※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

160 / 287
第十話 孵化

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……ふッ……はぁ」

 

 

 

「あ~……あぁ~」

 

 

 

 甘ったるい喘ぎ声が工房の中に響いていた、既に時間は深夜を超えて朝になっており、カーテンの向こう側は僅かに明るくなっているようだ。

 

 

 

 遠くに小鳥の囀りが聞こえるのだが、それを気にすることもなくエミリーとマリーは情事に耽っている。

 

 

 

 朝になるまでに数え切れないほどの絶頂を繰り返して既に思考も朧気であった、理性も無くしてただ腰を振って甘い痺れを求めるだけの交わりだ。

 

 

 

 激しく長いセックスで汗と粘液に塗れた二人は、最後の緩やかな絶頂と共にベッドの上でようやく訪れた休憩を噛みしめていく。

 

 

 

 両者共に肩を激しく動かしながら、数え切れないほどに刻まれた快楽の余韻に震えていく。

 

 

 

 互いに言葉を発することなくどれだけの時間が過ぎただろうか、ようやく呼吸が落ち着いて体に広がっていた甘い痺れが引いた頃になって、エミリーは重しを引きずっているかのような疲労が纏わりつく体をベッドから起こす。

 

 

 

 傍らでドロドロに汚れた体で横たわるマリーは、もう動けるようになったエミリーに感心しているかのようだ。

 

 

 

「はぁ……マリー様、素敵な夜でしたね」

 

 

 

「ん、もう……エミリー様が意地悪だということがよくわかりました」

 

 

 

「あら、それはマリー様も同じでしたよ……何度も何度も、あんなに激しく」

 

 

 

 ベッドのシーツに沈むマリーの耳元へ口を近づけて、先ほどまで続いていた情事を仄めかす彼女は、最後にその柔らかそうな耳たぶにキスをしてから立ち上がる。

 

 

 

 体は汗と粘液でドロドロであるので足はそのまま浴槽へと向かい、そこで朝の祈りと共に体を清めていく。

 

 

 

 眠気もそれで吹き飛ぶことだろう、実際に瞼の奥にあった重さは徐々に遠ざかっていく。

 

 

 

 あれだけ夜通し交わったというのに、少しの休憩だけで活力が満ち溢れるのだから房中術は凄まじい、最終的にはマリーの方が出す回数が多かったのでエミリー側に多くの魔力が流れているのだろう。

 

 

 

 体を清めながら頭から指先まで魔力と活力を満たして本日の体調を確かめていると、彼女の頭の中にぼんやりと虹色の炎が思い浮かぶ。

 

 

 

「……あッ」

 

 

 

 すっかり忘れてしまっていたが、暖炉に放り込んで炎を食べさせていた卵のことを彼女は思い出す。

 

 

 

 どうなっているだろうかと、浴槽から出てバスタオル一枚を巻いた状態で暖炉の様子を確かめる為に覗き込むと、そこでは弱弱しい勢いになった虹色の光が今も燃えていた。

 

 

 

 その中にある美しい輝きは未だに健在である、ただ宝石のような輝きはより強くなっているようにも思える。

 

 

 

 それだけではない、弱弱しくなった炎の中心にある卵はよく観察すればグラグラと小刻みに揺れていた、まるでこれから殻を破るかのように。

 

 

 

「う、生まれますッ!! これは生まれますよ!! マリー様、これはどうすればいいんでしょうか!?」

 

 

 

 エミリーの代わりに浴槽へ向かったマリーがその言葉に気が付いて顔を出すが、さすがにエミリーのようにバスタオル一枚で動き回るのは憚られたのか工房へは出てこない、ただ心配そうな顔をするだけである。

 

 

 

「エ、エミリー様、どうか落ち着いてください……卵なのですから人の出産と異なりそこまで危険はないと思いますよ」

 

 

 

「そ、そうですね……落ち着いて受け止めます」

 

 

 

 そう言って両手は燻る暖炉の中を弄り輝く宝石を掴んでいる、炎は消えていても凄まじい熱がある筈なのだが不思議と火傷をすることもなく掌で卵を掬い上げた。

 

 

 

