商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
例年とは異なり様々な不安と波乱を含んだ祝祭ではあったが、始まってしまえば相応に賑やかになってくるものである。
大通りには露店が並び、芸人や吟遊詩人がそこに花を添え、道行く人々がその賑わいに乗っかれば、それはもう祭りであった。
聖都の現状ではやはり不安はあるので彼らの笑顔も少しばかり影があるようにも思えるが、それでも祭囃子は人々の心を賑やかにさせる、会議の行方に興味を示しながらも今を楽しんでいるようだ。
キャロルもまた大通りを行く人々の一部である、露店を眺めながらも仲間に出会わないかと周囲を注意深く眺めながら、祝祭に客として溶け込んでいる。
吟遊詩人が高らかに歌う勇猛果敢な聖騎士と悍ましい首なし騎士の決闘の歌を聴き、近くに置かれていた帽子におひねりを投げ込むなど、楽しんではいるようだ。
そんな彼女がまず向かうのは聖都の大広場である、例年通りならばそこは様々な場所から集まったキャラバンの天幕がひしめいており、春風のキャラバンがいる可能性が最も高い場所と言えるだろう。
二年前も彼女たちはここに天幕を並べて働いていた、今年も来ているのならわざわざ別の場所に天幕を組み立てる必要はない。
そんな考えでキャロルは大広場までやって来る、やはり多くのキャラバンがそこを拠点としており無数の天幕が並んでおり、そこもまた賑やかである。
「ん……いない」
芸人や商人や娼婦が大勢いるのだが、どれだけその場を調べようともキャラバンの仲間たちの姿はどこにも存在しない。
もしかしたら今年は来ていないのかもしれない、この場にいない理由としてはそれが最も納得できるだろう。
実際に彼女はそう判断した、毎年聖都の祝祭には必ず参加していたのだが、今回は来ていないことに不安を覚えてしまう、それでも納得するしかないのだ。
大広場にいないのならば次は神殿街だ、縁のある娼婦神の神殿に行って情報収集でも行おうかと考えた段階で、キャロルは二年前に知り合った神官の顔をぼんやりとだが思い出す。
エミリーが特に親しくしていたと生命神の眷属であったと彼女は記憶している、もしエミリーがこの聖都に来ているのならばあの神官と何らかの関わりを持っていても不思議ではないとキャロルは考えた。
この聖都に来ているのならば、という前提があるのだが、それでも当てもなく探すよりはずっとマシに思えたのだろう、ミューとの合流場所にもしていたので都合が良いとも言える。
そうして彼女の足は神殿街へ向かうことになった、当てが外れたとしても娼婦神の神殿へ挨拶しておけば今後働く時に融通を聞かせてくれるだろうという思惑もあってだ。
大広場から神殿街へと足先を向けてゆったりと進み、大通りの喧騒が少し遠くに感じる場所にある生命神の神殿へとキャロルは移動する。
「……天井がない」
なんで神殿の天井が無くなっているのだろうか、と疑問に思いながらキャロルは首を傾げて見せる、他の場所は目立った被害はないというのに、生命神の神殿だけ天井が無くなっている状況が解せないらしい。
しかし入口が閉鎖されている訳ではないので入ることはできるようだ、キャロルは懐から寄進ようの小金貨を取り出してから神殿の内部へと歩いていくのだった。
受付でマリーとの面談を予約してから寄付を行い、担当の神官から先方へ確認を取るとの言葉を受け取ってから広間で待つことになる。
そこで彼女が目にしたのは吹き飛んでしまった天井から差し込む太陽の輝きと、祭壇に置かれた黄金の聖杯であった。
杯の中には薪が並んでおり、それらを燃料にして灯が揺らめいている。
「……綺麗」
思わず、そう呟いてしまう、見惚れるとはまさに今のキャロルの状態だろう。
聖杯の中で揺らめく灯からは神秘にも似た気配を感じ、それは彼女の魂にも通じるものである、親近感を感じたとさえ言えるのかもしれない。
キャロルが持つ神秘を宿した黄金の瞳とも似ている輝きだ、だからこそ視線が逸らせないほどに釘づけとなってしまっている。
