商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
聖都から遠ざかると決めてから彼女たちの行動は早かった、まずはエミリーの工房にあるこれからの度に必要な物資を詰め込み、交易で必要になるだろうと思われる商品を荷馬車へと移す。
主な交易品は保存食と香辛料や塩や砂糖となる、どこに持って行っても一定以上の需要があり捌きやすいと言う点を重視した商品だろう。
飛びぬけて大きな儲けにはならないだろうが、彼女たちは何も莫大な利益を上げようとしている訳ではないので、一先ずはこれで十分とも言えた。
それらを購入した二台の荷馬車に詰め込み、それぞれを馬に引かせる形が彼女たちのキャラバンとなる。
始動したばかりと考えればなかなかに立派である、大きなリュックを背負って徒歩から始める者も多いのだ、そう考えると滑り出しはとても良いものと評価できるだろう。
足が太く頑丈な馬が屋根付きの荷馬車を牽引すれば、ある程度の経験を積んだ中堅どころのキャラバンに見えるかもしれない。
しかし彼女たちはまだ始まったばかりである、春風のキャラバンで運営の補佐をしてはいたが自分たちの手で一から商売をするのは完全に初見だ、ここから先はどうしたって手探りとなる。
荷物を積んで、馬と荷馬車を繋ぎ、彼女たち自身も乗り込んで手綱を引けば、いよいよキャラバンが動き出すことになった。
「思ってた門出とはちょっと違うよな」
「ん……まさか夜逃とは」
「あの、お二人とも、夜逃ではありませんからね? 確かに急いではいますが……」
「皆、すまない、私の都合に巻き込んでしまった」
手綱を操りゆっくりと馬車を進ませながらシャルルが呟いた言葉に、それぞれが反応を返している。
祝祭が終わって落ち着きが戻りつつある聖都は、用事を済ませた商人を中心に正門へ続く長い行列ができていた。
その最後尾に二台の荷馬車を並べて、自分たちの番がやって来るまで待つことになる。
「別にミューを責めてる訳じゃないけど、刺客から逃げるように聖都を出ることになるなんて思わなかったからな。あぁ、あんまり外に顔を出すなよ、どこで見られるかわからないからさ」
手綱を操るのはシャルルである、フード顔を隠しているミューに注意を促していた。
「そうだな、荷台の隅でじっとしていよう……これ以上の迷惑はかけられない」
「もう我々は仲間なのですからあまり気になされないでくださいね、思いつめられるとこちらも心配してしまいますから」
「ん……寧ろ、迷惑をかけられてこその仲間」
そんな仲間たちの言葉にフードの下で微笑みを浮かべたミューは、照れ臭かったのか隠すようにフードの先を引っ張った。
「まぁ、ワタシらもいつかミューに迷惑をかけるだろうからな、その時は笑って許してくれ」
「あぁ、その時は、全力を尽くすことを誓おう」
そんな会話を続けながら彼女たちのキャラバンは聖都の正面門へと近づく、そこでは聖騎士が守衛を務めて人や物の出入りを厳格に管理しており、彼らは四人の事情を知る人物でもあった。
「お疲れ様です」
そしていよいよ彼女たちの番がやって来ると、聖騎士が慣れた様子で挨拶をしてくる。
差し出されるのは出入国を管理する為の書類だろう、聖都の住民権を持つ者以外は色々と書類に記入する必要があり、彼女たちにも求められているのだろう。
だが重要なのはそこではない、聖騎士は書類を手渡す瞬間に荷台の中を不自然にならないように覗き込み、中にいたミューを認めると小さく頷いた。
ミューもまた聖騎士に見られたことに気が付いたのだろう、懐を弄ると上質な紙で作られた手紙を差し出す。
「これが世界樹関連の書類となります、実を植えた場所や管理の方法などを書き記しておいた、収められよ」
「感謝を、ミューリアン殿」
小声でそんな会話がなされて両者は持っていた書類を静かに交換する、傍から見れば出入国に関する書類のやり取りに見えるだろう。
