商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
キャロルを間に挟んでの自己紹介は終わった、互いの印象は悪くなく事前にキャロルがどんな人物であるか双方に説明していたので大きな驚きもないようだ。
ミューもシャルルもエミリーも、互いに好印象を残せたのでよい出会いと言えるだろう。
大神殿の客室にある椅子に座り並べられた果実水を舌で楽しみながら、四人は和やかに談笑を繰り返す。
話すべきこと、聞きたいことはやはり多い、ミューは自分が知らないキャロルの話やその仲間であるシャルルとエミリーのことをもっと知りたいと思い、逆もまた然りだ。
キャロルから聞いた大樹海での二年と魔王との戦い、それをミューの視点で語られるのはまた違った面白さがあるのだろう。
ただ彼女の視線から語られるキャロルの活躍はとても美化されているようにも思える、熱にうなされたように昂り、興奮したように歌われるその戦いぶりは、どこか吟遊詩人の歌のように豪華に飾り付けられているようにも思えた。
実際にキャロルも呆れたような目をしながら果実水を飲んでいる、それに気が付いていないのかミューの語る話は熱くなっていくばかりであった。
それだけ彼女にとってキャロルが大きく重要な存在であるということだろう、そう考えると悪いことばかりではない。
「ミュー……そのくらいで良いから、これからの話がしたい」
「ん、あぁ、申し訳ない……つい熱くなってしまったようだ」
頬が熱を持つまで興奮した様子であったが、キャロルに諭されたことで冷静となったのか、思い出したかのように優雅な動作で果実水を飲む。
「ミューもワタシらと一緒に来るつもりで良いんだよな?」
「あぁ、勿論だ、キャロル殿への恩返しを兼ねて見分を広めようと思っている」
それに加えて世界樹の実を植える場所の選定という任務が彼女にはあった、既に一つはこの聖都に残すと決めているが、他の実の候補は完全には決まっていない。
状況次第では新しい実がまたミューの手元に来る可能性もある、その時に備えて相応しい候補地を探すつもりのようだ、ならば旅に生きるキャラバンという場所はとても都合が良いと言えるだろう。
ミューにとって、彼女たちに付いていくことに何の問題もなかった。
「それなら色々と話さなければならないことがありますね、一先ず私たちのこれからの方針なのですが――」
そこから語られたのは三人が合流できたものの、キャラバン本体とは未だに合流できていない状況である。
一年待って次の祝祭に期待するしかない状況なので、それまでの間にどう過ごすか、そしてどう生活費を稼ぐかという考えであった。
「なるほど、人の社会で生きるには通貨を得る必要があるという理解は私にもある、その為の手段を探しておられるのだな」
「はい、具体的なことはまだ決まってはいないのですが、幸いにも資金があるので荷馬車を筆頭に最低限の形は整えられると思っています」
エミリーの言う最低限とはキャラバンの形としてという意味である、ただ馬と荷馬車だけを揃えるという意味ではない、空っぽの荷馬車ではなんの価値もないのだ。
「私は人の社会やその経済に深い理解がある訳ではない。なので貴女方の考えが正しいとも間違っているとも言えない……ただそれを望まれるのならば私は同行しよう、力になれるのならばそれ以上の状況はないのだから」
「……じゃあ、ミューも賛成で」
「まだまだ未熟な身であるから、微力にしかならないと思いますが……」
「ん……それで良い、こっちも大差ないから」
「そこなんだよな、キャラバンで旅した経験はあるけどあくまで助手の立場だったし、自分たちだけでしっかり運営できるかって言うと、ちょっと自信がないんだよ」
「何もかも上手く行くことはないでしょうし、そこは一つ一つ経験して進みましょう。致命的でなければ良い勉強になったと考えるしかありません」
エミリーの言葉に全員が頷く。
「まぁ、借金をしてでもって感じでは無いからそこは救いだな」
「……失敗しても大丈夫」
「はい、最悪でも奴隷として売られたりはしませんよ」
「うむ、堅実なのは良いことだろう」
今後の方針はこうして決まった、先行きはハッキリとしている訳ではないが、一先ず行動してみようと言う若さに任せた決定である。
