※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第三話 角笛は高らかに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ最近、聖都を含む周辺国家や地域の治安は目も覆いたくなるほどに悪くなっている。

 

 

 

 それはここ最近になってよく目撃されるようになった命無きアンデットたちの闊歩であったり、それに振り回される騎士や巡回兵の隙間を突くように動く無法者であったり、疫病の蔓延であったりと、理由は様々なのだがどれも共通して陰鬱とした空気を大きくしているのは間違いない。

 

 

 

 都市、或いは国家を運営する立場の者にとって治安の良し悪しは無視することのできない問題である、それを良しとする為政者はおそらく存在しないだろう。

 

 

 

 それは聖都を中心とする地域を指導する神殿の上層部たちも同様である、治安の悪化はすなわち国家の出血、彼らはすぐさま治安回復に力を注ごうと舵をきったらしい。

 

 

 

 無法者の逮捕や操作は守備兵に任せて、問題となるアンデットは聖騎士に任せることにした。

 

 

 

 前者は傭兵も雇っての大規模な運用となり資金は必要となるが数だけは揃えられた、後者は対アンデットにおいて無敵の力を振るえる聖騎士なので大きな心配もない、まもなく治安も回復するだろう。

 

 

 

 ただ問題となるのは疫病である、こればかりは屈強な戦士では手も足もでない、当然ながら聖騎士とてそれは同様である。

 

 

 

 生命神の神殿に属する癒し手たちを前に出すしかない、目に見えぬ病魔を祓うには鋼の剣では不足なのだから。

 

 

 

「アントニウス殿、お待たせいたしました」

 

 

 

「あぁ、これはどうも、わざわざご足労いただいてしまい、申し訳ない」

 

 

 

「構いませんわよ、これもまた我々の責務、なすべきことでございます」

 

 

 

 聖都から離れたとある都市、隣国との国境に存在する大きな宿場町といった場所に、聖都の聖騎士団を率いる聖騎士であるアントニウスの姿があった。

 

 

 

 巌のような印象を与える大きくて頑強な体は縦にも横にも大きい、しかし太っているという印象は与えることがなく、鍛え上げられた鋼の肉体を持つ男性である。

 

 

 

 彼のガハハといった豪快な笑いに微笑みを返すのは生命神の神殿の代表者の女性であった、妙齢の女性の背後には幾人もの神官が控えているようだ。

 

 

 

「事前の指示通り疫病にかかった者は隔離しておりますが……うん、どうでしょうな」

 

 

 

「……やはり、例のあれですか?」

 

 

 

「えぇ、例の病です……いやぁ、呪いと言うべきか、これがアンデットなどよりもずっと厄介な相手でしてね」

 

 

 

「勇猛果敢なアントニウス殿にそこまで言わせるとは、やはり強敵ですね」

 

 

 

「我々には手に負えぬようです、単純な呪いならばまだなんとかできるのですが……病であり、呪いでもあるとなれば、いかんともしがたい」

 

 

 

 両者はそんなことを話しながらこの宿場町にある生命神の神殿へと進んでいき、厳重な隔離体制にあるそこへと入っていく。

 

 

 

 聖都にある本殿よりもずっと小さな規模の神殿ではあるのだが、それでも神の領域として恥じることがないように、この都市でも最も大きい部類にある神殿の内部は、大量のベッドが並べられており同じ数の患者で埋め尽くされていた。

 

 

 

 この場にいるのは誰もかれもが流行り病にかかった病人である、しかし熱に呻く声も苦しそうな呼吸も感じ取ることはできない、霊廟のように静かで重たい空気が流れるだけであった。

 

 

 

 静かに眠るように並べられたベッドに横たわる患者たちが、ここ最近の流行り病に取り付かれた者たちである。

 

 

 

 ここ半年ほどだろうか、近隣の農村や宿場町で僅かな眠気を感じ取った者が突如として倒れこんで、そのまま深い眠りに落ちてしまうことが続いたのは。

 

 

 

 そう、彼らは誰もが眠っているのだ、深く長い睡魔に襲われてそのまま帰ってこない。

 

 

 

 それだけでなく目に見えてわかる異常も発見できる、眠りにつく患者たちの肌にはミミズが這ったかのような跡が幾つも残されており、奇妙な刺青を体中に残したかのような姿をしていた。

