※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第十二話 遠征と後方勤務

 

 

 

 

 

 

 

 鮮やかな軌跡を描いて聖剣が虚空を走り抜ける、光の尾を伸ばしながら振るわれたそれは正しく目の前の脅威を切り裂いた。

 

 

 

 アンジェリーナの感覚としては、斬ったと言うよりは刃がすり抜けたかのような感触である、祝福の力を宿した聖剣でアンデットを斬ればそうもなるだろう。

 

 

 

 大きな引っ掛かりもなくゾンビを両断した聖剣はそこで止まることはなく、そのまま二度三度と振りぬかれてその度にアンデットを灰に変えていく。

 

 

 

 遠征が始まって三日ほど、周辺地域をぐるりと回ることになる彼らは毎日アンデットたちとの戦いに明け暮れていた、ほんの僅かに国が管理している道を外れれば悍ましい呻き声や不浄の気配が近寄って来る有様であり、連戦を強いられているらしい。

 

 

 

 それ自体は大きな問題ではない、想定できており準備も怠っていなかったからだ、相応の数と物資も集めておりアンデットが相手ならば苦戦することはまずありえない。

 

 

 

 そもそも相手は鍛えられた軍隊ではないのだ、思考と暴力を訓練で振るう戦士と異なりアンデットは漂い徘徊するだけの存在である、それ単体ならば人里に下りて来る獣の方がまだ危険と言えるだろう。

 

 

 

 鍛えられた戦士である守備隊は勿論のこと、相性的に聖騎士が苦戦することなどまずありえないというのが公平な戦力評価だ。

 

 

 

 間違いではなく、侮りがある訳でもない、聖騎士を中心にして守備隊と連携しながらアンデットたちの対処に当たる遠征隊は、それこそ濡れ紙を破くかのような勢いで立ち塞がる脅威を排除していく。

 

 

 

「まったく、よくもまぁここまで溢れて来るものです」

 

 

 

 しかし大した労力がかかっていないと言っても、こうも立ち塞がれば愚痴の一つも零したくなってしまうのは責められないだろう。

 

 

 

 この数日、何度も何度もアンデットを斬り捨てて来たのだ、戦いは優勢そのものであっても自分たちが住む地域に不浄の存在が溢れていることを見せられれば、やるせなさを感じてしまうのかもしれない。

 

 

 

「この辺りはまだマシなのだがね、小王国郡はそりゃ酷い状況らしい」

 

 

 

 アントニウスがアンジェリーナの愚痴へと返事を返す、彼もまた聖剣を振るってアンデットを灰にしており、その身に宿った神格も手伝いただそこに立つだけで多くの脅威が消し去られていく。

 

 

 

 それこそ何もせずにそこに立っているだけでアンデットはボロボロと崩れていく状況である、彼がいる限り劣勢になることはまずありえないだろう。

 

 

 

「小王国郡ですか……援軍要請があったと聞きましたが」

 

 

 

「あぁ、それは一先ず保留となった、我々も足元がこんな状態で他国にまで人はやれないだろう。それに、だ……あまり中立的な立場も乱したくはないらしい」

 

 

 

「それでよろしいのですか、早々に赴くべきだと思いますが」

 

 

 

「小王国郡の王たちだってちゃんと考えてるだろう、こちらのことを考えて中立的な立場を壊さないように、周辺国連名で援軍要請を出すだろうさ。なら、我々はそれまでの間に治安を回復して援軍が決まった時に後顧の憂いを断っておきたい……神殿の方々はそう言っていたが」

 

 

 

 確かに、アンデットが徘徊する状況で大勢の聖騎士を援軍には送れないだろう、そして聖都の中立的な立場を考えれば更に難しい。

 

 

 

 かといって放置するというのもまた難しい、そもそもアンデットの発生源は小王国郡なのだ、状況次第では何よりもま原因の排除したい考えも聖都の上層部にはある筈だ、だからまずは自分たちの足元を整えて、小王国郡へ援軍を送れる大義名分を作るだけの時間を稼ぐ、民衆からすれば面倒な政治であるが、とても重要なことである。

 

 

 

「まぁ、あちらへの援軍は置いておこうじゃないか……まずは目の前の相手だ、アンデットもそうだが、あの天使も厄介だ」

 

 

 

「戦いになると?」

 

 

 