だがそれで良いのだろう、例え失敗したとしてもこの四人は良い勉強になったと受け入れるだけの余裕があるのだから。
さぁ行動しようと気持ちは逸るのだが、その前に片付けなければならないことが一つだけあった。
「方針が決まったことは喜ばしいのだが……すまない、こちらには少しばかり面倒な事情があるんだ」
巻き込みたくはないとミューは考えるのだが、既に仲間として受け入れられて友誼を結んでいるので伝えない訳にはいかないと考えたのだろう。
「世界樹の実と、それに纏わる面倒事がある……貴女方と共に旅に出るには、それをしっかりと片付けてからとなるだろう」
「どんな面倒事なんだよ?」
「我々も力になりますよ、ミューはもう仲間なんですから」
「ん……どうすれば良い?」
「これは私の責務なので……いや、これはつまらない拘りだな、やはりしっかりと話しておきましょう」
最初は無関係だからと協力を断るつもりであったようだが、既に仲間として互いに認めている間柄である、ならば話した方が良いと判断したのだろう。
これから苦楽を共にするのだ、迷惑をかけるとわかっていても伝えることは伝えなければならない。
「私が持つ世界樹の実が狙われております」
そんなミューの言葉を聞いて三人の反応はそれぞれにわかれた、シャルルは上手く理解できなかったのか首を傾げており、キャロルは特に大きな反応はなくいつもの無表情である、しかしエミリーだけは驚いたような表情をしていた。
「世界樹の実ですか、本来はエルフの国の外へ出ることなどないと聞きますが……手元にあるのですか?」
「はい、エミリー殿、確かにここにあります」
言葉と共に懐から取り出されたのは胡桃ほどの大きさしかない種であった、それだけを見れば世界樹の種には見えないだろう。
「これが世界樹の実……世界中に存在する植物の起源であると聞きますが」
「これ自体は保険の保険でしかなく、数ある一つでしかないが……あぁ、説明すると、世界樹を複数に分けて育てようという話になって、これはその内の一つでしかない」
「でもこれが狙われてるってことは、価値があるってことだろ? エミリーなんか目の色変えてるくらいだし」
シャルルが四人が囲う机の上に置かれた実を摘みあげて光にかざす。
「魔術師ならば当然です、問題がないのならばぜひ研究材料にしたいですね」
「それはさすがに止めていただきたい、私も責務を果たせなくなってしまう」
「勿論、奪うようなことはしませんが、完全に無価値という訳ではないですよ、狙う人がいても不思議ではありません」
「確かに……魔術に深い理解のある者であれば、そうなるやもしれませんね」
シャルルの指先から机の上に戻された世界樹の実を、四人は食い入るように見つめる。
「しかし無限の富や溢れる資源を与えるようなものではない……こういう言い方はあまり相応しくないのだが、大きな木の種という評価も否定できない、今となっては唯一無二でもなくなってしまったのだから」
「つまり、なんだ、でっかい木の種が狙われてるってことか?」
「まぁ、端的に言えばそういうことになりますね」
「……よくわかんない」
少なくとも三人娘にはこの世界樹の実を狙う理由を完全に納得することができなかったようだ、エミリーは相応の興味や価値を見出してはいるが、それはあくまで研究材料としての側面しかなく興味故だ、国家や政治を絡めてまで欲する物ではないと考えていた。
「人間の社会は複雑で、例え何の国益にならなかったとしても戦争が起こることもあると聞きます、これも狙うのもその一つでしかないのでしょう」
「……ミューはこれをどうしたいの?」
そんなキャロルの質問に彼女は視線を落として少しだけ考え込む。
「この実は聖都に託したいと考えております。政治的に中立であり、何よりこの周辺地域に広がる不毛の大地を癒すことにも繋がる……他に託すよりはずっと良いでしょう」
「ふぅん……なら、それで良いんじゃない」
「はい、ですがその判断に納得できない者たちが幾人かいるようです」
それでこんなに厳重な警備が引かれているのかと、三人はようやく納得することができた。
「そんな連中にわざわざ付き合う必要もないだろ、世界樹の実を聖都に引き渡して身軽になれば良いじゃないか」
