商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
どうしたものかしら、とエミリーがとある宿場町の大通りで困ったように首を傾けていた。
従軍神官兼娼婦として働くこと数日、毎日色々と忙しいのだが、大きな問題が生じることもなく遠征は順調であった。
後方勤務なので前線に呼ばれるようなこともなく、安全な場所で医療従事をしている彼女だが、その仕事は多岐に渡る。
今、この宿場町にいるのも仕事の一環である、生命神の神官としての業務の一つだ。
今回の遠征の目的は徘徊するアンデットの殲滅と、呪いによって意識を失った人々の一斉治療である、周辺地域を細かく捜索して治安を回復する傍らでそのついでに各都市や町へ赴いて、そこにある神殿支部に隔離されている呪いを受けた者も癒すことを目的としている。
様々な場所を捜索するローラー作戦の途中なので、ほぼ全ての町や都市へ接近することになるので、一斉に治療するにはとても都合が良い。
なのでエミリーもまた神官団に交じってこの宿場町の神殿支部へと赴き、呪いの解除を手伝っていた。
生命神の神官たちは優秀であり呪いによって意識不明になっていた患者たちを適切に治療して、その身に刺さった呪いの解除も聖騎士たちの協力もあって問題なく処理できたらしい。
しかし意識不明の状態で眠りに落ちていた患者たちの衰弱は酷く、そんな彼ら彼女たちのケアもまた神官団の仕事である。
そんなことを続けながら様々な場所に赴き、神殿支部に隔離されている患者たちを治療すること数日、この辺りの仕事もそろそろ終わりが見えてきて次の町へ進もうかと聖騎士と神官の代表者が話し合っている頃に、彼女もまた問題に巻き込まれていた。
治療を終えて神殿から大通りへと出て体をほぐすように背伸びをしていると、エミリーの耳にこんなやり取りが届いたのだ。
「なぁ嬢ちゃん、上手そうに食ってくれるのは嬉しいんだが、払うもんはしっかり払って欲しいんだが」
「……もぐ……おかわり」
「ちゃんと金を持っているんだよな?」
「うん……お父様が」
大通りに並ぶ様々な露店の一つ、串焼き肉を販売する店の前に大きく分厚いローブとフードを被った少女らしき存在と、店主らしき男がそんなやりとりをしている。
ゴミ箱の中にはそれなりの串が入っており、それはどうやらそのローブ姿の少女によって満たされたものらしい。
少女の両手には食べかけの串焼き肉があり、そんな状態だというのに新しい肉を注文しているようだ。
「親が金を持ってるって……その人はどこにいるんだ?」
「……どこだろう……あぁ、なんか、寝てたから」
「う~ん……どっかの旅籠に泊まってるってことか? 嬢ちゃんは旅人だろ、この辺りじゃ見かけない顔をしてるしな……最近じゃそんな奴らも減ってるから客が増えるのはありがたいけどよ」
店主の男は文句を言いつつも新しい肉を焼き始める、一先ず親が払ってくれるという言葉を信じたのだろう。
そんなやりとりだけならばエミリーも眺めるだけですぐに興味を失ったのだが、問題なのは少女の言う支払いをしてくれる親がいつまでたっても現れないので、問題は大きくなっていった。
徐々に増えていくゴミ箱の串と同じように、店主の苛立ちも増えていく。
それがとうとう爆発寸前まで行ってしまったのだろう、肉を焼く手を止めて彼は大きな溜息を吐いてからこう言うのだった。
「はぁ……嬢ちゃん、とりあえず衛兵の詰め所まで行こうか?」
「詰め所? 詰め所とは?」
「そりゃお前、あれだ……兵隊さんの仕事場だよ」
「なるほど、理解した……兵隊とは騎士に準じる武力組織と学んだ」
どこか会話にすれ違いのようなものが起こっているようにも思えた、それに気が付いたのか露店の店主は額に手をやって疲れたように空を仰ぐ。
「あの、何かお困りでしょうか?」
そこでエミリーは見かねたのか二人の間に入り込む、このまま放置することもできたのだが、余計なお節介もまた徳を重ねることにも繋がるだろうと考えたのかもしれない。
「ん? あぁ、神官様、これはお恥ずかしい所をお見せいたしました……こちらのお嬢さんに手を焼かされておりまして」
「そのようですね……ええっと、貴女、代金の持ち合わせはありませんか?」
「親が持ってる……そう、間違いない、多分」
何故か自信満々に胸を張って手に持った串焼き肉を頬張って、残った串をゴミ箱へと放り込む。
「この調子でしてな……詰め所まで連れて行こうかと思っておりまして」
無難な判断である、料金が戻って来るかと聞かれれば難しい所だが。
「なぁ嬢ちゃん、本当に親御さんはいるのかい? このままだと罪人として突き出すことになるんだが」
「いる、寝てる」
「どこの宿だよ?」
「……わからない」
「なら突き出すしかねえな」
どうやらこの店主は目の前の少女を物乞いか何かと思い始めているらしい、空腹を満たす為に嘘をついているのだと。