彼女はそのまま、声がかけられるまで灯の揺らめきに酔いしれてしまう。
灯の光は、彼女の瞳にある輝きとよく似ている。
聖都までフィーリンとアリーヤを護衛したことでシャルルの仕事は終わりとなった、契約完了である。
彼女には彼女の都合があり目的がある、聖都への護衛も都合が良かったこともあり引き受けたのだ、それはフィーリンたちも理解しており、ここに両者を縛る物は何もなくなった。
「ここまでの護衛感謝する……まぁ、どれだけ言葉を重ねても我々の感謝を形にできないだろうからな、報酬に色を付けるとしよう」
「それでいいよ、寧ろその方がワタシとしてはありがたい」
「そうだな、旅に生きるのだから財布は重い方が良いだろう」
シャルルはアリーヤから別れと感謝の言葉を伝えられているようだ、聖都へと無事辿り着いた段階で契約は完了したので、ここで別の道を歩むことになるだろう。
アリーヤはいつもの怜悧な為政者らしい表情を僅かに緩めて寂しそうにしている、彼女もそんな顔をするのだとシャルルは僅かに驚いているようだ。
「シャルル殿、私からも感謝を……うん、アリーヤの言う通りどれだけ言葉を重ねても君への感謝を表せそうにないね」
「あんまり気にしないでくれ、畏まられるとこっちもやりにくいんだ」
「そうもいかないのが我々の立場なのさ……だから足りずとも言葉にしておこう。勇士よ、心からの感謝を」
フィーリンは僅かに腰を折り頭を下げる、その体勢でシャルルの手を掴むとそのまま持ち上げ、手の甲を自らの額へと近づける、それは神官から祝福を賜った際に送る感謝の姿勢である。
王族が庶民に贈るにしては大袈裟なものであり、最高位の敬礼でもあった。
そしてアリーヤもまたフィーリンと代わり同じ姿勢になって敬礼を行った、ただし彼女は同性であることから額ではなく手の甲にキスをする。
こういった本格的な感謝の敬礼を受けることが少ないシャルルは、二人の感謝を大袈裟だと思いながら苦笑いを浮かべるのだが、悪い気はしていないのだろう。
「息災であれ、旅に危険は付き物ではあるが、それでもだ」
「わかってるよ、アリーヤ……そっちも無茶しないようにしてくれ、母親になるんだろ?」
「まだまだ先の話だ」
「だとしてもだ、王様も、しっかりな」
「あぁ、勿論だ……また近くを通るようなら顔を見せて来れ、その時は君の仲間も一緒にね」
「うん、そうさせてもらう」
こうしてシャルルとフィーリンたちは別れることになった、二人は会議に向かわなければならず、シャルルは仲間たちを探す為に進むのだ。
ガレス王国一行が借りている聖都の宿で別れの挨拶を済まして、護衛と言う仕事を終えてようやく身軽となった彼女はそのまま賑わいの広がる大通りへと繰り出す。
この二年、ずっとここへ辿り着くことを目標にしていただけあって足取りもどこか軽い。
報酬によって財布も太っているので更に足は軽くなる、大通りに広がる露店を覗き込んでは珍しい物を購入するなど、紐も緩くなっているようだ。
なにやら色々な問題は起こっているのだと肌や耳で感じ取れるのだが、それでも祝祭の雰囲気をシャルルは楽しんでいるのは間違いない。
ここに来るまでになかなかの苦労があったと思い返せば、どうしたって財布の紐は緩くなるものだ。
しかしまだ目的は達成された訳ではない、キャラバンの仲間たちは見つかっていないので捜索が必要である。
片手に串焼き肉を持ち、もう片手に焼きリンゴを持った状態でシャルルが向かうのは、やはり無数のキャラバンが祝祭の間に拠点とする大広場であった。
「……いないなぁ」
しかしそこをどれだけ調べようともシャルルが期待していた展開にはならなかった、春風のキャラバンも無ければキャロルやエミリーの姿もない。
聖都に辿り着き、祝祭の日に再会できる、そんな希望を抱いて過ごした二年であったのだ、必ずそうなると決まっていた訳ではないがそれでも誰もいないという状況は難しいものがあるのだろう。
仲間との再会という希望が打ち砕かれた気分になっているようだ、シャルルはやけくそ気味に肉を頬張っていた。
