商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
三日に渡って続いた祝祭も今日で最終日であった。
まことしやかに民の間で囁かれる噂話によると、国際会議の場で血が流れたらしい。
それが事実かどうかは三人娘にはわからず知る術もない、あくまで噂程度の信頼性しかなく、そこまで強い興味もなかったのか頭に残ることもなく耳を右から左へと流れていくだけである。
キャロルだけはミューの身を案じていたのだが、彼女に限ってそれはないだろうとあっさり納得してしまい、キャラバンの捜索へと集中することにしたようだ。
噂は噂、それ以上ではなく三人には何の関係もない、今は仲間の捜索を行うべきだと考えて、今日も聖都の大広場へと赴く。
大陸中から集まったキャラバンたちの天幕が無数に連なり、大勢の商人たちがこの祝祭に様々な物を持ち寄ることによって、この期間は大広場が巨大な市場と化すのだ。
本当に様々な商品が集う、珍品や高価な調度品、美術品や宝石類、希少な薬草、今この瞬間は間違いなく大陸中の富が山となっているだろう。
商人同士の商談は勿論のこと、彼らの商品を求めてお忍びで会議に参加する為にやって来た王族が顔を出すことすらもある、それほどの場だ。
ここならば手に入らない物など無いのでは、そんなことすら思ってしまうほどの市場であり資金の流れが目に見える、文字通りの意味で宝の山なのだろう。
エミリー、キャロル、シャルルの三人が所属している春風のキャラバンもまた、数年前まではここに顔を出す立場であり天幕を並べていた。
しかし今年はその姿は無い、今日こそはと意気込んでみたは良いもののキャラバンは影も形もなく、どれだけ探しても空振りとなってしまう。
「やっぱりいないなぁ」
「ん……いないね」
「う~ん……都合が悪くなってしまったんでしょうか」
「あの二人には今年の祝祭に参加するって伝言が残されてたんだろ?」
「はい、そう聞いて楽しみにしていたんですが……」
リンダとバッカニアの二人から確かにそう聞いた、間違い等ということはなく、嘘を付く理由だってない、少なくともその伝言を二人に伝えた時はこの祝祭に参加する予定があったのだろう。
例年通りの流れなので不自然でもない、キャラバンが三人を捜索しているとするのならば、この祝祭の期間が最も再会の可能性が高いと考えるはずだ。
しかしキャラバンは見つからない、最終日のこの日に来ないということはおそらく今年の祝祭には参加しないということだろう、ここでキャラバンと合流するという三人娘の思惑は外れることになってしまった。
どうしたものかと、それぞれ視線を交わし合って悩んでいる三人は、全く同時に溜息を吐いて大広場を後にする。
「まぁ、いないならいないで仕方がないか……んで、これからどうすよ?」
「……また来年まで待つ」
「そうだな、それまで生活費を稼がないと」
「聖都で暮らす分にはそこまで苦労はしないと思いますが」
三人は娼婦神の聖印を持っている、それは娼婦として最高級の価値と信頼を持っていることと同義なので、おそらく生活費を稼ぐだけならばそこまで苦労はしないだろう。
手元にある資金もそれなりであり、借金がある訳ではないので支出は大きくもない、せいぜい日々の生活費とエミリーの工房の家賃くらいだろうか。
どれも大した資金はいらない、三人で娼婦として稼げば十分に暮らしていけるだろう。
ただ、どうやら彼女たちは腹案があるらしい。
「娼婦神の神殿で働くのもいいけど、せっかくだし聖都を中心にいろんな所に足を延ばそうか」
「えぇ、幸い資金もありますし、荷馬車と馬を買って商売でも始めましょう」
「……借金も無いしね」
一年の間、次の祝祭まで暇になるということもそうだが、キャロルの言う通り身軽な状態なので思い切って行動できるのだ。
最悪失敗して荷馬車と馬を失ったとしても財布の中身が吹き飛ぶだけである、その点は気軽であった。
それに行商で赴いた先でキャラバンが見つけられる、或いは情報などが手に入るかもしれない、聖都で一年間じっと暮らすのはもったいないと考えたのだろう。
経験はキャラバンにいたので完全な素人という訳ではない、何もかも上手く行くとは考えていないが、ほんの僅かにでも利益が出ればそれでいいのだ。
失敗したとしても借金がある訳ではないので、その時は良い勉強になったと思うしかない。
「キャロルの連れとも合流しないとなぁ、そいつも一緒に来るんだろ? 会議もそろそろ終わっただろうし、大神殿にでも顔を出してみるか」
「伝言で工房の場所は伝えてありますから、そちらに来られるかもしれませんよ」
仲間がいないことを確認して大広場に背中を向けた三人は、祝祭で賑わう聖都の大通りを当てもなくブラついている。
大神殿へ行くか、工房で待機するか、それとも商売の下見の為に荷馬車でも見に行くか、悩みながらも進んでいく。
