商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
祝祭の間に行われる各国の代表を招いた国際会議は、やはりと言うべきか例年通りとはいかなかった。
事前に決められていた落としどころに無難に着地させるには、現在の情勢が許さなかったのだろう、魔王と言う災害が各方面で暴れまわっている皺寄せが各国に寄っていると思われた。
衣食住知って礼節を心がけるとも言う、逆に余裕が無ければ誰だって焦るものである、魔王などある種の災害みたいなものなので台風や地震が深刻な被害を齎すことと大差がない。
それらが暴れた結果、今年の会議に集った代表者たちから余裕がなくなった。
勿論全ての者がそうではない、大なり小なり焦りや不安はあるだろうが、それを表に出すような者などそうはいないだろう、笑顔で握手しながら足元では互いの足を踏み合うことができなくては一国を背負う立場などにはなれないのだから。
だから表面的には穏やかに、裏では様々な思惑を隠しながら会議は続いていく。
余裕のある一握りの者は冷静に会議を俯瞰して、平静を装いながら焦りを隠す者は会議の行く末を少しでも有利な形にしたい、そして一部の本当に追い詰められている者はなりふり構わずといった様子である。
だがどんな立場や考えを持つ者であっても、共通しているのは自国の利益だろう。
貿易の話であったり、税率の話であったり、金貨や銀貨の内蔵比率の差を是正する話であったりと議題のタネが尽きることはなく、それでも例年通りならばやはり落ち着く所に着地させるのが基本である。
今回の会議が荒れた理由は二つある、一つは各地で魔王が出没した結果、深刻な被害が出てしまったことだろう、激動の時代の気配は各国の代表を追い詰めたとも言えた。
大地を埋め尽くすほどのアンデットに襲われた小王国郡をどうするのか? そんな議題が上がればやはり荒れる、広大な空白地帯を放置するのはあまりにももったいないのだ、大国の思惑に右往左往するフィーリンの姿がある。
これもまた魔王が齎した被害と言えるだろう、そして小王国郡に限らず様々な場所に大きな爪痕を残しているのだ、それも現在進行形とさえ断言できる。
国と国の関係は良くも悪くも支え合いである、たった一国だけで全てを完結できるような国はそう多くない、そんな国は帝国ぐらいだろうか。
つまりどこかの国の根幹が揺らげば、その振動は他の国へと伝わる、これもまた良くも悪くもだ。
だから例年通りとはいかない、様々な地域で大きな被害が残されたのならば会議だって荒れるものである。
二つ目の理由が、今回の会議に参加したミューの存在であった。
種族を代表して聖都にやって来た彼女が故郷を襲った魔王の脅威と、世界樹の喪失を報告したことは大きな衝撃を与えたことだろう。
ざわつく各国の代表に向けて、既に魔王が倒されたことと新しい世界樹の育成に入っていることを伝えると少し落ち着きを取り戻しはしたが、それでも混乱に拍車をかけるには十分であった。
更にそこに、世界樹を複数に分けて育てる方針とミューが懐から取り出した種が騒動となってしまう。
それの価値は、ハッキリと言えばそこまで高くはないだろう、他にも世界樹は育てられるのでミューの手元にあるのは保険の一つでしかない、人間からしてみれば同じ重さの黄金の方がずっと価値があるだろうと嘯いても、素直にそう受け取る者がどれだけいたことか。
世界樹は全ての植物の起源が保存された、言わば全ての自然の原点である。
保存媒体とも説明できるだろう、今はそれも複数に分けられて育てられるので、ミューが持つのは数ある一つでしかない。
リスクを分散させる為の手段であり、言ってしまえばそれ以上の思惑もない。
ミューとしては政治的に利用されず安全に育てられる場所であればどこでも良いのだが、その考えに反して会議は荒れに荒れた。
一部の者たちが世界樹の実を我にこそと求めたからである、何の国益にもならないと説明してもだ。
彼らの頭の中では世界樹は黄金の実でも落とす便利な木か何かに思えたのかもしれない、理解が浅い故の勘違いでありミューもしっかりと説明したのだが、それでも会議は荒れてしまう。
結論を述べるのならば、世界樹の実はミューの手を離れて聖都の預かりとなった。
理由の一つとしては政治的に中立を掲げていることに加えて、地脈が近く世界樹を育てる環境が整っていること、更に聖都の現状もまた決め手になったようだ。
