※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第二話 聖都での生活

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一晩だけ滞在して大量の薬草を購入した宿場町から聖都までは数日の時間がかかった、ここ最近の情勢もあってかすれ違う相手は傭兵や避難民が多く、時折アンデットが現れてはそれを撃退すること数回、ようやく聖都を囲う長く分厚い都市壁が見えた。

 

 

 

 有数の大都市ということもあって人や物の流れはとても太く巨大である、エミリーが都市壁に馬車を走らせると、大門から伸びる長い人の列が伸びていることがわかった。

 

 

 

 門を守る聖騎士と守備隊が都市へ入ろうとしている人々の整理と調査をしているらしい、大都市ならば特に珍しいことではなく、よく方々へ出張するエミリーにとっても見慣れた光景でもある。

 

 

 

 慣れた手つきで手綱を操り、門から伸びる人の列の最後尾に並ぶこと一時間、彼女の荷馬車の後ろに同じような長い列ができた頃、ようやく都市壁を守る聖騎士から声がかかった。

 

 

 

「あぁ、エミリー殿、お帰りなさい」

 

 

 

 本日の担当である聖騎士はエミリーの顔を知っていた、それもそのはずで、彼はよくエミリーに予約を入れる相手なので顔どころか体の相性すら知っている相手である。

 

 

 

「はい、無事に戻って来ることができました。聖騎士様もごくろうさまです」

 

 

 

「まぁ都市の治安を守ることも我々の仕事ですから、ここ最近の情勢を考えればずっとここに張り付いておかなければなりませんしね。エミリー殿もアンデットを見かけたのでは?」

 

 

 

「えぇ、実はここに来るまでに何度か」

 

 

 

「ですから一人で出歩くのは感心しませんが……」

 

 

 

「ご心配をおかけして申し訳ありません、ふふ、ですがこの通り大丈夫です!!」

 

 

 

「エミリー殿には魔術がありますから強くは言えませんね……はぁ、無理だけはなさらないようにお願いします」

 

 

 

「はい、勿論です」

 

 

 

 そんな雑談を終えてからエミリーの操る馬車は都市門を抜けていく、特に荷物検査などは受けることもなく顔だけで通り抜けることが許されるのは、彼女が聖都に住所を持つ正規の住人であると同時に、神殿関係者と認識されているからだろう。

 

 

 

 これが別都市や他国からやって来た者ならば厳しい検査を受ける必要があるのだが、この二年の間にエミリーは素通りできるだけの信頼と住民としての権利を手に入れたようだ。

 

 

 

 大手門から大通りへと進み、馬車が向かった先は神殿街にある生命神の領域である。

 

 

 

 医術、医療の側面が大きい生命神の神殿はつまりは病院である、怪我や病へ立ち向かう戦士こそが神官である、娼婦神の神殿と並び立つほどの大勢力であり地上で最も必要とされている神殿の一つだろう。

 

 

 

 その影響力は凄まじい、そこそこの規模の都市ならば必ずと言っていい程に生命神の神殿は立てられており、彼らが蓄積して研鑽された技術や知識の恩恵を授かろうと各国の王は配慮するのだ。

 

 

 

 人の営みの中で切っても切れない存在となることで人々の信仰と尊敬を集める、そんな神殿の在り方を最も忠実に守っているのはこの生命神の神殿だと思われる。

 

 

 

 在籍する数多くの神官は、つまりは医者であるかそれに準じた知識と教育を施された者たちであり、エミリーもまた外様ではあるものの一応は末席に名を連ねている状態だ。

 

 

 

「ここまでありがとうございます」

 

 

 

 神殿の裏口まで馬車を進ませて、馬小屋に借りていた馬を返す、ここまで彼女と荷馬車を引いていた二頭の馬はどうやら神殿が保有するものだったらしい。

 

 

 

 エミリーは二頭の馬の鬣を撫でてからお礼とばかりに少しだけ豪華な餌を用意していた、野菜くずではなくしっかりとした餌である。

 

 

 

 美味そうに貪りつく彼らに微笑んでから、エミリーは裏口から神殿の中へと入っていく、関係者用の入口から入っても誰にも咎められないくらいには受け入れられているのだろう。

 

 

 

「お帰りなさい、エミリー」

 

 

 

「あ、エミリーさんだ、薬草見つかったのかな」

 

 

 

 神殿の内部に入ると顔見知りの神官たちが気安く声をかけてくれた、これもまた二年の間に培った信頼関係である。

 