「聖騎士殿……そちらの状況は?」
「大神殿を襲撃して来た賊は排除いたしました、しかし追手を四方に放って警戒を続けているもようです……ミューリアン殿を探しているようです」
「私が大神殿から抜け出していたことは露見したか」
その状況自体は想定の範囲内である、驚くような状況ではない。
「聖都内部で蠢動していた者たちの一斉検挙がすぐに行われます……ただ、聖都の外となりますと」
「それで構わない、外で追手と出くわしたのならば己で排除しよう……これまでご苦労であった」
「ご武運を、こちらも警邏は続けます」
形だけの出国書類を手渡して彼女たちのキャラバンは正面門を潜ることになった、そこは入る者と出ていく者で溢れており、多くの人目がある空間である。
正面門から荷馬車が出て来ることなど何も不自然な点はない、実際に彼女たちの前にも後ろにも似たような光景が広がっており、都市の出入り口では日常的な風景と言えるだろう。
だから、それを見ていた者はそこを出入りする全ての者を観察して注意していたということだ。
「……見られてるな」
最初に気が付いたのはやはりシャルルだ。
「ん……見つかった?」
そして鋭い五感を持つキャロルもそれに気が付く。
自分たちを観察するような視線が肌を撫でることに僅かに眉を顰めながらも、何食わぬ顔で馬車を走らせていった。
「シャルル殿、キャロル殿、発見されてしまっただろうか?」
「多分な、大神殿にいなかったから聖都の出入り口をずっと見張ってたんだろ、出ていく奴ら全員を……ご苦労なことだよな」
既に視線はどこかへ消えてしまった、おそらく馬車の中にいるミューらしき存在を認めて仲間でも呼びにいったのだろう。
ミューはフードで顔を隠してはいるが、誰も彼もを疑って観察しているような相手ならば見破られることもあるだろう。
確信は無くとも、僅かな疑いがあれば調べて確信へと至れば良いのだから、そういった手段を躊躇しないくらいには相手は崖っぷちということだ。
「おそらく調べに来ますね……ヘステア、空から監視しておいてください」
荷馬車に商品と一緒に押し込まれていた鳥籠の中には美しい光を宿したヘステアの存在がある、不死鳥相手には何の意味もない障害であり檻なのだが、エミリーの命令を聞いてそこにいるようだ。
だがエミリーは形だけの鍵を外して中で眠っていたヘステアを取り出して、空へと解き放つ。
魔術的な契約で繋がっている二人は視覚を共有することができる、ヘステアの瞳はつまりエミリーの瞳でもあるのだ。
「ピィ~~!!」
空高く飛び上がった不死鳥はそのまま上空からキャラバンを見守るように羽ばたきを続けていく、そこからならば地上を歩くことしかできない人間よりもずっと広く眺めることができるだろう。
キャラバンに近づく賊がいたとしても、かなり初期の段階から発見することができる筈だ。
「ある程度聖都から離れた段階で難癖付けて来るかな」
「……いきなり襲い掛かって来るかも」
キャラバンが賊に襲われることなど何も珍しいことではないのだ、もし追手の思惑が外れてここにエルフがいなかったとしても、襲われたことを証言できる者を生かしておくつもりなど無い。
つまり、相手からしてみれば間違いでも良いということだ、全ては賊の責任なのだから。
「その場合はどうなされる?」
ミューの問いかけにシャルルは僅かに悩んでからこう答えた。
「状況によるかな、前にいたキャラバンもよく賊に襲われたりとかしたけど、適当に蹴散らすこともあれば、徹底的に追い詰めることもある」
「ん……相手に賞金とかあれば、捕まえることもあった」
「今回は賊とは名ばかりの正規軍が追ってとなるでしょうから、どこに持って行っても利益にはなりませんね」
春風のキャラバンでの経験から三人は賊に襲われた際の行動を語り、その経験が無いミューはそういうものかと受け入れるしかない。
