※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第十四話 昔を思う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼、或いは彼女はかつてを思い返す。

 

 

 

 それは神代、まだ神秘が濃かった時代の話である。

 

 

 

 今とは異なり人々は誰もが幼く、文化も文明も教養も未発達だった頃だ、人々の中に通常とは異なる力を操る者が幾人か現れたとされていた。

 

 

 

 後に魔術と称される力なのだが、その当時においては理解の外にある現象であり、なにより問題なのは悪魔と呼ばれる存在たちと似た力と思われてしまったことだろう。

 

 

 

 実際に、その時代では魔術とは呪いと並んで悪魔が扱う力のことを指す。

 

 

 

 それに酷似した力を扱う人間が普通の人々にどう思われたのか想像に難くないだろう、悪魔たちが扱う魔術に比べれば小さな灯程度の力でしかないのだが、それでも迫害は起こった。

 

 

 

 指先にほんの僅かな火花が散らせる者、水の上を数秒間だけ歩ける者、動物と話せる者、見えない何かを見つめる者、物を少しだけ浮かせられる者、本当にごくごく小さな力でしかないのだが、普通の人間にはどうしたって異質にしか映らない。

 

 

 

 魔女、もしくは魔術使いと呼ばれることになる存在は人々や文明から弾かれて過ごすことになるのだが、それを喜んで受け入れる者などそうはいないだろう。

 

 

 

 彼、或いは彼女もまた、そんな一人であった。

 

 

 

 その人物はまだ幼く、それ故に迫害の意味もわからなかったが、ただ一つだけ己が扱う力の異質さだけには気が付いていたらしい。

 

 

 

 ほんの僅かに自らの魂を他者へと乗り移らせるという力を使えば、生きることだけはそこまで難しくはなかったのだが、いつまでも他人の意識を乗っ取って食料を盗む生活が続く訳もなかった。

 

 

 

 そもそも巨大な力と言う訳でもないのだ、意識を乗っ取るには対象に接触する必要があり、相手には記憶も残ってしまう、追い掛け回されることも少なくはなかっただろう。

 

 

 

 各地を転々として、新しい場所に行けばそこで他者に意識を乗り移らせて盗みを働き、旗色が悪くなれば逃げるように姿を眩ます。

 

 

 

 そんな生活がどれだけ続いただろうか、幼い頃に捨てられた彼、或いは彼女が成人を迎えることまでは続いたと記憶している……今となっては曖昧だが。

 

 

 

 新しい場所でもまた生きる為に盗みを押し付けようと考えていると、そこでの出会いが大きな転機を与えることになった。

 

 

 

 始まりの魔女、後にそう呼ばれることになる存在との邂逅である。

 

 

 

 彼女はその虹色の瞳で、逃げ遅れてボロボロになった彼、或いは彼女を見下ろしながら「ふむ」と呟き、その体を瞬く間に癒して見せた。

 

 

 

 たったそれだけでも、自分たちには足元にも及ばない力と技術であると見せつけられた、圧倒的で唯一絶対、探し求めていた答えがそこにはあったのだろう。

 

 

 

 彼、或いは彼女はこう尋ねた、我々が扱えるこの力は一体なんなのかと。

 

 

 

 その問いかけに始まりの魔女は少し悩んだ様子を見せてから、こんな風に返すのだった。

 

 

 

「難しい問いです。奇跡には遠く、呪いと呼ぶにはまだ足りない……魔を従える力、もしくは対する力……或いは律する法則……ふむ、故に魔術、と呼ぶのが適切なのやもしれません、思いつきにすぎませんが」

 

 

 

 超常の現象、悪魔の力、そんな風に思われていた正体不明の力に始まりの魔女は魔術と名付けた、そしてその名称は不思議と納得を与えたことを今でもよく覚えている。

 

 

 

「貴方にもその力が扱えるようだ……とても興味深い。房中術のような魂の干渉に近く……意識の制御? 催眠? いや、移植と呼ぶべきか」

 

 

 

 どうやら始まりの魔女が自分を生かしたのは、その力を調べたいからと言う理由があったらしい。

 

 

 

 だがそれは別に良かった、命を救われたこともそうだが彼女は同類なのだ、生まれてからずっと抱えていた孤独感も消えていき、それがとても心地いい感覚でもあった。

 

 

 

 己の中にある力が何なのか、彼女の下にいればわかるような気もしたので、自然と彼、或いは彼女は弟子となったらしい。

 

 

 

 そこで知ったことは、魔術とは超常の力ではなく学問であるということだろうか。

 

 

 