 

 

「えぇ、ただいま戻りました、薬草もしっかり手に入れられましたよ」

 

 

 

 そんな神官たちに返事を返しながら、エミリーが向かう先は生命神の神殿の執務室であった、職員である神官たちの、それも事務仕事や会計処理などを行う裏方が集まる場所でもあり、エミリーに仕事を依頼した者もここにいるだろうと考えてのことだ。

 

 

 

 病院の役割を担うこの神殿であっても仕事は医療関係ばかりではない、いや、医療関係だからこそ書類仕事が多いとも言えるのかもしれない、聖都住民のカルテなども収められており、知識と技術の大蔵なのだから神殿の最奥にあることも頷ける。

 

 

 

 執務室には幾人もの神官たちが控えており、それぞれの机で大量の書類と睨めっこをしており、エミリーはその中から特に親しくしている相手を探して声をかけた。

 

 

 

 清潔な法衣を身に纏い、美しい横顔と整った眉を潜ませながら書類を纏めている彼女の名前はマリー、この生命神の神殿で働きエミリーとは二年前から友誼を深めている女性である。

 

 

 

 年齢も近く、彼女の治療を手伝ったという縁もあってか、顔を合わせれば微笑み合うほどには親しい関係を構築しているようだ。

 

 

 

「エミリー様、良かった、無事にお帰りになられていたのですね」

 

 

 

 聖女と称されるマリーの微笑みにエミリーは見惚れながらも、仕事の報告だけは怠らない。

 

 

 

「はい、マリー様、大きな問題もなく帰還することが出来ました。こちらが目録になります、荷物は神殿の蔵に置いてあります」

 

 

 

 エミリーが神殿に依頼された仕事は薬の製作に必要な薬効成分も持った薬草の収集である、旅に慣れていることもそうだが、彼女個人の思惑や目的もあって神殿の小間使いのような仕事を受け入れていた。

 

 

 

 生命神の神殿が必要とする様々な物を集めて行商を行い、その道中で彼女の目的を達する、方々に足を延ばすのはエミリーにとっても都合が良かったのだろう。

 

 

 

 また、神殿お抱えの行商人のように動き回るだけではない、彼女の首にぶら下がる聖印が証明するように、癒し手としての仕事も受け持っていた。

 

 

 

 少なくとも聖印を与えられる程には、この神殿で活躍しているようである。

 

 

 

「薬草は手に入ったのですね、ここ最近は高騰していて物も少ないと聞いていましたが」

 

 

 

「赴いた商店の方もそう言っておられました、とても苦労したとも」

 

 

 

「……神殿が管理している畑をもっと増やせればいいのですが」

 

 

 

 少し視線を下げて申し訳なさそうに気を落とすマリーに、エミリーは元気づけるように肩へと手を置いた。

 

 

 

「マリー様、それも簡単なことではありません。私たちがそう考えるのですから、上層部の方たちも同様に考えるはずです、今は焦ることなく目の前のことを一つ一つ乗り越えていきましょう」

 

 

 

「……えぇ、そうですね、少しだけ弱気になっていました」

 

 

 

 マリーは肩に置かれたエミリーの手に自らの手を重ねて、温もりを感じ合う、暫くそうしていると、思い出したかのように顔を上げてから微笑んだ。

 

 

 

「エミリー様、ある程度落ち着いたらお茶会でもいかがでしょうか?」

 

 

 

「ふふ、それは楽しみです。そうですね、もう少し暇ができたらそれくらいの贅沢も許してくださるでしょう。あッ、お菓子は私が用意いたしますね」

 

 

 

 友人同士のちょっとした贅沢を約束してから二人は微笑み合って手を放す、お互いに忙しいのでここ最近はそういった時間も取れていないのだろう。

 

 

 

 聖女とのささやかな楽しみを約束してから、エミリーは神殿の執務室を後にして来た道を戻っていく、裏口にまで進むとそこで荷馬車に乗ることなく徒歩で聖都の街並みへと紛れていった。

 

 

 

 聖都での暮らしも既に二年近くの時間が過ぎているのだ、知り合いも増えて仕事にも慣れ、住所も見つかった。

 

 

 

 最初は娼婦神の神殿の庇護下に入り、その神殿の一室で暮らしていたのだが、そこは娼婦としての仕事場も兼ねているので私物を置くくらいならばともかく大規模な改装は行えない、なので現在のエミリーの暮らしている場所は聖都の住宅街にある一軒家である。