「さて、あちらさんの考えや思惑がさっぱりな状況ではなんとも言えんよ、ただ何となく呪いを振りまいている訳でもないだろうから、こうして遠征を行っていればそのうち接触してくるかもしれんな」

 

 

 

「それもまた計画の内ですか」

 

 

 

「わざわざこうして目立ちながら大勢で移動しているんだ、上手く引っかかってくれるとありがたいんだが……さて、どうなることやら」

 

 

 

 アントニウスの視線が共に戦う同胞たちへ向けられる、守備隊も聖騎士団も相応の訓練を積んだ精鋭である、神官団の援護もある、戦力的には十分であり相手が異質異常なので少しばかりの不安があるのだろう。

 

 

 

「まぁ、それは出て来た時に存分に悩むとしようじゃないか。まずは治安の回復だ、次は西側に向かおうか、損耗はどうだろうか?」

 

 

 

「守備隊を中心に怪我人はそれなりに出てはいますが、死傷者はまだおりません」

 

 

 

「ならば後方の予備隊と交代して進むとしよう、聖アンジェリーナも休むと良い」

 

 

 

「問題はありません、私はまだ戦えます」

 

 

 

「おいおい、長丁場になるんだから休憩を軽視すべきではない、下がりたまえ、あぁ、これは命令だから」

 

 

 

「聖アントニウスはどうなされるのです?」

 

 

 

「勿論休むとも、休まない訳がない!!」

 

 

 

「ほう……その心は?」

 

 

 

「後方には沢山の女性がいるからね、是非とも仲良くしておきたい」

 

 

 

 聖都にいる時も様々な娼婦と浮いた噂を作って来た男性である、そこに執心なのは仕方がないだろう。

 

 

 

「……聖騎士団の代表として節度ある対応を求めます」

 

 

 

 幾ら言っても聞かない相手だとわかっているからなのか、アンジェリーナは呆れながらも止めることは無かった。

 

 

 

 従軍娼婦がそういう為に付いてきていることもわかっており、遠征に必要な存在だとわかってもいるのだが、彼女の中にある潔癖症な部分がせめてもの抵抗をしているらしい。

 

 

 

「ガハハ、せっかくだから君も嗜んでみれば良いではないか、男娼なんかもいるらしく――」

 

 

 

 言い終わる前に、聖剣の軌跡がアントニウスへ迫り、その前髪を揺らした。

 

 

 

「うむ、勿論冗談だ、部下とのちょっとした談笑だとも、君は相変わらず冗談が通じないなぁ」

 

 

 

「ええい!! そういう話は男性の団員と行ってください!!」

 

 

 

 次々に振るわれる聖剣を紙一重で躱すアントニウスに苛立ちが増してきたのか、アンジェリーナの両手にも力がこもっていく。

 

 

 

 それは自分がどれだけ全力で剣を振るっても彼には当たらないという、ある種の信頼による暴挙である、周囲にいる同僚たちも「またか」といった顔をしている辺り、日常的なじゃれあいと思われているらしい。

 

 

 

「まぁそういったことは横に置いてだ、後方に下がって休息することは絶対に必要だろう」

 

 

 

 最終的に全力で振り下ろされた聖剣の切っ先を軽々と素手で掴み取られてじゃれあいは終わりとなる、だが憤懣はまだ残っているのかアンジェリーナはドスドスと大きな足音を残しながら大股でその場を去っていく。

 

 

 

 周囲の戦士たちはその迫力に思わず道を譲ってしまっており、冷や汗と共にその背中を見送るしかなかった。

 

 

 

「宜しかったのですか? また聖アンジェリーナは苛立っているようですが」

 

 

 

 そんな様子を見せられて、呆れたように一人の聖騎士がアントニウスに聞いてきた。

 

 

 

「構わないとも、やる気があるのは結構だが、いつまでも緊張を続けられれば肝心な時に切れるかもしれん。彼女は責任感が強くて完璧主義者な上に若い……放置していたら寝る間も惜しんで戦うぞ」

 

 

 

 それが悪いとはアントニウスは言わない、そういった人物も組織には必要だからだ。

 

 

 

「彼女はアンデットが徘徊する現状を憂いていましたからね、今回の遠征に対する思いも人一倍でしょう」

 

 

 

「だからって倒れられても困るのだよ、団長としてはね」

 

 

 

 だからこそのじゃれあい、という訳ではない、あれは単純にアントニウスの素である。

 

 

 

 だが顔も見たくないとばかりに後方へ歩いていったので、目論見通りでもあるのだろう。

 

