商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
「隊長、奴らを追うのは無茶なのでは?」
「あぁ、だろうな、私も同じことを思っていたよ……超人的な狙撃に、魔術師、それも炎を操ると来た、加えて奇妙な幻影の戦士……分が悪いにもほどがある」
四人娘のキャラバンを追っていた賊の首領、正式にはとある国のとある騎士団長は、目の前に広がる炎の壁と大地に転がる馬と部下たちを眺めて、それは大きな溜息を吐いていた。
「あの王様も、無茶を言ってくれるものだ」
「まぁそれでも命令ですからね」
「そうだとも、だから困っているんじゃないか……やれやれ、面倒なことこの上ない」
「では諦めますか?」
「王命だからなぁ……ふぅ、まぁやりようはあるだろ」
「ありますかね? 今の面子じゃあどうしようもないですよ」
「お前さんならどうする?」
同じように炎の壁を見上げる部下にそう問いかけると、彼は少しだけ悩んでこう答えた。
「自分なら戦いませんね、たかだか木の種くらいに大勢を死なせては意味がありませんので」
「尤もな意見だな、反論のしようがない」
「……でも王命ですからねぇ」
「ならばやるしかあるまい」
部隊を率いる男は炎の壁の向こうを進むキャラバンを想像する、報告ではまだ幼さの残る女性たちが運営しているそうだが、その言葉に騙された結果がこれである。
「ふむ、腕が立つ相手には寝込みを襲うのが一番だな、いつまでも緊張していることも集中していることもない、追い立てて追い込んで疲れた所を狙うとしよう」
「女性の集団を相手にゲスさ全開ですねぇ」
「文句なら王様に言ってくれ」
「嫌ですよ、解雇されちゃいますもん」
部下とそんな会話を続けていた男は手綱を引いて馬を翻すと、一先ず部下を纏めなおそうと脱落者の回収に動こうとするのだが、そんな彼の目の前に大柄な男が音もなく姿を現した。
それなりに経験を積んで幾つもの戦場を超えて来た騎士である、だからこそその立場にいる男であっても、そこまで近づかれるまで気が付かなかったほどに気配が薄い。
だというのに、その男性を目の前にした瞬間に彼らは緊張で体を強張らせた、振り返ったら目の前にドラゴンがいたかのような衝撃を受けたのだろう。
そして彼らは、目の前にいる男のことを知っていた、戦士ならば常識とさえ言えるのだから。
「聖アントニウス……驚いた、まさか貴方が出て来るとは」
「うむ、まぁ、なんだ、あのキャラバンの方々には色々と世話になっていてね、その辺にしていただこうか」
男たちの前に姿を現したのはアントニウスであった、祝福を宿した聖剣を肩で支えながら特に緊張した様子もなく、馴染みの酒場で酒を楽しむかのような様子でごく自然とそこにいる。
あまりにも自然過ぎて思わず警戒が緩んでしまうほどだ、互いに剣を構えているというのに。
「これ以上続けるのならば色々と面倒なことになるだろう……制裁すら検討されている」
「ふむ、中立を掲げる聖都が他国を侵害するというのかね」
「言葉がまずかったかな、では報復と言い換えようか」
「報復? それは一体なんの報復だと言うんだ?」
「大神殿に賊を送りつけたり、聖都に来られたエルフの客人を害したりと、好き放題やってくれたではないか」
「……知りませんな、言いがかりは止めていただこうか」
彼の立場ではそう言うほか無く、アントニウスも気の利いた答えを求めている訳ではないので、ここでどれだけ言い合っても意味がないと理解していた。
平行線でしか話が進まないのならば、後は野蛮な殴り合いしかないだろう。
「聖アントニウス、貴殿の言いがかりは我が国全ての者への侮辱である」
「あぁ、言葉を飾られる必要はないぞ、正直に本音を語られたらどうだ」
「ほう、ではお言葉に甘えさせてもらおうか」
騎士の男は馬から飛び降りると、そのままアントニウスと向かい合って互いに剣を構える。
「面倒であるな、政治だの国だの王命だの……そうは思わんかね? 聖アントニウスよ」
「否定はせんよ、なんとも不自由な世の中だ……だがまぁ、我らは戦士だ」
「確かにな、つまらんことを聞いてしまった」
そうして彼らはそれぞれ剣を構えて向かい合う、互いの次の一手を決して見逃すまいと集中を高めて、その時を待つ。
「名乗れぬ不自由を許されよ」
「無論、我らは戦士なのだ、これで十分」
語るべきは握りしめる剣だけで良い、様々な思惑も都合も考えも、全てがこの場では無価値になってしまう。
騎士の男は最後に朗らかな笑みを浮かべ、しかし次の瞬間にそれを消してアントニウスへと踏み込んだ。
良く鍛えられ、多くの戦場を超えた者だけができる力強さを宿したそれは、半端な覚悟では止めることはできないだろう。
才能もある、経験もある、勇気や技術だってそこにはあった。
それでも両者の間には埋めようのない差があり、それは決して届くことの無い差であった。
接触は一瞬、剣戟は起こらない。
アントニウスの聖剣は騎士の剣を両断してその先にあった男の肉を切る、鎧と鎖帷子など存在しないとばかりに通り過ぎ、肉と臓腑をも切り裂いてしまう。
「……見事ッ!!」
力を失って倒れそうになる体でなんとか絞り出した言葉がそれである、彼はそのまま地面へと倒れ伏してしまった。