 法則があり、答えがあり、学ぶことができる、とても簡単に噛み砕いて説明されると1+1は2という当たり前の答えが魔術であった。

 

 

 

 何故火は燃えるのか、どうして雨や雷は降るのか、なぜ地震は起こるのか、この世で神の御業とされている様々な現象を解き明かして再現する、それが魔術であると知ったのだ。

 

 

 

 だから自分たちの扱う力は奇跡には遠い、呪いにも足りない、当たり前の物理法則を再現しているに過ぎないのだから。

 

 

 

 世界は平らではなく丸く、その中心に向かって引っ張られるということを教えられれば、物を浮かす魔術の理解も深くなり行使は容易くなったことだろう、火を大きくするには酸素が必要だとしれば、より大きな炎を作り出すことも簡単である。

 

 

 

 始まりの魔女には多くの弟子がいて、それぞれが得意とする魔術を丁寧に教えていった。

 

 

 

 彼、或いは彼女もまたそんな一人である、魂の干渉を得意とした彼女はそれが契約魔術に近い物だと教えられていたらしい。

 

 

 

 自分と他者の間に縁を作り、魔術的な道を作る、房中術にも似ているがもっと深く強力なものであると教えられていた、始まりの魔女にとっても珍しい魔術に映ったようで、数多くいる弟子の中にあっても特別に目をかけられていたようにも思える。

 

 

 

 彼女の下にいればより力は大きくなっていき、それが魔術と呼ばれる領域に至るまでそう長い時間はかからなかった。

 

 

 

 魂の移植、始まりの魔女がそう呼んだ魔術は大きな武器になったことだろう、何故ならその力を使えば不滅の存在になれるのだから。

 

 

 

 その可能性を自覚して、実際に実行したら最後、最早肉体に価値を感じなくなったことだろう。

 

 

 

 魂は次から次へと肉体を乗り捨てて、老いや死と共にまた別の肉体を探す、その繰り返し。

 

 

 

 だからこそ、彼であり彼女なのだ。

 

 

 

 魂が移植される度に、その対象に元々あった魂の影響を受けてしまうので、十回も繰り返せばそれだけで男女の性差も混じり合う、男性なのか女性なのか曖昧な状態が続くのである。

 

 

 

 多くは肉体に引っ張られるのだが、それでも何度も何度も肉体を投げ捨てて乗り移っていれば劣化や摩耗はおこるものである。

 

 

 

 それが彼、或いは彼女の人生であったのかもしれない。

 

 

 

 長い時間を生きたと思う、昔を懐かしめるくらいには。

 

 

 

 そして同時にただ生きていた訳でもないようだ、魔術の研究にも多くの時間を割いており、始まりの魔女の弟子が老いて死んでいく中で、その人物だけは魂を移植することで不滅となったことで、時間だけは幾らでもあった。

 

 

 

 魂の移植、そして干渉、これをメインテーマとしながら研究を重ねて幾星霜、一つの転機が訪れることになる。

 

 

 

 それは勇者と呼ばれる存在との邂逅だ、そしてその魂への接触であった。

 

 

 

 それは魂の移植によって様々な魂に触れて浸食してきた存在だからこそ、その魂の大きさと奇跡を煮詰めたようなあり方に、感動さえしたらしい。

 

 

 

 天啓である、青天の霹靂でもあった、自分はこの魂に出会う為に生まれたのだと、そう思ったそうだ。

 

 

 

 師である始まりの魔女に尋ねたことがある、あれが完璧な存在であるのかと。

 

 

 

 すると彼女は少しだけ悩んだそぶりを見せてから、彼女にしては珍しく一切の可能性を排してこう返事をするのだった。

 

 

 

 その通り、あれが完璧な存在であると。

 

 

 

 そこから上はなく、超える者は現れず、あらゆるマイナスが存在しない、この上ない至高、だから勇者は完璧なのだと彼女は言う。

 

 

 

 様々な魂を捨て歩いた彼、或いは彼女が、その完璧に触れたいと考えるに至ることは、そこまで不思議なことでもないだろう。

 

 

 

 同時に、それは果てない旅路の始まりでもあった。

 

 

 

 完璧であり、至高の魂を手にしようというのだ、それ以上はない完成度を目指す必要がある。

 

 

 

 研究と実験に没頭して結果を手に入れる為にあらゆる犠牲を許容する、ある意味で魔術師らしい生き方をすることになるのだが、そんな人物に対する世間の評価は決して高いものではなかった。

 

 

 

 時には同門の、同じ始まりの魔女の下にいる弟子にさえ非難されながらも完璧な魂に魅せられた存在の歩みは止まらない。

 

 

 

