商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
相変わらず大きな城だ、太陽の光を遮る巨大な浮遊城を見てエミリーはそんなことを思う。
聖都から馬車を走らせて数日、時折立ち塞がるアンデットを焼き払いながら進んでようやく辿り着いたようだ。
出発の時は豆粒ほどの大きさにしか見えなかった城も、その足元近くまでやってくれば言葉を失うほどの存在感を放っている。
嵐の王の襲撃によってキャラバンや仲間と離れてしまった因縁の場所なのだが、城下町を見渡してみるとその傷跡らしき物は残されていないらしい。
聖都から比較的近く、神殿の依頼で多方面に足を延ばすことの多かった二年なので、エミリーがこの場所を訪れるのは実は何度かあった。
目的地への経由地であったり、この場所での商談であったりと様々な理由で訪れたのだ、師匠やこの地で知り合った友人たちへ無事を知らせる目的もあったのだろう。
空を飛ぶ城は変わりなく、その下にある城下町も大きな変化は無い……いや、正確にはこの二年の間に少しだけ変わったことがある。
それはこの城下町の風物詩であった探索者たちの姿や活動が無くなったことだろう、正体不明かつ、無限の可能性を秘めていた無限城への立ち入りが実質的に禁止になったことが理由の一つだろう。
詳しいことはエミリーにもわからない、ただ無限城の主である始まりの魔女と、この時代の魔術師たちの代表者の間で、何らかの契約が交わされたらしい。
その結果、かつてこの城下町に大勢いた探索者たちは仕事を失い、新たな稼ぎを求めて新天地を目指したそうだ、なので空を見上げても無限城へ向かう飛龍と探索者たちの姿は発見できない、ただ山より巨大な城が漂うだけである。
少し寂しくなって落ち着きを取り戻した城下町の大通りで、緩やかに馬車を操りながらエミリーが向かう先は、やはり彼女の師であるエミーリアの住まう至高神の神殿支部だろう。
彼女の魔術師としての先達であり、育ての親でもあるので、この街に立ち寄った際には挨拶が欠かせない、立場的にも心情的にもだ。
半年ほど前にこの城下町へ立ち寄った時も土産を片手に挨拶はしたのだが、それ以降はまだ顔を見せていない。
「お~いッ!! エミリー!!」
師匠は元気にしているだろうかと馬車の上でぼんやりと考えていたエミリーに声がかかる、視線を声の主に向けてみると、至高神の神殿から丁度出て来た女性の二人組が迎え入れるのだった。
半年ぶりに出会うこの二人もエミリーの知人である、二年前にも探索業で世話になった女性であった。
片方は男装の麗人であり名前はバッカニア、そしてもう片方は相棒のリンダである。
どちらも元探索者であり、彼女たちのチームに臨時で参加して共に無限城で腐竜と戦ったのも今や懐かしさがあった。
「バッカニアさん、リンダさん、お久しぶりです」
傭兵であり、探索者であり、事業者であるバッカニアとリンダだが、探索業が事実上の廃業となってもこの場所に留まっているらしい。
元々は探索業で得た稼ぎを様々な事業に投資していた二人なのだ、もしかしたら本格的に商会を立ち上げる良い機会になったのかもしれない、実際に今は色々と忙しく動き回っているようだ。
「ふふ、半年ぶりですわねエミリーさん、今日もエミーリア様の所にこられたのかしら?」
「はいリンダさん、少し用事があって立ち寄ったので、せっかくだから挨拶をと……師匠はいらっしゃいますか?」
神殿から出て来たのでおそらくこの二人はエミーリアと会っていたのだろうと推測したのだろう、バッカニアとリンダは二年前の縁から仕事を依頼される関係になったらしい。
「あぁ、あの人なら神殿の奥にいるぜ」
「色々と忙しくなされているようですわよ」
それを聞いて安心したエミリーは馬車を神殿の敷地へ押しやって馬たちを休ませた。
「なぁ、エミリー……なんだ、キャロルやシャルルの行方はわかったか?」
尋ね辛そうに、しかし聞かずにはいられない質問がバッカニアから飛び出す。
その隣でリンダも難しそうに眉を顰めており、二人は二年前の別離を思い出しているようだ。
「いいえ、全くわかっていません……おそらく生きているのならば聖都を目指すと思うのですが、まだ再会はできていないんです」
キャラバンの同胞ならば誰であっても逸れた時は聖都を目指す筈だとエミリーは考えている、祝祭と言う特別な日に春風のキャラバンが訪れることは周知の事実であり、少し考えれば闇雲にふらつくよりはその日に合わせて聖都を目指す方がずっと現実的である。
キャロルもシャルルも同じように考える筈だ、エミリーがそうしたように。
「そうか……私らも情報を集めているんだが、空ぶってばかりでな」