 

 

 

 更に加えて、彼らの体は正常とは言えないほどの熱を帯びている、もし意識があればそれこそ命に関わるのではと思うほどであった。

 

 

 

 だが彼らは深い眠りに落ちている、命に関わるほどの熱を内包しながらもうめき声一つも上げずに静かに眠っているのだ。

 

 

 

 これは病である、そして呪いでもあるのだろう。

 

 

 

 その二つを併せ持つ、脅威でもあった。

 

 

 

 聖騎士団の長であるアントニウスの持つ強力な祝福ならば呪いを祓えるのかもしれない、だが彼には病は癒せない、そして生命神の神官たちならば病は消し去れるのかもしれないが、呪いまでは吹き飛ばせない。

 

 

 

 実に厄介である、アントニウスと神官たちは大いに頭を悩ませたことだろう。

 

 

 

 このまま放置すればそのまま患者たちは衰弱していき、最後には死んでしまうことは容易に想像できる……いや、既にそうなってしまった人々も少なくはない。

 

 

 

「一先ず聖水を用意いたしました、これらを用いましょう」

 

 

 

 聖水はただの水ではない、幾つもの薬草と祝福の力が溶け込んだ水を使って神官たちが儀式と共に作り出したものである、それ故に病にも呪いにも効果があった。

 

 

 

 作れる数が少ないという欠点と、熱を持って眠りに落ちる患者の数が多いという点に目をつぶれば、解決策はあるということだ。

 

 

 

完全完璧なたった一つの冴えた方法とは言えないが、無視できないくらいの効果はあるのだろう。

 

 

 

 生命神の神官たちはそれぞれ聖水を手に取って熱を持って眠りに落ちる患者たちへと近づいていき治療を始めた、アントニウスにできることはないのでこの場は任せることしかできない。

 

 

 

 興味本位に治療行為を覗き込んでみると、銀のスプーンで掬い取った聖水を患者たちの肌にかけている様子が伺えた。

 

 

 

 すると彼らの肌に幾重にも走っていたミミズのような痣が溶けるように消えていくのがわかる、呪いを祓う効果はしっかりとあるらしい。

 

 

 

「これだけでは完全には討ち払えませんが、このまま呪いを薄めればやがて意識が戻ります、後は良く食べ良く寝て薬を飲むだけです」

 

 

 

「呪いを薄めれば、後は本人と病の戦いになるわけですな」

 

 

 

 アントニウスの理解に生命神の神官は肯定するように頷いた。

 

 

 

「……若い方ならば心配はいらないのですが、お年寄りは活力によるとしか」

 

 

 

「まぁ、そうでしょうなぁ」

 

 

 

 この神殿に隔離されている患者たちも、聖水によって呪いを弱めようとも、後に続く病との戦いが待っているのだ、聖騎士であるアントニウスには形のある相手の方がずっと倒しやすい相手なのだろう。

 

 

 

 病に比べれば、鋼の刃で切り付ければ血を流す敵は容易いと言えるのかもしれない。

 

 

 

「おっと、私にもそろそろ仕事に戻るとしましょう、こちらはお任せしても?」

 

 

 

「えぇ構いませんよ、アントニウス殿も己の責務を果たされてくださいませ」

 

 

 

 彼がここにいても手伝えることはないのでアントニウスは神殿を後にすると、宿場町で待機していた聖騎士たちに招集をかける。

 

 

 

 彼ら聖騎士団は武力組織、戦い守ることが仕事なのだ、その責務を果たさなければならない。

 

 

 

 アントニウスは集まった団員たちを見渡しながらガハハと笑って、彼らを率いて再び周辺地域への警邏へと繰り出すのだった。

 

 

 

「もう一回りしてから聖都に戻るとしよう、何か報告はあるかな?」

 

 

 

「聖アンジェリーナの隊が新しい患者を発見したそうです、ここから少し離れた位置にある農村だそうで、搬送に人を貸して欲しいと先触れがありました」

 

 

 

「またか、本当に多いな」

 

 

 

「せめて原因がわかればいいんですが……」

 

 

 

