商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
それから三人の欲望は枯れることなく溢れていき、体も魂もドロドロに溶かし合いながら互いを求めあい、興奮に背中を押されるままそれぞれが求めあった。
体位や相手を入れ替え、求め求められ、数え切れないほどの絶頂を刻み合い、最後の最後でいよいよ意識を失ってしまうことにより、ようやく終わりとなったらしい。
朧げな意識のまま三人の体はベッドに沈み込み、そのまま気絶して朝を迎えたのだ、互いの魔力と熱を貪り合った情事を終えて三人はようやく再会の興奮を落ち着かせることができたのだろう。
三人の中で最初に目を覚ましたのはキャロルである、カーテンから差し込む光を煩わしく感じて覚醒したようだ。
華奢な体をベッドから起こして重たい瞼を開くとベッドの上は散々な状況である、昨晩の行為の激しさを物語るかのようにシーツや枕が汚れており、それは酷い状況である。
エミリーが焚いた媚薬の残り香が鋭い嗅覚に届き、またもや思考に靄がかかりそうになったので、キャロルは同じベッドで泥のように眠るシャルルとエミリーの体をどかして誰よりも早く寝室を出る。
素っ裸のまま向かうのは浴槽である、そこで体にこびりついた汗や情事の匂いを水で流していく、エミリーが愛用していたと思われる石鹸や香油などもあったので無断で借り受ける。
泡立たせて髪や体に擦りつけると汗の匂いが爽やかな香りに流されて消えていく、そうやって体中を隅から隅まで清めていき最後に水桶に入った水を頭からかぶることで匂いも汗も眠気すらも吹っ飛ぶのだった。
「……ん」
同時に、キャロルの腹部から空腹を訴える音が聞こえて来る、そう言えば昨晩はこの工房に連れ込まれてすぐに肌を重ねており、食事らしい食事をしていなかったことを思い出す。
エミリーはここに住んでいるのだから何かしらの食料はあるのだろうとキャロルは考え、バスタオル一枚の姿で浴槽から出ていく。
向かう先は台所である、やはりそこでも家主に無断で食料を拝借していく、ついでとばかりにこれから目覚めるであろう二人の食事も作ろうと考えたのか、彼女は鍋を取り出して食材を放り込む。
本格的なものではなく、食材を調味料と一緒に煮込むという、雑でありふれたどこにでもある料理だ、旅に生きる者ならば誰だって似たような料理を食べたことがあるだろう。
料理の腕など必要なく材料をぶつ切りにして煮込むだけである、だからどれだけ雑に作っても味は大差がない、なのでキャロルも作り易く好んで作っている。
彼女がどこにでもある煮込み料理を作っていると、寝室で泥のように沈んでいた二人の内の一人が起きたのだろう、パタパタと廊下を歩く音が台所にいたキャロルの耳にも届き、その足音は浴槽へと消えていく。
足音の軽さからおそらくエミリーが目覚めたのだろう、少なくとも彼女はそう判断したらしい。
浴槽から出て来る頃には煮込み料理も良い具合にできているだろう、それだけでは物足りなくもあるので、買い置きのパンでもないかとキャロルは戸棚などを探そうとするのだが、そんな彼女の近くに穏やかな熱を宿した不死鳥が舞い降りる。
「ピ~、ピピッ!!」
匂いに釣られたのか、それとも別の何かを感じ取ったのか、不死鳥であるヘステアが台所に降り立って澄んだ鐘のような鳴き声を響かせた。
「ん……もうできる」
エミリーが飼っている不死鳥、という認識を持っているキャロルはヘステアと見つめ合う。
ヘステア側も、そしてキャロル側も、自分と似たような存在感を認めたのだろう、どこか共感しながら似たような色合いの瞳で暫く見つめ合っていた。
「ピィ~~!!」
「……ん」
そんなことを続けること十数秒、両者は両者の間でしかわからない意思疎通を行い、何らかの友誼を交わしたらしい。
キャロルは戸棚から見つけたパンの端を千切り取りその欠片をヘステアへと差し出すと、美しい不死鳥はそれを啄む。
全てを食べ終えると、今度はお返しとばかりにその翼をはためかせて、飛び散った火花の一つをキャロルへと贈る。
神獣の加護を持つキャロルと、いずれその席へと座るだろう不死鳥の邂逅は、こうして行われるのだった。
「キャロル、朝食を作ってくれていたんですね、ありがとうございます」
