※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第八話 灯の魔術

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宝石のように輝く美しい卵を受け取ることで始まりの魔女との会談は無事に終わりを告げた、人造天使に関する魔術的な側面からの情報もある程度は手に入ったのは成果としては十分と言えるだろう。

 

 

 

 それらの情報を持ち帰ってアントニウスに伝えれば仕事は終わりである、帰り道は時折アンデットに襲われる以外は大きな問題はなく、大した脅威が現れることもなく聖都の工房へと辿り着くことができた。

 

 

 

 報告に関してはアントニウスの都合もあるのだが、彼はよく娼婦神の神殿に遊びに来るので機会は幾らでもあるだろう、なので問題なのはエミリーの掌にある美しい宝石……いや、卵である。

 

 

 

 これをどうするべきかと悩むのは魔術師だからこそである、単純にその他の宝石のように触媒として使うことなどできるはずが無く、だからといって雑に放置することもできない。

 

 

 

 そもそも説明が少ないと言えた、始まりの魔女はエミリーの研究に役立つ物だと言っていたが、彼女にはこの卵の正体がわからない、なので運用ができないのだろう。

 

 

 

「卵だから、温めれば良いのかしら?」

 

 

 

 無限城から聖都にある工房へ帰って来て、一息ついてから机の上に置いた卵を眺めながら、エミリーはそんなことを言った。

 

 

 

 彼女としては、この卵から何か珍しい生物でも生まれて来るのではないかと想像しているらしい、卵なのだからその可能性は大いにある。

 

 

 

 しかしその反面、淡い輝きと温もりは明らかに普通の卵ではないといった様子にも見て取れる、孵化という当たり前の過程が通じない可能性もまた大きい。

 

 

 

 そもそも本当に卵なのだろうか、自分がそう認識しているだけで本質は全く異なる場合もあるのだ、どれだけ考え込んでも答えが出るはずもなく、グルグルと思考が渦巻くだけである。

 

 

 

「……あら?」

 

 

 

 そんな状態で数分ほどの時間が過ぎただろうか、エミリーは机の上に置かれた輝く卵に変化を感じ取るのだった。

 

 

 

 少しだけ、ほんの僅かにだが卵の輝きが増しているようにも思えたのだ、気のせいだと見過ごしてしまえるほど僅かな変化である。

 

 

 

 それに気が付いた理由の一つとして、机の上に卵と同じように置かれたエミリーの研究成果である色とりどりの炎の輝きが減少したことが理由であった。

 

 

 

 フラスコの中で燃え揺れる様々な色の炎の光が減る代わりに卵の輝きが増した、そんな考えに彼女が至るのは根が魔術師だからだろう。

 

 

 

「まさか、炎を吸収している?」

 

 

 

 机の引き出しに手が伸ばされてそこから取り出されたのは虫眼鏡である、彼女はそれを使って机の上にある卵を拡大して観察を始めた。

 

 

 

 虫眼鏡で細やかに卵の様子を確かめていくと、やはり炎と連動して卵の輝きや存在感が増していることがわかった。

 

 

 

 フラスコの中の炎はエミリーが作り出した魔術である、熱の強弱から性質の有無まで細かく分けられており、それは色にも表れているようだ。

 

 

 

 火を燃料で大きくした普通の炎ではない、酸素の燃焼によって大きくなったものでもない、フラスコの中の炎は魔術なので純粋な炎とは言えないのだろう。

 

 

 

 中には揺らめく火であっても、触れてみれば熱くはないといった性質の炎もあり、それすらも卵は吸収しているようにも見える。

 

 

 

 炎を食べているのか、熱を求めているのか、それとも魔力を吸収しているのか、断言はできないがどれかを卵が求めているのだろう。

 

 

 

 なんであれ一歩前進である、しかしこの卵の正体を知るにはまだ遠い。

 

 

 

「純粋な卵ではありませんね……やはり宝石のような性質があるのでしょうか」

 

 

 

 例えば魔術師が扱う宝石などは魔力の貯蔵庫のように扱うこともできる、予め魔力を注いでおけばいざという時に便利であり、エミリーも幾つかそういった性質の宝石を有している、この輝く卵も似たような存在なのだろうかと首を傾げるしかない。

