※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第二十四話 悪性の液体

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バシャッ、と聖騎士の一人が勢いよく踏み出して足元に広がる泥を踏みつける、粘度のあるそれは足を絡めとるかのように重みがあるのだが、日々の訓練と行軍によって鍛えられた彼にはあまり意味のないものだった。

 

 

 

 沼を踏みつけようともその突進は陰ることもなかう、数え切れないほどに繰り返された動きを意識することもなく行使する。

 

 

 

 上段から振り下ろされるのは輝く聖剣、ただただシンプルなその一撃は、単純であるが故に力と技量が物を言う。

 

 

 

 膂力と握力、そして体重を乗せて鋭く素早く、およそ断てない物など無いと思えるそれは、しかし大きな角笛に容易く防がれてしまった。

 

 

 

 まぁそうだろうなと、考えたのは一体誰か、聖剣を振り下ろした彼かそれとも別の聖騎士か、何であれ初撃は弾かれる結果となってしまう。

 

 

 

 だが聖騎士たちの攻勢がそれで終わるはずもない、天使を取り囲む聖剣の輝きは無数に存在している、その数だけの剣戦が繰り広げられるのだ。

 

 

 

 絶え間なく、息する暇も与えず、生存の隙間も作らない、それは剣の壁が迫って来るようにも思えただろう。

 

 

 

「何もさせるな!! 進み続けろ!!」

 

 

 

 アンジェリーナもまた剣の壁を作る一人だ、周囲の聖騎士たちと阿吽の呼吸によってどす黒くそまったプリメーラへと聖剣を突き立てていた。

 

 

 

「……わからない」

 

 

 

 それに対するプリメーラは首を傾げながら大きな角笛をまるで小枝のように振り回す、その度に聖剣と角笛がぶつかり合う甲高い音が幾重にも響くのだが、肉を刺す音だけはどこにも存在しない。

 

 

 

 泥が跳ね、聖剣が煌き、角笛がそれを弾く、泥に満たされた聖都の大神殿の門前で繰り広げられる。

 

 

 

「……やはりわからない」

 

 

 

 息もつかせぬ攻防の中にあってプリメーラだけが場違いな表情で何かを呟いていた、目の前にいる聖騎士たちの行動原理が理解できないのだろう。

 

 

 

 小動物が猛獣に歯向かっているような、そんな自然の摂理に反する行動に見えているのかもしれない、非論理的で非効率で何より愚かであると彼女は考えるのだが、聖騎士たちは立ち向かい続けていく。

 

 

 

 わからない、理解できない、太陽が朝に上り夕暮れに沈む当たり前の理をひっくり返そうとするかのような無駄な行いである、それがプリメーラの聖騎士たちに対する評価だ。

 

 

 

 何故戦うのか、何故阻むのか、完璧であれと生み出され育てられた彼女にとって、本当に理解できないのだろう。

 

 

 

「解せない、といった顔をしているね」

 

 

 

 アントニウスの持つ聖剣と角笛が凄まじい衝突音を上げながら重なり合う、剣と剣ではないがつばぜり合いの形となり、二人の視線が近くでぶつかり合う。

 

 

 

 何故か口角を上げているアントニウスに、答えのない苛立ちを感じたのかプリメーラの眉間に皺が寄っていた。

 

 

 

「まぁあれだッ……我々は引くことはないのでね、存分に悩むと良い。それで少しでも動きが鈍くなるのならば歓迎すべき事態だ」

 

 

 

 二人の力は互角だ、聖剣と角笛を押し合うのだがどちら側にも傾くことは無い、狭間で火花が絶えず飛び散っている。

 

 

 

 そんなプリメーラの背後から音もなく静かに聖騎士たちが刃を振り下ろす、目の前にアントニウスがいるので注意がそちらへ向いており、視認できない筈の攻撃ではあるのだが、漆黒の翼をバサバサと動かして聖剣を阻む。

 

 

 

 柔らかそうな翼ではあるが見た目以上に強靭な作りになっているようだ、聖剣が接触した瞬間に鋼が擦り合わさったかのような音が響いている。

 

 

 

「ん~……邪魔……邪魔?」

 

 

 

 群がる聖騎士たちを、迫る幾つもの聖剣を、プリメーラは思わずそう評価するのだが、言葉にした瞬間に納得できなかったのか首を傾げてしまう。

 

 

 