 

 

 

 それほど大きくはない、集合住宅ではなく複雑な路地裏の一角にある一軒家であり、赤い屋根とくすんだ煙突が特徴の、言葉を飾らずに表現するのならばボロ屋と言えるのかもしれない。

 

 

 

 因みに賃貸である、ただ路地裏の奥にある築数十年を軽く超えるボロボロの一軒家なのでかなり安い。

 

 

 

 何故、エミリーが庇護下にある神殿の整った部屋でなく、こんな一軒家に住んでいるのかといえば、やはりもしもの時に備えてのことだろう。

 

 

 

 魔術師の拠点とは、即ち魔術の工房であるということなのだ。

 

 

 

 それはつまり、危険物で溢れていると同じ意味である。

 

 

 

 怪しげな実験を繰り返す魔術師の工房が突如として爆発して燃え上がった、そんな話が歌となって笑い話になるくらいには、ありえる話でもあった。

 

 

 

 エミリーの研究所や工房が同じ状況にならないとも限らないので、こうして集合住宅や神殿の部屋ではなく、路地裏にある一軒家を拠点としているのだろう。

 

 

 

 実際に、彼女の工房となっているこの一軒家は、魔術師らしく危険な物で溢れているのは確かである、爆発して吹き飛ぶ未来も否定はできない。

 

 

 

 エミリーは工房と化している我が家の前に立ち、厳重な魔術的封印が施されている扉に掌を当てて幾つかの呪文を唱える。

 

 

 

 すると魔術の鍵が外れて独りでに扉が開く、主の帰還を待ちわびるかのように。

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 

 溜息を一つ、家の中に入った瞬間に彼女の唇から漏れ出た。

 

 

 

 旅の疲れと、家に帰ったことの安心、他にも様々な問題を混ぜ合わせた溜息と共にエミリーはベッドの上に倒れこむ。

 

 

 

「うむう、むむむむ」

 

 

 

 そのまま枕に顔を押し付けてグリグリとこすり合わせ、そこでまた大きな溜息を吐く。

 

 

 

 彼女は暫くその状態で寛ぎ、瞼の裏に眠気が現れ始めた頃に、思い出したかのように顔を上げて工房を見渡した。

 

 

 

 魔術師の工房らしく素人目には奇妙奇天烈な物が多く並んでおり、一般人が想像する奇妙な液体の入った大釜こそ見当たらないが怪しげな物で溢れている。

 

 

 

 この二年の間に集めたのか、それとも彼女の研究成果なのか、本棚には幾つもの魔術書が並んでおり、あふれ出るような状況であった。

 

 

 

 宝石の加工場には膨大な魔力の込められた様々な宝石が小山となっており、宝石に限らず触媒となるであろう素材も集められているらしい。

 

 

 

 特に目立つのは作業机の上に並ぶフラスコだ、ガラス製のそれらは研究所では特に珍しい器具でもないのだが、中に入っているのは液体でも薬品でもなく、色とりどりの炎が揺らめいているのだ。

 

 

 

 それは炎らしいオレンジ色から、青や緑といった不思議な色合いの炎もあり、フラスコの中で消えることなく穏やかに燃えている。

 

 

 

 様々な炎は無数のフラスコの中にそれぞれ収められており、エミリーはそんな炎たちを注意深く観察しながら作業机の引き出しから本を取り出す。

 

 

 

 開いた分厚いメモ帳は既に幾重にもインクが走らされており、ページが黒く染まるほどに数式と文字で満たされているようだ。

 

 

 

 発案、実行、失敗、それらの工程を数え切れないほどに記した研究所は既に十冊を超えており、書く場所がなくなった分厚い本は本棚に収められている。

 

 

 

「ううん、もう少し温度を上げられたら……いえ、だけどこれ以上となると」

 

 

 

 フラスコの中で揺らめく色とりどりの炎を観察しながらエミリーは今日もペンを走らせていく、気が付けば辺りは夕暮れとなり暗くなっていたのだが、彼女の作業机だけは無数の炎で照らされているので明かりには困っていない。

 

 

 

 月が中天に差し掛かっても彼女の工房からは明かりが漏れ出て、ペンが走る音もいつまでも響き続ける、きっとそれは朝日が差し込むまで繰り返されるのだろう。

 

 

 

 色とりどりの炎に囲まれながらそれらを観察して経過を本に記す。

 

 

 

 それもまた、エミリーの二年であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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