「自然に発生した状況ではあるまい、ただの病でも、ただの呪いでもないのだ、その二つを併せ持つ悪意を押し付ける相手がいるだろう」

 

 

 

「団長は人為的な流行り病だとお考えなのですね」

 

 

 

「そうであって欲しいのだよ、それならば相手を斬れば終わりなのだからとても単純だ」

 

 

 

 彼らは馬にまたがって宿場町から離れていく、ここ最近は周辺地域の警邏ばかりの任務が続いているが、そろそろ聖都に戻って報告すべきだと考えているようだ。

 

 

 

 必要最低限の守りは残しているとはいえ、聖都をいつまでも空にはできないという考えもあるのだろう。

 

 

 

 二年前に悪魔に襲撃されたのだ、二度目がないと誰もが言いきれない、ましてや最近の情勢を考えれば嫌な悪意の気配を感じることができる、アントニウスにも不安があるようだ。

 

 

 

 逸る気持ちと共に、アントニウスを筆頭に聖騎士団は馬を走らせていく、別行動中の同士と合流して最後にぐるりと回り警邏を完了するつもりなのだろう。

 

 

 

 しっかりと整備された道沿いに馬を走らせて、その道中にある農村へと顔を出して異常が無いか確認していけば、どこに行っても聖騎士たちの姿を見れば安心したように住民たちは微笑んでくれる、彼らがいかに信頼されているのっかよくわかった。

 

 

 

 治安の悪化や、アンデットの跋扈によって、人心が乱れているからこそ、彼らの存在が心の拠り所になっているのだ。

 

 

 

 そんな住民たちに堂々と姿を晒して交流するのも彼らの仕事である、道沿いにある農村を順繰りに訪問していき、その途中にある別動隊へと合流していく。

 

 

 

 そこはどこにでもある農村であり、どこにでもある日常が続くはずの場所なのだが、アントニウスたちが訪問した時には既に状況が一変してしまっていた。

 

 

 

「聖アントニウス、お待ちしておりました」

 

 

 

 農村に入ると最初に顔を出したのはアントニウスと同じ聖騎士団に属する紅一点の女騎士であるアンジェリーナであった、女性らしい体に白銀の鎧と純白のマントというアンバランスな姿をしているが、不思議と似合っている女性である。

 

 

 

 年齢はおそらく二十歳にも届いていない筈だが、堂々とした立ち振る舞いには隙が無く聖騎士らしさをしっかりと感じることができた。

 

 

 

「聖アンジェリーナ、患者が出たのはこの村で間違いないのかな?」

 

 

 

「はい、警邏中に立ち寄ったのですが、住民の姿が見当たらずに調査した所……その」

 

 

 

「まさか……村人全員が?」

 

 

 

「えぇ、全員が眠りに落ちていました。今は村の集会所に纏めて寝かせています」

 

 

 

「……全員が、か」

 

 

 

「家の中で眠る者、畑で眠る者、道で眠る者など様々です、何の前触れもなく突然倒れてしまったかのような状況ですよ」

 

 

 

「例の奇妙な痣も?」

 

 

 

「確認できました、やはり呪いが打ち込まれているようです」

 

 

 

 村人全員が呪いと病に蝕まれている状況に聖騎士たちの表情が曇る、これがアンデットたちによる被害であれば解決は簡単なのだが、目に見えない敵である為に彼らもやり場のない鬱憤を抱えているのだろう。

 

 

 

 剣で解決できない状況と言うのは、戦士や騎士ではどうしようもない。

 

 

 

「……わかった、ここで頭を悩ましても意味はあるまい、村人たちを生命神の神殿へと連れて行こう」

 

 

 

 彼ら聖騎士が内包する祝福の力を使えばある程度の呪いは弱体化させられるのだが、病ばかりは神殿に頼るしかないのだ。

 

 

 

 また神官たちの負担が増すことになるのだが、彼らにはそうする以外の選択肢がなかった。

 

 

 

 聖騎士たちは村の集会所に集められていた村人たちの身柄を、村に置かれていた荷馬車に乗せて搬送の準備を整え始める。

 

 

 

 来た道を戻って神殿へと送ることになるだろう、ここ最近はずっと呪いに蝕まれている人々の搬送を繰り返していた。

 

 