煮込み料理が出来上がる頃にはエミリーが浴槽から顔を出す、それと同時にシャルルが欠伸をしながら代わりに浴槽へと入っていった。
「……勝手に食材は使っちゃったけど」
「構いませんよ……あぁ、ヘステアのお世話もしてくれたんですね」
「ん……私と似てるから」
その言葉を聞いてエミリーはよくわからなかったのか小首を傾げた、しかし深く考えることはしなかったのか、そのままキャロルへと近づいていき台所に立つ彼女に背後から抱きしめた。
「キャ~ロルッ、んんッ……」
そしてエミリーの唇はキャロルのうなじへと吸い付いた、昨晩に無数に残された鬱血痕がまた増えてしまう。
「はぁ、ちゅ……あッ、聞きそびれてしまいましたが、どうしてキャロルは金髪になってしまったんでしょうか?」
「……神獣の加護が強くなったから?」
「いえ、私に聞かれても困るのですが……」
「なんか、こう……妖精女王に助けてもらって」
「妖精女王、ですか? まさか会うことができたんですか!?」
「ん……たまたま」
思い返すのは小さな体に飛びぬけた力を宿した妖精の姿である、今となってはその姿はどこにもなく、キャロルの魂と肉体の一部となっていた。
「それはとんでもない状況ですね……神々に近しい存在な上に、そもそも妖精は人間の前に姿を晒すこと自体が稀なのに、まさか拝謁を賜るなど」
エミリーの感覚ではそれは神への謁見に近い状況なのかもしれないが、キャロルからしてみるとそこまで重大な事件ではなかったと考える。
とても得難い縁であったことは間違いないが、神よりもずっと距離が近かったように思うのだろう、今は己の半身でもあるので最早友達感覚であった。
「ふぅん、そんで、その妖精に出会ってからどうしたんだよ?」
いつの間にかシャルルが浴槽から顔を出し、バスタオルで髪を拭きながら台所へとやって来ていた、キャロルの話が聞こえていたのか興味深そうにそう聞いてくる。
「色々あって……ミューとも出会って――」
そこからキャロルが話すのは彼女が歩んだ二年である、無限城の瓦礫と一緒に大樹海のど真ん中に落とされ彷徨い歩いた旅路であった。
見栄を張ってか少し大げさに、そしてどんな苦労があったのかを説明して、妖精女王とエルフとの出会いを語り、彼女が戦った巨大な魔王との戦いを歌うように表現して、最後に妖精女王との別れも言葉にした。
エミリーとシャルルはその話に大いに関心しており、吟遊詩人の歌を聴くかのように楽しんでもいるらしい。
色々あったようだが、良い旅だったのだろうと、キャロルの顔を見て確信する。
「んじゃ次はワタシだな、こっちは森のど真ん中に落ちたとかじゃなかったんだけど……なんかこう、滅茶苦茶強いアンデットと戦うことになってだな」
そしてシャルルもまた自分の旅路を歌うように語らう、出会いも別れも戦いも、その武勇も剣戟も、歌となって大陸の端にまで届いているような二年であった。
シャルルの話を聞いてキャロルとエミリーは巷で歌われる聖騎士の歌を思い出す、酒場や劇場で語られるその歌の元になったのが、シャルルの戦いであったと理解したのだろう。
芸人としてキャラバンで旅をしてきたのだ、流行の歌は覚えていて当然だ。
「二人も苦労なされていたのですね……では及ばずながら私の二年も話します」
エミリーもまた自分の二年を語る、二人のように遠くに飛ばされた訳ではなく早い段階で聖都に居を構えることができたのだが、そこから魔術の研究や工房の資金繰りに苦労したこと、神託を受けて灯の魔術を研究したこと、歌われるような話はなくともそれでも彼女なりに苦労した旅路である。
神殿の手伝いや娼婦神の神官として働きながら生活費を稼ぎ、仲間を探した二年を淡々と語りながら、最後に呪いの王との戦いを説明した。
エミリーにとってもあの天使との出会いと別れは奇妙な感情を思い起こさせる、寂しさもありやるせなさもある決着なのだろう。
聖都を埋め尽くさんばかりに注ぎ込まれた悪性の泥と、それを払った灯の魔術についても語る、あの揺らめきこそが彼女の二年の集大成でもあるからだ。
「当たり前だけど皆苦労してたんだな、まぁ二年もあればそんくらいの話はできるか」
「ん」
「はい、こうしてまた三人で集まれたのはとても幸運なことだと思いますよ」
それぞれの苦労を話し合い、それぞれの旅路を語りながら、三人は机の上に並べられた料理を口にする。
「こうして三人で飯食うのも久しぶりだよな」
