商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
プロローグ 聖都は目前
聖都を中心に幾つかの宿場町が広がっている、周辺国と聖都の中間あたりにぽつぽつと存在しており、両国間の様々な流れの中継地点となっていることが多い。
東へ行けば小王国郡方面でありそこから更に進めば帝国へと通じる、西へ行けばキグナス商会が大きな権勢を振るう大きな港町があった、当然ながら北や南へ進めばどちらにも様々な国や地域が広がっている。
全ての道は聖都へと繋がる、そんな言葉が自然と生まれるくらいには、聖都という場所は地理的にも政治的にも大陸の中心と言えるのだ。
祝祭に日に合わせて各国の代表が集い国際会議が行われることになる、当然ながらそれに合わせて人も集まる、各国の代表とその同行者は勿論のこと彼らを守る兵士や騎士に加えて侍女などもやって来る。
また、祝祭でもあるので住民にとっても無関係ではない、ある種の祭りなので露店や芸人なども集まり聖都はとても活気に溢れるのだ。
人が集まる場所には需要を満たす為に鼻の良い商人たちも集結する、聖都の広場には幾つもの天幕が並ぶのはこの時期の風物詩でもあるのだろう。
毎年、この時期になれば聖都へと続く道には多くの人で溢れることになるのだが、今年はその流れが途絶えてしまっている。
寧ろ流れは逆である、聖都から離れるように人々が動いていた。
大陸中から集う流れと、聖都から離れる流れ、その二つがぶつかり合うのが各方面にある宿場町なのだ。
「……まだ疎開命令は解かれないのか」
そんな人で溢れかえる宿場町でとある女がそんなことを呟いた、彼女は分厚く長いマントを身に纏い宿場町の大通りにある人の波を上手く避けながら軽やかに進んでおり、すれ違う人々の視線を集めていた。
容姿が美しいので思わず視線を吸い寄せるのが一つ、彼女が人の社会ではあまり見ることのない長い耳を持つことも理由の一つである。
エルフという種族は珍しい、本来は大樹海の奥地に住んでおり人の領域にまで顔を出すことはあまりない、偶にはいるのだがそういったエルフは変わり者であるとさえ表現できるくらいには珍しいだろう。
美しく、まず出会わないであろうエルフが一人で歩いているのだ、男たちの視線が引き寄せられるのも仕方がないのかもしれない。
勇気のある者は声をかけたり、無法者は身柄を攫ったりしようとするのだが、前者は軽くいなされて後者は地面を舐めることになってしまうくらいには手ごわい女性だ。
彼女の名前はミューリアン、通称はミュー、エルフでありながら人の社会に顔を出す変わり者であった。
彼女はそのまま宿場町の大通りを進んでいき、こういった土地にはどこにでもある程度の旅籠へと辿り着く。
最下級の旅籠と異なり大部屋に寝床が幾つも並べられた環境ではなく、しかし最低限の衛生環境が維持されて個室が作られ鍵も備え付けられているので、宿場町で最も客入りが良い場所だろう。
最高級の旅籠などは大商人や各国の要人しか使わないので彼女たちには関わりが無い、財布事情と女の二人旅であることを考慮してこの旅籠を拠点としたようだ。
中へ入ると一階は酒場兼食堂となっており、聖都の祝祭に合わせてやって来る人で活気に満ちている。
娼婦らしき女性が酒場にいる客たちに艶やかな視線を送って誘いをかけている、この時期は娼婦も稼ぎ時なのだろう。
そんな酒場の喧騒から逃れるようにミューは二階へと歩いていく、個室が連なるその階層の一角が彼女たちの拠点であった。
「……」
ミューが個室へと続く扉の前で固まってしまった、ノックをする体勢で。
その扉の向こうから聞こえてくるのは少女の喘ぎ声である、想像するまでもなく情事の真っ最中のようだ。
「んッ……んぁッ……あッ、あッ……んんんッ!!」
扉越しに聞こえて来るのはキャロルの声である、快楽に蕩けるような喘ぎを聞かされたミューは、羞恥に顔を赤くするとノックを止めて旅籠の壁に背中を押し当ててその場で待機することになる。
「はぁ~……あぁ~……んやぁ」
この扉の向こうでどのような痴態が繰り広げられているのだろうか、敬愛する主がどのような男に抱かれているのだろうか、そんなことを想像する度にミューの体は熱を持っていく。
興奮と、少しの悔しさと、僅かな嫉妬が混ざり合い、言葉にすることが難しい感情となって彼女の頬を染めるのだ。