二台の馬車は馬に引かれて緩やかな速度で聖都から離れていく、体力重視な馬で重たい荷物を引いているのであまり速度は出ないが、それで良いと納得したので不満はない。
もともと彼女たちは逃げ切るつもりもないのだ、追手が来ると言うのならば迎え撃つ、そんな覚悟であった。
キャラバンの運営とは、何も商品を右から左に動かすことだけではない、己の財産を何としてでも守り抜くことも業務の一つである。
だから聖都から遠ざかって人気の薄まった道を進んでいくと、それを追いかけるように近づいてくる騎馬の集団を認識しても、彼女たちに欠片も焦りはない。
立ち塞がると言うのならば、食い破るだけだ。
「殺したら拙いかな? やっぱり拙いよな」
「無駄な面倒を抱え込む必要もないでしょう……キャロル、そういう訳ですから、上手くやってください」
「キャロル殿、矢筒をどうぞ」
追手が近づくにつれて道を進むキャラバンの内部も忙しくなっていく、キャロルは荷馬車の後方に立つとミューから投げ渡された矢筒を受け取ってその中から一本の矢を取り出して黄金の弓に重ね合わせた。
そして弦を弾き絞って鏃を近づいてくる追ってに向ける、その先端が僅かにだが荷馬車の揺れで揺らぐのだが、不思議とキャロルの姿勢は安定しておりそれを見る者には凪の海を連想させてしまう。
あぁ、これは外れないな、そんな確信を抱かせるような雰囲気を放っている。
高い技術と経験、そして才能と努力、そこに神々の加護が強く合わさって、矢を放つという行為をある種の儀式へと進化させていた。
目標は荷馬車の後方、目算で約二百メートルほど、ここを狙えと示しているかのように彼らの上空ではヘステアが旋回しており、距離感がわかりやすくなっている。
キャロルは集中力が極限まで高まった瞬間に呼吸を止めて体に広がる僅かな震えを止めて、最後に馬車と遠く離れた相手と動きを合わせて重ねた矢を解き放つ。
芸術的な、そして運命的な一矢とでも呼べば良いのだろうか、放たれた矢は美しい山なりの曲線を描いて、そうあることが当然であるかの如く二百メートルは離れていた追手の馬へと突き刺さる。
吸い込まれたかのようだ、或いは引き合わされたかのようにも見える、矢と馬の間に運命的な何かがあったかのように。
それを証明するかのように騎馬は倒れて乗せていた賊を地面に放り出してしまった、後方に続く幾人かを巻き込んで隊列を乱す。
「おみごとです」
そんなエミリーの賛辞にキャロルはむふーと鼻息を荒くしていた。
「騎馬隊は周囲に分かれたようだ、判断が早い」
ミューは乱れた隊列を眺めながらそんなことを伝えた、金色に染まりつつある彼女の瞳はキャロルと同様に多くのことを観察することができているらしい、それこそ遠く離れた場所であっても目の前に思えるだろう。
そんな彼女の瞳が運命的な矢によって動きを乱された賊を眺めていた、彼らはすぐさま散開して別々にキャラバンを追い始めたのだ。
的を分けて損害を減らし、誰かが馬車まで辿り着くことを目的とした行動である、そう言った判断の速さも彼らが軍隊として高い訓練を積んでいることが伺えてしまう。
賊には遠い、あれらは軍隊だ。
「キャロル殿ならば外すことはないでしょうが」
「ん……大変かも」
「だからこそ別々に行動しているんでしょうね」
「エミリー殿、近づいてこられたならば我々で対処いたしましょう」
「はい、そうですね。キャロルはそのまま攻撃を、シャルルはしっかりと手綱を操ってください」
「ん……わかった」
「了解、あまり派手にやり過ぎるなよ」
キャラバンを追う騎馬隊はそれぞれが散って集団ではなく小さな的になっている、運命的な一撃を操るキャロルならば外すことはないが、全てを落馬させる前にこちらへ彼らの刃が届くだろう。
だが、そうはさせないとばかりにエミリーの瞳が後方へと向けられている、黄金の瞳ではなく魔術師の瞳ではあるが、その奥には彼女たち炎の魔術にしかない熱が存在していた。
