※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第十四話 これからの旅に向けて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓迎会を終えてミューを仲間に迎え入れること数日、祝祭の賑わいもようやく遠ざかり聖都にも落ち着きが見え始めた頃、シャルルとエミリーの二人は今後に備えて市場に顔を出していた。

 

 

 

 これからの旅に必要な様々な物を揃える為である、それは個人的な装備や品物もそうであり、キャラバンの共有財産となる荷馬車やそれを牽引する馬なども買う必要がある。

 

 

 

 ミューとキャロルは別行動中だ、あちらは世界樹関連の面倒事を片付ける為に行動しているらしい。

 

 

 

 聖都は落ち着きを取り戻しているが未だに強い緊張が垣間見えてしまう、早めに用事を終わらして早々に姿を消すべきだろうと四人は考えて、実際に行動に移していた。

 

 

 

「コイツなんかどうですか? 去年に産まれたばかりでしてね、親馬は競馬大会で上位入賞している優秀な奴なんですよ」

 

 

 

 ヘラヘラとした笑顔で両手を合わせてしきりに揉む解すような動作をするのは、聖都の近郊で牧場を経営する男であった。

 

 

 

 そしてその男が紹介する馬の前で悩んでいるのはシャルルとエミリーである、悪い馬ではないと彼女たちもわかっているのだが決め手に欠けるといった表情を上手く作っている。

 

 

 

「ちょっと足が細くないか?」

 

 

 

「確かに、少し頼りないようにも思えます」

 

 

 

「まぁそういう品種ですので、足が長くて体は細身、走らせれば風のように軽やかに進みますとも」

 

 

 

「いやいや、欲しいのは足の速い奴じゃなくて頑丈で体力のある奴なんだ、鈍間でも良いからどっしりした奴を紹介してくれ」

 

 

 

「そうですか? コイツも良い馬なんですがねぇ」

 

 

 

「それはわかりますが、私たちが求めている馬ではありませんね……そもそも最初に要望はお話ししたのですが」

 

 

 

 エミリーの言葉に牧場の主は困ったように頬を掻く、押し売りをしている自覚があったのだろう。

 

 

 

「いやぁ、実はですね、馬を持て余しておりまして、相場よりもお安くするのでどうでしょうか? あぁ、勿論ですがご要望にあった馬もしっかりと用意いたしますので」

 

 

 

 どうやら彼には彼の事情があるらしい、聖都に近いこの牧場は先の戦いで呪いの影響が今も残っており、本来は豊かに生えそろう筈の緑が枯れ落ちてしまっているのだ。

 

 

 

 牧草が無ければ家畜を維持するのは難しい、遠くない内に全ての馬が餓死してしまうだろう、そうなる前に利益へと変えたいと考えているのだ。

 

 

 

「どうでしょうか、お安くいたしますよ?」

 

 

 

 男の指先がそろばんを弾いてそれを二人に見せつけて来る、確かに相場よりもかなり安くなっているのは間違いない。

 

 

 

「このまま飢えさせて死なせてしまうのもコイツらに悪い、お客様方にぜひ貰ってやって欲しいのですよ」

 

 

 

 今の聖都の状況では牧場の経営など困難だろう、そんな時にやって来た客に馬を預けたい、それは経営者としての判断であり馬の飼い主としての感情なのだ。

 

 

 

「シャルル、どうしましょうか?」

 

 

 

「ん~……まぁ、一匹だけってのも何かあった時に困るかもなぁ、二匹で引いた方が安定だってするだろうし」

 

 

 

「でしょうともでしょうとも、だからこそお勧めしております」

 

 

 

「でもこいつはいらないな、もっと足の太い奴が欲しい……アンタの事情もわからなくもないから、そうだな、二頭買おう。足の太くてがっしりした奴をだ」

 

 

 

 三人娘が合わせたキャラバンの運営資金の内訳で、最も大きい出資者がシャルルとなるので、共有財産となる馬に関してはやはり彼女の意思が大きくなる。

 

 

 

 そんな彼女が馬を二匹買うと言うのならばそれは必要なことになるのだろう、エミリーも複数の馬がいた方が良いと納得したのか口は挟まない。

 