「シャルルさんもキャロルさんもあれだけ腕が立つのですから、歌の一つでも流れてきそうですものね」
確かに、とエミリーは納得した、あの姉妹は腕も立ち生きる嗅覚に長けている、どこかで武勇伝でも積み上げて歌になっていても不思議ではないだろうと考えてうんうんと頷いている。
「あぁ、でもエミリーさんに良い知らせが一つありますわよ、貴女が所属していた春風のキャラバンですが、一カ月ほど前にこの街に立ち寄られましたわ」
「えぇッ!? 本当ですか!?」
「補給をする為にふらりとやって来て、すぐに出発なされましたわよ、貴女が聖都にいることを伝えたら伝言を残されて――」
「次の祝祭は、必ず聖都に行くからって、そう伝えてくれって言われたさ」
リンダの言葉をバッカニアが引き継いでそう伝えられた、エミリーにとって凄まじい価値のある情報だろう。
次の祝祭にはキャラバンと合流できることが確定したようなものである、胸の奥にある言葉にすることが難しい不安感を吹き飛ばすには十分すぎるほどの衝撃である。
「良かった……はぁ~~」
深い、本当に深い溜息を吐いてからエミリーは微笑んだ、長らく喉に挟まった小骨が取れたような気分であった。
「まッ、なんかキャラバンの人たちも予定があるみたいだったけどな、団長の……ほら、あの美人さん、なんか小王国郡方面に行くって言ってたけど」
「小王国郡、ですか?」
エミリーの知識では大国に挟まれた緩衝地帯にある、無数の小国の集まりをそう呼んでいたと程度のものであり、そこまで詳しくはない。
キャラバンが移動する商圏からも外れているので彼女にはあまり馴染みがない地域でもある、大国の狭間にあるというぼんやりとした印象しか持てなかった。
「あの辺は今、キャラバンが目的地にするには向かないくらい治安が悪いらしいな、なんでもアンデットが大量発生してるとか」
「あぁ、確かに最近は良く見かけますわね」
「この辺にいるアンデットは小王国郡から流れて来たらしいけどな、まぁそんなやべー地域に目的もなく行くなんてことないだろうし……何かあるんだろ」
商売に向かったわけではないとエミリーは思った、バッカニアの言う通りアンデットの被害が深刻ならば近づくことすらしないはずだ、彼女の知るキャラバンの団長であるキララならばそうする。
ではなぜそこへキャラバンが向かったのか、考えられるのはキララの裏の仕事が関係するのかもしれない。
ただ、そこまで心配はいらないと彼女は思う、キララは勿論だがローレライなどもそれぞれが実力者である、下手な悪魔くらいは簡単に吹き飛ばせるくらいには。
「団長たちならば大丈夫だと思います、何が目的なのかはわかりませんが、次の祝祭には平然と顔を出してくれるかと」
確信をもってそう断言したエミリーの様子に、バッカニアとリンダは感心したように笑って見せた。
自分たちにはわからない、強い信頼と絆を感じることができたのだろう。
「ならいいさ、後はあの二人だな……まぁ、引き続き情報でも集めておくよ」
「何か手がかりが見つかったら手紙を出しますわね」
「はい、ありがとうございます、そうして貰えればとても助かります」
二人はそうして神殿の玄関から去っていく、そんな彼女たちを見送ってからエミリーも神殿の中へ入っていくのだった。
この城下町にある至高神の神殿は聖都にある本殿よりはずっと小さく慎ましい、支部なのでそれが当然であり不思議なことでもない、ただこの神殿はエミリーの師であるエミーリアの工房でもある、どちらかと言えば工房に重きが置かれているのかもしれない。
ただ神殿職を蔑ろにしている訳ではなく、裏手には孤児院なども併設されており、神殿長であるエミ―リアは神職も当然のように行える。
実際に、神殿の入口から続く礼拝堂では、エミーリアが神像を前に跪いて静かに祈りを捧げていた。
「久しぶりだな、半年ほどか」
エミリーが訪ねて来たことを感じ取ったのだろう、エミ―リアは祈りを捧げたまま振り返ることなく言葉を発する。
「師匠、お久しぶりです、近くに寄ったので……いえ、丁度この城下町が目的地でしたので挨拶に伺いました」
「よいことだ、何年も音信不通にされるよりはな……あぁそうだ、お前が世話になっているキャラバンのことなのだが」
「それでしたら神殿の入口でバッカニアさんとリンダさんからお聞きしました、一カ月ほど前にここに立ち寄ったと」
「ならばいい、あちらも何やら忙しいらしいからな、再会は次の祝祭まで我慢することだ……なに、そう大した時間ではないだろう」
そこで彼女は立ち上がって弟子に振り返り、礼拝堂のガラス窓から差し込む光の中で小さく笑うのだった。
「せっかくだ、茶でもふるまおう」