「ん……まずはミューに会いに行こう、紹介したい」
「楽しみですね、どのような方なんでしょう」
「……魔力が美味しいよ」
そんなキャロルの表現にエミリーは苦笑いを浮かべる、同時に興味も抱いているのか頭の中で想像してみるのだが、やはりその姿はキャラバンの先輩エルフに引っ張られてしまう。
キャロルがそこまで強調するのなら良質な魔力を持っているのだろう、だとすれば房中術を使って味見してみたいものだとエミリーは邪なことを考える。
これからどうするべきかと考えながらも、新しい仲間であるミューを迎え入れてからの方が良いだろうという方針になり、三人の足は大神殿へと向かう。
街の噂では会議は荒れ模様のようではあるが、王族が集まっての話なので彼女たちにはいまいち実感がないのかもしれない、庶民感覚が身に染みているのだろう。
国家間や王族間の軋轢や駆け引きなど遠い世界のことであり、実際にそこまでズレた認識と言う訳でもないのだが、今回ばかりは無関係と言い切れない状況にあるらしい。
エミリーとシャルルの認識としてはミューはキャロルの友人という存在である、エルフの王族という立場にあると言われても上手く想像できないのだ。
そしてキャロルもまたミューを友人として見ており、種族の代表として会議に参加して大きな責務を背負っている考えを持っていない――いや、持ってはいるのだろうが極めて薄い。
面倒ごとはさっさと終わらせて合流できれば良いのに、キャロルの認識はそんなものである。
だから大神殿に向かってすぐに会えるかと思っていたのだが、彼女たちを出迎えたのは祭りで浮かれた空気を吹き飛ばすピりついた緊張感であった。
大神殿に入った瞬間に鋭い視線を感じ取る、特に戦士として鍛えたシャルルとキャロルの感覚を強く刺激しており、思わず眉を顰めてしまったほどである。
戦場で敵でも見つけたかのような視線である、そんなものを向けられる覚えのない二人は緊張感を高めてそれぞれの武器へと指先をやった。
シャルルは腰にある剣に、キャロルは背負っていた弓に、大神殿の内部ということで抜くことはしないが、何かあればすぐにでも迎撃をできる準備をしているのは間違いない。
それほどの緊張感に大神殿の内部は包まれているのだ、既に国際会議は終わっているというのに警邏兵や聖騎士たちの存在感が強まっている。
別に彼女たちだけを警戒している訳ではないのだろう、三人が大神殿に入った瞬間に向けられた強い視線は聖騎士のものであり、その緊張感を宿した視線は大神殿に出入りする全ての者たちへ等しく向けられていた。
まるで暗殺者でも警戒しているような状況である、会議は既に終わったというのに過剰な警備であるとさえ言えるだろう。
「なんだか、緊張感がありますね。物々しいと言いますか」
「ワタシらだけを見てるって感じでもなさそうだけどな」
「……暗殺者でもいるのかも」
自分たちだけでなく出入りする全ての者に対する警戒であるとわかれば三人も僅かにだが緊張感を緩めることができた、何もこの場で暴れるつもりもなければ盗みを働く気がある訳でもないのだ、普通に過ごす分には聖騎士たちの鋭い視線もあまり関係がない。
彼らを恐れるのは後ろ暗い考えや脛に傷を持つ者たちである、少なくとも彼女たちはそうではないだろう。
「とりあえず受付でミューリアンさんに面会を申し込んで、いらっしゃらないようであれば工房で待機しましょう」
「ん……そうする」
緊張感に満ちる大神殿の雰囲気をあまり気にしないようにしながら、まずは受付へと向かって要件を告げる必要がある。
幸いにも受付を担当していた神官はエミリーの知り合いであったので、そこまで怪しまれることもなく面会予約はいれられたようだ。
そして待つこと数分、ミューの方にも確認ができたのか、神官に先導されながら彼女たちは大神殿の奥にある最も警備が厳重な客室へと向かうことになる。
「あぁ、キャロルの連れが騒動の中心なんだな」
「……みたいだね」
その客室へと進むにつれて警備が厳重になっていくことで、この緊張感を生み出している中心が誰なのかがよくわかってしまう、扉の前には聖騎士が二人待機しておりやはり油断ない瞳でこちらを見つめて来た。
ただエミリーが顔見知りであると言うべきか、娼館で働いている時に客として訪れたことのある相手であったことからこちらもすぐに警戒を解くことになる、二年の間に結んだ交流が役になっているようだ。
案内された客室の扉をノックして返答を待っていると、僅かに開いた扉の向こうから顔を出したのはエルフの女性ではなく、こちらもエミリーと交流があるアンジェリーナであった。
「よくいらっしゃいました、面会の話は聞いておりますこちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
