商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
なんで神殿の天井が無くなってるんだ? 生命神の神殿にやって来てシャルルは最初にそんなこと思う。
綺麗さっぱりと天井は無くなっており、遮る物が何もないので太陽の光が祭壇場へと入り込んでしまっている、これでは雨が降って来た時に困るだろうと当たり前のことを考えるのだが、紹介状を渡した受付の神官に尋ねてみると、どうやら戦いの影響でこうなってしまったのだと知る。
大きな戦いがあったことは噂程度に聞いていたが、見る限り聖都はそこまで深刻な被害が出ているようにも思えなかったので、生命神の神殿だけに大穴が空いていることに驚いてしまったようだ。
受付に紹介状を渡してエミリーに確認を取ってくれるらしいので、それまでは手持無沙汰になってしまった、特に予定がある訳ではないのでシャルルは神殿の内部で待機することになる。
祭壇場に置かれている聖杯、その杯の中で揺らめく美しい灯に視線を奪われながらも、彼女はその時が来るまでじっと待つことにしたらしい。
祭壇場に並べられた多くの長椅子の一つに腰を下ろし、天井が無い為に差し込む太陽の光の中で一息つくと、思っていたよりも大きな溜息が出たのは、きっと自分で思っているよりもずっと疲労があったからだろう。
肉体的なものではなく精神的なものである、仲間と離れていた二年という時間は相応に寂しさを与えていたのかもしれない。
それはきっと、彼女だけでなくキャロルやエミリーも同様だと思われる。
どれだけ強くなろうともそれだけは変わらないのだろう、強がることもなく一人で生きていくのは苦労と寂しさがあると理解できているのだ。
「……」
祭壇場に並べられた長椅子に座り、腕を組んだ状態で待機するシャルルの頭が僅かにだがコクコクと揺らめき始める。
天井が無いので差し込む光がとても心地よく、思わず眠気を誘ったのだろう。
舟を漕ぎ出したシャルルだが、完全に意識を手放す前にその背中へと声がかかる。
それはあまりにも突然で、二年ぶりとは思えないほどに軽い言葉であった。
「ん……久しぶり」
「……」
背後に振り返り、そこにいた華奢な少女の姿を認めて、シャルルは寝ぼけ眼であった視界をゴシゴシと拭ってから再度見つめて、最初の疑問を尋ねる。
「……何で金髪? 目も金色じゃんか」
「ん……色々あった」
「そっか……まぁ二年ぶりだもんな、そりゃ色々あるか」
「シャル姉を変わった……どうしたの、その……神性?」
神秘を宿したキャロルの瞳がシャルルを見つめて、その器に宿った神格を見抜いたらしい。
「こっちも色々あったんだ」
「そう……二年ぶりだもんね」
再会は突然で、そして事前に考えていたほど劇的なものではなく、とてもあっさりとしているが、それで良いのだと姉妹は思う。
絵に描いたような美しい舞台はいらないのだ、こうして半分とはいえ血を分け合った存在と再び出会えたのだから。
シャルルは眠気をふっ飛ばして長椅子から立ち上がると、そのまま裏手に回り込んであまり似ていない妹へと手を伸ばす。
「あぁ……うん……良かった、無事でよかったよ」
そしてキャロルの華奢な体を抱き己の胸に引き寄せて、幼子をあやすかのように後頭部を撫でるのだった。
「本当に、無事でよかった……姉ちゃん、滅茶苦茶心配したんだからな」
「……それは私も一緒」
「だな……まぁ、なんだって良いか、こうして会えたんだから」
「ん」
キャロルもまたシャルルの背中へと手を伸ばして強く相手を抱きしめる、久しぶりに感じる姉の体温や匂いを五感で感じ取り、彼女にしては珍しく満面の笑みを浮かべていた。
「……エミリーはどうかな?」
「そっちは大丈夫っぽいぞ、割と早めに聖都に付いてここで暮らしていたらしいから、すぐに会えるさ」
「そっか……じゃあ、ようやく集合だ」
「キャラバンはまだ見つかってないけどな」
「ん……でも三人になった」
「あぁ、ようやく一歩前進って感じだ」
惜しむようにじれったく二人は体を離して向かい合う、二年の間に色々と変わってしまったが、それでも彼女たちの思いは変化がなかったのだろう。