 

 

 

 炎を吸収するというのならばもっと注いでみよう、魔術師らしく探求心に従ってそんなことを考えた彼女は、机の上に置かれていた卵を掴んでそれを工房の暖炉へと移動させる。

 

 

 

 冬場にしか使わない暖炉であり去年の冬の残り灰が今も残っていた、それをクッションにするように輝く卵を置くと、その周辺に薪を並べていく。

 

 

 

 そしてエミリーは指先を暖炉へと向けた、大きな爆発も衝撃も起こることはなかったが、暖炉に並べられた薪は一瞬で熱を宿して赤く燃え上がった。

 

 

 

 なかなかの熱量である、巻き上がる煙は煙突を通って工房の外へと流れていくのだが、それが追いつかないくらいの勢いはあるだろう。

 

 

 

 しまった燃やし過ぎた、そんな表情をしたエミリーは慌てて許容量を超えた暖炉へと手を伸ばす。

 

 

 

 そんなことをすれば大火傷は避けられないのだが、炎と親和性が高い彼女は熱がることもなく炎の中で手を動かしていた。

 

 

 

 そしてグッと拳を作る、すると暖炉から漏れ出ようとしていた炎が勢いを弱めて、緩やかになっていくのだった。

 

 

 

 輝く卵と同じように、彼女もまた炎を吸収したのだろう、熱を魔力へと変換したのだ。

 

 

 

「さて、次は――」

 

 

 

 ぐるりと工房内を見渡して必要な物を確かめていく、それは魔術師にしかわからない奇妙奇天烈な物体であったり、如何にも高級そうな宝石であったりと様々である。

 

 

 

 エミリーはそれらに手を伸ばして抱え込むと、鼻歌を奏でながら暖炉の近くへと戻って来た。

 

 

 

 そしてその中から、まずは試しとばかりに青色の宝石を摘みあげ、特に惜しむこともなく暖炉の中へと放り込む。

 

 

 

 膨大な魔力が内包された宝石なのでかなりの燃料となるだろう、それこそ数百個分の薪の代わりになるほどに。

 

 

 

 次にエミリーが暖炉の中に放り込んだのは瓶の中に入ったキラキラと光る白い砂であった、それが何であるかは魔術師である者にしかわからないが、暖炉に投入した瞬間に炎が緑色に変化したので、何かしらの燃料なのだろう。

 

 

 

 オレンジでもなく赤でもなく青でもなく、緑色に燃え盛る暖炉の炎を注意深く観察しながらも、エミリーは次々に名状しがたい奇妙な物を炎へと投入していく。

 

 

 

 その度に炎は勢いと性質と色を変えて、最終的には虹を溶かしたかのような奇妙でありながら美しい姿となるのだった。

 

 

 

 猛りながらも静かで、見る角度によって輝きと色を変える炎は、誰がどう見ても魔的な炎である、自然現象にはかなり遠い。

 

 

 

 そんな美しくありながらも恐ろしい炎を前にして、エミリーは上手くいったとばかりにうっとりとした表情を見せている。

 

 

 

 だが問題なのは虹色の炎ではない、その中心にある卵を観察することであった、やはりと言うべきか予想通り卵は周囲で燃え盛る炎に呼応するかのように輝きを強めており、吸収しているようにも見えた。

 

 

 

「吸収する炎の性質は問わないと……温度も同様」

 

 

 

 様々な色合いに変化する炎であっても関係ないのか、輝く卵は問題なく炎を吸収しているらしい。

 

 

 

 エミリーの指先がペンを掴んで魔術書へと向かい、炎を吸収する卵の様子が描かれ始めた、吸収する炎の性質から温度まで細かくきっちりとだ。

 

 

 

 どれだけ吸収するんでしょうか? という疑問が彼女の中で生まれたのは、虹色の炎が卵を焼き始めて一時間ほどが過ぎた頃だろうか。

 

 

 