「まぁ、諦めるのはまだ早いか」
もしかしたらまだキャラバンが到着していないだけかもしれない、それか別の場所を拠点にしているのか、ここにいない理由など幾らでも思いつく。
キャラバンの状況次第では今年は来れなかったという可能性もあるだろうと納得して、無数の天幕が並ぶ大広場から遠ざかろうとするシャルルだが、そんな彼女の背後から聞きなれない声がかけられた。
「もし、そこの御方……確かエミリー様のお仲間ではありませんか?」
「んん? あぁ、アンタは確か……ええっと」
その人物は無数のキャラバンが集う聖都の大広場で何かしらの商談をしていたのだろうか、薬草の入った紙袋を抱えて大天幕の入口から姿を現した所でシャルルを発見したらしい。
「あぁ~……確か……その、すまん」
「ふふ、お気になさらず、こうしてお会いするのは二年ぶりですもの。改めて自己紹介いたしますと、私はマリーでございます」
「おぉ!! そうそう!! マリーだったな……生命神の神官で、儀式に誘ってくれたんだ、ようやく思い出せたよ」
シャルルの認識としては、目の前にいるマリーはそこまで大きな印象は無かったのだろう、二年前に聖都を訪れた時に少しだけ関わりがあったが、エミリー程の友誼を結んだ訳ではない。
しかも二年前のことだ、ぼんやりとした姿が記憶の中にあってもしっかりとした輪郭を保っていない、名乗られてようやく思い出したようだ。
そんな状態のシャルルにマリーも気分を害した訳ではないのか、笑って自己紹介をしている。
「ワタシはシャルル、エミリーと同じキャラバンにいるんだ」
「はい、存じております、だから声をおかけいたしました、この二年ほどエミリー様がずっと探しておられたので」
「そんな言い方するってことは、もしかしてエミリーとどこかで会ったのか!?」
「勿論でございます、エミリー様は聖都で暮らされていますので、よくお茶をごちそうになっております」
「エミリーは聖都で暮らしてたのか……」
シャルルは齎された情報をゆっくりと飲み込んでいき、たっぷり数十秒の時間をかけてから絞り出すようにこう言った。
「そうか……良かった」
その事実に、この二年の間に数え切れないほどに感じた不安や恐れが消えていくのがわかった、決して表には出さなかったが、最悪の状況というものを覚悟していたのだろう。
だが今、心は驚くほどに晴れ渡っている、このまま空でも飛べるのではと思えるほどに軽く感じていた。
「宜しければ生命神の神殿までお越しください、エミリー様はそちらで手を貸してくださっているので、きっと会えるかと」
「あぁそうだな、すぐに行くよ……いやぁ良かった、この広場にキャラバンの皆がいなかったからさ、ちょっと不安になってたんだ」
「私はこの後、祝祭の運営に回らなければなりませんのでこちらをどうぞ、簡単なものですが紹介状になります、神殿の受付で見せればエミリー様へと連絡が届くでしょう」
マリーは懐からメモ帳を取り出して簡単な紹介状を作る、本格的なものではないが署名の部分に神殿内部で使われる共通の暗号書き残してあるので効力はある筈だ。
「そっか、気をつかってくれてありがとう……エミリーも世話になってたみたいだし、なんか今度にでもお礼するよ」
「どうかお気になさらず、寄り添うことこそが我々の在り方ですので……寧ろエミリー様に返しきれないほどの恩がございます、ならばこの程度のことは当然です」
そう言い残してマリーは一礼をしてからその場を去っていく、シャルルは手元にある紹介状を片手にその背中を見送った。
遠ざかっていくマリーの背中に神秘的な存在を感じ取ったのは、おそらく気のせいではないと彼女は思う。
性質は違っても、自分の奥深くにある神性と同様のものである、それは二年前には感じなかったものである。
「……生命神の神殿か」
なんであれ次の行先は決まった、都市の大広場にキャラバンの姿はないのでここに留まる理由もない、そしてエミリーがいるという確かな情報を得たのでシャルルの足は跳ねるように軽やかに聖都の道を打つ。