 両手で器を作り震える卵を真剣に見つめるエミリーは、バスタオル一枚であることも忘れて見入っているようだ。

 

 

 

 真剣な瞳は宝石のような輝きに吸い込まれており、その奥にいる存在と見つめ合っているかのようにも思える。

 

 

 

 彼女の掌で揺れる輝く卵はその動きを徐々に大きくしていき、最後には亀裂を生み出してしまった。

 

 

 

 掌に収まるサイズの卵に小さく細い亀裂が走った瞬間に、その僅かな隙間から凄まじい魔力の噴出が放たれる、暖炉にあった虹色の炎と同じ美しい色合いである。

 

 

 

 そして卵の亀裂は大きく裂けるように広がっていき、最後に火花が散った。

 

 

 

「……わぁ」

 

 

 

 いつの間にか体を清めて着替えを終わらしたマリーが浴槽から出て来た、そしてエミリーの隣に並んで覗き込むと同時に歓喜の声を上げる、そこにある美しい光に魅せられたかのように。

 

 

 

「エミリー様……これは」

 

 

 

「えぇ……不死鳥、ですね」

 

 

 

 二人の視線の先にいるのは言葉の通り不死鳥であった、まるで炎を纏ったかのような美しい緋色の羽毛に覆われた雛鳥である。

 

 

 

 炎を生み出しているのか、それとも炎と一体化しているのか、常に体から炎を立ち上らせており工房を淡く照らしている様子であった、そんな不死鳥は眠たげな瞳でキョロキョロと視線を彷徨わせてから最後にエミリーと見つめ合う。

 

 

 

 すると、彼女と不死鳥の間に不可視の道が形成される、房中術で魂を重ねたかのように魔術的なものであった。

 

 

 

「これは……どうやら眷属になったようですね」

 

 

 

「魔術的な契約が結ばれたということでしょうか?」

 

 

 

「そのようです、おそらく私の魔術で生み出した炎を吸収したからだと思うんですが……う~ん、契約魔術は専門ではないので細かいことはわかりません」

 

 

 

「あちらの派閥では動物との契約は珍しいことではないと聞きますが」

 

 

 

 確かにその通りだとエミリーは思う、修業時代に派閥の差異に関しても一通り習いはしたのだが、契約魔術を柱とする派閥ではある程度の差はあれど動物との契約は珍しいことではない、寧ろ基本とされている。

 

 

 

 そう考えれば不死鳥との契約も不思議ではないと思いたいのだが、もし彼の派閥の者が不死鳥と契約しているエミリーを見れば卒倒するだろう。

 

 

 

 簡単なことではないからだ、そこら辺にいる鳥とは生物としての格が違う、気安く契約とはいかない。

 

 

 

 例えるのならば火山に身を投じることと危険度で言えば変わりがない、契約とは一方通行ではなく相互の納得と意思によって行われるものであり隔たりは身を亡ぼすことになる、ましてや魔術的な契約ならば尚更だ。

 

 

 

 しかしエミリーの掌で寛ぐモコモコした不死鳥の雛鳥とはしっかりと契約が結ばれているらしい、しっかりと主として認められているからなのか、魔術的な道を通して体が焼かれるようなこともない。

 

 

 

 燃えるような羽毛からも火傷するような熱は感じない、ただ柔らかな温もりが伝わるだけである。

 

 

 

 だが隣にいるマリーはそうとは感じないらしい、眩しそうに、そして熱そうに少しだけ距離を取った。

 

 

 

「凄く綺麗ですが……底知れない力を感じます、さすがは精霊に近しいとされている不死鳥ですね、なんだか恐れ多く感じてしまいます」

 

 

 

「不死鳥は火山に住んでその熱を内包するとされていますから、確かに巨大な力を持つのでしょう……でも、こうして掌に乗せていると可愛く思いませんか?」

 

 

 

「確かに、モコモコしていて可愛らしい方ですね」

 

 

 

 まだ雛鳥だから小さく丸まっており、確かに可愛らしいと表現はできるだろう……魔術師の目で見れば内包する力に眩暈を起こしそうになるのだが、そこは横に置いておく。

 

 

 

 掌で工房の内部を見渡している不死鳥の雛を二人で眺めながら、彼女たちの頬は緩む。

 