 吸収されて徐々に弱まる炎に追加の燃料を注ぐことを何度か繰り返しているが、暖炉の中心にある卵はいつまでたっても炎の吸収を止めることがなく、際限なく吸い込んでいるようにも思えた。

 

 

 

 随分と食いしん坊である、卵の中に存在するであろう何者かは無限の器を持っているのかもしれない、これだけの炎を吸収するのは簡単ではないはずだ。

 

 

 

 本当になんの卵なのだろうかと、疑問に思いつつもあるだけの燃料を暖炉へ放り込んでいくエミリーだが、そんな彼女の耳にドアノックの音が突然届く。

 

 

 

 トントン、というどこか控えめな音の主に予想が付いたのか、エミリーは暖炉から離れて穏やかな笑みと共に工房の入口へと向かった。

 

 

 

「マリー様、いらっしゃいませ」

 

 

 

「はい、エミリー様、門番であった聖騎士様から帰ってこられたとお聞きしまして、丁度私も暇を貰えましたので、お茶でもどうかと思いまして……お邪魔ではありませんか?」

 

 

 

「大丈夫ですよ、私も休憩しようと思っていましたので、さぁどうぞ」

 

 

 

 工房の入口で待っていたのは清潔感のある法衣と、生命神の聖印を身に纏った美しい少女である、この聖都でその高い治療魔術の力から聖女と称されている人物であった。

 

 

 

 彼女の手にはバスケットが握られており、穏やかな笑顔を浮かべていた。

 

 

 

「なんだか煙突から凄い勢いで煙が出ていましたけど……わぁ、これは何なのですか?」

 

 

 

 マリーが工房に入って来て最初に反応したのは、やはり暖炉で虹色に輝く炎である、当然だろう、誰だって気になる筈だ。

 

 

 

「炎の魔術、ですよね? 私はあまり他派閥の研究には明るくないのですが」

 

 

 

「マリー様は生命神の眷属であり癒し手ですから、炎の魔術を知らなくて当然です……ええっとですね、これは様々な性質の炎をごちゃまぜにしたスープのようなものですね」

 

 

 

 スープ? と首を傾げるマリーを背にしながらエミリーは戸棚からドライフルーツを取り出して机の上に並べていた、今からお菓子を作るのも時間がかかるのでそれをお茶と並べるつもりらしい。

 

 

 

「なんだか中に宝石のような物が……あら、これは――」

 

 

 

 マリーもまた輝く卵へと吸収されていく炎と、その魔力の流れに気が付いたようだ。

 

 

 

「それは始祖様に下賜された卵なんですよ、炎を吸収する性質を持っているみたいで、それなら色々な熱と炎を与えてみようかと」

 

 

 

「かの無限城に住まう始まりの魔術師様からのいただき物……そ、そう言われると恐れ多く感じてしまいますね」

 

 

 

 マリーは両手を結んで畏怖したかのように暖炉の中にある宝石へと祈りを捧げた、大半の魔術師にとって始まりの魔女はそういう存在ということなのだろう。

 

 

 

 祈りが終わるとマリーはエミリーの向かい側にある椅子へと腰を下ろす、工房の机の上には上品なカップが並んでおり、茶葉やドライフルーツなどもあった。

 

 

 

 こうして二人がお茶会を催すのは今回が初めてではない、聖都にエミリーがやって来てこの工房を手に入れてから何度か開催されている、都合が合えばここに聖騎士のアンジェリーナも参加することがあり、それぞれが忙しい日々を送る中で僅かな彩を与える場になっているようだ。

 

 

 

「卵ということは中に何かが育まれているのでしょう、何が生まれるのでしょうか」

 

 

 

 やはり今回のお茶会の話題はそこになるらしい、エミリーも逆の立場であれば同じ疑問を考えただろう。

 

 

 

 現在の所有者であるエミリーにも謎の卵である、魔術師ならば興味は尽きない。

 

 

 

「明らかに普通の卵ではありませんから、とても珍しい生物が顔を出すかもしれませんね」

 

 

 

「精霊や妖精の類ならばとても夢がありますよ」

 

 

 

「それらは卵生なのですか?」

 

 

 