「ありがとうございます」
二人は礼拝堂から神殿の最奥にあるエミーリアの工房へと向かう、エミリーの工房同様に素人目には怪しさで満たされた様々な物が置かれた場所である。
魔女の部屋らしく大釜が置かれており中にはグツグツと煮えたぎる奇妙な色をした液体が入っていることは、エミリーの研究所との差異なのかもしれない。
薬品と薬草と僅かな甘い匂いが広がる研究所であっても、魔術師である二人は特に気にした様子も見せずに席に着く。
「知人が南方から取り寄せてくれた珍しい茶があってね、とても苦いのだが独特の風味と香りがあって最近はそれに嵌っているんだ」
そう言ってエミーリアがエミリーに差し出したカップの中には黒々とした液体が注がれていた、確かに香ばしい匂いがしている。
カップを持ち上げて暫く匂いを楽しみ、それからエミリーは黒い液体を僅かに口に含み、次の瞬間に盛大に顔をしかめるのだった。
「ははは、まだまだ子供だな!! ほら、砂糖とミルクを入れるといい、幼い舌にはその方が良いだろう」
美味しいお茶だろうと思って口に含んだ液体はとても苦かったらしい、エミリーは涙目になって師匠を睨むのだが、悪戯が成功した子供のような笑顔を見せられるだけである。
「もう、酷いですッ……こんなに苦いお茶だなんて」
「成人しているんだ、これくらいは楽しめなくてどうする」
机の上に置かれた砂糖とミルクに手を伸ばすことに躊躇はなかった、どれだけ香りが良くとも苦くてはエミリーの舌に合わないのだろう。
黒色の液体が茶色になるまで薄められた状態になって、ようやくそのお茶は彼女の舌に合うようになった。
「ふむ、それで……今回はどのような用事なのだ? ただ挨拶に来ただけではないのだろう?」
「あ、はい、実は始祖様にお伺いしたいことがありまして……人造天使に関わる研究なのですが」
人造天使、という部分を聞いてエミーリアの眉がピクリと跳ねると、次の瞬間には難しそうに表情を顰めさせる。
「あれは何十年も前に禁忌とされた分野だ……なぜそんなことを聞きたがる?」
「実は――――」
そこからエミリーが説明したのはアントニウスとの協力関係であり、彼が発見した呪いをまき散らす天使の存在であった。
「なるほど状況は理解した、そのような存在がうろついているとは……ふむ、私の持つ知識もエミリーと大差がないので力にはなれないな」
つまり、そんな研究がかつて行われていたという程度の知識しかないということだろう。
「そもそも人造天使の研究はなぜ禁忌とされたのでしょうか?」
「禁忌指定は各派閥の代表たちが会議の末に決めることが基本ではある……まぁ滅多にないことだが、指定されてしまったということは相応の理由があったのだろう」
「例えば?」
「……国が幾つも滅びたとか、神々から止めろと神託があったのか、或いは未来を閉ざす可能性があったのか、理由としてはその辺りだと思うが」
「……えぇ?」
彼女の予想以上にとんでもない問題であるらしい、禁忌指定されているので多少は危ない研究だとわかってはいたのだが、そこまで深刻な問題だとは思っていなかったのだろう。
「何を驚く、禁忌指定されるような研究などそんなものだ……事情があるようなので止めろとは言わないが、あまり深入りだけはしないようにするべきだ、要らぬ知識を知った結果、面倒ごとに巻き込まれる可能性がある……この世には、知らなくていい知識もあるのだからな、もし何らかの形でそれらに関する知識や技術を知ったとしても形に残してはいけない、口外せずに墓まで持っていけ」
わかったか? と瞳で訴えかけて来るエミーリアに、エミリーは深く頷くことしかできない。
魔術の師匠であるエミーリアと彼女の間には強い契約関係が存在している、強力な呪いと言っても良いだろう。
エミリーは師匠には逆らえないのだ、物理的にも魔術的にも心理的にもだ、契約によって魂の上下関係ができているので、エミーリアの言葉はとても重い。
そんな彼女からの忠告である、無視することはできないだろう。
「まぁ、私では力になれそうにない、始祖様に話を聞くべきだろうな」
「そうですね、私もその為にここに来ましたから……あぁ、でも、探索業が禁止になってしまったのでそもそも無限城へ入れるのでしょうか?」
「そこは問題ない、荒らすのではなくただ尋ねるだけなのだから契約違反にはならないだろう……実際に、話を聞きたいと会いに行く者もいたのでな」
おそらく彼女もまたそんな一人なのだろう、ならばそこまで行く手段を持っていることも不思議ではない。
「牧場から買い取った飛龍を持っている、それを使うと良いだろう」
そんなエミリーの考えがわかったのか、彼女は快く飛龍を貸してくれるのだった。