 

 鍛え抜かれた聖騎士たちにも少しだけ疲れが見える、肉体的なものではなく精神的に疲れているようだ。

 

 

 

 解決の糸口も見えないまま、呪いに憑かれた患者は増え続けていくばかり、更にアンデットの跋扈に加えて治安は悪くなるばかりである、彼らにも忸怩たる思いがあるのだろう。

 

 

 

「……少し士気が下がっているな」

 

 

 

 搬送の準備が進めている聖騎士たちを眺めながらアントニウスがそんなことを呟いた。

 

 

 

「やるせなさがあるのでしょう、状況が悪くなるばかりですから」

 

 

 

 誰かに聞いてほしい愚痴ではなかったのだが、アンジェリーナがそれを拾い上げて返事を返すと、彼は頭をかいて苦笑いを浮かべる。

 

 

 

「やれやれまったく、苛立ちは積もるばかりか……こういう時はあれだな、聖都に戻ったらパーッと気晴らしをするに限る、うむ!!」

 

 

 

「ほう、聖アントニウスは聖騎士団の長という立場にありながら淫行に励むと?」

 

 

 

「いや、娼館に行くとは一言も言っていないのだが」

 

 

 

「以前に、マリー様やエミリー殿とお茶をしたのですが、その時にお聞きしました……団長を筆頭に聖騎士たちが娼婦神の神殿に訪れたと」

 

 

 

「……まぁ、そんなこともあるだろう」

 

 

 

「新しい聖騎士が入団する度に、歓迎会と称して夜の街に繰り出すこともあるそうですね」

 

 

 

「ガハハッ、新しい仲間と交流しているのさ」

 

 

 

「なるほど、私の時はそんなことはなかったと記憶しておりますが?」

 

 

 

「い、いやぁ、君は女性だからなぁ、さすがに娼館に連れていくのは憚られるとも……代わりに上等なワインを贈ったと思うんだが」

 

 

 

「えぇ、いただきましたとも、まだ未成年でしたがね」

 

 

 

 アンジェリーナのどこか責めるような視線を受けて、アントニウスは逃げるように空を仰いだ。

 

 

 

「はぁ、聖アントニウス、貴方は立場ある人間なのですよ、民の手本となるべく振る舞うべきだと何度言えば――――」

 

 

 

 そこで、アンジェリーナの言葉が途切れる、そして彼女の手は腰にある聖剣へと静かに伸びる。

 

 

 

 それはアントニウスも同様である、彼の太く分厚い指は聖剣を握りしめており、美しい剣芯は既に抜き身となっていた。

 

 

 

「団長、この気配はッ!!」

 

 

 

「あぁ、二年前に嫌という程に感じたものだな……魔の匂いだ」

 

 

 

 彼と彼女の瞳が空中を睨みつける、そして両者は同時に魔の存在感の中心を捉える。

 

 

 

 地上から離れ、どちらかと言えば大地よりも雲に近い高さにそれはいた、両者ともに研ぎ澄まされた視力によって認識するのは、大きな白い翼と、幾何学的な光輪を頭の上に携えた、美しい少女の姿であった。

 

 

 

「あれは、天使でしょうか?」

 

 

 

「少なくとも見た目だけは、と付くがね」

 

 

 

 ただし、放たれる迫力と気配は正反対そのもの、重たく濁った空気を振りまきながら空中を漂っている。

 

 

 

 見た目は美しくとも、魔に連なる眷属だ、そんな存在と彼らは二年前に戦っているのだ、純白の肌に深紅の瞳が特徴なエキドナの顔がチラつくのも仕方がないだろう。

 

 

 

 純白の羽を大きく広げて空を飛翔する美しい天使は、二人に発見されていることなど気が付くこともなく……いや、もしかしたら気が付いているのかもしれないが、見向きもしないまま背負っていた大きな角笛を両手で取り出す。

 

 

 

 笛と呼ぶにはあまりにも巨大で、両手で支えなければまともに扱えない程のそれを咥えた天使は、大きく肺を膨らまして一息に角笛を吼えさせる。

 

 

 

 すると竜の咆哮も可愛く思えるほどの大音響が広がり、次の瞬間、周囲に呪いと病が振りまかれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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