互いに互いが思い合えば、心の奥底にあった不安はあまりにも簡単に消え去った、それこそが彼女たちが心の底から求めていたものである。
きっとそれは、山ほどの黄金よりもずっと価値のあるものだ、旅に生きる二人は何が最も大事なのかしっかりと理解しているのだ。
そしてもう一人、その価値を求めている者がここへと集う。
「シャルル!! いますか!? シャルル~~ッ!!?」
「おぉ……来た来た」
神殿の入口付近から聞こえて来る懐かしい声色に、シャルルとキャロルは同時に笑みを浮かべる。
やはり劇的なものではなく、絵にかいたような美しい再会などではないがそれで良いのだ、今この瞬間以上に価値のある時間など存在しないのだから。
「エミリー!! こっちだこっち!! キャロルもいるぞ!!」
「キャロル~~!!?」
叫ぶような声は徐々に大きくなっていき、静謐な雰囲気のある神殿の内部には似合わない慌ただしい足音も同様に近づいてくる。
そして三人がそれぞれ互いの存在を視界に認めると、全員が両手を広げて相手を迎え入れた。
正確には飛び跳ねるように突進してきたエミリーをシャルルとキャロルが受け止める形である。
「エミリー……久しぶり」
「キャロル、本当にキャロルなんですね!! 良かった、本当に良かった……なんで金髪になってるんですか?」
「やっぱ目立つよな、瞳も派手になってるしさ」
「シャルルも、何ですか!? その、雰囲気が随分と変わったようですけど」
「そりゃ二年もあれば変わるっての、そういうエミリーも随分と雰囲気が変わったように見えるぞ」
「ん……確かに二人とも背も胸も大きくなってる」
「キャロルは、いつまでたってもちんちくりんのままだよな」
「……むぅ、ちょっとは伸びた……多分」
エミリーの手が大きく広げられて姉妹を同時に引き寄せる、そして苦しさを感じるほどの圧迫感の中で大きく空気を吸い込んだ。
熱や匂いや存在感を五感の全てで感じ取っているかのようだ、二年ぶりとなるそれらを魂が欲しているのかもしれない。
「シャルル、キャロル……もう離しませんからね」
「……エミリーって意外と寂しがり屋だよな」
「ん……私たちの中で一番だと思う」
「そ、そんなことありま……いえ、その通りです」
姉妹を抱きしめる腕には更に力がこもる、華奢な女性らしい腕のどこにそんな力があるのかと驚くほどに強く締め付けられているようだ。
「この二年、ずっと皆のことを思って沈んでいたんです……確かに、私は寂しがり屋ですね」
「ん……まぁ」
「だな……まぁ、ワタシらも大差ないか」
「はい……だって私たちは仲間なんですから、そう思うのが当然ですよ」
シャルルの手も、キャロルの手も、同様にエミリーへと伸びて抱擁を行う、痛く苦しいくらいの力があるのだが、それでもだ。
この瞬間をどれだけ待ち望んだだろうか、数え切れないほどに想像して、星の数ほど願ったのかもしれない、ならばこの程度の抱擁ではまだまだ足りないだろう、加減しているとさえ言えた。
「良かったぁ……本当に良かったぁ」
「あぁ~……ほら泣くなって、これからは一緒なんだから」
「ん……ようやく合流できた」
「……夢ではありませんよね?」
未だに信じられないのかそんなことを口にするエミリーの頬を、左右から伸びて来た姉妹の指先が摘まみあげる。
「い、いひゃいです」
「夢じゃないってわかったろ?」
「……この感触も久しぶり」
よく伸びる柔らかな頬の感触に二人は微笑む、そして痛みを感じているエミリーも引っ張られるように笑うのだった。
再会はこれで良い、劇的なもので無くともこうして笑い合えるのだから、三人は満足しているようだ。
これからは同じ道を進んでいくことになるだろう、左右に視線をやれば必ず仲間の姿があるかつての日常が広がっている、それは三人が待ち望んだ光景である。
「なぁ、この二年の間、二人は何してたんだよ? 時間があるのなら色々と話そう……具体的にはなんでキャロルが金髪になってんのかとかさ」
「あぁ、確かにそれは私も気になりますね……それにこちらも土産話なら沢山あるので、きっと飽きないでしょう」