 彼女の中では対する相手は小さな虫や動物程度の脅威としか認識できていない、アントニウスだけは警戒に値するが他の聖騎士はいてもいなくてもあまり関係が無い、その程度の評価でしかない。

 

 

 

 そもそも邪魔という言葉すらも不釣り合いなのだ、しかしプリメーラは間違いなくそう言った。

 

 

 

 想定以上に聖騎士たちの力があったのか、それともプリメーラの見積もりが甘かったのか、おそらく両方だ。

 

 

 

 だから一人の聖騎士の刃が彼女の肌に僅かにだが届くことになる、どす黒い肌とそこに広がる呪印に血が飛び散った。

 

 

 

 軽傷である、かすり傷だ、それでもアントニウス以外から痛痒を与えられるとは思っていなかった身としては驚きしかないだろう、事実プリメーラは大きく目を見開いて驚愕している。

 

 

 

 自分を傷つけた聖騎士へ視線を送る、聖騎士の中にある紅一点であるアンジェリーナは誇るでもなくまたも刃を振るっていた。

 

 

 

「うッ!!」

 

 

 

 そしてアンジェリーナを見つめていると今度は脇腹に痛みが走り、それを認識した瞬間に今度は肩に痛みが走ってしまう。

 

 

 

 武器である大きな角笛で迎撃しようにも、最大の脅威であるアントニウスに向けられているので思うように振り回せなくなってしまっているらしい。

 

 

 

 翼で跳ね除けられるのは背後のみ、側面はがら空きであった、それを逃す彼らではない。

 

 

 

「どうやら集団戦には慣れていないようだね、大きな膂力も持っていても振り回されるだけではなッ!!」

 

 

 

 僅かな痛みに顔をしかめていると、真正面にいたアントニウスが鍔迫り合いを止めて唐突に力を抜く、すると踏ん張って彼の聖剣を押しとどめていた角笛がガクッと揺らめいて引っ張られるように体幹が揺らぐ。

 

 

 

 それもまた大きな隙だ、当然ながら幾つもの聖剣が彼女へ迫る。

 

 

 

 聖剣の数だけの傷跡が残され、中には深く食い込むものもあった、特にアントニウスの持つ聖剣は骨にまで届いたようだ。

 

 

 

「戦力評価、再認定」

 

 

 

 自らの体から流れて吹き出る血をどこか冷めた瞳で眺めていたプリメーラはそう呟き、角笛でアントニウスの聖剣だけを防ぎながら他の全てを無視して、瞳をグルグル動かしながら周囲を観察していく。

 

 

 

 これまでは道の端に転がっていた石程度にしか見ていなかったが、注視していると彼らの動きがよくわかる。

 

 

 

 まるで狼の群れだ、それぞれに仕事があり役目がある、追い立て責め立てる動きに一つの無駄もない。

 

 

 

 その段階になって彼女はようやく自分を囲む聖騎士たちを脅威と認識したのだろう、相手は小動物の群れではなく狼の集団だと。

 

 

 

「いけるッ!!」

 

 

 

 無数の傷が刻まれた天使に勝機を見出したのか、アンジェリーナが泥を跳ねながら迫る。

 

 

 

「調整完了……学習終了」

 

 

 

 だがその聖剣はプリメーラの命にまで届くことはなかった、彼女の持つ角笛が鋭く振るわれたからだ。

 

 

 

「なッ!?」

 

 

 

 アントニウスの聖剣を巧みに弾き、迫る刃を退け、最後にアンジェリーナの攻撃をいなす、そこには確かな技量と巧さがあった。

 

 

 

 まるで熟練の戦士のように角笛を剣に見立てて弾いたのだ、巨大な膂力をただ振り回すだけではない。

 

 

 

 振るわれる角笛が描く軌跡は流麗そのもの、その剣を聖騎士たちはよく知っていた、自分たちが使う剣なのだから当然だろう。

 

 

 

 聖騎士たちの動きを観察して学習したということだ、それも一瞬で。

 

 

 

「敵対戦力、再想定……敵対者を脅威と認める」

 

 

 

 聖騎士たちは小動物ではない、明確な敵である、強者故の侮りは捨て去った。

 

 

 

 このまま聖騎士たちを放置してしまえば、いずれは自分の父親の脅威となる、それだけは避けなければならないだろう、彼女の細胞に生まれた時から刻まれた制約が駆り立てていく、父親の敵を排除せよと。