二年と言う時間の間、ずっと抱いていた不安や緊張はどこかに消えてしまったようだ。
「エミリー様、魔力の譲渡をお願いします」
「はい、少々お待ちを」
生命神の神官たちはこの時期になると忙しくなる、他の神官たちも大差はないのだが、医療を司る彼女たちは中でも特に忙しい。
人が大勢集まるので同じように怪我人も多くなるのだ、転んで膝を擦りむいた子供や腰を悪くした老人など、病院でもある生命神の神殿に集まって来るのだろう。
だから普段よりずっと忙しい、怪我人の治療に加えて祝祭の運営も行わなければならないので人でだって足りない、エミリーはそんな神官たちを支える為にこの日に備えて作られた聖都中にある診療所へ顔をだしている。
エミリーの仕事は有り余るほどの魔力の譲渡である、診療所で怪我人の治療をしている神官たちに分け与えているのだ。
都市の中心にある大神殿の内部にも診療所が設けられており、そこに詰める神官たちにも同様に魔力を分け与えているらしい、それが彼女に依頼された仕事なのだろう。
大勢の怪我人を治療することで疲弊する神官たちはエミリーを頼りにしているようだ、同時に彼女の存在があるので多少は無茶な治療も連続で行える。
今も神官たちへ魔力が送られていた、朝から各地の診療所を巡ってそんなことを繰り返しているのだろう。
「エミリー様、朝からずっとそうなされているのですよね? そろそろ休憩に入られてはいかがですか?」
「私はまだ大丈夫ですが……」
この二年の間に顔見知りとなった神官は、エミリーのそんな発言に苦笑いを浮かべてしまう。
一般的な魔力量を大きく超えるからこそ可能な力技なので、彼女からしてみればずっと走り続けているようにも見えたのかもしれない。
「それでもお休みください、本当に忙しくなった時はお呼びいたしますので」
「そうですか……わかりました、では暫く休憩いたします」
エミリーにとってもその提案は都合が良かったのも事実である、疲れはまだ欠片もないので休む必要はなく、そんな状態で暇ができたのならば仲間を探す時間に充てるべきだろうとエミリーは思う。
大神殿の一室に作られた臨時の診療所から外へと出て、荘厳な神殿の廊下を歩きながら今後の予定を考えるエミリーは、一先ずキャラバンが集う大広場を見て回ろうと考えているようだ。
去年も一昨年もそこにキャラバンは存在しなかったが、今年こそはと意気込んで踏み出す。
来るという伝言は預かっていても、やはり直接目にするまではどうしても不安が付きまとうものである、焦りと期待と緊張が混ざり合った複雑な感情に支配されながら足は進んでいく。
「あッ、エミリー様、こちらにおられましたか」
逸る気持ちのまま彼女は大神殿の外へ出るのだが、その瞬間に鉢合わせとなったのはマリーであった。
「あぁマリー様、商談は無事に終わりましたか?」
「はい、そちらは問題なく、貴重な品を手に入れることができました、やはり大陸中を移動するキャラバンの方々は品揃えが違いますね」
「それは良かったです」
「それに加えてエミリー様にも朗報がございます……先ほどのことなのですが、キャラバンのお仲間の方を見つけました……シャルル様という」
「シャルルに会ったんですか!? 一体どこで!?」
「お、落ち着いてください、ちゃんとエミリー様のことはお伝えいたしました……紹介状を送りましたので今は生命神の神殿におられるかと」
「ありがとうございます!! すぐにそちらに向かいます!!」
マリーの言葉を聞いて、エミリーにしては珍しく興奮した様子で慌ただしく駆けだす。
やっと、やっとだ、何度も何度も同じ言葉が頭の中に思い浮かんでは泡のように消えていき、色々な感情が混ざり合った心は不安や緊張を吹き飛ばして四肢へと活力を与えていた。
キャラバンの仲間はやはり特別なのだろう、それが痛いほどに伝わって来て、マリーは少しだけ寂しさを感じているようだ。
それでも、彼女の背中へありったけの祈りを送り、マリーはその背中を見送る。
友に祝福あれと、そんな祈りが届いたのかどうかはわからないが、エミリーの足が軽くなったのは間違いないだろう。