次にアンジェリーナはエミリーの両隣にいるキャロルとシャルルを見つめて僅かに思案したように視線を彷徨わせ、そこで二年前のエキドナとの戦いで共闘したことを思い出したのだろう、ハッと思いついたような表情を見せた。
「エミリー殿、仲間と合流することができたのですね」
「はい、ようやく」
「ふふ、それは良かった」
アンジャリーナもエミリーの事情や背景を知っていたのだろう、祝福の言葉を送ってくれる。
「どうぞ中へ、ミューリアン殿もお待ちです」
客室の扉が開かれて中が露わとなった、聖都の中心である大神殿は他の国で言うところの王宮や城なので内装もやはり豪華である、会議の際は各国の貴賓を受け入れる場所でもあるので質素倹約にとはいかないのだろう。
ただ金銀をばらまいて飾ったかのようないやらしさはない、そこは神殿の静謐な雰囲気を壊すことなく気を使われているようだ。
調度品一つに長い歴史と思いやりが伺える場所だ、おそらく各地方にある文化や芸術といった物を研究して出身者に応じて使い分けているのだろう、隣の客室はまた違った趣を見せる筈である。
三人にはどこか縁遠くもあった、品が良く美しいと思うのだが自分たちには似合わないと思っているのかもしれない。
そんな洗練された空間の中心にいるのがミューリアンである、彼女は入室してきた三人娘の姿を見て椅子から立ち上がると、緊張気味であった表情を崩して笑顔を見せた。
特に、キャロルを見て安心と喜びを感じているようだ、故郷から遠く離れた場所で責務を一人で果たしているのだ、表には出さずとも心労が大きかったのだろう。
そこで唯一の知人とも言えるキャロルと出会えたのだ、笑顔の一つくらい当然である。
「キャロル殿、良かった……やっと貴女と出会えたよ」
そう言ってミューは両手を広げるとキャロルの華奢な体を包み込み、顎先を彼女の頭の上に置いて密着した。
「はぁ~、やはり癒される……自分で思っていた以上に疲れてしまっているようだ」
「ん……お疲れさま」
キャロルも慣れているのか、自然にその抱擁を受け入れている。
なんだか距離が近くないかと思うエミリーとシャルルだが、二人の関係やここまでの経緯などは聞かされているので大きな驚きはないのだろう。
「ミュー……紹介する」
「あぁ、仲間に出会えたのですね、それは喜ばしいことだ」
「ん……この二人が同じキャラバンにいた――」
抱擁を解いてからキャロルの紹介が始まった、向けられた視線と指先にまず反応したのはエミリーである。
「こっちがエミリー……う~ん、魔術師?」
「何故疑問形なのでしょうか?」
「……邪悪で淫乱な魔術師」
「えぇ……あッ、いや、おほん。私はエミリーと申します、キャロルとは同じキャラバンに属していて同僚であり友人ですね」
「貴殿のお話は聞いている、エミリー殿……私はミューリアン、気軽にミューと呼んでいただきたい」
「それでは私のこともどうぞ呼び捨てで、キャロルがお世話になった方ならば私にとっても恩人ですので、どうか仲良くしてください」
「ん……それでこっちがシャル姉」
「ワタシはシャルルだ、キャロルの姉になる。アンタの話は聞いてるよ、妹が凄く世話になったてな」
そこでシャルルは右手を胸に当てて礼儀正しく頭を下げる騎士の礼を見せた、そして嘘偽りなく感謝の言葉を送って見せる、彼女にできる最大限の思いを込めて。
「ミューリアン殿、妹を助け共にいて力となってくれたこと、心より感謝申し上げます」
キャラバンで生活する上で様々な教育は受けて来た、礼儀作法などは基本中の基本である、普段の言葉遣いや気さくな態度を改めて、今のシャルルはとても流麗な立ち振る舞いであった。
そこだけ切り取ってみればしっかりと教育を受けた貴族や騎士に見えるだろう、それほどに洗練された雰囲気である。
彼女なりに感謝を伝える上で、最大限に配慮したということなのだろう。
その敬礼に対してミューリアンもまた正しく敬礼を返す、こちらも高い教育を受けて来たのが良くわかる動きであった。
「感謝を伝えるのは私の方です、キャロル殿には本当に返しきれない程の恩がある、せめてその生涯に寄り添わなくてはこちらの気がすまない……」
「ん……あんまり気にしなくていいよ」
「そうもいかない、恩とはとても複雑で重たいものなのですから、決して軽く扱うことはできない」
その言葉にミューがどんな人物であるかわかったのだろう、シャルルとエミリーは僅かに笑顔を見せる。
これから共に歩む仲間となるのだ、互いに悪い印象がないのはとても良いことだろう。
少なくともキャロル程にミューを理解していない二人は、彼女のことを信頼できる存在だと受け入れたようだ。
そしてまたミューも、キャロルを大事に思う二人の気持ちが伝わったのだろう、ならばそれ以上の信頼などありはしない。
ミューはもうそういう生き方をするのだと覚悟を決めているのだから、それはとても重要なことだろう。