 

 

「さて、我々も予備兵と交代するとしよう」

 

 

 

 怪我はない、疲労もまだ感じない、だがそれでも休息を疎かにすることはできない、それが彼らの立場でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後方の状況はある意味では前線よりも忙しいのかもしれない、聖騎士団と守備隊が奮闘する最前線より一キロほど背後には無数の天幕が並び立てられており、それら一つ一つに人が詰めている状態である。

 

 

 

 単純に寝泊りする為の場所もあるが、それらの天幕の多くが簡易の病床でもあった、怪我人と病人を収容されており生命神の神官が忙しそうに出入りを繰り返しているようだ。

 

 

 

「こっちに新しい包帯を持ってきてください」

 

 

 

「重傷者が到着しました!! 専用天幕に移送します!! 高等医療魔術の担い手でお手隙の方はこちらに!!」

 

 

 

「ベッド空いてますよ!! マリー様もこちらにおられます!!」

 

 

 

 後方拠点に運ばれてくる負傷者や、呪いにかかった者たちを受け入れる体制ができており、薬を初めとした物資も豊富に揃えられていた、しかし癒し手の数だけは増やそうと思っても簡単ではないので、その分の負担はやはり大きいらしい。

 

 

 

 物は多くとも専門の医療技術や魔術を収めた者はやはり貴重なのだ、なので彼女たちに負担がかかり過ぎないように仕事の分担を行っていく。

 

 

 

 例えば切り傷や打撲や骨折といった、直ちに命に関わらないような傷ならば通常の治療を行う、そして明らかに重症な者に対してはマリーたち神官団による魔術治療が行われるのだ。

 

 

 

 重傷者用の天幕に運び込まれた男は最前線で戦っていた守備隊の一人であった、聖騎士とは異なりアンデットに一撃必殺とも呼べる攻撃方法を持たないので怪我をする可能性が高く、彼の肩からはかなりの出血が確認できる。

 

 

 

「せ、聖女様に診て頂けるとは……情けないことに、ゾンビに噛みつかれてしまいまして……うッ、お手を煩わせてしまい、申し訳ない」

 

 

 

 守備隊の男は激痛が広がる肩を抑えながらも、恥じ入るように頭を下げている。

 

 

 

 そんな彼に対してマリーは心配いらないとばかりに微笑んでから、血がにじむ方へ白魚のような美しい手を伸ばす。

 

 

 

「名誉の負傷なのですから、恥じることなど何一つとしてありません、どうかその傷を私に癒させてくださいませ」

 

 

 

 おそらく現場で最低限の止血は行っていたのだろう、強く包帯が結ばれており慣れた手つきでそれを解いていくと、全てを取り除く頃にはかなりの出血が確認できた。

 

 

 

 幾重にも巻き付けられた包帯の殆どが血で染まっており相応に傷も深い、ゾンビに噛みつかれたという肩付近の肉が大きく裂けており僅かに鎖骨が覗けるような状態である。

 

 

 

 このまま放置しておけばすぐに出血死となるだろう、それを避ける為に通常の治療ではなくマリーたちのような生命神の神官が仕事をするのだ。

 

 

 

 単純に縫い合わせるだけでは難しい規模の怪我だ、その後のリハビリも長くなる上におそらく後遺症も残る、剣を握れなくなることは守備隊で生きる彼にとって致命傷に等しい。

 

 

 

 そんな事態を避ける為にも、ここにマリーがいるのだ。

 

 

 

「生命神よ、慈悲と豊穣のお方、あまねく全てを癒す為に、どうかこの僕にご加護をお与えください」

 

 

 

 神々の愛情深い彼女が祈りを行えば、強力な加護がその身に与えられることになる、その状態でマリーは傷口に掌をかざしながら治療魔術を組み上げていく。

 

 

 

 淡い輝きがその掌に宿ったかと思えば、鎖骨が見えるほどに深い傷が瞬く間に塞がっていくのだった。

 

 

 

 魔術の質が高く巧みであることもそうだが、強い神々の加護も手伝ってその魔術は実に強力である、骨が見えるほどの重症であってもまるで問題が無く負傷が消えていく。

 

 

 

「はい、もう大丈夫ですよ。ですが失ってしまった血は元に戻せませんので、暫くは無茶をなさりませんようにお願いいたします」

 

 

 