 

 

 

 それが彼女の始まりだ、それがプリメーラの道だ、そして目指すべき結末でもあった、この聖騎士たちはその道を阻む敵だ。

 

 

 

 彼女にとって、戦う理由などそれだけでいい――いや、それだけしかなかった。

 

 

 

「……溺れろ、病の中に沈むがいい」

 

 

 

 言葉と共に泥が脈動する、まるでそこに意思があるかのように蠢き手を伸ばすかのように聖騎士へと群がるのだ。

 

 

 

 ただの泥ではない、呪いであり病であり毒でもある泥だ、祝福の力を宿す者でなければ数秒と持たないそれが、波打ち蠢きながら彼らへ届こうとする。

 

 

 

 聖騎士たちは各々がその身に宿した祝福の力を最大限に高め、光の波動となって対抗するのだが、効果は一瞬でしかない。

 

 

 

 高熱に触れた液体のように光の波動に触れた泥が蒸発して動きが留められるのだが、津波のように絶えず押し寄せる流れをいつまでも防ぐことはできなかった。

 

 

 

 足首ほどの深さだった泥は波となり彼らの腰辺りまで盛り上がる、それが何度も何度も向かってくるのだ、一度二度ならば祝福の力で蒸発させることができても、永遠に防げる訳ではない。

 

 

 

 一人の聖騎士が波に攫われるように体幹を崩してその体を沈めてしまった。

 

 

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 

 

 転げて泥に沈んでしまった同僚を助けようと近くにいた聖騎士が手を伸ばす、藁でも掴むかのように泥の中から伸ばされていた手を掴んで引き上げるのだが、泥から救出した仲間はぐったりとしており力が感じられない。

 

 

 

 沈んでしまった時に泥を飲み込んでしまったのか顔面まで真っ黒であり顔色は土器色になってしまっている、体中に数え切れないほどの発疹が広がっており、泡を吹いてビクビクと痙攣している状態であった。

 

 

 

 ミミズが群がった彼のような呪印も肌に残されており、おそらく生命神の神官が彼を診察すれば即座に隔離して絶対安静にするだろう。

 

 

 

 目に見えるのは発疹だけだが、目に見えない部分にも数え切れないほどの病が存在すると思われた、それこそ意識を保てないほどに深刻なものである。

 

 

 

「下がらせろ!!」

 

 

 

 アントニウスが天使の振るう角笛を弾きながらそう指示を出す、すると彼は戦闘不能になった同僚を担いで泥の猛威から逃れていく。

 

 

 

 彼自身もまた、体に異常な熱と発汗を抱えているようで呼吸が荒かった。

 

 

 

 聖騎士たちにとって最も脅威なのは角笛を振り回すプリメーラやその学習能力ではなく、足元に広がる泥ということだ。

 

 

 

 祝福の力で押し留められようとも完全に防げてい訳ではないのだ、蝕むように徐々に体へと染み込んでいき、最後には呪いに呑まれることになるだろう。

 

 

 

 アントニウスでさえそうなのだ、他の聖騎士ならばなお早い。

 

 

 

 重傷者が一人、その人物を担いで下げさせるのにまた一人、二人分の戦線離脱はわかりやすくプリメーラの負担を軽くしたことだろう、その分だけの攻勢と聖剣が無くなったのだから当然ながら楽になる。

 

 

 

「集団戦……学習した。弱い者から先に減らしていく、とても優位になる」

 

 

 

 一際大きな祝福の輝きを持つアントニウスは楽に対処はできない、戦いの権能は持たない半神であったとしても脅威であることは間違いない、ならば彼を引きつけながら周囲の聖騎士たちを間引いていけばいい、彼女はそう学習した。

 

 

 

 アントニウスと激しく切り結び、集中を傾けながらも片手間にその他の聖騎士を排除していくつもりなのだろう、足元のヘドロがあるのだから時間は彼女の味方であった。

 

 

 

 長引けば長引くほどに、プリメーラが有利になる、人は病には抗えないのだから。

 

 

 

「うッ……ごほッ」

 

 

 

 また一人、聖騎士がせき込んで膝を付く、咄嗟に口元にやった手で吐血を隠すのだが、血を吐いている時点で内臓が悪くなっていることが確実であった。

 

 

 

 持病ではない、泥によるなんらかの病の誘発である。

 

 

 

「また一人」

 

 

 