 

 

「ところでエミリー様、不死鳥って何を食べるんでしょうか?」

 

 

 

 二人して暫く愛でていると、当然の疑問が思い浮かんだ。

 

 

 

「あぁ確かに……パンの欠片や野菜くずとかでしょうか? もしかしたら食事ではなく魔力を必要とするかもしれませんし、生態がイマイチよくわかりません。図鑑に載っているとも思えませんし……」

 

 

 

 悩みどころである、試しとばかりに炎の魔術で小さな火を生み出してみると、不死鳥の雛は歓喜の囀りを上げてそれを啄むように捕食していく。

 

 

 

「ぴ~、ぴぴぴッ!!」

 

 

 

「あ、どうやら炎を好むようです」

 

 

 

 火山の魔力を食らって生きるという伝承から試してみたことだが、想定よりも上手く行ったようだ。

 

 

 

 食べた炎や熱を取り込んで魔力や活力へと変換できるのだろう、もしかしたら普通の食事もできるのかもしれないが、喜んで炎を食べる辺り好みもあるらしい。

 

 

 

「こちらはどうでしょう……はい、不死鳥様、ドライフルーツですよ。どうぞお食べ下さい」

 

 

 

 マリーは昨日のお茶会の残りである干し果物をエミリーの掌へ置いた。

 

 

 

「ぴ? ぴ~……ぴぴ」

 

 

 

「ふふ、果物も好むようですね」

 

 

 

 雛鳥は置かれた干し果物を小さな嘴で啄む、最初は警戒するように恐る恐るといった感じであったが、一口食べてからは勢いよく突っついている。

 

 

 

 おそらく通常の食事でも活力を得られるのだろう、火の精霊であると同時に動物としての性質も併せ持っているということだ。

 

 

 

 不死鳥はエミリーの掌から工房の机へと下される、しかしそこの居心地が悪いと思ったのか、雛鳥は華麗に床へと飛び降りてトコトコと歩くと、そのまま燻る暖炉の中へと飛び込んでしまう。

 

 

 

 そこに居座ってウトウトとした表情を見せるあたり、灰と、熱と、燻る炎が残るそこが不死鳥にとって最も心地いい環境らしい。

 

 

 

「私は少し不死鳥のことを調べてみようと思います、伝承に事欠かない存在ですが細かな生態などはわかりませんし、もしかしたら炎以外にも必要なものもあるかもしれませんので」

 

 

 

 人間は穀物だけを食べて生きている訳ではなく肉も野菜も食べる、そうやって様々な栄養素を摂取する必要があるのだ、ただ腹を膨らませるだけでは体調を崩す。

 

 

 

 不死鳥とてそれも同じかもしれない……いや、精霊であって動物でもあるのならば、その可能性が高いと言うべきだろう。

 

 

 

 歌に聴くことはあっても詳しい生態情報がハッキリとわからない、調べてみるべきだろう。

 

 

 

 最低でも何を食べて何が必要なのかを知る必要がある、仮にも不死鳥が餓死するとも思えないが、まだ雛鳥なので名前程の不死性は持っていない可能性もあるのだ。

 

 

 

 またエミリーの知識としては不死鳥は不滅の存在ではあっても、不死には遠いという認識がある。

 

 

 

 不死鳥なのに不死ではないとは何ぞや、とエミリーも思うのだが、不死鳥は肉体が滅びることは多々あるらしい。

 

 

 

 だが肉体が壊れようとも彼らは環境次第で蘇ることが可能である、例えば死んでしまった不死鳥が魔力を火山から吸収して灰の中から蘇ることがあるように、彼らは輪廻を繰り返すのだ。

 

 

 

 なので不死鳥と呼ぶよりは不滅鳥と評する方が正しいのかもしれない、死してもなお蘇る姿はそれが相応しい、彼らにとって肉体の死は終わりではないということである。

 

 

 

 つまり肉体が滅びることそのものは稀ではないということだろう、ならば餓死することも可能性としては無視できない。

 

 

 

 この不死鳥の雛が、どうやって生きていくのか調べることは重要である。

 

 

 