 

 

「二匹ですか……うぅむ」

 

 

 

「それ以上は無理だからな、こっちも財布と相談しなきゃならないし、他に買わなきゃならない物もあるんだ」

 

 

 

「……わかりました、では足の太い馬を二匹ご用意いたしましょう」

 

 

 

 そう言って牧場主はその場を後にする、本音を言えばもっと買って行って欲しいのだろうが、二匹が売れただけでもマシと考えているのかもしれない。

 

 

 

「次は馬車ですね、こちらはどうしましょうか」

 

 

 

「やっぱ屋根付きだよな、そこまで立派な物じゃなくて、最低限雨風を凌げるような奴」

 

 

 

 一口に馬車と言っても色々である、馬がそうであるようにピンキリなのだ、彼女たちが求めているのは中級ほどの馬車のようだ。

 

 

 

 細く薄い骨組みが馬車に付いておりそれを覆うようになめした皮と布の天幕が作られている物である。

 

 

 

 春風のキャラバンが運用しているような巨大な車両ではないが、行商をしていくだけならばそれで十分だろう。

 

 

 

 二人はそれを二つ買うつもりのようだ、二匹の馬で二つの荷馬車を運用するのだろう。

 

 

 

「積み荷は何にいたしましょうか、保存食などはどこに持って行っても需要がありますよね」

 

 

 

「だなぁ、商品にならなくても自分らで食えるし、その辺を中心に揃えるか」

 

 

 

「大きな儲けにはならないでしょうけどね」

 

 

 

「なら他にもなんか持ってくか?」

 

 

 

「う~ん……やはり高く売れる物が良いんでしょうけど」

 

 

 

「難しいよなぁ、そういうのを捌くには伝手も必要だろうしな」

 

 

 

 そこら辺の大通りに宝石を持って行っても売るのは難しい、キャラバンでの経験から二人はそれをよくわかっているのだ。

 

 

 

「香辛料なんかも良いかもな、保存食と一緒でどこに持って行っても需要があるだろ、それなら太い伝手だっていらない」

 

 

 

「そうですね、その辺りも集めましょうか」

 

 

 

 これからのキャラバン運営を話し合う二人に声がかかる、どうやら牧場主が商品の馬を持ってきたようだ。

 

 

 

「お待たせいたしました、ご要望の馬となります」

 

 

 

 二人の要求通り足が太くがっしりした体格の馬が手綱を引かれて紹介される、確かに見るからに頑丈そうな馬である、早く走ることはできないだろうが荷馬車を引くには相応しいと言えるだろう。

 

 

 

「ありがとうございます、こちらはお代となります、お受け取り下さい」

 

 

 

「確かに、それではこちらが契約書です」

 

 

 

 契約神の力が僅かに感じられる書類を差し出されて、そこに購入者である二人の名前を書き記す、それによって馬の権利が彼女たちの物になるのだった。

 

 

 

「鞍と手綱はサービスといたしましょう」

 

 

 

「ご配慮に感謝を」

 

 

 

「なぁに、こちらに残しておいても飢えさせてしまいますからな、大事にしてやってくださいよ」

 

 

 

 この馬たちは彼の商品ではあるが、馬主としての愛情もあるのだろう、愛おしそうに別れることになった馬たちの鬣を撫でている。

 

 

 

「よし、次は荷馬車だな」

 

 

 

「最悪、中古で我慢しましょうか、一から作ってもらうのも時間がかかりますから」

 

 

 

「都合よく手放したい相手がいれば良いけど……でもボロボロの奴とか渡されてもなぁ」

 

 

 

 馬に跨って二人は少し離れた位置に見える聖都の都市壁を目指す。

 

 

 

 自分たちの手でキャラバンの運営をするのは簡単ではないと思い知りながらも、楽しんではいるのか彼女たちは笑顔である。

 

 

 

 仲間と話して支え合える安心感は一人の旅では感じることができないものなのだ、この時間はやはり彼女たちにとって代えがたいものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミリーとシャルルが馬を用意している間、キャロルとミューは別行動をしているようだ。

 

 

 

 こちらも聖都から少し離れた位置で作業を行っており、都市壁を眺められる小高い丘の上でミューは小さなスコップを片手に土を掘っている。

 