アントニウスは今しがた切り捨てた男の亡骸に近づき、半開きになった瞼を閉じさせてから彼は残った部下の男へと視線を送る。
「そちらはどうなされる?」
「……我々はここで手を引きましょう」
「王命に逆らうと?」
「死んでは意味がありませんし……あのような少女たちに撃退されたと言うより、貴方に敗北したと報告すれば納得されるかと、加えて聖都を本格的に怒らせたとなればいよいよ引き際ですよ」
「そうか、では去られると良い、こちらも追いはしない」
「感謝を、聖アントニウス」
最後に部下の男は上官の遺体を丁寧に担ぎ上げてその場を去っていく、おそらく他の仲間にも声をかけて完全に撤退するだろう。
「終わったのですか?」
男たちが撤退するのを眺めていると、アントニウスの傍に一人の聖騎士が近づいてくる、アンジェリーナである。
手を出すことなく遠くから見守っていたが、戦いが終わったことで近づいてきたらしい。
「うむ、これ以上は関わろうとすまい」
「だと良いんですが……」
少しだけ不安が残っているのか、アンジェリーナは炎の壁を見つめてその先に走るであろうキャラバンを思い描く。
息災であって欲しいと願い、思うのだが、旅に生きる以上はどうしたって危険が付きまとう、今も賊に追われているのだから、どれだけ祈ろうともこればかりは避けられない。
それでもだ、アンジェリーナとアントニウスには祈ることしかできなかった。
返しきれないほどの恩があるのだ、せめてそれくらいしなければ聖騎士として立つことはできないだろう。
その旅路に一つでも多くの幸福があらんことを、聖騎士たちはただ祈るばかりであった。
キャラバンは馬に引かれて緩やかに進んでいく、風は穏やかで温かな陽気が雲の間から差し込んでおり、絶好の旅日和と言えるだろう。
先程まで存在した荒事の気配も今は遠く、馬の足音がテンポよく軽快に響いていた。
馬の手綱を握るシャルルは大きな欠伸をしており、その隣で船をこぎ始めているのはキャロルである。
馬車の荷台ではエミリーとミューが向かい合い何やら羊皮紙を片手に語り合っているようだ、そこには無数の記号や数式が書き込まれており、魔術に携わる者にしかわからない内容なのだろう。
追手は既に遠く、刃も悪意も感じ取れない、平和そのものであった。
「穏やかなもんだなぁ」
また欠伸を一つしてからシャルルは手綱をしっかりと握り直す、そして隣で頭を揺らしている妹を見てから僅かに微笑んで見せた。
「なぁエミリー、とりあえず道なりに走ってるけど、どこを目標としているんだ?」
「そうでしたね、ごたごたしていたので伝え忘れていました……一先ずの目標として小王国郡を目指したいと考えています」
「確か、貴女方が属していたキャラバン本体はそちらに向かったのだったか?」
「えぇ、ですので何かしら手がかりが見つかればと考えているのですが」
「それは難しいんじゃないか、あの辺って今は何にも無くなってるからな」
「そう言えばシャルルはあちら方面から来られたんでしたね、そんなに酷い状況なんですか?」
「アンデットの大群が何もかも飲み込んだんだ、更地と廃墟しか残ってないと思う、無事なのは本当に一部だけみたいだし、多分だけど空振りに終わるぞ」
「ならそのまま小王国郡を抜けて帝国方面にでも向かいましょうか、あそこは人も多く商いも活発ですから」
小王国郡には何もないという言葉に、ミューだけは顎に手を当てて考え込んでいた。
「確か国際会議の場で小王国郡に関して議題が上がっていた筈だ」
「そうなのか?」
「私には無関係の議題であったので発言はしなかったが、確か空白地帯をどうするのかという方向であったと思う」
「結論は出たのですか?」
ミューはエミリーへと頷きを返す。
「周辺の国がそれぞれ領地を分け合い立て直すと言う形に収まった……まぁ、奪い合うよりは穏便だろう」
「となると完全な空白地帯ってわけでもないでしょうね、復興に向けて動き出しているかもしれません」
小王国郡は小さな国と王族の集まりだ、生存戦略の為に周辺の大国と血縁を作ることは当たり前であり、そういった国とは縁がある。
強引な言い方をすれば、その血を利用して新しい土地を収める大義名分にすることもできた、既に王族は滅んでいても、遠縁であってもその血を引く者を新しい領主にするわけだ。
そうやって空白地帯を埋めていくつもりなのだろう、問題は多いだろうが無難な着地であると言える。
「復興が始まってるんなら保存食は需要がありそうだな」
「えぇ、塩などもよく売れますね」
商品が売れずに空ぶってしまう心配が無くなったことに、シャルルとエミリーは安堵の笑みを浮かべた、やはりそこが気になっていたのだろう。
商人は、荷馬車の中にある商品が売れずに残り続けることも尤も恐怖すると言われている、彼女たちもいつまでたっても荷馬車を占領する商品など持っていたくはない。
「例えキャラバンの行方が掴めずとも、一年を目途に聖都に帰りましょう、もしかしたら来年の祝祭には参加するかもしれませんから」
「だな、それまでは気楽にフラフラしとこう」
「あぁ、私もその方針に不満は無い」
そんな訳で彼女たちのキャラバンは聖都を離れて軽快に進んでいくことになる、良く晴れ心地の良い風が吹く、春の日であった。
その道が仲間へと続くことを信じて、ただただ進んでいくだけである。