 それを作り上げる為に国を亡ぼす必要があるのならば喜んで実行するだろう、実際に様々な魂が必要だという理由でやってしまったこともある。

 

 

 

 もともと魂の移植を繰り返したせいで正気など大昔に捨て去ってしまったのだ、そんな人物に倫理を説明して理解させようとしても一体何の意味があるというのか、無駄でしかない。

 

 

 

 最終的には神々から圧力がかかり、同胞の魔術師に討たれたことで終わるかと誰もが思ったのだが、その人物にとって肉体の滅びは終わりではないということが、事態をより深刻にさせた。

 

 

 

 肉体を破壊されようとも次の器へと魂は乗り移る、そこに蓄えられた情報と記憶を継承しながら。

 

 

 

 時には赤子に、時には老婆に、またある時はどこかの国の王に。

 

 

 

 そうやって滅びを回避して人知れず研究を続けて、その度に神々からの啓示で動いた様々な追手と戦い、死んだり勝ったりを繰り返すこと幾星霜、彼、或いは彼女は今も消滅することなくここにいる。

 

 

 

 どんな時でも思い描くのはかつて見た勇者の姿、その至高の魂だ。

 

 

 

 どれだけ非難されようとそこへ手を伸ばすことに躊躇などある筈がない、既に正気など大昔に捨ててしまって行方不明であり、取り戻すつもりは欠片もない。

 

 

 

 彼、或いは彼女は昔を思う、しかしそれは懐かしむ為ではなく忘れないようにという自戒の為に。

 

 

 

 魂を捨て歩いた旅路の先に、完璧と至高へと至るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある宿場町にある旅籠の一つに小汚い姿で小太りの中年男がいた、たるんだ腹や顔に刻まれた皺の垂れ下がった様子から、初老にさしかかりながらも不摂生な生活を続けているような様子が見て取れる。

 

 

 

 この旅籠は相応の値段がする場所でもあるのだが、そんな身なりでも資金は潤沢なのか貸し切りにされているらしく、彼以外の客は存在しない。

 

 

 

 大きなベッドの上でいびきをかきながら熟睡している男だが、カーテンの隙間から差し込む朝日を煩わしいと感じたのか、忌々しそうな唸り声と共に目を覚ます。

 

 

 

「うぅッ……ぐッ……はぁ……プリメーラ、水を持ってこい」

 

 

 

 二度寝の気分にもなれなかったのだろう、ベッドから上半身を起こした男は傍にいる筈の存在へと命令を出すのだが、いつまでたっても水は運ばれてこない。

 

 

 

 旅籠の大部屋はただ静まり返っており、どこを見ても彼以外の誰かは存在しないようだ。

 

 

 

「……プリメーラ?」

 

 

 

 寝ぼけた様子でここにいる筈の誰かを探す男は、徐々に目が覚めてきたのか青ざめ初め慌てて走り出す。

 

 

 

 貸し切りにしているので他の客は一人もいない、文句も言われそうだが多くの賄賂を渡しているので不満もでない、だがそれはプリメーラの存在を可能な限り人目に晒したくないという考えもあったから。

 

 

 

 ドタバタと、大きな足音を立てながら旅籠の受付へと向かい、両手をカウンターに叩きつけなが従業員を問い詰める。

 

 

 

「プリメーラはどこへいった!? どこへ!? どこへええええ!?」

 

 

 

 血走った眼で詰め寄る男から逃れるように後ろへ下がる旅籠の従業員だが、朝早く外へ出ていく大きなローブとフードを被った存在のことを思い出したのか、戸惑いながらもそれを報告した。

 

 

 

「お、お連れ様ならば、朝早くに散歩に出かけると……」

 

 

 

「さ、さささ散歩だとぉ!? あれが!? 散歩!? そんな物は必要ないはずだぞ!! またバグかぁ!?」

 

 

 

「ひィ!! と、当方には何とも、散歩と仰られていたのですぐにお帰りになられるかと……」

 

 

 

「ええい使えん奴だ!!」

 

 

 

「お、お客様どちらへ!?」

 

 

 

「探しに行くに決まっているだろうが愚か者どもめ!!」

 

 

 

「お、お支払いの方は……」

 

 

 

「部屋の鞄でも漁っていろぉ!!」

 

 

 

 小太りの男は苛立だしそうに舌打ちをするとそのまま大きな足音を立てながら旅籠の玄関へと進んでいき、蹴破るように外へと出ていく。

 

 

 

 その勢いは触れがたく、従業員の男は蝶番が壊れた扉を唖然としながら見つめるしかなかったようだ。

 

 

 

「どこだあああぁぁぁあッ!! プリメーラああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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