「そうですね、とても懐かしく感じます」
「……これからは一緒」
「だな、後はキャラバンが見つかればいいんだけど、昨日聖都の大広場を見に行った時はいなかったんだ、もしかしたら今年は来ないってこともありえるかもしれない」
「ん……確かにいなかった」
「うぅ~ん……あのお二人が言うには、今年の祝祭には合流できるとのことでしたが」
「あの二人って誰だ?」
エミリーの言葉にシャルルは首を傾げながらそう尋ねた。
「ほら、無限城の探索でご一緒したリンダさんとバッカニアさんの二人ですよ、団長たちはあの方々に伝言を残されていたようで、今年の祝祭には参加できると聞いたのですけど」
「……でもいない」
「何かあったのかな? 団長たちに限ってまさかとは思うけど」
「結論を出すのはまだ早いでしょう、祝祭もまだ続きますし、もしかしたら少し遅れているだけかもしれません」
「それなら、今日も大広場を見に行ってみるか」
「ん……もし、団長たちが来なかったら?」
「その場合は……どうしましょうか? もしかしたらもう一年待つことになるかもしれません」
「そうなったら生活費を稼ぐ必要があるだろうな」
「……どうする?」
「聖都の状況次第ではありますが、娼婦神の神殿が運営を再開すれば生活費に関してはそこまで困らないと思いますよ。もしくは荷馬車でも用意して行商などをしてもいいかもしれませんね」
「食っていけるだけの金を稼げるか?」
「何もかも上手く行くことはないでしょうけど、まずは試してみましょう」
そこで三人はそれぞれの財布を机の上に置く、最も膨らんでいるのはアリーヤとフィーリンから報酬金を受け取ってそれを溜め込んでいたシャルルだろう。
次はエミリーだ、工房の運営や研究資金につぎ込んでいたので残っているのは生活費と少しばかりの貯蓄であった、財布は僅かにだが膨らみがある。
そして最も財布が薄いのは長く文明社会から離れていたキャロルだと思われる、最近この付近に転移して来たばかりの彼女の財布には必要最低限の生活費しか入っていない。
一応、換金できる物を幾つか魔術師の工房でくすねているのだが、まだ貨幣には替えられていないようだ。
それら三人分の資金を合計すると、荷馬車と馬を揃えてキャラバンの形をある程度は整えられるだろう、特にシャルルの財布がよく肥えているのでそこは嬉しい状況である。
足りない分は娼婦神の神殿で働き調整すれば良いと考えているようだ、最悪失敗したとしても借金をしている訳ではないので楽観視しているのだろう。
「金は、あるな。後は馬と荷馬車か」
「ん……でもピンキリ」
「だなぁ、良い物を買うと結構な値段するだろ、安い奴だとすぐに壊れるだろうし……理想を言えば大きくて屋根付きの荷馬車なんだけど」
「……中古は?」
「都合よく手放したい奴がいれば良いけどな、でもボロボロの荷馬車を渡されても困るだろ」
「その辺りは、財布と相談しながらある程度妥協するしかありませんね」
何もキャラバンを作って巨万の富を生み出したい訳ではないのだ、生活費を稼ぎながら僅かばかりの上澄みで余裕を生み出せればそれで良い、今はまだ皮算用でしかないがこういった話をするだけでキャラバン育ちには楽しいものである。
「まぁ、これからのことはゆっくりと考えましょう、何も焦る必要もないんですから……キャロルがお世話になったエルフの方もいらっしゃるのでしょう? その方とも相談するべきなのでは?」
「そう言えば連れがいるんだっけ、そいつも一緒に来るんなら確かに話しておいた方が良いかもな」
「ん……今は会議中」
「大神殿におられるでしょうから、先方の予定を聞いて場を設けられたら……いえ、難しいでしょうか」
国際会議の真っ最中であり、ミューは国家の代表として参加しているのだ、会議そのものが忙しいだろうが、その合間にある各国との個人的な対話もまた忙しい筈だ。
キャロルが共に進む仲間だと言うのなら、それはエミリーやシャルルにとっても身内である。
話してみたいと思っても状況と立場がそれを許さない、少なくとも祝祭が終わるまでは似たような状況が続くだろう。
ミューは今どうしているだろうか、そんなことを考えながらキャロルは大神殿がある方角へと視線を送る。
工房の中にいて大神殿が見える筈もないのだが、彼女が持つ黄金の瞳は全てを観測するかのようにどこかを見つめていた。