だからエミリーはどうしたものかと首を傾ける、詰め所に突き出す理由と道理が揃っているので反対することが少し難しい、店主の主張は何も間違っていないのだから。
ただ眼前のローブとフードを被った少女はまだ幼さが残るほどの年齢にも見える、エミリーより少しだけ年下あたりだろうか。
そんな少女を罪人として突き出すのは心苦しさがある、なのでエミリーは少し悩んだ末に懐から財布を取り出すのだった。
「店主様、彼女の注文は私が立て替えましょう」
「そりゃありがたいですが、神官様の手を煩わせるのは少し……」
「問題ありませんよ、この子のご両親を探そうと思っていますので、立て替えた料金はそちらの請求いたします」
「そうですか? うぅん……まぁ、こちらとしてはありがたい提案ですが」
「どうかそのままお納めください、きっとこの子を罪人として突き出すよりも気持ちの良い夜を迎えられるでしょうから」
その言葉に店主の男は暫く悩んだ末に、エミリーから差し出された代金を受け取ることにしたようだ。
エミリーの言う通り、少女を突き出すよりはマシだと思ったのだろう。
「さぁ、参りましょう……貴女のご両親を探さなければ」
エミリーは分厚いローブ姿の少女に手を伸ばしてその細い掌を握ると、先導するように大通りを進みだす。
「お名前をお伺いしても?」
「個体番号のこと? それなプリメーラと呼ばれている。一番、至高、最も高い位置、そんな意味がある」
やはりどこかズレた会話が繰り広げられてしまうようだ。
「プリメーラさんですか、よい名前ですね」
「そう……私に相応しい、うん……多分」
フードの向こうに見え隠れする少女の視線が自信無さそうに下げられる、そのまま暫く地を這っていたかと思えば、すぐに上げられて周囲の露店へと向けられた。
そのまま香ばしい匂いに引かれて足取りがフラフラと揺れ動く、さきほどあれだけ串焼きを食べたというのに、まだ空腹感に支配されているらしい。
そんな彼女の手を引きながらエミリーは思わず笑ってしまっていた、幼い妹の様子を見守っているような気分にでもなったのかもしれない。
「そうだ……貴女の個体番号は?」
「個体……ええっと、名前のことですよね? 私の名前はエミリーです」
「そう、エミリー……何番目なの?」
「番号ではありませんね、とても古い言葉で火の意味があるそうです……まぁ、師匠から頂いてそう教えて貰ったんですが」
「火……うん、納得」
少女は繋がれた掌から伝わる温もりも感じ取り、コクコクと頷いて見せる。
「とても暖かい、不思議……何故?」
「そうですか? まぁ、私は炎を柱とする魔術師ですから、普通の人よりは少しだけ体温が高いかもしれませんが」
「炎の魔術? それはもうインプットされている、戦争運用に特化した魔術形態の一つ、要警戒、とても危険」
「いえ、そんな!! 危険な魔術……ではないと言い切れませんが、どんな物も使いようですから、常に心を律していれば大義もたせますとも」
ただ兵器としてあるだけでは先が無い、それは彼女の師匠の言葉である。
炎の魔術が戦争運用に特化した発展をしてきたのも事実ではあり、それは認める所ではあるが、それだけでもないのだ。
「まぁ、私のことはいいんです。それよりプリメーラさんのご両親はどちらにおられますか?」
存在しないならばそれでエミリーとしては構わないと考えている、損をするのは自分だけと割り切って受け入れられるのは彼女の美徳である損な部分でもあった。
「いる、うん……でも場所がわからない」
「迷子ということですね、では何か覚えのある建物や場所はありませんか?」
大都市と大都市の間にある宿場町は都市と呼べるほどに大きくはない、ただ幾つもの建物と道があることは間違いないので、初めて来た土地勘のない者は迷子にもなるだろう。
なのでプリメーラの記憶を辿って両親へと送り返さなければならないとエミリーは思う、このまま放置すれば先ほどのような問題に巻き込まれることもありえる、聖印を持つ者として放置はできなかった。
「ん~……あっちから来て、良い匂いがして、お腹へって」
「ではそちら側に進んでみましょうか、歩いている内に何か思い出せますよ」
どこかの宿に部屋をとっているのならその場所や建物を見た筈だと、プリメーラが指し示した方角へと進んでいく。
エミリーに手を引かれるプリメーラはあちらこちらへ視線を右往左往させて、大通りに広がる様々な露店を眺めている。
彼女が注目したのは飴細工のようだ、串の先に色とりどりの飴が刺さっており、それぞれが宝石のように上品な美しさを放っていた。
「エミリー、あれが食べたい」
「……先ほどあれだけお肉を食べられたはずですが」
「私の頭にはこんな言葉が記憶されている、甘い物は別腹と」
「まぁ、気持ちはわからなくも――て、あぁ!! 引っ張らないでください!! なんでそんなに力が強いんですか!?」