「そうですね、力になれるかわかりませんが私の方でも調べてみます……あぁ、ですが神殿はこれから少し忙しくなりそうで、いつになるかは……」

 

 

 

「マリー様、神官としての職務を乱さない範囲で構いません。いえ、寧ろそちらを優先なされてください、あの子のことは今日明日でどうにかなる問題でもないでしょうから」

 

 

 

 一先ず炎を食べることはわかっているので、すぐに餓死することもないはずだと彼女は考えているらしい。

 

 

 

 もしかしたらそれだけで健康に生きることもありえるかもしれない、何であれ調べるしかないだろう。

 

 

 

「それより、忙しくなるとのことですが、何か大きな動きが?」

 

 

 

「はい、聖騎士団や守備隊の方々の準備が整ったとのことで遠征を行うそうです。周辺をぐるりと回ってアンデットの一掃作戦を行い治安の回復を目指します。我々神官団も同行するので準備もあり……あぁ、もしかしたらエミリー様にも声がかかるかもしれません」

 

 

 

「それは勿論構いませんが、どれほどの規模の作戦になるのでしょうか?」

 

 

 

「アンジェリーナ様からお聞きした限りでは、かなり大規模なものだと……この遠征でアンデットの完全な掃討を行うことが最終目標ですね。長期に及ぶこともあるでしょうから、生命神だけでなく娼婦神の神官も呼ばれるでしょう」

 

 

 

 つまり従軍娼婦が必要なくらいの期間、遠征が行われるということだろう。

 

 

 

 この遠征によってアンデットの殲滅に加えて治安の回復を目指す目論見なのだ、以前から対処を迫られていたがようやく準備が整ったらしい。

 

 

 

 また、聖騎士団や聖都の上層部としては、呪いを振りまく例の天使を排除したい考えもあるはずだ、例え小王国郡から流れて来るアンデットがいなくなったとしても、そちらが健在であればどうしても治安は悪くなる。

 

 

 

 そこにエミリーも同行する可能性が高い、どういう立場での参加になるかはわからないが、彼女としてもわざわざ断る理由もないのだ。

 

 

 

「もし私が呼ばれるようなことになれば、断るようなことはいたしません、神の僕として全力を尽くしましょう」

 

 

 

「ふふ、エミリー様にそう言っていただけるのならば心強い限りです」

 

 

 

 迷うことなく協力する意思を示したことに安心したのか、マリーは大輪の笑顔を見せた。

 

 

 

「それでは神官長にはエミリー様のご助力も伝えておきますね」

 

 

 

「はい、どうかよろしくお願いいたします」

 

 

 

 まだ細かな調整や準備があるのか、マリーは別れの挨拶を告げて身支度を整えると、そのまま慌ただしく神殿へと帰ろうとするのだが、工房の扉を開ける直前に振り返り暖炉の中にいる不死鳥の雛を見つめる。

 

 

 

 そして少しだけ悩むような仕草をしてから、エミリーにこんなことを尋ねるのだった。

 

 

 

「エミリー様、あの不死鳥様のお名前などは考えておられるのですか?」

 

 

 

「名前、ですか?」

 

 

 

 どうやら何も考えていなかったらしい、そして契約においてとても重要な要素でもあるので無視することもできない問題でもある。

 

 

 

「確かに名付けは必要ですよね……う~ん、何か良いものを考えておかなければ」

 

 

 

「いつまでも不死鳥様では寂しさも感じるでしょう……やはりここは可愛らしい名がよいかと」

 

 

 

 モコモコした姿は確かに可愛らしいが、いずれは立派な不死鳥になることを考えると、可愛らしさ全開の名前にするのは配慮が必要かもしれない。

 

 

 

 エミリーとしては可愛らしさよりも、雄々しさや力強さを感じられる名前が好ましいが、そこは存分に悩む必要があるだろう。

 

 

 

 どんな名前になるにせよ名付けは重要なものである、契約魔術にとっては欠かせないものだ、半端なことはできない。

 

 

 

 一先ず不死鳥の生態を調査しながら、名前について考えてみるべきだろう。

 

 

 

 未だに熱が燻る暖炉の中で眠たそうにしながら寛ぐ雛を眺めながら、エミリーは母親にでもなった気分で頭を悩ますのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。