娼婦業など女の旅では当たり前のことであるとミューも理解している、人の社会では何をするにもまずは収入が必要なので、体一つで稼げる手段としてはありだろう。
それにキャロルは娼婦神の聖印を持っている、ただそれだけで男からしてみれば高級娼婦だ、それなりのチップを払っても惜しくはないと思えるくらいには高嶺の花であった。
つまり娼婦業の稼ぎがとても良い、単純に暮らしていくだけならばそれなりに裕福に暮らしていけるくらいには収入を得られるのだろう。
効率的に稼げる上に、キャロルはセックスを好んでいる、なのでミューとしても文句は言いづらいようだ。
何より、男に抱かれた後のキャロルを更に自分が抱くという状況を、決して言葉にはしないがミューが望んでいる、おそらくは本人にも自覚もないのだろうが。
敬愛する主が他人に抱かれているという状況に興奮しながらも、ミューは壁に背中を預けた状態で情事が終わるまで待機するしかない。
「あッ、ひゃッ……イクッ……んんッ……んんんんんッ」
キャロルが絶頂する声を聞いて、扉に隠されたその痴態を想像すると、ミューの顔は耳まで赤くなった。
男女の交わりが終わったのだろう、甘ったるい喘ぎ声は聞こえなくなったが、代わりに後戯に耽っているのかなかなか外には出てこない。
扉の向こうから楽し気な男の笑い声が聞こえて来ることに苛立ちながらも更に待つ、十分ほどの時間をそうやって過ごすと、ようやく個室の扉が開いた。
「うぉッ!?」
部屋から出て来た男とミューの視線がぶつかり合う、相手からしてみれば部屋から出た瞬間にエルフの女に睨みつけられている状況なのだ、驚きの声を上げるのも当然である。
まだ若く、少年の域を出ない相手である、キャロルとはどこかで面識があるのか親しそうな様子でもある、そこがまたミューとしては気にくわないのだろう。
見知らぬ相手が部屋の外で待ち構えて睨みつけている状況に耐え切れなくなったのか、客であった男はその場を足早に去っていった。
「キャロル殿、戻りました」
「……おかえり」
男女の交わった匂いが目立つ部屋に入ったミューが最初にしたのは、部屋の窓を開けることである、キャロルはともかく男の匂いが残っていることが耐えられないようだ。
「先ほどの少年はお知合いですか?」
「ん……二年前にちょっと、たまたまここで会ったから、久しぶりに」
再会の記念に交わったという説明に、ミューはなんとか納得するしかない。
「大丈夫、チップも貰った……これで部屋代の更新ができる……後、話も聞けた」
「聖都の状況ですか?」
「ん……危険は去ったらしい……詳しくはわからないけど、今は落ち着いてる」
「未だ疎開命令は出ているようですが」
「……聖都に呪いの雨が降って、色々大変みたい」
脅威は去ったが、残された爪痕によって疎開命令が継続しているのだとミューは納得した。
「呪いの雨、ですか……だとすると、想像以上に深刻な状況かもしれませんね」
森に生きるエルフであるミューにとって環境の変化にはとても敏感である、もし呪いによる汚染が酷いようならばおそらく人間以上に過敏に反応する筈だ。
「私の方では地脈の変化を宿場町の外で調べておりました、聖都方面に流れる力が淀んでいるようで……おそらく戦いの爪痕が深いのでしょう」
二人は聖都で起こった戦いを詳しくは知らない、この宿場町に辿り着いていざ聖都へと進もうとしても疎開命令が既に出てそれなりの時間がたっていたので、ここでずっと足止めをされている状況である。
宿場町に避難してきた疎開民などから情報収集をしているのだが、要領を得ない話も多くイマイチ実態を掴めない話しか聞けなかった。
わかったことは、聖都で住民を避難させなければならないほどの危険が迫ったことくらいである。
ただある程度の時間が過ぎると聖都から幾人かの聖騎士が周囲の宿場町を訪れて、脅威が去ったことを説明する姿が確認できある程度の説明もされたらしい、そのことを客から聞いたのが今のキャロルだ。
「ん……でも、危険はないみたい、もう少し様子見をしてから、聖都に行く?」
「そうですね……その呪いの影響も個人的には気になります。状況次第では世界樹の実を使う必要があるかもしれません」
「あぁ、アレ?」
「はい、世界樹には大地を浄化する力もあるので」
「……聖都でも育つ?」
「この地域は大樹海程ではありませんがそれでも地脈に近い、条件は悪くないかと……おそらく、と付きますが」