「ふふふ、わかりません。でも不思議な卵なのですから、きっと不思議な存在が生まれて来ると思います」

 

 

 

 なるほど、と納得できてしまう、確かに正体不明の卵なので精霊や妖精が生まれて来る可能性が無いとも断言はできないのだ。

 

 

 

 そう考えると、研究対象として見ていた卵にも妙な愛着が湧いてきた。

 

 

 

 何が生まれて来るのか、どう育つのか、それを理解することも必要なのだとエミリーはわかったのだろう。

 

 

 

「始祖様が言うには、私の研究に役立つ存在らしいのですが」

 

 

 

「エミリー様の研究ですか……確か灯の魔術を改良して発展させたものでしたか」

 

 

 

 他派閥のマリーにとって炎の魔術も火の魔術も灯の魔術も大差がないように見えるのだろう、発展や改良と言われてもいまいちピンと来ないのかもしれない。

 

 

 

「そもそも灯の魔術とはなんなのでしょうか? 炎の魔術の、基礎のようなものだと解釈しているのですが」

 

 

 

「私も最初はそう思っていました、ですが始祖様の言葉を借りると炎の魔術とは異なるようなのです」

 

 

 

「明確な違いがあるのですね」

 

 

 

「はい、炎の魔術の前身が火の魔術であり、その前が灯の魔術であることは間違いありません……でも、話を聞く限りは単純に規模や火力の差だけではないのでしょう。始祖様曰く、古代の人々は灯に神秘を見出したそうなので」

 

 

 

 その神秘を灯の魔術だとして、そこから生活運用に成長したのが火の魔術、更に発展して戦争運用に特化したのが炎の魔術だと考えれば、確かに炎と灯の魔術は異なるものなのかもしれない。

 

 

 

 かつて古代の人々が火に見出した神秘、それを再現することがきっと灯の魔術を形にすることにつながる筈だとエミリーは考えていた。

 

 

 

 それは、人を殺し、物を焼く、戦争運用に特化した炎の魔術とは正反対のものになるのかもしれない。

 

 

 

「きっと、灯の魔術を学ぶには、その神秘を学ぶ必要があるのかもしれません」

 

 

 

 そう言ってこれから自分が進むであろう道のりを、深い思考と共に朧気にだが思い描いていると、対面にいるマリーが感心したように微笑んだ。

 

 

 

「魔術は探求の道のりですものね、今のエミリー様はまさに魔術師です、とっても尊敬します」

 

 

 

「そんな風に褒められると、なんだか照れてしまいますね」

 

 

 

 恥ずかしさと朱の入った頬を隠す為か、エミリーはカップを持ち上げて紅茶を口に含む。

 

 

 

「そういうマリー様はどうなのですか? 医療術の研究などもなされているのでしょう?」

 

 

 

 そして喉を潤してからそんなことを尋ねると、マリーは少しだけ困ったように苦笑いを浮かべる。

 

 

 

「生命神の眷属としての仕事や研究は問題なく進められているのですが――」

 

 

 

 そこで彼女は言葉を区切って、やはり困ったような表情を見せた。

 

 

 

「何か問題があるのですか?」

 

 

 

「いえ、その、娼婦神での儀式がなかなか上手くいかなくてですね、その、房中術をまだ深く理解できていないようで……実は、今日ここに来たのはその相談をしたくて」

 

 

 

「あぁ、上手くいかないこともありますよね」

 

 

 

 房中術は最も簡単で最も深い魔術であるとも言われている、基礎を習得するのは楽でも応用となると躓く者も多いのだ。

 

 

 

 だが、それならば、エミリーにも力になれるという確信がある。

 

 

 

 ギラリと、穏やかな微笑みが消えてエミリーの視線に鋭さが増した。

 

 

 

「でもお任せください!! 私ならば必ずやお役に立てます!! えぇ、立てますとも!!」

 

 

 

 エミリーの両手がマリーの両手を包み込むように持ち上げて結び合う、邪な気配が全開となっているのだが、聖女は純粋故かそこに気が付いていないらしい。

 

 

 

 そしてエミリーは研究を横に置いて彼女に房中術を教える為に、鼻息荒く導くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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