呪いの影響で大地の力が少なくなり緑の消えた環境だが、世界樹の実を植えればそれも解決できるだろうとミューは語る。
世界樹は地中深くに根を伸ばして地脈から力を吸い上げる、その過程で大量のエネルギーが大地に広がるので、聖都の環境を改善するには最も効率的な手段と言えるだろう。
そんな理由もあって、ミューは世界樹の種を聖都に預けることにした、波乱を含みながらもそれを良しとしたらしい。
散々言い争った一部の者たちの恨めしそうな視線を受けながらも、ミューはその場を後にするのだった。
それで終わる筈もないと、どこかで確信しながら。
「ミューリアン殿、本日は私が護衛を務めます、アンジェリーナと申します」
大神殿の客室の一つ、各国の貴賓用に作られた上質な部屋で、聖騎士団の紅一点であるアンジェリーナが優雅に敬礼をしていた。
「あぁ、アンジェリーナ殿、面倒をかけるだろうが宜しくお願いいたす」
そして彼女の前にいるのがミューリアンことミューである、同性であることからの抜擢であり男性の聖騎士よりは寛げるだろうという聖都からの配慮もあるのだろう。
聖騎士は誰であっても教育と教養豊かな人材であり、祝祭の間に行われる国際会議で貴賓の護衛を行うのが常である、だからアンジェリーナがここにいることは珍しくはないのだが、少しばかり過剰でもあった。
何故なら彼女以外にも護衛が近くに待機している、男性の聖騎士なので部屋には入ってこないが、扉の前で二人ほど不寝番を行っているらしい。
一人の貴賓に数少ない聖騎士が三人、明らかに過剰であった。
「すまないな、こちらの事情に巻き込んでしまったようだ」
「いえ、どうかお気になさらず、貴賓の護衛は我々の職務でありますので……それに、やはり危険ですから」
「世界樹の実を手にしたからといって、何の国益にもならないのだがね……彼らは宝石の実でも落とす木とでも思っているのかもしれない。人の社会や考えについてはある程度学んではいたんだが、やはりまだまだ未熟なようだ……」
「国益にならない、とは思わないのでしょう……特にここ最近の情勢変化によって多くの国が傷つきましたので、余裕がないのかと」
「そこがよくわからないんだ、世界樹は富を齎す訳でも、無限の資源を与えてくれる訳でもない……いつか大地の全てが死んでしまった時に備えて、あらゆる植物の起源が備わった保存媒体と言えるが、逆にそれ以上ではない……ましてや今は複数に分散されて唯一の存在でもなくなった、それを何故?」
「それでも、と求めるのでしょう……富でも資源でもなく、政治的優位に立ちたい為に」
「政治的?」
「聖都がこんな状況ですから、今後の推移次第では全ての道は聖都に通じるという言葉もどこかへ消えてしまうかもしれません……ならば次に世界の中心となるのは何処になるのかと考える筈です、その為に必要な象徴を求めるというのは考えられます」
「象徴か……この都市にある天剣のような?」
「はい、それはとてもわかりやすい象徴と言えるでしょう、ミューリアン殿と言い争った彼らはそれを求めているのかと……富や資源の有無など大した問題ではありません、故にそれを伝えたとしても引くこともない」
「難儀なものだな……わかっていたつもりであっても、人の世は複雑だ」
「……混乱は避けられないでしょう」
だからこそ護衛としてアンジェリーナを筆頭に三人もの聖騎士がミューを守っているのだ。
貴賓用の上品な客室でミューは静かに溜息を吐く、混乱はあるだろうと会議の前から予測していたのだが、それを超える状況に疲れが出てしまったのだろう。
椅子の背もたれに体重を預けて、瞼の奥に感じる重みに負けそうになりながらも、それでも責務から眠ることが許されない。
「お茶でもいかかでしょうか?」
「ありがたく頂こう、感謝いたす」
ミューはアンジェリーナの提案にこれ幸いとばかりに頷きを返した。
「……世界樹の実は聖都に預けるつもりだが、聖騎士殿はいかに思うだろうか?」
「私は騎士です、政治を語る資格も立場もありません……ですが、この聖都の状況を打開できるのならば喜ばしいことだと考えますが」
「世界樹の実を植えれば間違いなく大地は蘇る、成長する過程で地脈から膨大なエネルギーを吸収するだろうから、その恩恵に預かれるのは間違いないだろう」