ミューにとっては託された世界樹の実は己の命以上に優先すべきものである、中途半端な場所に植えて枯れてしまいましたでは済まされない問題なのだ、場所は慎重に選びたいのだろう。
もっと好条件で、なおかつ政治や権力に利用されない場所が理想である。
だが理想は理想でしかない、大陸広しと言えどそんな条件が揃った場所は大樹海の奥地くらいだ、そしてそこには既に次代の世界樹となる実が植えられていた。
「ですが確定ではありません、場所の選定には慎重でありたいので」
「……それで良いと思う」
正直に言えばキャロルは世界樹がどこに生えていてもあまり興味はなかった、世界にとってどれだけ必要なのかという理解も深くないので、ミューの方針や考えに従うだけなのだろう。
「ん……それより……ミューもする?」
世界樹がどうのこうのという話よりも、キャロルにとってはこちらの方が興味があった、先ほどまでの交わりの跡が残る肢体をシーツの中から晒してミューへと見せつける。
首筋や鎖骨に残るキスマークや、太ももへと流れる精液など、情事の跡がこれでもかと刻まれているのだが、そんな様子を見せられてミューは喉を鳴らす。
「ミューは……こういうのが好きだよね」
「そ、そんなことはありません!!」
「そう?……いつもより、激しく求めて来る」
否定しようにも、事実であるので上手く言葉に表せないようだ。
ただミューは少しだけムッとした表情を作り、ベッドでこちらを誘うキャロルへと手を伸ばし、その両手をシーツへと押し付けた、そのままキャロルの華奢な体へと圧し掛かり自由を奪う。
「まったく、いけない主殿だ……そうやっていつも私を惑わす」
ベッドに拘束されているキャロルは妖しげに笑みを浮かべている、先ほどまでの交わりによる熱もまだ抜けておらず、押し倒されたことで興奮が高まっていた。
「んッ……や」
ミューの唇がキャロルの肌を撫でる、先ほどの少年が残したであろう鬱血痕が残されており、それを消し去るかのように強く吸い付いていく。
キャロルの体に残されたあらゆる熱や快楽を書き換えていくのだ、それはキャロルを自分の意のままに征服するかのような感覚であり、それこそがミューの興奮へと繋がるのだろう。
熱も流れる愛液も、肌に張り付く汗も匂いも、全てが自分の愛撫によるものだと思えばミューの体は異様な快楽に満たされる。
あの少年よりもずっと蕩けさせられるのだ、私が一番主を満足させられるのだ、それこそがミューの愛撫であり奉仕であった。
白い肌の上には慈しむような啄むキスを何度も繰り返し、既に鬱血痕がある場所は上書きするように強く吸い付く、そうやってキャロルの情欲を大きくさせていき、鎖骨から首へと移ろい最後には見つめ合う形となる。
優しくありながら激しくもある愛撫にキャロルは酩酊したかのような表情になっていた、そんな表情で見上げられるだけでミューの背筋は歓喜で震えるのだ。
自らの奉仕で主が興奮している、今の彼女にとってそれが最高の状況でもあるのだろう。
「……私はこんなに独占欲が強かったんだな」
深く考えずに思わずつぶやいた言葉であったが妙に腑に落ちた、自覚こそしていなかったがそれが今の彼女であるのだ。
「……ミュー?」
「キャロル殿は魔性の女ですね、幼い姿に騙されてしまったらしい」
気が付けばもう抜け出せない程に沼に沈み込んでしまっており、その状況を嫌だと思えないのだから困ったものである、娼婦神の聖印を持つほどの女になると大なり小なりそういう傾向があるのだが、ミューの場合は火遊び程度ではなく心臓すらも掴まれてしまっている。
キャロルと言う極上の酒に酔っているのだ、おそらくはもう手遅れだろう。
「本当にいけない主殿だ……しかしそれが良い」
おそらく様子見しながら数日後には聖都へ向かうことになるだろう、それまではまだ時間があるので、こうしてミューは主を愛でる時間が作れるのだ。
懐具合とも相談しなければならないのでいつまでも情欲に耽ることはできないが、まだ余裕はあるだろう。
それに聖都へと辿り着けばキャロルはキャラバンの仲間と合流するかもしれない、それ自体に不満はないが、こうして独占できる時間は減るだろうとミューは考える。
ならば今くらいは独占しても問題ない筈、そうして彼女は強引にキャロルの唇を奪う。
「んむッ……んッ……んッ……ちゅ」
「はぁ、キャロル殿……もっと」
二人の夜は更けていく、聖都を目前とした宿場町の喧騒がそれを飲み込むのだった。