「ん……それは私も負けない、本当に色々あったから」
「それならワタシだって沢山あるぞ、歌われるくらいの戦いだって聞かせられるさ」
二年と言う時間は短いようで長い、話のタネは尽きない程にそれぞれが持っているのは間違いないだろう。
「では私の工房に参りましょう」
「……エミリーは聖都に家があるの?」
「はい、格安の賃貸物件ですけど、ちゃんとした場所だと言えるでしょう」
「……そこに行く前にミューに伝言したい」
「ミュー? ええっと、どちら様でしょうか?」
「一緒に旅した仲間……今は別行動中」
「なるほど、キャロルがお世話になった方ということですね」
「へぇ、ここまで一緒に来たのか」
「ん……多分、二人も気に入る……エルフは魔力が独特で、凄く美味しい」
そんなキャロルの曖昧で不透明な説明に、エミリーとシャルルは頭の中でエルフの姿を思い浮かべるのだが、その姿はキャラバンにいるローレライへと引っ張られてしまう、二人の中でエルフと聞けば彼女を思い浮かべてしまうようだ。
「エルフと一緒にここまで来たって、どこで知り合ったんだよ?」
「……その辺もちゃんと話す、ミューのことも紹介したい、新しい仲間だから」
「それは良いですね、キャロルがお世話になったのならばお礼がしたいですし、今はどちらにおられるのですか?」
「大神殿……会議に参加してる」
「会議って、アレだろ? 王様とかが集まってやる奴……それに参加するって、そのエルフは何もんだよ、もしかしてエルフの王族か?」
シャルルの問いかけにキャロルは首を傾げて考え込む、彼女自身もどう説明すればいいかわからないらしい。
「エルフの、代表? うん……そんな感じ、王様ではない」
「ふぅん、でも会議に参加してるなら出てこれないだろ、三日位は続くらしいぞ」
「……どうしようか?」
「では神官の方に伝言を頼むのはどうでしょうか? 大神殿への出入りも出来ますし、祝祭や国際会議の運営にも関わられているので、賓客の方々にも接する機会があるでしょう」
「ん……じゃあ、それで行こう」
「私の方から知人に話を通しておきましょう、任せてください」
生命神の神殿にはこの二年の間に友誼を結んだ相手が多くいる、その中には会議の運営を支える立場の者もいるので、伝言くらいは頼めるだろうと彼女は考える。
エミリーは神殿の受付へと向かい、諸々の手続きを依頼してすぐに戻って来た。
「それでは私の工房に向かいましょう、積もる話もそうですが……久しぶりに私たちで肌を重ねませんか?」
まるでこれからお茶でもいかがですか、と伝えるかのような調子で、閨への誘いをかけるエミリーに、姉妹はどこか呆れたような視線を向けてしまう。
「えッ、だ、ダメなんですか?」
「いや、ダメってこともないけどさ」
「ん……そう言えばエミリーはこうだった、久しぶりで忘れてた」
「い、良いではありませんか!! ずっと離れ離れで寂しかったんですよ!? せっかく再会できたんですから、睦み合うくらい……その、普通です」
「まぁ、エミリーだしな」
「……ん」
呆れたような、そして生暖かく見守るような視線を向けられて、エミリーは羞恥に顔を赤くするのだが、それでも諦めることもなく二人の手首を掴んで強引に引っ張りだす。
「ほらほら行きますよ!!」
エミリーはそれほど力が強い訳ではない、華奢な部類と言えるだろう。
なので戦士として成長して相応の体幹を持つ二人は、やろうと思えば簡単に振りほどけるのだが、エミリーに引っ張られるまま特に抵抗することなく受け入れているようだ。
呆れつつも、二人はその状況を望んでいたのかもしれない。
なにせ二年ぶりの再会である、エミリーではないが彼女たちも期待していなのだろう。
倒錯的な関係ではあるが、そこに違和感を感じなくなっているくらいには、深みに嵌っているようだ。
なんであれ長らく離れていた上での再会なのだ、積もる話はそれこそ幾らでもあるが、それ以上に感情を持て余しているのかもしれない。
だからキャロルとシャルルは、エミリーに引っ張られながら彼女の工房へと連れ込まれていく。
それぞれが歩んだ旅路よりも先に、ずっと触れられなかった肌を重ねる方が先ということである。