「感謝いたします聖女様、噂には聞いておりましたが本当に一瞬ですな……いやぁこれは凄い、聖都に帰ったら家族にも自慢できそうだ」

 

 

 

 どうやら戦士たちの間ではマリーに治療されることが一種の自慢になるらしい、彼も他の戦士たちから羨ましいと思われるのかもしれない。

 

 

 

 聖女とお近づきになれることを望む者はやはり多い、とても人気があるからだ。

 

 

 

 治療を終えた男はだらしない笑顔を浮かべながら、何度もマリーに礼をしてから天幕の外へと出ていく、傷は塞がっても血は失ったままなので少しフラフラとしているがしっかりと休めば問題ないだろう。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 

 

 患者がいなくなったことを確認してからマリーは額に浮かんだ汗を拭き取って体の力を抜く、他者の前では維持していた緊張と疲れが現れたのだろう。

 

 

 

 対象を重傷者のみに限定して、他の神官たちと分担しながらでもこれだ、既にかなりの人数を治療しており疲労が濃い。

 

 

 

 だがそれでも弱音を吐けないのが彼女たちの立場であり生き方だ、最前線で戦う戦士たちが憂いなく戦えるのは背後に彼女たちがいるからであり、神官団の存在はまさに生命線である。

 

 

 

 だからこそマリー達はおよそ弱音らしいものを吐かない、そう教育されてきたということもあるが、それ以上に生命神の神官としての責任感がそうさせるのだ。

 

 

 

 神は怠惰を嫌う、それが神官たちの共通認識でもあるのだろう。

 

 

 

 それに疲労は最前線を支える戦士たちもまた同様だ、血を流して帰って来る彼らの為にも疲れた姿は見せられないとマリーは考える。

 

 

 

 パチパチち自らの頬を叩いて気合を入れなおしていると、天幕のカーテンが開いて外からエミリーが姿を現した。

 

 

 

 彼女は彼女で仕事をしていたのだろう、本格的に医療魔術は習っていないので基礎しかできないがそれでも素人よりはずっとできることは多い、何より膨大とも言える魔力を有していることが大きい。

 

 

 

 マリーならば十数人も治療すれば疲労困憊となってしまうが、エミリーが同じだけの治療魔術を行使してもおそらく疲れない。

 

 

 

 これはマリーの魔力量が少ない訳ではない、彼女も房中術をある程度使えるようになってからはその身に宿せる魔力の量も大きくなっており、決して少ない訳ではないのだ。

 

 

 

 ただ単純に、エミリーの器が突出しているのである、マリーが羨ましいと思えるほどに。

 

 

 

 もし彼女が生命神の神官として幼少期から治療魔術を学んでいれば、聖女と呼ばれるのはエミリーだったかもしれないと考えるほどである。

 

 

 

「マリー様、お疲れではありませんか?」

 

 

 

 だがそんな想像は無意味であるとマリーは自らを戒める、もったいないとどれだけ思ってもエミリーは炎を柱としている魔術師なのだから。

 

 

 

 こうして協力してくれるだけでも感謝すべきなのだろう、実際に彼女の魔力補充にはとても助けられている。

 

 

 

「はい、お恥ずかしながら少しだけ……お力を貸してはいただけませんか?」

 

 

 

「勿論、喜んで」

 

 

 

 そして彼女たちは互いに微笑み合ってから両手を伸ばす、向かい合わせで掌を重ね合った二人は房中術を使って魔術的な道を構築すると魔力を流していく。

 

 

 

 空っぽの状態であったマリーの器は一瞬で満たされ、心地よい活力を感じ取っていると疲労もどこかへ消えていくのだった。

 

 

 

 かなりの魔力を受け渡したはずだがエミリーは疲れた様子もなく微笑んでおり、そんな顔を見せられればやはり生命神の神官として修業すべきだとマリーは思ってしまうのだろう。

 

 

 

 だが、これもまた運命神の差配なのかもしれないと彼女は思う、エミリーが治療ではなく炎の魔術を柱としているのは、そうあるべき人生だったのだと納得するしかない。

 

 

 

 ならば、こうして協力できる良縁を大事にするだけだろう、あったかもしれない未来を妄想しても意味はないのだから。

 

 

 

 暖炉を前にしたかのような穏やかな温もりを感じながら、マリーはまた怪我人の前に立つ為にやる気を漲らせていく。

 

 

 

 エミリーが一緒ならばまだまだ癒すことができる、この出会いにただただ感謝するしかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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