戦争運用に特化した魔術師なのだ、彼女たちが操る炎は戦いの場でこそ本領発揮となる。
少なくとも、エミリーが追手の指揮官であり、もしキャラバンに炎の魔術師がいるとするのなら、襲い掛かろう等と思わない。
仮に挑むにしてももっと数を揃えて状況を考えるだろう、炎の魔術師はそういう存在であった。
キャロルが次々と馬を狙撃してそれぞれ落馬させること十二回、放たれた矢と同じ数だけの馬と人が地面に転がったことを代償に、追手は着実に距離を詰めていく。
既にキャラバンと彼らの距離は近いと表現できる、キャラバンを引く頑丈だが鈍間な馬と、走ることに特化した軍馬の差は歴然ということだ、追いかけっこでは話にならない。
両者の距離は近い、あと一息で刃が届く、しかし数は随分と減っていた。
「キャロル、もう大丈夫です」
「ん……じゃあ宜しく」
キャロルは荷馬車の奥へと引っ込みエミリーとミューへと場所を譲り渡す。
「エミリー殿、どのように?」
「あまり怪我はさせたくありませんので、遠ざけましょう」
「承知した」
魔術を扱うことのできる二人は迫る騎馬へと自らの力を放つ、それは世界の法則を書き換える力の流れである。
魔術とは物理法則の延長であり、それ以上ではないが、だからこそ手段は無限に広がるのだ。
エミリーは炎の魔術師らしく熱を支配して、ミューは大地へと干渉してみせる。
掌に激しく燃え盛る炎が現れ、それを石でも投げつけるかのような動作で投げ飛ばす、すると炎は爆発的に広がって広範囲に熱をまき散らす。
理不尽で無秩序な爆発かと思えば、それは確かな法則を伴って広がっていき、最後にはキャラバンと賊を隔てる炎の壁へと姿を変えるのだった。
まさか炎の壁へと突っ込む訳にもいかず、騎馬を操る幾人かが慌てて手綱を引いて速度を緩める、正確無比な矢の狙撃よりも高く広く燃え上がる炎の壁の方がわかりやすいくらいに恐ろしいのだろう。
例え矢を運良く凌げたとしても炎の壁だけはどうしようもない、それに加えて彼らの足を止める物がもう一つ。
それは整備された道とは思えないほどに柔らかく耕された大地にあった、砂漠の上を歩くかのように柔らかく空気を含んだそれは、知らなければ階段を踏み外したかのような感覚に陥ってしまう。
馬の足首ほどまでめり込んでしまうほどに柔らかな大地と、整地された街道を進むことは大きく異なるということだ。
近づこうとも、距離は離されてしまう、自分たちの猛追が無意味なものだと丁寧に語られているかのようである。
だが諦めの悪い者はどこにでもいるものだ、炎の壁も矢の狙撃も馬が走るには向かない柔らかな大地を大回りして何とか超えようとしている者がいた。
相手を見失わないギリギリの距離を保って遠回りをして、仲間たちが次々と諦める中、その男だけは意地を張りながらキャラバンへと迫る。
最早目的も忘れてしまっているのだろう、あるのは何としてでも傷を与えたいというつまらない意地だけであった。
「近づさせるかよ」
だがそんな彼にどこからか声が届く、遠回りをしてキャラバンの横腹を食い破ろうと迫っていた追手に届く筈もないのだが、それでも確かに聞こえた、聞こえてしまった。
そして次の瞬間、彼が跨る馬の脚が切り落とされてしまう。
何が起こった? 馬上から空中へと投げ出された彼が当然の疑問を抱きながら、その瞳は妨害者の姿を認める。
そこにいたのは幻影の騎士、どこからか現れて夢幻のように消えていく、幻影であった。
死してなお戦うことを選んだ、シャルルの配下の一人だろう。
役目を終えた瞬間に幻の騎士を構成する半透明の体は解けるように消えていく、本当に夢であったかのようにだ。
だが切り落とされた馬の脚と地面を転がった賊の姿は、確かにそこにある。
キャラバンに襲い掛かった賊たちは誰もがこう思ったことだろう。
彼女たちを追いかけるのは、非常に難易度が高いと。