二人の体躯はそれほど変わらないがエミリーの体はどれだけ踏ん張ってもズルズルと引きずられるだけである、巨大な軍馬の手綱を持っているかのような感覚であった。
「美味しそう、ぜひ食べたい、買って」
そんな直接的な要求をエミリーは受け入れた、既に支払いを肩代わりしているので今更銅貨数枚くらいは惜しくはない、何より放置して問題を大きくすることはできないと決めたばかりである。
我儘な妹がいたらこんな感じなのだろうかと、益体もないことを考えながら飴屋の店主に銅貨を渡すのだった。
「こちらの飴を二つくださいな」
「あぁ、神官様、こりゃありがたい。貴女方の楽しみになるのなら作ったかいがあるというものですよ」
赤色の飴が付いた串を受け取って片方はプリメーラへと渡される、そして二人はそれを舐めながら大通りを再び歩きだす。
「美味、これはいいものだ」
「本当ですね、甘酸っぱくて疲れに効きます」
昨日は神官団に混ざって徹夜の業務であった、丁度甘い物が欲しいと思っていた所である。
「エミリーは優しい、太っ腹、お大臣、そのポケットから無限にお金を出せる」
「そんなことはありませんからね、お代もちゃんとご両親に請求いたしますから」
多少損をするくらいならば別に構わないが、彼女はキャラバンで育った人間である、お金の貸し借りや利益不利益は細かい、相手が孤児ならば仕方がないと受け入れることができても、ちゃんと両親がいるのならばちゃっかり代金は請求するつもりである、何も間違いではない。
「何か見覚えのあるものはありませんか? ご両親が泊まっておられる宿などがわかればよいのですが」
「ん、ん~……さぁ、わからない……あ、お父様」
キョロキョロと周囲を見渡していたプリメーラがとある人物を発見してそんなことを呟く。
「ご両親が見つかったんですね? それは良かった」
安心したようにエミリーの瞳もプリメーラが見つめる先へと向けられる、そこには大通りを行きかう人々を掻き分けるように中年男性の姿が発見できた。
娘がいないので慌てて捜索してきたのか、汗だらけであり大きく肩を揺らして呼吸を繰り返している様子である、その目はしっかりとプリメーラに向けられており苛立ちも伺えてしまう。
「怒っておられるようですが、こればかりは仕方がないかと……良いですか、プリメーラさん、あまりご両親に心配をかけさせては――」
そんなありきたりな説教を口にするエミリーだが、次の瞬間には言葉を詰まらせることになってしまう。
「プリメーラぁあああああッ!!」
大股でこちらに近づいてくる男は、ギリッと歯ぎしりの音を口内に響かせると、それと同じほどに引き締められた拳を作って大きく振りかぶってしまう。
そのまま勢いよくプリメーラの頬を殴り飛ばしてしまった、白昼堂々の躊躇ない暴行である。
そしてそれだけで終わるようなこともなく、男は殴られて倒れたプリメーラに馬乗りとなると、周囲の目などきにすることなく拳を振るい続ける。
「どういうことだ!! なぜくだらんことに興味を持つ!! そんな感情は刻んでいないというのに!!」
「ちゅ、ちょっと!! おやめくださいッ!!」
「貴様は完璧でなくてはならんのだ!! 一切の無駄が存在しないように作ったというに!! 何故こんな行動ができてしまうのだ!!」
エミリーの声を無視して暴行は続く、泡でも吹き出しそうなほどに怒りと焦りに支配された男の様子は、一目で正気ではないと周囲にわからせるだけの迫力があるようだ。
大通りで沢山の人目があることなど関係が無いとばかりに暴行は続き、周囲の人々は関わるべきではないと考えたのか、恐れるように距離を置く。
ただそんな中で、エミリーだけが下がるのではなく前へと進んで見せる。
彼女は少女が暴行される姿を見せられて、放置できるような人間でもなかった。
バチッと、僅かに火花が散ったかと思えば、エミリーを中心に少しだけ周囲の温度が上がる、彼女の中に芽生えた苛立ちに連動するかのように。
そしてエミリーはやんわりとした忠告ではなく、相手を威圧できるだけの魔力を強い言葉に乗せてこう訴える……いや、強い力を持った魔術師として呪いにも近い効力を持った言葉でこう命令した。
「おやめなさい!!」
するとビタッと男の体が拘束されたように静止する、彼だけではなく周囲に輪を作る人々にも効果があったのか、誰もが動きを止めている。
予想以上の効果にエミリーはしまったという顔を一瞬だが浮かべて、慌てて言葉の魔術を吹き飛ばそうとするのだが、それよりも早く状況が動く。
「驚いたな、一瞬とはいえこの私を怯ませるとは……貴様、どこの魔術師だ」
誰もが動きを止める中、プリメーラに馬乗りして暴行を続けていた男だけは、忌々しそうにエミリーを睨みつけて来る。
その瞬間、どちらも、互いが、大きな力を持った魔術師だと認識したのである。