逆に言えば、それくらいの恩恵しか世界樹を植えても得られないということだ、豊かな大地などそう珍しいものでもないので、やはりそれを求めるのことがミューにはわからなかった。
山のような富もあふれ出る資源でもなく、求めているのが国際的に優位に立つ為のわかりやすい象徴だと言われてしまえば、彼女としては呆れるしかない。
「しかしミューリアン様はそれで本当によろしいのでしょうか? 世界は広いのですからもっと相応しい場所もあるかと考えますが」
「勿論、そうだろう……だが主要な場所は既に抑えてあるので問題はないと思う、私が持つ世界樹の実はいわば保険の保険でしかない」
故に、ある程度の条件が整った場所であれば良い、強いこだわりがある訳ではないのだ。
欲を言えば政治的に左右されない場所が好ましい、少なくとも聖都はその条件に合っている、大地も地脈に近く政治的にも中立だ。
よその国に預けるよりはいくらかマシだろうという考えは、おそらく間違っていないという確信が彼女の中にある。
或いはあの会議で冷静に状況を俯瞰していた幾つかの大国だろうか、だがそういった手合いは政治的な面倒ごとを嫌ってか明らかな一線を引いていたようにも見えた、託したとしても知らぬ顔をしてどこかの暖炉にでも放り込んで抹消するのではと思えてしまう。
余裕のある国は遠巻きに眺めるだけだ、頭の中で損得利益の計算をして関わることはまずない、それが理由で戦争など起こってしまえばただでさえ各地で魔王の蠢動が確認されているのに、余計な傷を負ってしまうと考えても不思議ではない。
ただそれはゆとりと冷静さを持つ国の話である、何の価値もなくとも世界樹の実を求める者たちは、すぐ後ろに奈落の気配を感じ取っている国々であった。
理屈ではなく焦りから、世界樹の実をを求めているのである。
人の世は複雑怪奇で難儀なものであると、理解はしていてもミューには受け入れがたいのだろう。
「……来たか」
幾度目かの溜息を吐いた時、ミューのそんな呟きが客室に響く。
「ミューリアン殿、ここはお任せを」
そしてアンジェリーナも近づいてくる嫌な気配に気が付いたのだろう、腰にぶらさがっていた聖剣をゆったりとした動作で引き抜き、その祝福の光を見せる。
ミューもまた己の武器である黄金の槍を手元に引き寄せる、分厚い布で隠された槍先を露わにすると、大神殿の客室には白銀と黄金の光が満ちることになった。
鮮やかで静謐な輝きは、見る者を畏怖させるだろう。
実際にそうなった、客室のガラス窓を突き破って姿を現した招かれざる客は、武器を手に持った状態で硬直していた。
想定を遥かに超える光景が広がっていたからだ、エルフ一人を無力化して持ち物を奪うだけと考えていたのに、出迎えたのは白銀と黄金の輝きである、驚きもするだろう。
「どこぞの国の、騎士か兵士か……このような命を実行するなど、哀れに思うな」
布で顔を隠して光に狼狽える刺客は、ミューの言葉に反応して一気に駆けだす。
「だが、その忠義は見事」
刺客のの刃がミューへと迫り、しかしその切っ先は彼女を傷つけることなく手首ごと切り落とされてしまう。
そうはさせまいとアンジェリーナが聖剣を振るったのだ、鮮やかな光の軌跡を残しながら籠手すらも両断して見せた。
そしてすかさず刺客の股間を蹴り上げて無力化してしまう、日頃の訓練によってかどれも慣れた動きであった。
「……ミューリアン殿、尋問はこちらで行いましょうか?」
「こちらで身柄を預かってもどうしようもないので、そちらにお任せしよう」
「あちらの国になにか要求などは?」
「大きな問題にしたくはない……しかしある程度の脅しは必要だろうか」
「会議で糾弾するということもできますが」
「……いや、止めておこう、他所の国と協力されても困る」
ミューは疲れたように椅子の背もたれへと体重を預ける、そして聖都に来てから数え切れないほどに繰り返した溜息をまたも吐く。
蜘蛛の糸が幾重にも絡まったかのような煩わしさを感じながら、それでも進まなければならない立場であることから心労は膨らむばかりである。
キャロル殿はどうしているだろうか、仲間と合流できただろうか、そんなことを考えながらミューは瞳が客室を眺めていく。
黄金に染まりかけているその瞳は、壁の向こうにある聖都の街並み観測しているかのようにも見える。
もしかしたら、街のどこかにある自分と似たような気配を探しているのかもしれない。