 

 

「ふむ……やはり土が死んでいるな」

 

 

 

「もう草は生えない?」

 

 

 

「えぇ、呪いの影響で大地の力が根こそぎ失われているのでしょう……これを普通に再生するのは難しい」

 

 

 

「……そうなんだ」

 

 

 

 農家ではないキャロルは土いじりに関しては素人だ、ミューがそう言うのならそうなのかと納得するしかない。

 

 

 

「長い時間をかければ或いは、と言った感じでしょうね……こればかりは時間をかけるしかないのだが」

 

 

 

 そう言って懐から取り出されたのは世界樹の実であった、胡桃程度の大きさしかないそれは一目見ただけでは大した価値があるようには見えないだろう。

 

 

 

 実際に無限の富や溢れる資源を与えるような物ではない、今となっては世界に唯一と言う訳でもない、最早珍しい物ではなくなったのだから。

 

 

 

 それでも求めようとするのだから人の欲望は深いものだと、ミューとしては呆れるしかない。

 

 

 

 彼女は掘り進めて穴の開いた地面に世界樹の実を置いて、その上に土を戻していく。

 

 

 

「ん……これでいいの?」

 

 

 

「はい、場所的にもここが一番地脈に近い、後は上手く地脈と結びつけるだけで良い……そうすれば地下深くから膨大なエネルギーを吸い上げるので、周辺地域にもその恩恵に預かれる。近い内にまた緑が顔を出すでしょう」

 

 

 

「そう……それは良かった」

 

 

 

 どこまでも広がる無人の荒野よりも緑豊かな大地の方が良いだろう、キャロルもそう思う。

 

 

 

「少々お待ちください、今、整えますので」

 

 

 

 するとミューは大地に両手を押し当てて何らかの魔術を行使する、そういった魔術に対する知識が浅いキャロルには何をしているのかさっぱりわからないので見守ることしかできないが、必要なことなのだろうと納得する。

 

 

 

 黄金を注ぎ込んだかのような鮮やかな瞳が、本来は見えない筈の地下深くに存在するエネルギーの流れを観測していた。

 

 

 

 地脈とは大地に張り巡らされた膨大な量のエネルギーを流す血管のようなものである、凄まじい熱と情報と魔力の塊が常に流れておりそれこそ世界の果てまで届くのだろう。

 

 

 

 キャロルの瞳がその流れを観測していると、その流れの一つが地下深くで隆起してこちらへと手を伸ばしてきた。

 

 

 

 すると今度は地中に埋められた世界樹の実の方から糸のような物が伸び始めて、それは地脈と手を結ぶように繋がり合う。

 

 

 

 小さく頼りない結びつきであったが、それは徐々に太く強固に成長していき、簡単には千切れないほどに繋がりあっていく。

 

 

 

「うむ……これで良いだろう」

 

 

 

「これで世界樹が生まれるんだ」

 

 

 

「完全に成長するには長い時間がかかる……それこそ千年単位の時間が」

 

 

 

 樹齢は人間の寿命と比べものにならないほどに長い、ましてや世界樹ともなれば完全に成長しきるまでに最低でも数千年は必要となるだろう。

 

 

 

 さすがにそんな遥か先の未来にまで責任は持てないので、何か世界樹に問題が起こってもその時代の人に任せるしかない、彼女たちにできるのは最初の一歩を刻むことだけである。

 

 

 

「ん……少しだけ、芽が出て来た」

 

 

 

「ここまでは早い、そしてここからがとても長い」

 

 

 

 世界樹の実を植えた場所にはさっそく小さな芽が出ている、地脈から吸い上げた力をさっそく栄養にしているようだ。

 

 

 

 小さく頼りない芽ではあるが、これが最後には雲にまで届くほどの大きさになるのだから、自然の力は凄まじいものだと驚くしかない。

 

 

 

「さて、これで私の用事は終わりました。キャロル殿、これからは貴女とキャラバンの為に身を粉にして働きましょう」

 

 

 

「ん……あんまり難しく考えなくていいよ」

 

 

 

「勿論、理解しております……理解した上で、そう生きると決めておりますので」

 