 そしてまた彼女が楽になってしまう、この戦いはきっとこの繰り返しになってしまうだろう、やがてそれは聖騎士たちの焦りへと繋がっていくのだ、命にまで届かない薄い傷に苛立ち、時間ばかりが過ぎていく剣戟に思わず舌打ちをしてしまう。

 

 

 

「……はぁはぁ、ぐッ」

 

 

 

 そしてまた一人、聖騎士が病に呑まれて膝を付いてしまった。

 

 

 

「当然、こうなる」

 

 

 

 これはプリメーラにとってごくごく当たり前の状況であり、結果でもある。

 

 

 

 想定以上に聖騎士たちは粘り、その行動原理は理解不能ではあったのだが、それでも行き着くのはこの結果だ。

 

 

 

 呪いに、病に、毒に、呑まれて消えていく、水が上から下へと流れていくように自然な結末であった。

 

 

 

 人はプリメーラには抗えない、病に勝てないように。

 

 

 

「……これ以上は無意味、本当に意味がない」

 

 

 

「意味がないとは?」

 

 

 

 彼女の言葉に返事をしたのはアントニウスであった、二人は聖剣と角笛を激しく打ち合わせながら会話を続けていく。

 

 

 

「このまま戦いを続ければ最後に立っているのは私、それは貴方たちの現有戦力ではどうしようとも覆らない」

 

 

 

「ふむ、それで?」

 

 

 

「……なぜ戦いを止めない? 逃げれば良いのに……いや、そうすることが生物として正しい行動」

 

 

 

「生物として正しいか、私はそこまで効率的には生きられそうにないな」

 

 

 

「……それは何故?」

 

 

 

「そりゃあ、この都市には愛着があるのでね、同僚に仲間に友人に馴染みの娼婦、毎朝食べるパン屋のご婦人には新兵時代から世話になっていて、酒場の主人とはよく愚痴を聞いてもらっているんだ……人の縁とは不思議なものでね、積み重なるほどに責任が大きくなってしまうんだ。君ももう少し他者と交流すればわかるかもしれないが……こればかりはなぁ」

 

 

 

 まぁなんにせよ、と言葉を区切り彼は角笛を弾く。

 

 

 

「この聖剣を握り、聖騎士を名乗るのならば……ただの一度たりとも、戦士の道を背くことはできない、逃げろと言われてはいそうですかと頷ける筈もないだろう」

 

 

 

「そう……やはり致命的な欠陥がある、もう何も言わない」

 

 

 

「それは残念だ、私としては綺麗なお嬢さんともっと話していたかったんだがね」

 

 

 

 両者の間で激しく火花が散っていく、武器が重なる度に大きな衝撃と轟音が響き、それが周囲にまき散らされていく。

 

 

 

 その間にも次々と聖騎士たちは行動不能になっていく、やはり時間は彼女の味方なのか、気が付けば辺りを取り囲みプリメーラに迫っていた聖剣も随分と少なくなった。

 

 

 

 それだけアントニウスへの負担が大きくなってしまうということだ、全ての聖騎士を戦闘不能にしたら全ての泥が彼へと向かうことになるだろう。

 

 

 

 生命神の権能と寵愛により不死身とさえ言えるほどの生命力を持つアントニウスだが、この泥に長時間浸かっていられるほど無謀ではない。

 

 

 

 鑢で削るように命を少しづつ削っていくことになるのだ、どちらにも決め手に欠けているので二人の戦いは長期戦になると思われる、そして時間は最終的にプリメーラに味方するだろう。

 

 

 

「ジリ貧だな……決め手が足らんか」

 

 

 

 力は互角、技術は学習されてほぼ差はない、数的優位も徐々に削られていく、そして泥がある限り時間は彼女の味方である。

 

 

 

 どうした者かと悩むアントニウスと、焦る必要のないプリメーラ、対照的な二人の戦いはそのまま長く続くかと思われたが、全く関係のない場所からの衝撃によって止まることになった。

 

 

 

「……だが、援軍は期待できそうではあるな」

 

 

 

「……あれは、何?」

 

 

 

 彼らの戦いから遠く離れた聖都の一角、アントニウスの正面でありプリメーラの背後で巨大な力が吹き上がっている。

 

 

 

 火山の噴火のようだと、それを見た誰もが思っただろう。

 

 

 

「……炎?」

 

 

 

 その力の奔流を見て、プリメーラはそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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