世界樹の実を手放せば狙われることもないだろうというシャルルの言葉に、ミューは首を振り返す。
「実を植える場所の細かな指定や、植える際に地脈と巧く結び合わせる作業が私でなければ難しいという事情があって……提供してそれで終わりとはいかないかと」
「じゃあミューは暫く動けないのか?」
「事態を解決しないことには、難しいでしょう」
ではどうすれば事態を解決できるのかと彼女たちは考えるのだが、どれだけ考えようともさっさと片付けるしかないという結論に至るしかない。
言葉で説明して相手が納得してくれるのならばそもそもこんな事態になっていないだろう、ならばあちらが本格的に動き出す前にさっさと終わらせておくことが最善だ。
ミューが世界樹の種を植えて、必要な手順を終わらし、聖都を離れる、それが四人が出した結論である。
「とりあえず私の工房まで来られますか? 大神殿も良いですけど、相手もここにミューさんがいるとわかっているので、積極的に狙ってくるでしょう……姿を眩ますというのも一つの手ではないでしょうか?」
相手がミューを見失えば多少は動きやすくなる、その間に種を植えて作業を終わらせれば良いのではという考えだ。
聖騎士に囲まれながら大神殿の一角で待つという今の状況が悪い訳ではないが、相手方との根競べをしているような立場である、確かに動きづらくはあるだろう。
姿を隠している間に必要な作業を終わらせて静かに聖都を出る、そんな方針も案の一つとしては良いのかもしれない。
「その辺りのことは聖騎士殿にも話を聞くべきだろう、アンジェリーナ殿、いかがか?」
部屋の入口で待機していたアンジェリーナに意見を求めると、彼女は少しだけ悩んだそぶりを見せながらこう答える。
「護衛役の立場から言わせてもらえばここを離れるべきではないと考えます、聖騎士が幾人もおりますので護衛には困りません……ただ、ミューリアン殿が行う作業の妨げになることも当然ながらあるでしょう」
「常に聖騎士を張り付けていると目立つな……ここにいますと言っているようなものか」
「はい、ですがどれだけの刺客が来ようとも全て封殺するつもりです」
「ふむ、どうしたものか」
「私見ではありますが、ミューリアン殿が姿を眩ませるのも一つの手かと……ですので我々はこれまでと変わらずこの大神殿で警戒を続ける形はどうでしょうか?」
ミューリアンを護衛するという形をこの大神殿で続けるというのだ、本人はこの場からいなくなるが、刺客たちの目を引き付ける思惑があるらしい。
その間にミューリアンを自由に動かすということだ、それもまた一つの方針だろう。
「それで刺客を大神殿に引き付けるか……確かにそれなら多少は動きやすくなるだろう」
どうするべきかと深く考え込むミューは、意見を求めるように新たな仲間となった三人へと視線を向けた。
「バレない様に大神殿の外に出れば良いんだろ? それなら大丈夫じゃないか、エミリーがなんか上手いこと誤魔化してくれるだろうしさ」
「う~ん、短時間ですが姿を眩ませる幻術くらいならばできますが」
「もしバレても……私たちが守る」
仲間たちのそんな言葉に決意が固まったのか、様々なことを天秤にかけながらもミューは身軽に動くことを決めたらしい。
視線をアンジェリーナに向けて謝罪するように頭を下げると、相手もまた静かに会釈を返す。
「では我々はこの大神殿で護衛の形を続けます、念のため民間人に偽装させた聖騎士を離れた位置に待機させて守護を続けさせます、それでどうでしょうか?」
「あぁ、それで宜しくお願いしよう、迷惑をかけてしまうが、諸々の作業は終わらせておくので安心して頂きたい」
「わかりました、こちらは可能な限りミューリアン殿がこの場にいるように振る舞いましょう」
こうしてミューは三人と合流することになった、ほぼほぼ初対面でありながら面倒事を持ち込んでしまったことに情けなさを感じるのだが、笑って受け入れてもらえることに喜びを感じているのだろう。
同じエルフの同胞とはまた異なる、苦楽を共にする共同体に身を置くことに不安や恐れもある筈なのだが、それ以上に安心感がある。
自分はこの三人の、この仲間の力になる、そんな決意と共に黄金の槍を握りしめてミューはその場を後にするのだった。