬車へと運んで貰った。

 

 

 

 この宿場町での予定はこれで終わりとなる、方々へ足を延ばして買い集めた大量の物資が荷馬車には乗せられており、今回の出張は問題無く終えられたと彼女は確信しているようだ。

 

 

 

 出費も大きかったが利益も大きい、荷馬車一台分といえど馬鹿にできない稼ぎとなるだろう。

 

 

 

 神殿からの依頼も無事にこなせたので後は帰路を進むだけである、僅か一晩だけしかこの宿場町には滞在しなかったが、娼館もあったのでよい息抜きになったと彼女は思う。

 

 

 

 荷馬車に座って手綱を握り、馬を操りながら宿場町を後にするエミリーは、帰ってからの予定を思い出しながら一人荷馬車の揺れに身を任す。

 

 

 

「……」

 

 

 

 胸の中に去来する感情はやはり寂しさだ、振り返ってみてもそこに友人や仲間の姿は無く、荷馬車が残した轍だけが伸びている。

 

 

 

 そして彼女はこの二年の間に数え切れないほどに繰り返した溜息を飽きることなく吐き出した、やはり寂しさがあるのだろう。

 

 

 

 早い段階で聖都に辿り着いた彼女はまだ復興途中であったそこでキャラバンを待つことにしたのだが、最初の一年は春風のキャラバンが祝祭の日に訪れることはなかった、何か事情があったのか予定が合わなかったのかはわからないが、それが余計に不安を駆り立てるのかもしれない。

 

 

 

「……次の祝祭はきっと」

 

 

 

 呟きは緩やかな風に消えていく、そして彼女は視線を空へと向けた。

 

 

 

 仲間たちも同じ空を見上げているのだろうか、そんなことを思いながら少しでも自分を慰めると、余所見はいけないと考えて瞳を前へと向ける。

 

 

 

 すると彼女の視界にとある集団が映った、老若男女が入り混じっており誰もが疲れ切った表情でトボトボと歩いており生気が感じられない様子だ。

 

 

 

 全員の目が地面を這うように下げられており、大きな背嚢を背負っているからなのか背筋も下がり気味である、おそらく疎開民の集団と思われた。

 

 

 

 そんな状態なのでどこを目指しているのかハッキリとしないのか、足取りも自信がなくズルズルと引きずるかのように頼りがない。

 

 

 

 もしかしたら本当に目的地がわからないのかもしれない、行く当てもなく彷徨っている可能性も最近の情勢では無いとも断言できないのだから。

 

 

 

「もし、そこの方々、どちらへ行かれるのですか?」

 

 

 

 だからエミリーは手綱を引いて疲れ切った集団へと近づいていき、先頭の男性へと声をかけた。

 

 

 

「……え、あ、ぁぁ……うん……し、神官様!?」

 

 

 

 正確にはエミリーは神官ではない、しかし法衣と聖印からそう勘違いしてしまっても不思議ではなかった。

 

 

 

「我々は……疎開しておりまして……えぇ、故郷の村を捨てて、なんとかここまで」

 

 

 

 だとしたら先頭のこの男性は村長だろうか、後に続く様々な老若男女は村人だろう。

 

 

 

「もしや西から?」

 

 

 

「はい、あの辺りはもう駄目です……アンデットが大量に徘徊するだけでなく、例の疫病まで流行ってしまい、ここまで何とか逃れてまいりました」

 

 

 

「……そう、ですか、行く当てはあるのでしょうか?」

 

 

 

「この辺りに宿場町があると聞いてはいるのですが……土地勘が無く途方にくれておりまして」

 

 

 

「宿場町ならばそう遠くはありませんよ、あちらの方向に半日も進めば辿り着けるでしょう」

 

 

 

「おぉ、そうでしたか、難儀しておりましたので感謝いたします」

 

 

 

 どうやら本当に道に迷っていたらしい、百人ほどの村人が護衛も付けないままそれでは夜盗に襲ってくれと主張しているものだ、ここまでよく無事に辿り着けたと感心するしかない。

 

 

 

「それと、こちらをお譲りしましょう」

 

 

 

 エミリーは自分の荷馬車から干し肉などを中心とした保存食を取り出して、それらを疎開民へと渡す、百人ほどの人数からしてみれば微々たる量でしかないが無いよりもずっとマシである。

 

 

 

「よ、よろしいのでしょうか? これらは神官様の糧食なのでは?」

 

 

 

「構いませんよ、こうして出会ったのも何かの縁、きっと神がそうせよと私に命じたのでしょう」

 

 

 

 確かにこれらはエミリーの食料ではあるが、彼女は疎開民と違って飢えている訳ではない、言ってしまえば自己満足の施しでしかないのだが、それを進んでやるのが神に仕える者の使命だとエミリーは考えているのだ。

 

 

 

 徳を積み献身を繰り返して誉とする、それが彼女の在り方である。

 

 

 

 さすがに本当に重要な積み荷は渡せないが、保存食程度ならば惜しくもなく渡せた。

 

 

 

「なんと慈悲深い……感謝を、ただただ感謝を」

 

 

 

 祈りを捧げるように村長はエミリーに跪く、それに続くように村人たちも祈りを捧げて、エミリーは少しだけ恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 自らそうすべきと思って行動しても、こうも純粋な祈りを贈られると照れくさいのかもしれない。

 

 

 

 だがこれも神を奉る者の仕事である、今更、自分は正規の神官ではないのだと伝えることもできないまま、彼女は祈りを受け入れるのだった。

 

 

 

 彼女は宿場町へ向かう疎開民たちの集団を見送ったのち、自らの拠点がある聖都を目指して再び馬車を走らせていく。

 

 

 

 祝祭も近くなってきたのだ、もしかしたら今年はキャラバンの仲間たちと再会できるのかもしれない。

 

 

 

 そんな希望を抱きながら、彼女は今日も荷馬車を走らせていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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