 

 

「そう……」

 

 

 

 ミューがキャロルに向けているのは友情や仲間意識と言うよりは忠誠や献身なのかもしれない、そういう立場ではないと考えているので少しだけむず痒いのだろう。

 

 

 

 もっと気楽に接してもらいたいものだ、そんなことを考えるのだが、そのうち時間が解決するだろうと投げやりな結論を出すしかなかった。

 

 

 

「ん……二人と合流する」

 

 

 

「そうですね、あちらも馬と荷馬車を揃えている頃でしょう」

 

 

 

 ここでやるべきことを終えた二人は小高い丘を後にして聖都へとつま先を向けて進みだす、緑の消えた寂しい大地に囲まれたこの光景も、世界樹の実を植えたのでそう遠くない内に消えるのだろう。

 

 

 

 ミューは聖都に近づくに連れて緊張感を高めていき、分厚いローブとフードですっぽりと自分の姿を覆い隠してしまった。

 

 

 

 都市の入口を監視して守護する聖騎士には事前に話を通してあるので、止められることも姿を改められることもなく素通りすることができた。

 

 

 

 そうして二人は旅人に偽装しながら聖都内部に戻ると、その足で拠点としているエミリーの工房へと向かう。

 

 

 

「……付けられてはいないようだな」

 

 

 

 ミューとしてはそこが気になるのだろう、大神殿で聖騎士に守られて身動きが取れないという体裁を続けてはいるが、それがいつまでも通用するとは思っていないらしい。

 

 

 

 実際に時間の問題だろう、次の瞬間には追手が迫ることも十分考えられるのだから。

 

 

 

「……馬がいる」

 

 

 

 エミリーの工房である一軒家にまでやって来ると、庭先に二頭の馬と荷馬車が発見できた、エミリーとシャルルはしっかりと目的のものを手に入れられたということだ。

 

 

 

 馬は足が太くがっしりとした体格をしており、荷馬車はなめした皮と加工された布で屋根が作られていた、始動したばかりのキャラバンの初期装備と考えればなかなかに立派である。

 

 

 

「よい馬だ、足が太く若い」

 

 

 

「ん……これから宜しく」

 

 

 

 二人して馬の鬣を撫でていると、工房の扉が開いて中からエミリーが顔を出す。

 

 

 

「あぁ、お二人とも、お帰りなさい」

 

 

 

「エミリー殿、こちらもただいま戻りました。大きな問題もございません」

 

 

 

「それは良かったです……ただ、こちらは少しだけ問題が」

 

 

 

 その言葉にミューの緊張が更に強まった、そさくさと素早く安全な工房の中へと入ってようやくフードを取り外す。

 

 

 

「つい先ほど、大神殿から使いの方が来られました……賊が侵入して斬り合いとなり、偽装がばれた可能性が高いとのこと」

 

 

 

「そうか……いつまでも誤魔化せないだろうことはわかっておりましたが」

 

 

 

 ミューを狙う勢力もいよいよ後に引けなくなったのだろう、エミリーは賊という表現を使ったが実際はどこかの国の命令で動いている兵士や騎士であった。

 

 

 

 国際問題すら無視できる、そうしなければならない程に追い詰められている相手が、後に引けなくなって死に物狂いで追いかけて来ることになる。

 

 

 

「まぁ、そんな訳だ、ミューの仕事も終わったんならさっさと聖都を出るとしよう」

 

 

 

 工房の中では既にシャルルが荷物を纏め始めているようだ、その顔には国や政治のごたごたに巻き込まれたくないという強い意思を感じることができた。

 

 

 

「ん……さっさと逃げる」

 

 

 

「はい、馬も荷馬車もありますから、大きな騒ぎとなる前に脱出ですね」

 

 

 

「えぇ、こちらに異論はありません」

 

 

 

 仲間たちも聖都に留まるつまりは無いという意思で統一されているのならば、いよいよこの場所に留まる意味がなくなってしまう。

 

 

 

 四人は素早く荷物を纏めると、すっぱりと切り替えて聖都から逃れるように行動へと移ることになった。

 

 

 

 忙しく、そして騒がしくなるのはこれからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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